142-衆-文教委員会-2号
1998年03月11日
石井郁子議員 質問部分 会議録


平成十年三月十一日(水曜日)
    午前九時二分開議
出席委員
  委員長 高橋 一郎君
   理事 稲葉 大和君 理事 小川  元君
   理事 河村 建夫君 理事 田中眞紀子君
   理事 肥田美代子君 理事 藤村  修君
   理事 富田 茂之君 理事 西  博義君
      今井  宏君    大野 松茂君
      大村 秀章君    奥山 茂彦君
      小杉  隆君    佐田玄一郎君
     田野瀬良太郎君    野田 聖子君
      渡辺 博道君    安住  淳君
      粟屋 敏信君    中野 寛成君
      鳩山 邦夫君    池坊 保子君
      旭道山和泰君    松浪健四郎君
      石井 郁子君    山原健二郎君
      保坂 展人君
 出席国務大臣
       文 部 大 臣  町村 信孝君
 出席政府委員
       文部大臣官房長  小野 元之君
       文部大臣官房総務審議官     富岡 賢治君
       文部省生涯学習局長       長谷川正明君
       文部省初等中等教育長      辻村 哲夫君
       文部省育助成局長       御手洗 康君
       文部省高等教育局長       佐々木正峰君
       文部省体育局長  工藤 智規君
       文化庁次長    遠藤 昭雄君
 委員外の出席者
       国立国会図書館長        緒方信一郎君
       警察庁生活安全局少年課長    勝浦 敏行君
       総務庁青少年対策本部参事官   中澤 見山君
       厚生省児童家庭局保育課長    小林 和弘君
       文教委員会専門員        岡村  豊君
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 文教行政の基本施策に関する件
     ――――◇―――――

○高橋委員長 次に、石井郁子君。

○石井(郁)委員 大臣、御苦労さまでございます。日本共産党の石井郁子でございます。
 栃木県黒磯市で中学一年生が学校の中で教師を刺殺するという事件は、戦後教育の中で初めてのことだと思うのです。それだけに大変な衝撃を受けました。しかも、その後も学校内外でのそういう子供たちの殺傷事件というのが相次いでいるわけであります。どうしてこういう事態が続くのか。状況は極めて深刻であり、一刻の猶予もできないと私は思います。これは、教育の根本が問われていると私は考えているところでございます。
 そこで、このナイフ問題で、この委員会でももう既に各委員から御質疑がございましたけれども、私も文部省の対応についてお伺いをしたいと思います。
 所持品検査のことにつきましては、先ほど来、二月六日、都道府県の生徒指導担当課長の会議で文部大臣が表明をされたということでございまして、その趣旨についても先ほどいろいろ大臣の思いをお聞かせいただきました。このことは現場にこの方針を強要するというか、押しつけるというようなものではないというふうに私なりに理解をいたしました。
 この間、この栃木の事件以後も刃物を使った事件が三十数件、中学生がかかわっただけでも二十件前後というふうに言われておりまして、一昨日は埼玉の東松山市、きのうは名古屋、沖縄、京都で起きているわけですよね。だから、事態は収束するどころかますます拡大をしているわけでして、大変残念な事態であります。
 まず最初に、大臣に、こうした事態をどう思っておられるか、ちょっとお聞かせいただければというふうに思います。

○町村国務大臣 石井委員御指摘のとおりで、私も本当に大変な衝撃を受けながら、何とかならないのかなと思ったりもしておりますが、むしろ事態は本当に伝染病のように何か広がっているという実態があるわけであります。
 当面の対応として、一つは所持品検査を含めて、それがすべてではないと思いますが、しっかりとした毅然たる対応をしてもらいたいということを各学校にお願いをしました。それぞれの学校により、またクラスにより実情が必ずしも同じではないでしょうから、一律にこれをやりなさいと言うつもりもございませんが、しっかりとした取り組みというのがやはり求められている。
 そうでなければ、先生の人権だって、刺されてしまう子供たちの人権だってやはりあるわけでありますから、そういう意味で、私は当面やれることはしっかりやってもらいたいし、それはしかし.当面の対応であって、根本的な対応策といいましょうか、それはまた別途いろいろな方策を考えていくことが大切なんだろう。
 とにかく命の大切さ、そしてナイフ、そうした危険なものを学校に持ち込まないということだけはしっかりと心得て皆さん方に対応してもらいたいということを考え、お願いをしている最中でございます。

○石井(郁)委員 先ほどの御質疑の中にもありましたけれども、しかし多くの学校ではなかなかこの所持品検査というふうには踏み切れていないというか、そういう実施には向かっていないというふうに聞いているわけですね。私は、このことは、生徒と教師の信頼関係が最も大切にされるべき場所がやはり学校だ、この信頼関係が断ち切られたら教育というのは一層困難になるということから、こういう事態になっているのではないかというふうに考えるのですね。朝日新聞の三月一日の社説が、私は大変的を射ていたのではないかというふうに思いますのでちょっと御紹介をしたいと思うのですが、
  ナイフ事件で、文部省は全国の教育委員会の担当者を集めて、対応策として持ち物検査を認めることを強調した。荒れには先生が実力であたることもためらうな、といった方向の議論も煮詰められている。
 このような対応は、事件への驚きを反映したものではあっても、教育の現状をよく洞察したものとは思えない。
 対症療法でいっとき波頭を抑えても、底深く沈むおりは厚みを増す。
 こうした現実の重みは、文部省や関係審議会も知り尽くしているはずだ。持ち物検査でナイフを取り上げるだけでは、学校教育の瀬戸際の危機はくいとめられない。
ということなんですね。私は大変妥当な見解だと思います。ところで、ナイフの所持ですね、どのぐらいの生徒が今所持をしているのか、また所持する理由は何なのか、このことを文部省は把握しているでしょうか。もし調査結果があるならば、報告をいただきたいと思います。

○辻村政府委員 文部省といたしまして、この件につきましての特別の調査は行っておりません。全国的にトータルとしての資料は持ち合わせておりません。ただ、私ども、この事件は大変重たいものだと受けとめておりまして、警察庁からの情報収集、あるいは県によりまして幾つかの県で調査を行ったりいたしておりますが、そういう調査を行った場合には私どもが報告を求めるというような形で承知しておるわけでございまして、私どもが全体的に承知しているということはございません。

○石井(郁)委員 私は、いろいろな形でやはり文部省としての掌握は必要かなというふうに思うのですが、この黒磯の事件後に行われた当地の刃物所持の調査がございますよね。ここでは、小中学校で九千百九十六人がナイフを所持していると答えているのです。一二%を超えているのですね。これを全国の小中高校に換算しますと、八十八万人が所持しているということになりませんか。私は、現実はもっと上回るだろうと思っているのです。大変な事態ですよね。
 それで、なぜ子供たちがナイフを持つのか。この点で、NHKの二月二十六日の「クローズアップ現代」、「「突然の暴力・なぜキレるのか」中学生二千人が答える」という番組がございまして、私は大変教えられました。ナイフを持つのは相手をおどかすためと答えた子供が六%ですけれども、自分の身を守るためというのが二三%あったんですね。ナイフは弱い自分を変えてくれる道具だと中学一年生の子供が言っているわけです。
 この辺は各新聞もいろいろな子供の声を載せていますけれども、周りが敵に見える、だから友達も教師も親も敵に見えてしまうという。私は、こういう子供の心理を、これは事実として私たちがどう受けとめるかということが今問われているんだと思うんですね。だから、自分の身を守るためにナイフを持つ、こういう事態は子供たちをめぐる非常に深刻な状況だというふうに考えなければならないと思います。文部大臣、いかがでしょうか。

○町村国務大臣 子供の心理の深層の奥底までは正直言ってなかなかわかりづらいものがあります。自分の身を守る、しかし、一体何から身を守るんでしょうか。もしだれも、ナイフもない、あるいはいじめもない、何も自分を襲うものがなければ身を守る必要は全くないわけですよね。お互いがお互いの不信感で、あいつもナイフを持っているかもしらぬということで持つという悪循環をやはりどこかで断ち切らなきゃいけないと思います。
 今引用されました社説、それはそうかもしれません。信頼関係が大切だからそんな所持品検査やったってむだだよと。じゃ、その社説を書いた方に聞きたいんですが、じゃ、あなたはどうしたらいいんですか、何もやらないで手をこまねいて見ているんですかと。
 いやいや、こういうことはやりなさい、それは、確かに長期的にやるべきことはあると思いますし、中期的にやることもやはりあると思います。じゃ、今すぐこの伝染病のように広がっている事態に対してどうするんですかということは、私の記憶ですが、その社説には何にも触れておられなかったと思います。それはいささか無責任に過ぎるのではないのかなと。
 もちろん私ども、何も所持品検査ばかりが唯一の方法とは言いませんが、それで決して、大いにやれやれ、いいことだからやれと言っているつもりもありません。
 ただ、当面のこの緊急避難的な対応としてそれも一つあれば有効だと学校が判断をすれば、それにためらわずにやってもいいんですよということを申し上げることによって、今まで、さあどうしようか、本当は所持品検査も場合によればやりたいんだけれども、それもやったらまずいんじゃないんだろうか、子供の権利を侵害するかもしれないしというためらいを持ちながら、どうしようどうしようと迷っていた先生方、校長先生あるいは教育委員会に、私どもはこう考えますよという一つの指針を与えることができたのならば、それでよかったのではないのかなと思っておりまして、
意味がないと社説の方がおっしゃったようでありますが、それは私、余りにも今の事態を軽く見過ぎているのではないんだろうかな、私はむしろそう考えます。

○石井(郁)委員 その辺はいろいろな見解があると思いますけれども、私も、やはり生徒たちがナイフを学校に持ってこない、所持しないというのはやはりちゃんと徹底しなきゃいけないと考えているんです。
 ただ問題は、こういう子供たちの心をつかんでやはり教育的な対応が要るのではないかということなんですね。だから、そこを踏み外したらちょっと間違えますよということを言いたいわけであります。
 だから、決して現場はそうではないと思いますけれども、形式的な対応をしたりあるいは受け身の対応をしたのではいけないと。このナイフ問題で、やはり教育の問題として議論する、こういうことが今要るのではないかということなんですね。
 そして命の重さ、あるいは、ナイフというのは一歩間違ったら凶器になるわけですから、当然そういうことについても子供たちと話し合っていく、ある面では当たり前なんですけれども、こういう当たり前のことについてまず確認をしていただきたいということを強調したかったわけであります。
 そういう意味で、文部省として、一つは、どれだけの学校で子供とのそうした当たり前の話し合い、持ってこないということの徹底というか、このナイフについての話し合いが行われているか、そういう点も掌握しているのでしょうか。

○辻村政府委員 個々具体の活動の詳細につきましては、承知をいたしておりません。
 ただ、今回連続してこうした事件が起こったということで、私ども教育委員会等と頻繁に情報のやりとりをしているわけでございますけれども、こうした事件をきっかけに、各学校におきまして、学級活動でありますとか生徒会活動でありますとか、あるいは道徳の時間、あるいはホームルームの時間等を使いまして、教師の方が積極的に呼びかけて、子供たちとそうした話し合いの場を持つということがかなり積極的に行われているということは承知しております。
 ただ、全国的に具体にどうというところまでということは承知しておりませんが、各学校が真剣に、積極的にそういう面で取り組んでいるという情報は私ども得ております。

○石井(郁)委員 私は残念ながら新聞報道等々しか見ていませんのでなんですけれども、こういう事件が起こりますと、どうしても学校の対応というのが、校長先生の訓話で終わりたり子供たちに作文を書かせて終わったりとかいうようなことしか伝わってこないんですよね。だから、それではやはり形式的ではないのかというふうに言わざるを得ないわけであります。
 私たち、いじめ問題の経験のときにも、学校で教師と子供が徹底してやはり話し合いをするという中でいじめを克服していったということなんかも聞いておりますし、やはり命のかかっている問題ですから、緊急に学校で集中的にちゃんと議論をし合うという条件というか、あるいはすぐれた実践があればそういう実践を全国的に広めていただくとか、そういう取り組みを奨励されるとか、そういうことが文部省として一番してほしいことではないのかなというふうに思いまして強調しているわけですけれども、これを文部省の取り組みのやはり中心にするというふうにはお考えになりませんか。どうでしょうか。

○町村国務大臣 今委員がお話しになった、それぞれの学校現場で今いろいろないい工夫が、努力が行われていると私も期待をしておりますし、実際行われているという報告も耳にしております。
 できるだけ早くそういった事例などをまたまとめて、各現場に、こういうすばらしい方法もあったんですよということをできるだけ広めていくという努力は、当然の業務としてできるだけ早い機会にやってみたいなと思っております。

○石井(郁)委員 ぜひそのことは文部省にお願いをしておきたいというふうに思います。
 さて、もう一つ重大なのは、やはりこういうナイフ事件の起こる背景だというふうに思うんですね。子供たちがムカつくとかイラつくとかあるいはキレるということが言われているわけですけれども、学校がむかつきをためる場あるいはストレスをためる場にやはりなっているのじゃないだろうか。
 これは多くのマスコミが取り上げているところなんですが、しかし一方で、文部省の方からは、なぜこうした事件が起きるのかという分析あるいはその背景、それに基づく反省、そしてどこを直すのか、そういったことが聞こえてこないわけであります。
 教育基本法に戻りますけれども、教育基本法は、個人の尊厳を重んずる、真理と平和を希求する人間を育成する、また、教育の方針としては、自発的精神を養うということも掲げているわけですね。私たちは、教育基本法の原点に立ち返って検討するときに、やはりこの個人の尊厳とか自発的な精神とかを大切にする教育が行われていたら、子供たちがこんなに追い詰められるんだろうかというふうに思うわけであります。
 そこで、なぜこういう事件が頻発するのか、この子供たちのムカつきとかストレスということについて、その原因、背景について大臣はどのようなお考えをお持ちでしょうか。大変大きな質問かと思いますが、ちょっとお聞かせください。

○町村国務大臣 なかなか難しいお尋ねでございますが、いろいろなことがあるんだろうと思います。
 やはり今の社会、学歴偏重という実態がありましょうし、過剰にそのことが伝わっている面もあろうかと思いますが、それになかなかついていけない、したがって、とにかく勉強く勉強くと追い立てられることによる学校の中でのストレス、あるいは、自分がわかっていてもわかっていなくてもどんどんどんどん授業の方は進んでしまって、わかっていない授業にじっと一年も二年も三年も座っていくことのそれまた別の意味のストレスもあるだろうと。
 こういう面やら、あるいは、むしろ豊かな時代であるがゆえのストレスといいましょうか、もう無限に物を買える。欲しいものは何でも手に入る。しかし、そうはいってもお金に限りがあるから買えないものも出てくる。そこでストレスを感ずる。したがって、人を襲ってまでしてもお金を奪ってしまったりという行為に出たり、あるいは逆に、親がなまじそれなりにゆとりがあるためにどんどんどんどん買って与える。与え過ぎることの一つの――親や先生から怒られないままどんどんどんどんすくすくと、ある意味では何の屈折もないまま育ってきたがゆえに、たまに先生からこらっと怒られると、それが物すごい何かストレスになってしまって突然キしてしまったりといったようなこと。
 あるいは、すべてが何かバーチャル化しちゃって、バーチャルリアリティーという言葉が示すように、何が真で何が虚だかわからないような、そんな時代の中に育ってしまって、今の大切さを忘れ、先ほどどなたかが言っておられたけれども、ビデオの世界では殺してもすぐまた生き返ってくる。現実とそれが一緒になってしまって、今の大切さというものが自然自然のうちに忘れ去られてしまっている。いろいろな状況から問題行動が出てきたりストレスがたまってくるんだろうな、こんなふうに私は受けとめております。

○石井(郁)委員 このことで議論する時間がちょっとないのが残念ですけれども、私も、決して原因や背景がこれだ、一つだというふうには言えないと考えているわけですね。しかし、教育行政に携わる者としては、この教育の反省と改善点を示さなければ、やはり子供たちの声にこたえられないだろうというふうに思っているわけであります。
 その点で、低年齢化している受験競争の重圧とか、今大臣も触れていただきましたけれども、や
はりわからない授業、ついていけない授業、中学校になるとこの差が激しいですね。それから、やはり内申書による生徒管理という実態はあると思います。
 そういう問題について、これは別の機会にぜひ質問をしたいと考えているのですけれども、ここで一点問題にしたいのは、これは文部省自身の調査でも、昨年、三つの最悪という数字が示されているでしょう。一つは登校拒否、不登校の生徒が九万四千人を超えて過去最高と言われている。それから、保健室登校が一万人でこれも過去最高、六年前から始まった調査でその倍になっている。それから、校内暴力も対前年度比、対教師暴力では一・五倍ですね。全体で一万五百七十五件という数字が出てございます。いじめも、昨年より数字は少し減少ということですけれども、五万一千五百四十四件の発生件数なんですね。平成七年の場合は六万件を超えておりました。
 このいじめも、事件が起こると、これは私は大変奇妙だといつも思うのですけれども、いじめや登校拒否やあるいは教師体罰といった件数が報告されていなかった。何か一様にそういうふうに出されるのですね。だから、報告されない数というのは相当あるのじゃないだろうかというふうに考えると、これは本当に大変な事態だなと思うわけです。
 こういう結果を今日本の教育が生み出してきたということについては、やはり教育行政の根本的な見直しが求められているというふうに言わなければならないと思うのですね。しかし、私はきょうそこは議論しませんけれども、そのこととあわせてやはり緊急の措置、こういう事態に対する緊急の措置が要るのだろうというふうに思うのですね。そういうことを文部省はどうお考えでしょうか。

○町村国務大臣 御指摘のとおり、さまざまな憂うべき事態、不登校を初めとして確かにふえてきております。
 特に緊急対応という意味では、先ほど、何かそればかりどうも取り上げるのもいかがかと思いますが、必要によれば所持品もというふうに申し上げましたが、そういったことだけではなくてもうちょっと長いレンジで考えてみたときに、心の教育という一くくりで申し上げておりますけれども、先ほど所信で申し上げましたような、やはり一人一人の生徒の個性を伸ばせるような、そして豊かな心を涵養できるような、そういう教育に変えていく必要がある。
 ゆとりを持って生きる力をということで、例えば週五日制といったようなこともできるだけ早くこれは実施していくことも必要であろうし、あるいはカリキュラムのより精選化、厳選化といったようなことによって、不必要なとまでは言いませんが、余りにも微に入り細をうがったような内容まで子供に暗記を強いているとすれば、それはやはりまずいのであって、そうしたことを直していくといったようなことなどが、当面の心の教育の中ではやはり一番大切なことなんじゃないんだろうか。
 あわせて、やはりいい学校の先生方に育っていただきたい。養成をしていくといったようなことも、長い目で見たときに、先ほど御指摘のあった先生と生徒の信頼関係を築く上からも、指導力のある先生方に一人でも多く育ってもらうということの重要性もまた、この際、心の教育の一環としてやはり大いに改革をしていくポイントであろう、このように考えております。

○石井(郁)委員 私は、学校の危機とも言えるこうした結果が出ているわけでありますから、やはり一番の施策は人をふやすことだ、学校の現場に人をふやすことだというふうに思うのですね。
 大臣からそのことが触れられなくて大変残念なんですけれども、現実に政府がやってきたことは、九二年度からずっと予算的に先生を減らしてきたわけでしょう。これは、二万五千九百二十八人の先生が減らされているわけですね。昨年の財政構造改革法では、教職員の定数改善計画は二年延長される、それで八千四亘三十三人の人が減らされているわけですね。どこの現場に行きましても、もう先生をこれ以上減らさないでほしい、もっとふやしてほしいとは言わないけれども減らさないでほしいという声が満ち満ちているのですね。
 そこで、新しい荒れと言われている子供たちの実態、大臣も御存じだと思うのですけれども、本妻に小学校の低学年から、子供たちが「ウー」とうなり声を上げて机をどんどんたたき出すとか、いすを持ち上げてしまうとか飛び出してしまうとか、そんなことで授業が成り立っていかないということが言われているわけでしょう。四十人学級では手に負えないということは、もう大方の声だというふうに思うのですね。
 ところで、大臣、先ほどの西議員への御答弁で、小学校の実態は平均で二十七・七人というふうにお答えになりましたけれども、この数字はどういう数字なんでしょうか。ちょっと御説明ください。

○御手洗政府委員 現在小中学校におります、全クラスに入っております子供たちの人数というものを平均した単純平均の数字でございます。

○石井(郁)委員 私は、こういう数字を文部省がいつまでも答弁されるというのは本当におかしいと思うのですね。だって、過密都市部とそれから過疎地と、これは全国平均なんでしょう。それは、過疎地では少人数のクラスは当然あるでしょう。学校基本調査を見ても、そんな数字はどこにも出てこないわけですよ。
 三十一人以上の学級で勉学している生徒、小学校で六四%です。中学校では九〇・五%ですよ。しかも、中学校では三十六人学級以上というのが五九%、約六割でしょう。これはお認めになりますね。そうですね。これが現実でしょう。この現実をちゃんと見てください。そこから出発しなきゃ、あなた方、そんな数字をいつまでも言っていたら、私はこれは本当に子供たちに申しわけないと思っているのです。
 官庁というのは説明責任があって、やはりちゃんと真実を述べる責任があると思うのですね。今、非行や子供たちのこういう相次ぐ事件で、文部省自身が倫理観だとか規範意識とか言っているじゃないですか。こんな数字を子供たちにまともに、これが日本の教育の実態ですというふうに言えますか。言えないでしょう。ちょっと答弁してください。

○御手洗政府委員 御指摘のとおり、個々の学級に入っております子供の分布の状況というようなものを統計的に出しますと、委員御指摘のような数字になろうかと思いますが、私どもは、この二十七・七あるいは三十二・九、大臣から御答弁申し上げました数字は、一つの政策の指標といたしまして、これまで、昭和三十三年以来数次にわたる小中学校の改善計画をやっております。そういった最初の計画以来、逐次、一つの指標といたしまして、国際比較も含めまして一つの教育水準をはかる長期的な数字という形でずうっとこれを使わせていただきまして、私ども少しずつ、諸外国を含めまして着実に追いつきつつあるという状況でございまして、御理解いただきたいと思います。

○石井(郁)委員 いや、そういう数字でいつまでも諸外国と肩を並べているなどと言ったら、本当にこれはあなた方、現実をごまかしていると言わざるを得ないと思うのですよ。到底、諸外国には肩なんか並べていません。そうでしょう。だから、実態をきちんと見てほしいし、実態から出発してほしいというふうに思うのですね。
 現実に、栃木でも黒磯北中のPTAは、あの事件の後、やはり四十人学級を見直してほしいと市教委に申し入れをしています。中学校では三十七人、八人という学級なんですから、これは早く三十人学級にして、三十人以下のクラスの人数にしてほしい、実態としてしてほしいという声だと思うのですね。
 子供たちも、やはり自分の気持ちを先生に聞いてほしいし、また先生も一人一人の子供の気持ちを聞いてやりたい。ところが、今先生は忙しくて
子供と話す時間がないというわけでしょう。こういう現場を放置しておいて今の教育問題はやはり解決しないというふうに私は思うのですね。それで一私は三十人学級に本当に踏み切るべきだというふうに主張したいと思うのです。
 そこで、お伺いしますけれども、三十人学級にした場合にどれだけ教員が必要なのか、あるいは予算が必要なのか、このことを試算七たことがあるのかどうかということをお聞きしたいと思います。

○御手洗政府委員 三十人学級、もし仮にということで試算をしたらということでございますけれども、実際には全国四万校ございます。また、五十万クラスほどございますすべてのクラス、一人子供が違いますと各学校ごとにまたクラスが違ってくる、非常に膨大な実際の現場からの積み上げの作業を必要とするわけでございまして、具体的な三十人学級等への政策の目標のない段階で、個々の学校現場までおろしましてそういった膨大な作業をいたすということは今のところ考えてございません。
 また、それとは別途机上のプランといたしましてどうだというような仮定の数字を出そうとすれば、これは計算機を回しますと出せないということもなかろうかと思いますけれども、具体の実態を伴わない数字だけがひとり歩きするということも、今後の政策を進めていく上で、必ずしも現場その他に適切な情報を与えるということにもならないかと思いますので、私ども、そういった数字を現在示したことはないわけでございます。

○石井(郁)委員 実は私は、昨年の予算委員会では、三十人学級に踏み切るべきだということで独自の試算も示しまして要求いたしました。そのときもやはり同じ答弁でございました。
 役所でしょう、そういう試算をされたりするのがやはりあなた方の仕事じゃないのか。それは、膨大な量で大変難しいということはそうなんでしょう。でも、そういうことぐらいはできないのですか。できないとしたら、そういう役所、文部省とは一体何なのだろうと思うでしょう。だから、ぜひ調査をしてください。その調査費はぜひ概算要求に盛り込んでほしい。そんなことができないのでしまうか。大臣、いかがでしょう。

○町村国務大臣 何せ、つい十一月の時点で財政改革法を通し、平成十年を十二年にということを決めたばかりでございますから、それといささか違う方向での調査検討と言われましても、なかなかそれはちょっと容易なことではないなと。
 しかも、都道府県、市町村に相当な作業、膨大な作業量を今局長が申し上げたようにおかけするわけでございますから、それは、極めてごく簡単な仮定計算をしろと言えばそれはできないことはないかもしれませんが、それは多分余り意味がないのだろうと思いますので、そういう状況にあるということはひとつ御理解を賜れればと思います。

○石井(郁)委員 私は、文部省のそういう答弁、大変残念に思いますし、今の困難な教育の問題にやはりこれでは正面に取り組んでいるとは言えないと言わざるを得ないと思うわけですね。
 大臣の所信の中でも、人づくりについて非常に高らかに決意を表明されました。これは二十一世紀の我が国の姿を形づくるものだ、教育は最優先の課題だと。だったら、そういうことがなぜできないのかと私はやはり言いたいのですね。
 先ほど政府の方も、諸外国に比してということをいつも出されましてあの数字を持ち出されるのですけれども、これは周知のことですが、アメリカではクリントン大統領が一般教書の中で、小学校の三学年に限って十八人のクラスにするということを表明されましたよね。何という大きな開きだろうかというふうに思うのですね。世界各国がそういう形でもう実質上学級を二十人から二十数人の規模にするということで踏み切っているわけですから、日本の今の事態は本当に異常だというふうに思います。こういうことをそのままにして二十一世紀は迎えられないというふうに私は思うのですね。
 この点では、文部省がそういう対応ならば、もう先鷺どの各党委員の中からも三十人学級というお声が出ておりますし、今国会では、参議院の代表質問では各党からそういう質疑もあったというふうに私は聞いておりますから、各党が協力して、せめて三十人学級に踏み出すという取り組みをしたいと私は思うので、議員立法ででも三十人学級実現のために努力をしていきたい、このことを党として表明いたしまして、二十一世紀の日本の教育は本当にこれでいいのかということでぜひ再度大臣の御決意を伺って、質問を終わりたいと思います。

○町村国務大臣 私も、はなから委員の御指摘を否定するつもりもありません。十分な材料が率直に言ってございません。
 ただ、もちろん社会の状況、いろいろな環境が違うから一概には言えないと思いますが、それこそ終戦直後、もっとひどい教室で、ぽろぽろの教室で、一クラス六十人いてもこうした悲惨な事件が起きずに、人数が減ってきた今日、逆に起きているというのは一体何なのだろうか。
 確かに先生方、忙しいとよく言います。私もこの間、中学校の先生方から忙しいのだという話を聞きました。それなりの理由も理解をいたしました。ただ、もっと人数の多い時代、例えば私どももたしか四十五人とか、せいぜい五十人ぐらいだったと思いますが、ちゃんと個々の先生方との会話が成り立っていたし、私は先生の考えも、全部とは言いませんが、理解できた。先生も私ども個々の生徒のことをかなりよく把握していたような気がいたします。
 ですから、教育効果という面から考えたときに、一クラス当たりの人数が少ないことと教育成果が上がるということが必ずしもイコールなのかどうなのか、私は、そこはいま少し冷静な分析が必要なのじゃないのかな、こう考えたりもしております。
 クリントンさんは気楽です。何しろ国に教育に関する権限がないから、十八人がいいとか言えばいいのですから。それはアメリカはアメリカ、やはり日本は日本ではなかろうか、こう思っております。

○石井(郁)委員 終わります。


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