2002年4月9日「しんぶん赤旗」より

新学習指導要領

迷走する文科省〈上〉

「学力低下」批判受け


 新学期を迎え、公立学校で完全週五日制が始まりました。これに伴い、小・中学校では、ほぼ十年ぶりに新学習指導要領が改定されました。これをめぐる文部科学省の対応は実施直前まで、かつてない揺れを見せました。

 新学習指導要領(別項)には、保護者、教育関係者、経済界など広い層から「子どもの学力は大丈夫か」など、かつてない不安と批判が起きていました。それに対し、文科省は「日本の子どもの学力はおおむね良好」と突っぱねてきました。

急な手直し

 ところが今年一月、遠山敦子文科相が「学びのすすめ」と題するアピールを発表。同アピールは、放課後の補習や宿題を与えることにまで言及した異例のもので、「今一度、児童生徒の学力の状況を十分見極め」「確かな学力の向上」に取り組むことを各学校に求めました。いわゆる「学力低下」批判を受けて、手直しを打ち出さざるを得なかったものです。

 新学習指導要領実施に備えて、この三年間、準備を進めてきた学校現場には、戸惑いと怒りが広がりました。文部官僚トップが居並び、教育基本振興計画を議論する中央教育審議会の総会(三月)で、学校現場で子どもたちに接している荒木喜久子委員(新宿区津久戸小学校長)が「いったい私たちは、何を、どこをよりどころに教育をしたらいいのか」と訴えたほどです。

なし崩し的

 昨年一月、文科省は突然、学習指導要領について、「学ぶべき最低基準であり、理解の進んでいる子は指導要領を超えて進んでいい」となし崩し的に言い出しました。それまでは、指導要領は学習内容の上限で、その指示を外れて教えてはいけないと、現場を厳しく拘束してきました。

 新学期から小中学校で使われる教科書の検定(昨年四月公表)でも、学習指導要領は厳しく上限として扱われています。「一年を通して数種類の動植物の活動や成長を観察すること」という学習指導要領(小学四年)にそって、検定前の教科書の春の野原の絵から、ミツバチ、モンシロチョウなどの絵が削られました。「扱う月の形は二つまで」とされたことから、機械的に三日月の絵が削除されました。

 「指導要領を超えてもいい」と文科省がいっても、実際の授業では今後少なくとも三年間、学習指導要領からのささいな逸脱も許さずに作られた教科書が使われることになります。

間に合わず

 文科省は新学習指導要領をPRするため、二月から三月にかけ全国六都市で、教育関係者や保護者を集めたフォーラムを開きましたが、京都で小学校長がこの矛盾をただしました。

 矢野重典初等中等教育局長は「副教材で対応できると考えていたが、各方面から意見を受けたので、二巡目の検定からは発展的な記述を認める方向で検討している。それまでの間、発展的な学習に対応した教師用指導資料をつくるので活用してほしい」と答えました。

 しかし、その教師用資料も、新学期に間に合っていません。長年、準備したはずの新学習指導要領なのに、いざスタートというときに手直しを迫られた文科省のドタバタぶりをうかがわせます。

 文科省は、新学習指導要領は問題なしとする方針を実質的に修正しながら、「マスコミなど、方向転換を言うむきがあるが、完全な誤解」(岸田文雄副大臣)と否定。矛盾を現場の教職員、子どもたちに押しつけたまま、国民の批判を切りぬけようとしています。


 新学習指導要領 学習指導要領は、国が学年ごとに各教科の授業内容、時間数など教育課程の基準としているもので、教科書の作成、検定基準でもある。

 新学習指導要領は九八年十二月に公示された。週五日制にともない、週二時間、年間七十時間分、授業時間を減らす。体験学習、発表などを取り入れる「総合的な学習の時間」(小学校三年生以上)を設け、中学では選択教科を増やす。教科学習の授業時間は減る。

 文科省(旧文部省)は、授業時間を減らし授業内容も減らすのを「ゆとり」とし、ゆとりの中で総合的学習などの「特色ある教育」をすすめ、自ら学び、考えるなど「生きる力」を育てると強調してきた。


2002年4月10日「しんぶん赤旗」より

新学習指導要領

迷走する文科省〈下〉

現場でやりたいことを


 文部行政への学校現場の不信や保護者の不安の声を受け、文部科学省は新学習指導要領について、全国で説明会を開くなど説明に追われました。

 「新学習指導要領は基礎・基本が凝縮されている。それを徹底した上で、伸ばす子どもは伸ばす。それが新学習指導要領です」。京都市での文科省主催の教育フォーラム(三月)で、池坊保子文部科学大臣政務官は胸を張りました。文科省がいま強調しているのは「基礎・基本の徹底」と「理解の進んでいる子への発展的な学習」です。

 しかし、「基礎・基本」とされている新学習指導要領の中身には、厳しい批判があります。

 東京・国際基督教大学高校の理科教師である滝川洋二教諭は「内容を厳選したというが、細切れに、次々いろんな内容が出てくる。授業時間が減った中で、とにかく覚えろにならざるをえない」といいます。

虫食い的に

 理科教科書の編集にも携わる左巻健男・京都工芸繊維大教授は「現場の授業実践の成果を無視し、虫食い的に内容の間引きを重ねたもの。探求する楽しさがなく、干からびた形でしか自然をとらえられない。そういうものをいくら繰り返し勉強しても、つまらないので学習から遠ざかるばかり」と手厳しい。

 「基礎・基本」「繰り返し指導」の名で、子どもたちが、知的興味をかきたてられない詰めこみ教育の中に置かれることになりかねません。

 その一方で、「学習指導要領は学ぶべき最低基準であり、理解の進んでいる子は学習指導要領を超えて、上の学年の内容にも進ませる」というのが文科省の最大のポイントです。

 浪川幸彦名大教授(元日本数学会理事長)は、新学習指導要領を批判してきた立場から、文科省が方向を変えたこと自体は評価します。そのうえで「多くの子を貧弱な学びの中に置いたまま、一部の子を先に行かせても、うまくはいかない。やせた知識の階段を早く登らせるより、日常的な経験や他の知識とのかかわりを学ぶことの方が重要だ」といいます。

 佐藤学東大教授は「今後の社会では、“読み・書き・算”という『基礎学力』だけでは、大量の若者を失業者に追いこむ。質の高い力を、すべての子につける必要がある」といいます。

打開の道は

 批判を浴びて学力政策を手直しせざるをえなかった文科省。しかし「すべての子どもに、次代を生きるにふさわしい学力を保障してほしい」「学ぶ楽しさを見いだしてほしい」という父母、国民の願いにこたえうる方策を打ち出せていません。

 打開の道は、どこにあるでしょうか。

 浪川教授は「現場の先生が、やりたい教育をどんどんやっていくことが重要だ。『学習指導要領は最低基準』と明言した以上、文科省は今後、現場の実践に文句を言えないはずだ」と「現場からの改革」よびかけます。

 滝川教諭は二〇〇〇年末、「理科カリキュラムを考える会」を立ち上げ、独自カリキュラムづくりを始めました。左巻教授のすすめるカリキュラムづくりとも連携しています。滝川教諭は「現場の教育研究の成果を集めれば、教育内容の合理的な精選も可能。現場から運動をつくって変えていきたい」と意気込みます。

 左巻教授は「学習指導要領の拘束性をなくし、参考手引き的なものにすべきだ。同時に、現場の取り組みを支援するため、学級規模を小さくし教員を増やし、実験器具をそろえるなど条件整備も不可欠」と指摘します。

 教育条件整備をおろそかにして、学習指導要領の縛りで画一的に教育内容を統制し、学校管理を強めてきた文科省。その転換こそ、必要です。(西沢亨子記者)(おわり)


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