平成十一年二月十日(水曜日)
午前九時開議
出席委員
委員長 小川 元君
理事 栗原 裕康君 理事 栗本慎一郎君
理事 小杉 隆君 理事 増田 敏男君
理事 藤村 修君 理事 山元 勉君
理事 富田 茂之君 理事 松浪健四郎君
岩永 峯一君 大野 松茂君
奥山 茂彦君 倉成 正和君
佐田玄一郎君 下村 博文君
高鳥 修君 高橋 一郎君
中山 成彬君 松永 光君
渡辺 博道君 池端 清一君
田中 甲君 鳩山 邦夫君
池坊 保子君 西 博義君
笹山 登生君 石井 郁子君
山原健二郎君 濱田 健一君
保坂 展人君 粟屋 敏信君
出席国務大臣
文部大臣 有馬 朗人君
出席政府委員
文部大臣官房長 小野 元之君
文部省生涯学習局長 富岡 賢治君
文部省初等中等教育局長 辻村 哲夫君
文部省教育助成局長 御手洗 康君
文部省高等教育局長 佐々木正峰君
文部省学術国際局長 工藤 智規君
文部省体育局長 遠藤 昭雄君
文化庁次長 近藤 信司君
委員外の出席者
文教委員会専門員 岡村 豊君
本日の会議に付した案件
文教行政の基本施策に関する件
午前九時開議
――――◇―――――
○小川委員長 次に、石井郁子君。
○石井(郁)委員 日本共産党の石井郁子でございます。
きょうは大変長時間にわたりまして、本当に大臣御苦労さまでございます。私、最後の質問になりました。よろしくお願いをいたします。
これから児童数が減少していくわけであります。また、若い先生が現場に入ってこないということが今日の教育現場の困難の要因の一つにもやはりなっているということが指摘をされています。こういうときですから、三十人学級への移行、法制化をもう検討すべきだというふうに私は思いますし、かねがね主張してまいりました。
もう既にこの点では質疑がございますので、関連して二つだけちょっと確かめておきたいというふうに思います。
これも出ているのですけれども、大臣のもとで、教職員配置の在り方等に関する調査研究協力者会議、昨年立ち上げられましたね。ここでは何を検討されているのか、それから、いつごろをめどにどういう報告をされるのか、その点いかがですか。
○有馬国務大臣 かなり重要な問題でございますので、ほぼ一年をかけてと考えております。具体的に今どういうことが議論されているかにつきましては、助成局長よりお返事を申し上げたいと思います。
○御手洗政府委員 中教審の答申を受けまして、平成十二年で終わります教職員定数の配置のあり方ということを視野に、その後の検討を幅広くさせていただきたいと思っておりまして、これからの議論ではございますけれども、私ども事務当局といたしましては、一つは、指導方法の多様化と、学校五日制時代における新しい教育課程の、先ほどから御議論ございます総合学習などをどう展開していくかというような観点から、どういう教職員配置が必要かということが一つ大きな課題になろうかと思っております。
また、それ以外にも、学校教育上のさまざまな、生徒指導対応であるとか不登校対応であるとか、現在行っております第六次の定数改善計画で課題となっております事柄、あるいは教員以外の専門的な職員に関する配置のあり方、さらには、けさほど来御議論ございます学級規模のあり方、あるいは学習集団のあり方、こういったものを本格的に議論した上で、今後の教職員の配置や学習集団のあり方についてかなり広範な御議論をいただきたいと思っているところでございますけれども、いずれにいたしましても、これからの議論ということでございます。
○石井(郁)委員 もう一点、チームティーチング、このことをちょっとお尋ねしたいのですけれども、チームティーチングでやっていくということを文部省はしばしばおっしゃいますので、この教員定数改善の第六次計画では、これを完了すると一体どれだけのクラスがTT配置になるのか、これは数字をお示しください。
○御手洗政府委員 私ども、定数として平成十年度において配置している数が一万三千九百四十人でございますので、少なくともこれ以上の教職員がチームティーチングという形で各学校において授業に当たっている、こう考えているところでございます。
○石井(郁)委員 私、クラス数をお尋ねしたのですけれども、私どもの調査では、学級の数で見ますと、例えば小学校は全国に二十七万九千七百クラスある。こういうクラスにTTとして配置されるというのは八千四百四十一クラスじゃないでしょうか。そうすると、わずかに三%だ。中学校でも四・六%ぐらいにすぎないのですよ。しかも、ある程度の学級規模がなければTTの先生が配置されないということもまたあるのですね。ですから、私は、本当にこういう点では焼け石に水だというふうに思うのですよ。
先ほどの協力者会議の検討事項にも、本当にこの学級規模を縮小するという方向に真正面からどうも取り組んでおられないということがやはりうかがえるわけですけれども、きょうはもう私は議論いたしません。
第六次のこの定数改善も財政構造改革法で先送りをしているわけですね。本来ならもう完成していなければいけない。だから、もう次の計画に踏み出さなければいけない、こういう時期に、文部省、ずっと来ているわけですよ。だから、早くに、財政の裏づけを含めて、真剣に三十人学級への移行に精力的に取り組むべきだということを、私はきょうは重ねて要望させていただきたいというふうに思います。これは答えは要りません。
それで、きょうはまず、告示されました新しい学習指導要領についてお尋ねをいたします。
これは、二〇〇二年から小学校、中学校の教育内容が変わるということですね。教科書も変わるということで、どういうふうに変わるのかという点では大変重要な内容を含んでいると私は考えています。
そこで、まず子供の実態についての御認識を伺いたいのですけれども、文部省は昨年、「学校教育に関する意識調査」を発表されておりますね。そこでは、学校の授業の理解度、これは小学校では、よくわかると述べた子供たちが百人中十九・九人です。中学校では四・七人です。高校では三・五人という数字で、これは新聞にも発表になって、非常に世間を驚かせた数字だったというふうに私は思います。中学二年生で、よくわかると大体わかるを合わせましても四四・二%なんですよ。過半数もないというのですね。
今、授業がわからないということでいらいらを募らせている子供たちが大変ふえていますし、子供の暴力行為というのも、残念ながらふえていますよね。それから先ほど来議論の、不登校の子供たちが十万人を超えたという深刻な事態になっているわけでしょう。だから、授業がわからない、こういう実態をどういうふうに文部省、大臣として御認識されているのでしょうか。
○有馬国務大臣 御指摘のとおり、学校の授業がよくわからないという人が多いですね。よくわかる、あるいは大体わかるという者を合わせたものは、小学生で六八・一%はわかると言っています。中学校で四四・二%、高等学校では三七・三%という状況でございます。小中学校、高等学校を通じて基礎、基本を身につけてほしいと常々考えておりますので、この結果は大変残念に思っております。
さて、その際に一つ問題になるのは、教えることが多過ぎるのではないかというような問題がございますね。そういう点で、今回の学習指導要領では、大幅に教える量を減らしていっているわけであります。そしてまた、学習指導要領に示す内容を確実に身につけてほしいと考えておりまして、このために、多くの知識を一方的に教え込むのではなく、教育内容を基礎、基本に厳選して、子供たちがじっくり考え、自分なりの考えを持ちつつ、自分のものとして知識、技能を身につけていくことが極めて大切だと思います。これが、まず子供たちにゆとりを持たせなければならないということでございまして、二〇〇二年より完全学校週五日制に踏み切ろうと思う大きな理由の一つであります。
それからもう一つは、そこで二割ないし三割教えることを少なくするということで、しっかりと、じっくりと教えるということで、先ほどのような、わかる人が少ない、こういう状況を何とか改善していきたいと思っております。ですから、今回の学習指導要領の改訂におきまして、特にこのような観点に立って改善を図っているところでございます。
各学校でわかりやすい授業を展開し、それぞれの子供の個性に応じた指導の工夫改善を進めるなど、子供たちがしっかりと教育内容を身につけることができる教育の実現を図ってまいりたいのでありますし、もう一つ、子供たちが学校へ行くのが楽しいということを実現いたしたいと思っております。
○石井(郁)委員 大臣からは、こういう、授業がわからないという子供たちが多いことについては、やはり憂慮をしているというか懸念をされているということがございました。
しかし、こういう実態のもとで今度の新しい指導要領の改訂が進んだのかといえば、どうも一方では、教育課程審議会では、今は子供たちの学習状況はおおむね良好だという前提から出発もされておりまして、現状認識では大変矛盾しているんじゃないかと私は思うんですが、そこはちょっとおいておきます。きょうは議論いたしません。大臣の方から、新しい指導要領の考え方をもうお示しいただきましたので、そっちの内容の方に入りたいと思うんです。
私は、ちょっと一つ例で申し上げたいのですけれども、本当に大事なことは、強調されましたように、子供たちがちゃんと学べるのかどうかということですよね。
それで、例えば算数の例で申し上げたいのですけれども、算数というのはやはり積み重ねの学習だ、教科だ、それから、重要なことをそこできちんと習得しなければ次に進むのが困難だということは一般に言われているわけですね。小学校の算数でいえば、九九とか小数、分数、あるいは一年生だったら繰り上がり、繰り下がりという問題もあるかと思いますが、そういうことはやはり基礎ですということですよね。しかし、その基礎でどうも多くの子供たちがつまずいている、わからないままに取り残されているという状況がやはりあるわけです。
それで、私ちょっと例で申し上げたいのですけれども、例えば九九なんですが、今、現行は大体三十九時間でしょうか、二年生で教えられるようになっているんですけれども、新しい指導要領でもそれはほとんど変わらないと思うんですね。一部、何か三年生に上がったというのはあるんですけれども。
だから、もう十年来、二十年来、この九九で本当につまずいているというのは、現場からたくさん声を聞くわけですよ。でも現行は変わらない、このままですということで、本当にすべての子供たちがつまずき、大丈夫なのかという問題なんですね。いかがですか。
○辻村政府委員 先生御指摘のとおり、算数の九九は小学校の二年生で勉強いたします。そのとき、現在小学校の子供たちは、この九九以外に、整数の足し算、引き算とか、あるいは正方形、長方形、直角三角形の性格とか、その他、数と計算から、測定、図形、そういったものにわたって勉強いたします。
そこで、今回の対応でございますけれども、学校完全週五日制を実施する、そのために全体として時間数が減らざるを得ない。そこで、具体的に、今のお尋ねの第二学年、小学校の二年生につきましては、年間で申しますと、百七十五時間算数の時間の指導に充てておりました。その時間が百五十五時間、二十単位時間減少いたします。
しかし、九九は二年生でそのまま学習してほしいということで残しましたが、今申し上げました、それ以外に二年生で学んでいる、例えば不等号の式の問題とか、あるいは三けたの整数の足し算、引き算、あるいはリットルなどのかさの単位、それから正方形、長方形、直角三角形といったものの性質、そういったものを上学年に移行するなどして内容を削減いたしました。
したがいまして、私どもとしては、百七十五から百五十五というふうに時間数が減りましたが、そして九九の学習は残りましたが、二年生のところで学ぶべき他の事項を相当に上学年に譲る等して二年生のところに時間を確保する、そういう努力をいたしましたので、九九につきましてしっかりと学習ができるのではないか、こんなふうに私どもは思っております。
○石井(郁)委員 今のお話ですと、九九にかける時間というのは、削った分のところがあるので、現行よりも時間数はふやしてもいいというか、ふえるというふうに考えているということですか。
○辻村政府委員 正方形、長方形、直角三角形とか、あるいは三けたの整数の足し算、引き算に何時間かけるか、これは、定量的にきちっと一律に示すことは大変難しいわけでございますけれども、標準的に行われておりますもの等を、いろいろな方々からの意見等を踏まえて私ども試算をしております。
そのようなものをベースにいたしますと、今回、二年生のところで本来学ぶべきもので上学年に譲ったもののおよその時間数というものを考えますと、それが上に行った、そのことによって時間数にすき間ができた、その分、九九にかける時間は相対的にふえるというふうに私どもは考えております。
○石井(郁)委員 九九のことでいいますと、子供たちが九九の成り立ちとか構成、意味をわかる、それから反復練習をして使えるようにする、それから自分の頭で考えて問題もつくれるようにする、ここまでやろうとしますと、本当に現行では時間が足りないという話があるんですよ。だから、そこで残念ながら落ちこぼされていく子たちが出てきているわけで、本当にそこを何とか改善してほしいという声がありましたよね。今後、本当にそうなるのかどうかというのは見守りたいというふうに思うんですけれども。
その算数でいいますと、これは日本数学教育学会の調査にもよりますと、学習指導要領を改訂したたびに算数嫌いがふえてきているんです。一九七七年で二一%の子供たちが嫌いだ、八七年には三三%、九八年では四〇%という数字ですね。
だから、子供たちの算数嫌い、理科嫌いも含めて今よく議論になっているところは、私はいろいろな要因もあると思いますけれども、やはりわかりたいと思っている、わからせたいと思っている、そこで必要な時間がちゃんとかけられていない、こういう問題があったわけですから、やはりそこは本当にしっかり改善をすべきだということを申し上げたいというふうに思います。
それで、今度の指導要領では三割削減ということが言われているわけですが、いろいろ調べてみると、本当にそうなのかという疑問があるんですね。一つのわかりやすい例で申し上げたいのは、国語なんです。
例えば、集約する、統合する、重点化ということを言いまして、気持ちの読み取りという、国語というのは作品を読むわけで、主人公の気持ち、登場人物の気持ちをいろいろ読み取らなきゃいけないわけですが、これまでは二年生から五年生にわたって各学年で指導してきたものを、五年、六年だけで指導するということになっているんですね。それで、国語の先生たちは、気持ちの読み取りというのは全学年で大事にしてきたと。それを五、六年だけで指導するというのは、子供の実態、現実を知らないのじゃないかという批判がありますね。これでは厳選にならないという声があるわけであります。
だから、三割削減というけれども、こういう形の三割、厳選したということが果たしていいのか、これは何かおかしいものにならないのか、そういうことがありますので、いかがですか。
○辻村政府委員 今の議論は、いろいろな検討を加えたところの一つでございます。
国語の学習につきましては、言語としての教育をもっと重視すべきだ、具体的に言いますと、しっかりと漢字を書く、平仮名を書く、文章を書く、正しい言葉で表現する、そういう言語としての教育をもっと徹底すべきだという意見が大変強く一方でありました。もう一方では、今先生が御指摘のように、文章に書かれているものの中の作者の気持ちを読み取る、そこに書かれている人物の気持ちを読み取る、こういうことも大変重要だということでございました。
そこで、今回の小学校の国語でございますけれども、具体的には、今先生がおっしゃったとおり、学習指導要領の規定では、例えば、今まで二年生で人物の気持ち、三年生でも四年生でも書いてございました。今回は、五年、六年に「登場人物の心情や場面についての描写など、優れた叙述を味わいながら読むこと。」ということにいたしましたが、一方で、指導計画というか、総則的な国語の扱いに触れたところで、各学年の内容の指導については、必要に応じてそれぞれの学年よりも前の学年において弾力的に指導を行うようにしてくださいという形にいたしました。
これは、五、六年のところでは徹底的にこれを重点的に指導する、しかし、前のところにつきましてはそれぞれの授業の進捗状況等によって弾力的にお願いしますという形にいたしました。それは、冒頭申しましたように、言語としての教育ということも一面では大事だということもあるものですから、私ども、そんなふうな形にしたということでございます。
○石井(郁)委員 国語は国語としてのいろいろなことはあると思うのですけれども、しかし、私は、気持ちの読み取りという例で一つ申し上げましたように、やはり現場の感覚と合わない部分じゃないかというふうに思うのですね。だから、三割削減というけれども、全くつじつま合わせ的に時間数を減らす、そういう部分がやはりあって、これで本当の厳選と言えるのかどうかということをここでは私は指摘をしておきたいというふうに思います。
それで、現場では、とにかくいろいろな形で先生方は御苦労される、努力をされているのですね。そのことについて私はちょっと伺っておきたいと思うのです。
私、実は算数の問題を調べていて、大阪で高校生が小中学校の算数教育を受けてきてどういうふうに思ったのかということで、先生にも伺ってみて、子供の作文を見る機会があったのですよ。ちょっと読み上げますね。
「黒板でできなくて、ちがう子はできてて、自分だけずっと黒板につったっていてすっごくはずかしくてみじめな思いだった。なんでわからんのとか、自分にすごく腹が立つこともあって、本当に楽しいなんて中学三年間一度だってなかった。」と書いているのです。しかしこの子は、実は高校で微分積分を習って、何だ、分数というのはこんなことだったのとわかるようになった、点数もちゃんといい点数をとれるようになって、数学がこんなに楽しいものだったということがわかって、うれしいということをちゃんと書いている子なんですよ。
だから、私はこれを読んでいて、子供も本当に努力しているし、先生方がそれぞれのところで努力されているんだな、子供たちというのはみんなこういうふうに成長するんだなということがすごくわかったのです。
そういう意味では、きょう午前中の議論にもありましたけれども、年間の時間数は決まっているでしょうけれども、どの単元にどういう時間を割り当てるとか、それからどういう配列でいくとか順序だとか、学習指導要領は一定のものを示していますけれども、やはり現場の実情に合わせて、あるいは子供の実態に合わせて、先生方がうんと自主的に創意工夫ができるんだというふうに考えて当然だと思うのですが、文部省、そういうことでいいですか。
○辻村政府委員 各先生方のそれは専門の御判断で、一人一人わからせる授業ということでやっていただければ結構なわけでございます。
○有馬国務大臣 この点に関して私、一言申し上げたい。
私は、中央教育審議会の際にもさんざん申し上げたことですが、子供たちの習熟度に応じた教育をやるべきだということを主張しております。やはり今のように、おくれた子に対しては丁寧な指導をしていただきたいと思っております。それからまた、少し早く理解をしていく子供たちに対しては、それなりの早い、習熟度に応じた、早く進んでいく教育を施していかなければならないと私は思っております。
○石井(郁)委員 私は、習熟度ということとはちょっと違うのですけれども、とにかく、現場のそういう創意工夫ということを本当に最大限文部省としても保障するという立場に立ってほしいということですね。
この点に関連して伺いますけれども、今度、総合的な学習の時間というのを設けられましたね。この総合的な学習も、さまざまな意見があり議論がされているところなんですけれども、この指導要領の総則では、その内容について、テーマとするべきものについて、「例えば国際理解、情報、環境、福祉・健康などの横断的・総合的な課題、」という例示がございますね。これはあくまでも例示であって、これ以外のことも当然やっていいということを含んでいるというか、考えていいのだ、これもそういう見解でよろしいですか。
○辻村政府委員 御指摘のとおり例示でございまして、それ以外にも当然あり得るということでございます。
○石井(郁)委員 当然あり得るというか、当然あっていいんだ、もっと幅広いいろいろなものに、現代社会で起こっているさまざまな問題に取り組んでいいんだということで確認してよろしいですね。
私、あと残りの時間で、きょうも既に議論になっていますけれども、高校選抜での内申書問題ですね、予算委員会でもちょっと大臣に申し上げましたけれども、もう少し突っ込んで伺いたいというふうに思います。
この問題は、調査書一般をどうするかという問題もあるのですけれども、子供たちがここで今さまざまな声を上げている問題は、内申書の中の観点別評価という問題なんですよ。観点別評価、これについて異議を申し立てているというか、これはもうやめてもらいたいという声が本当に多くある。これはNHKの教育テレビでもそうでございました。
子供の声をちょっと申し上げますと、関心とか意欲とか態度というものは客観的に評価できるんですか、これはあくまでも先生の主観にならざるを得ないじゃないかと子供は言っていますね。それから、先生の前でだけ意欲的にしていれば、結局本当のところはわからないんだ、だから先生の前と別のところと自分は人格を使い分けているという問題があります。そのほかボランティア活動、生活の全部、子供たちの行動がすべて評価の対象になっている、ここが本当に嫌なんだと言っているわけでしょう。
その点でいうと、例えば委員会、生徒会の係なんかやるのも自分のためだ、これはみんなのためじゃないというふうにまで言っているとか、それから、内申をずっと気にしながら生活している、授業以外でも先生が見ているし、学校にいる間はいつも先生の目を気にしている、こう言っていますね。それから、これは高校三年生ですが、私はもともとまじめな性格だった、ところが、まじめに振る舞っていると周りから、内申点を上げたいんでしょうという目で見られる、だから内申というのはいじめにつながるんだということまで言っていますよ。
ぜひ大臣に、これは子供のいいところを、日常的なところを評価するというふうには言われると思うのですけれども、やはり高校の合否をかけたいい子競争になっているんですよ。これは仕組みとしてこうなるという問題として、少なくとも観点別評価はやめる。それから、人格をそんな点数化なんかしない。ABCだとかランクづけるのもそうですけれども、しない。こういう評価項目はなくすということを本当に今お考えになったらいかがか、踏み切ったらいかがかということをぜひ申し上げたいのですが、いかがでしょうか、大臣。
○有馬国務大臣 またさかのぼった議論になって申しわけありませんけれども、どうやって高等学校なり大学なりに入学する人を選抜するかというのは極めて難しい問題だろうと思う。
もともとは公平原則がありますので、学力試験だけというのが一番公平でございます。マル・バツでぴしゃっとやる、これほど公平なものはない。が、マル・バツでやるとこれは大変な非難を世の中から受けるわけです。
それで、長い間学校で勉強したのだから、その間の勉強の態度等々は見てくれ、こういうことで内申書を採用しなきゃならないという意見が一方であるわけですね。調和を図っていかなきゃならないということを常々申しております。さらに口頭試問を課すとか、そういうさまざまな多角的な面から、その人物をこの学校で十分育てられるかという判断をしていくべきだということが私の原則的な考えでございます。
さて、そこで今の御指摘の件ですが、一つお伺いいたしたいことは、算数が何点であったとか、そのことはついてもよろしいですね。学校で、小学校、中学校での成績はよろしいでしょうか。
今御指摘のところは、私のお伺いした判断では、教科に関する、例えば体操が非常によくできる、音楽がうまい、こういう評価は客観評価をしてもよろしい。しかし、性格に関してだけは注意してくれという御指摘と判断をいたします。
この性格に関して、果たしてABCがいいのか、それとも点数がいいのか、これはさまざまな問題があると思います。それからまた、性格判断というものが本当にできるだろうか、どうかということも、個人、一人の先生ができるかどうかということもまた問題はあることは私もよく認識しております。この辺に関しては、さらに今度教育課程審議会等々で、内申書のあり方などについて御検討賜ることになっておりますので、その辺で十分御検討賜ろうと思っております。
○石井(郁)委員 これだけ本当に子供たちからも親からも、そして先生方だってやはりやりにくいという声が噴き出しているわけですから、検討をすべきだというふうに思うんですね。確かに、偏差値追放という中で、内申書重視の路線に変わってきました。既にもう五年たっているわけでしょう。この五年でいろいろな矛盾が出てきた、問題が出てきたわけですから、本当に検討されていい時期ではないかというふうに思うんですね。
ただ私は、それにつけても、やはり文部省として反省していただきたいなと思っているのですが、それは、こういう観点別評価というものを文部省として推進してきたということがあるわけでしょう。高校入試の改善等に関する状況を見ますと、最初のころは六県ぐらいでしたけれども、今では各県、ほぼ全県が観点別評価というのを取り入れている。こういう形で、一方では入試のあり方、方法は各県の裁量でやる問題ですというふうに言いながらも、しかし、これはやはり取り入れるようにということを文部省としては推進してきたんじゃないのですか。この推進を今後も、今検討されるということなんですが、続けるのかどうかということでいえば、私は、反省も含めて本当に検討していただきたいといふうに思うのですが、いかがですか。
○辻村政府委員 先回の学習指導要領の改訂に当たって、形式的に知識を覚えているか覚えていないかではない、その彼が仮に学力等が低位にあっても、意欲を持って学ぶ、それを積極的に評価しようではないかという考え方がありまして、それをどんなふうに評価するか。それは、内申書に結びつくかつかないかというのは別にして、日常の指導要録の上で関心・意欲・態度という項を新たに加えて、新たに加えてといいましょうか、重視して指導要録の様式を作成したという点では、確かに文部省がそういった対応をしたということはそのとおりだと思います。
しかし、そもそも指導要録は各学校で子供たちの日常の生活あるいは学習の過程を記録するものでございますから、文部省が示しましたものはあくまで参考といいましょうか、ひとつ検討に加えてもらいたいというものでございます。その実施状況等を調査した、それが推進してきたという評価を加えられるとすれば、それはそれで我々もそのとおり受けなければならないかと思いますが、基本的には、この観点別の指導要録の扱いにつきましては、各都道府県の教育委員会あるいはそれを受けた市町村教育委員会なり学校の御判断であろうかというふうに思います。
したがいまして、今、推進するかどうかと言われれば、私どもは、そういう参考としての資料を示しました、それをどのように扱うか、これにつきましては基本的に各公共団体において御判断をいただければいいというふうに考えるところでございます。
○石井(郁)委員 指導要録をお示ししている、これは確かにいろいろな記録として各学校が持たなければいけないというのは、そうだと思うのですね。
でも、私は驚いたのですよ。その指導要録で観点別評価というのが入っていますよね、学習状況。それから、行動の記録というところでは、基本的な生活習慣、明朗・快活、自主・自律、責任感、創意工夫、思いやり、寛容・協力性、自然愛護、公正・公平、こうあるのですよね。私は予算委員会でも言ったのですけれども、例えば、明朗・快活なんてことを、まさに人格評価でしょう。暗い人が、暗いというか静かな人がいたっていいじゃないですか。これはやはり大変ですよ、こういうことを書かれると。指導要録はそうです。指導要録だって、それは点数が書いてあるかもしれません。
ところが調査書、これは各県が参考までにとあなたはおっしゃるけれども、調査書も私幾つか取り寄せてみました、十数県。同じなんですよ。そういう行動の記録の項目、明朗・快活だなんとか、ほとんど全国同じ。だから、言われるように、文部省が一言言えばもう下までこうなっちゃうんですよ。とても参考なんというものじゃないです。全く画一そのものですよ。
だから、こういうことというのはちょっと恐ろしいでしょう。子供たちのいわば人格が、こういうパターンで、行動の記録もこの十幾つかで全部評価される。これはちょっと恐ろしいですよ。それが子供たちの中に、教師への不信を生み出し、あるいは政治への不信も生み出し、文部省への不信もつくりとなっているわけでしょう。本当にこれはやめるべきですよ。
この観点別評価や行動の記録、人格評価の点数化ということを思い切って削除するというか、やめるということに私は本当に踏み切ってほしいということを重ねて申し上げたいのですが、いかがですか。
○辻村政府委員 先生が御指摘された明朗・快活云々、これは行動の記録というものでございます。指導要録といいましょうか、日常の生徒の活動の記録の参考として入っていることは事実です。では、これを内申書、高校の入試選抜にどう使うか、これはまた別途高校の入試をどうやるかということで考えなければいけないと思います。
いずれにいたしましても、先ほど大臣から、新しい学習指導要領が告示される、それを受けまして、その新しい学習指導要領にふさわしい評価のあり方、すなわち指導要録の内容につきまして、これを検討すべく教育課程審議会で開始をしたいということでございますので、その際にはさまざまな角度から議論をしたい、こういうふうに思います。
○有馬国務大臣 私は、今局長がお答え申し上げたとおりのことを繰り返すことはいたしませんけれども、ただ、調査書でその本人のすぐれた点はぜひともきちっと書いてほしいと思います。単に先生の前で快活に見せるというふうなことは私は好きではありませんけれども、本当に明朗な、快活な人、そして自発的にボランティアをやるような人物、こういう人についてはちゃんと評価をして調査書等に書けるようなことをしたいと思います。
だから、それをどこまで点数化するか、これは私としては今後の検討の的だと思っております。
○石井(郁)委員 すぐれた点を書く、そうあってほしいというのはあると思います。だけれども、それは何も点数化じゃないわけでしょう。文章で書いていただいていいわけですよね。私は、きょう申し上げたのは、点数化する、相対化して順位をつけたりする、そういうことをやめるべきだと言っているわけであります。
この問題で、もう時間が参りましたが、とにかく今子供たちが声を上げていますよ。NHKがそういう点では大変いい一つの形をつくってくれたわけですけれども、あちこちでやはり子供の声をうんと聞いて、そして日本の教育をよくしていくという点では、私たちも皆さんと一緒に努力をしていきたいということを申し上げまして、質問を終わりたいと思います。どうもありがとうございました。



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