平成九年五月二十日(火曜日)
午前九時三十四分開議
出席委員
委員長 二田 孝治君
理事 稲葉 大和君 理事 河村 建夫君
理事 栗原 裕康君 理事 田中眞紀子君
理事 佐藤 茂樹君 理事 藤村 修君
理事 山元 勉君 理事 石井 郁子君
岩永 峯一君 栗本慎一郎君
佐田玄一郎君 阪上 善秀君
戸井田 徹君 山口 泰明君
渡辺 博道君 井上 義久君
池坊 保子君 旭道山和泰君
西 博義君 西岡 武夫君
三沢 淳君 鳩山 邦夫君
肥田美代子君 山原健二郎君
保坂 展人君 粟屋 敏信君
出席政府委員
文部政務次官 佐田玄一郎君
委員外の出席者
参 考 人(理化学研究所理事長)(元東京大学学長) 有馬 朗人君
参 考 人(国際基督教大学教養学部教授) 勝見 允行君
参 考 人(沖縄大学法経学部教授) 宇井 純君
参 考 人(一橋大学名誉教授) 浜林 正夫君
文教委員会調査室長 岡村 豊君
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本日の会議に付した案件
大学の教員等の任期に関する法律案(内閣提出第八三号)
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○二田委員長 これより会議を開きます。
内閣提出、大学の教員等の任期に関する法律案を議題といたします。
本日は、本案審査のため、参考人として理化学研究所理事長・元東京大学学長有馬朗人君、国際基督教大学教養学部教授勝見允行君、沖縄大学法経学部教授宇井純君、一橋大学名誉教授浜林正夫君、以上四名の方々に御出席をいただき、御意見を賜ることにいたしております。
この際、参考人各位に一言ごあいさつ申し上げます。
本日は、御多用中のところ本委員会に御出席いただきまして、まことにありがとうございました。参考人各位におかれましては、それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお聞かせをいただき、審査の参考にいたしたいと存じます。よろしくお願いします。
次に、議事の順序について申し上げます。
有馬参考人、勝見参考人、宇井参考人、浜林参考人の順に、お一人十五分程度御意見をお述べいただき、その後、委員の質疑に対しお答えいただきたいと存じます
なお、念のため申し上げますが、御発言の際は委員長の許可を得ることになっております。
それでは、有馬参考人にお願いいたします。
○有馬参考人 きょうは、ここに、任期制の御議論をなさるに際しまして、参考人として意見を述べさせていただく機会を与えてくださったことに心より感謝申し上げます。
高等教育及び科学技術に関係しております人間といたしまして、先生方の御尽力に心より感謝申し上げます。この数年、大学の教育研究環境や研究所の研究環境がかなり改善してまいりました。また、科学研究費を初め研究費もかなり増大しつつあります。これはまさに先生方のお力であると我々は感謝をしている次第であります。
一方、我々教育研究者も、一生懸命すぐれた教育を行おう、秀でた研究をやろうと努力はいたしております。事実、そのかいがございまして、自然科学の論文数は世界で第二位ないし第三位を占めるに至りました。各分野によって二位か三位か違いはありますけれども、大体二位ないし三位の地位を占めるようになりました。
お手元に資料を差し上げてあるかと思いますが、資料一にその総論文数を掲げておきました。総論文数も日本が第二位であるということで、大変我々は努力をしていると自画礼賛をしたいところなのですが、しかし、その右側の方に黒い線でかいてございますが、引用度、何回ぐらい一つの論文が引用されるかということにおきましては、残念ながら先進諸国の中で一番低い程度である。アメリカの六割程度しか引用されないという状況でございます。
それからまた、研究者一人当たりの論文数はどのぐらいかというと、その次の表にお示ししてございますが、一人当たり日本人は十年に一回しか書かない。〇・一回である。それに対して、アメリカもそれほど威張れたものではありませんが、〇・二個。すなわち日本の二倍ぐらい。あるいはイギリスはどうかというと、イギリスが非常に強くて、日本の四倍ぐらいの論文を一人一人が書いているわけであります。この点、日本の研究者の一層の努力が必要であると私たちは思っているわけであります、
もっと日本人の研究者が、今でも努力はしていると思うけれども、もう一層活性化する方法というものがあるだろうかということを長年考えておりますが、その一つは、教育や研究に従事する人々の流動化を図るということであろうと思います。
私自身は素粒子グループに属しておりまして、このグループは、湯川秀樹先生、朝永振一郎先生、坂田昌一先生という世界の先駆者の伝統を我々は受け継いでいるわけであります。一九五三年に京都大学に湯川先生を所長とした基礎物理学研究所が創立されました。この研究所ではごく当初より教授、助教授、助手の全所員に任期制が導入されております。そのことによってこの研究所の活性化、流動化というのは非常に進んでいるわけであります。それに倣って、多くの大学や研究所は自発的に任期制を導入してまいりました。
その公募の例を二、三、私の分野で参考資料としてつけさせていただいた次第であります。既に一九六〇年代に方々の学科あるいは研究室、講座で公募をし、かつ、その公募の際に任期制をつけた形で公募をしているという例がそこに幾つか差し上げてございますので、御参考までにごらんいただければ幸いであります。
このような自発的努力をしております大学あるいは大学共同利用研究所等々は随分たくさんございますし、文科系でも多くの学部が既に任期制を自発的に導入しているわけであります。東京大学の法学部は戦前から助手には任期をつけていたと聞いております。戦後はもちろんのことであります。
しかしながら、問題は、任期つき採用は、厳しく見ますと公務員法に矛盾する部分がないわけではない。そのために、もし紛争が生じれば、雇用側、すなわち大学ないしは研究所側が不利でございます。そこで、自主的なやり方だけの運営では不完全であると私どもは考えているわけであります。
大学審議会は、教育研究の一層の活性化を図るため、その一つの方策として長年任期制の導入を慎重に検討してまいりましたが、各大学の自主的判断に基づいた選択的導入が適切と判断して、一昨年には審議の概要を公開し、関係各方面の御意見を聞き、さらに審議を重ねて、昨年十月に答申した次第でございます。
先ほども御礼を申し上げましたけれども、本日は、国会において任期に関する法律を御審議なさる際に私にも参考人として意見を発表する機会をお与えくださいましたことに、改めて感謝申し上げます。
そこで、以下少し詳しくこのいきさつを申し上げたいと思います。
まず、任期制提言の背景でございます。
答申において任期制を提言いたしましたのは、大学における教育研究の活性化が必要であるということであります。
今日、社会は急激に変化しております。このような時代にあって、人材育成と学術研究の中核を担う大学の役割はますます重要なものになってきております。しかし、我が国の大学については、社会経済の発展に寄与してきたことの評価がありますが、一方、教育研究の現状に対して、学生の要求や社会の要請を踏まえた教育が十分には行われていない、国際的な競争にも耐え得ない面があるということが問題になっております。先ほど既に国際的な面での論文については申し上げたとおりであります。
こうした批判にこたえていきますためには、大学改革を進め、大学における教育研究を活性化しなければならないと思っております。そのためには、第一に、大学教員の能力を上げていくということが必要でございます。教員の流動性が高まり、異なる経験や発想を持つ多様な人材が交流して相互に学問的刺激を与え合うということは、教員の教育研究能力を高める上で有効であると私は信じております。
各大学におきましては、公募制の活用などの採用方法の改善や弾力的な教育研究組織・体制の工夫など、教員の流動化を高める取り組みが行われております。
例えば、私自身のことを申し上げて恐縮でありますが、私が属しておりました東京大学理学部物理教室では、助手からこの教室の講師や助教授には昇任させないという強い合意がございます。もっとも例外がないわけではありませんけれども、よっぽどの場合にのみ助手から助教授ないしは講師に昇任するという一つのルールを内規で決めております。あるいはほかの大学の例で申しますと、助教授までは比較的楽に進んでまいりますけれども、教授への昇進は極めて難しいといった方針をとっているところもございます。
そこで、任期制の目的でございますが、任期制はこのような教員の流動性を高めるための方策の一つであります。任期制を導入できるようにすることは、回内外を問わず、他の大学や研究機関等との人材交流を一層促進することになり、教員の能力を高め、大学における教育研究の活性化を図る上で大きな意義を持つものであると私は確信しております。また、任期制の導入により多くの教育研究機関で教育研究に従事することになることから、教員としての創造的な能力と幅の広い視野が養われ、若手教員の育成に資することができるかと思います。
答申においては、大学や学問分野ごとに実情が異なっておりますので、各大学の判断により任期制を導入し得る選択的任期制が適切であると考えた次第であります。
任期制の対象となる教員といたしましては、制度上は教授から助手まですべての職を対象とし得ることといたしました。実際にどの職に導入する
かについては各大学の判断にゆだねることにいたしております。
すべての職を対象とし得るようにいたしましたのは、各大学においてそれぞれの教育研究上の必要性に基づいて任期制を導入しようとする場合に、特定の職には任期を定められないというふうなことがあると困りますので、各大学の判断を尊重できるようにしようという配慮によるものであります。先ほど申しました京都の基礎物理学研究所は、助手、助教授、教授全員に対して任期が現在つけられているわけであります。
任期満了後に再任を妨げない運用とするか否かも各大学の判断に任せられております。しかし、再任を決定する際には、新任の教員と同じように厳しく教育研究上の業績を評価すべきであると考えております。
任期制の導入の有無にかかわらず、教育研究の活性化を図る上で教員の業績評価が適時適切に行われることが極めて重要でございます。特に、任期制の導入により業績評価の機会がふえることになりますので、従来にも増して信頼性と妥当性のある評価方法を各大学で工夫することが必要不可欠でございます。
その場合、研究面の評価に偏ることなく、私は大いに教育面でも評価をしてほしいと思っております。また、大学の管理運営、地域社会への貢献、特に地域社会への貢献といったことについても適切に評価をしていくことが必要でございます。
また、研究面の評価に当たりましても、長期的な視野に立った研究がおろそかにされることのないよう、仮に研究途上のことでありましても、研究途上の業績について詳しく、きめ細かく検討し、論文の数だけでなく、その質を重要視した評価方法を工夫することが重要であると考えております。
最後に、法案について私の考えを申し上げます。
今回の法案は答申の内容を十分に踏まえたものになっていると考えております。
例えば、法案においては、各大学の判断により任期制を導入し得る選択的任期制の考え方がとられております。また、任期制の恣意的な運用を避けるために、教員の任期に関する規則を定めて行うこととしております。さらに、任期制の運用の透明性を高めるために、教員の任期に関する規則を公表するなどの措置がとられております。
今回の法案により、各大学の判断で任期制の導入が可能となれば、大学における教育研究を一層活性化させ、未知の分野を開拓していく創造性にあふれた人材の養成や、世界をリードする独創的な研究が行われるようになるかと考えております。したがいまして、できるだけ早く法案を成立させていただきたいものとお願いを申し上げます。
最後に、教育は国家百年の将来を保障するものでございますことは先生方に申し上げるまでもないことであります。そこで、ぜひお願いは、任期制からちょっとずれて申しわけありませんけれども、教育や研究に対しましては十分研究費や教育費を御配慮いただければ幸いでございます。
最後に、先生方のますますの御活躍を祈りつつ、私の意見発表を終わらせていただきます。まことにありがとうございました。(拍手)
○二田委員長 有馬参考人におかれましては、御苦労さまでございました。ありがとうございました。
次に、勝見参考人にお願いいたします。
○勝見参考人 委員長並びに委員各位、本日は、文教委員会の会議におきまして、大学教員の任期制の導入に関し私の意見を申し上げる機会を与えられましたことを大変光栄に存じます。日ごろの、大学あるいは教育全般の事柄について、皆様方の絶大なる御協力を大いに感謝申し上げる次第でございます。
私は、任期制の導入に賛成の立場から意見を申し上げたいと思います。
このたび、大学審議会の答申に基づいて議会に提案されようとしております法案では、任期制に二つのカテゴリーがあるように思います。すなわち、一つは、任期のある教員のポストを設置するというアイデアであり、もう一つは、現在の教員任用のシステムの中で任期制を置くというものであります。この二つは、必ずしも同一レベルでその功罪を論じることはできないと考えますので、別々に取り上げて意見を申し上げます。
まず、任期のあるポストを置くという考えであります。このような教員のポストに関しましては、既に多くの国公私立大学において何らかの形で実行されてきているものであります。例えば、外国人教員の採用、客員教授の任命、定年後の教員を特任教授等の名称で再雇用する、あるいはポストドクトラル・フェロー、あるいは先ほど有馬氏が紹介されましたように、一部の助手の採用、そういうような形で行われております。しかし、これらの現在運用されている制度は、このたびの法案の基礎にある大学の現状についての認識、すなわち、「大学等において多様な知識又は経験を有する教員等相互の学問的交流が不断に行われる状況を創出することが大学等における教育研究の活性化にとって重要である」という認識から運用されているとは言いがたいと思われます。
任期を決めた契約、私は六年前後が適当であると考えておりますけれども、この任期による教員または研究者の任命は、プログラムセンタード、つまりプログラム中心の教育研究のプロジェクトを遂行するには極めて有効な手段であると考えます。大学が従来の伝統的な学問分野を守り、その維持発展に力を注ぐことは重要でありますけれども、他方、時代の変化や要請、新しく展開しつつある学術の流れに積極的に対応するようなことも必要であります。このようないわば新しい試みに対して大学は柔軟であることによって、みずからのうちに活力を養うことができるものであります。
しかし、既存の学術の流れを一挙に更新することはできませんし、また、望ましいかどうかも問題であります。というのは、新しい流れが学問の主流となり得るものかどうかわからない面もあるからであります。大学が教員の一部に、常時プログラムセンタードのプロジェクトに携わる者を含むということは、大変望ましいことであります。これらの教員が新しい研究分野を開拓し、また教育に従事するということは、教員相互の励みとなるばかりでなく、学生に対しても絶大なる教育効果をもたらすものと信じます。
ただ、任期のある教員のポストを新しく増設するのか、現在の教員枠の一部を転用してそのような枠をつくるのかということは問題があることかと思います。しかし、私は、たとえ現在の教員枠の一部を転用するにしても、このようなポストを創設することは意義のあることであり、大学の活性化に大いにつながるものと考えております。
さて、次に、教員職に任期制をしくというアイデアについて意見を申し上げます。ただし、この制度は、大学教員への就任は必ずしも終身在職の権利を保障するものではないという制度として考えたいと思います。
これまで、大学で行われてきた教育研究活動は、文部省による統制はありましたけれども、基本的には各大学の自治に任されておりました。これは、日本国憲法第二十三条に明記されております「学問の自由は、これを保障する。」という精神を学問の府たる大学が堅持しているからであります。先般の教育カリキュラムの大綱化によりまして、教育面での大学の自由裁量の枠は大幅に拡大されております。これは文教面でのいわば規制緩和と言うことができるかもしれません。この措置によって、もちろん大学に課せられた責任はますます重くなったのは言うまでもありませんが、各大学は、それぞれに教育研究活動において特色を出すべく努力してきましたし、しております。
しかし、大学の教育研究活動を担う主体である教員についてはどのような改革がなされたでありましょうか。魅力のない授業、研究偏重、採用に当たっての身内の優先、教員間の相互批判の欠
如、研究のマンネリ化、教員の流動性の欠如、年功序列制、さまざまな問題点が指摘されておりますけれども、残念ながら改善されたとは言いがたい状況にあります。しかし、自然科学の一部の分野では、国際的競争が激しいこともあって、徐々にではありますけれども、望ましい方向に向かっているのも事実であります。私は自然科学の中の生物学の分野に属しますけれども、そこの分野ではこのような点に対しての改善がなされつつあるということを感じております。
このたびの法案にありますような教員の任期制の導入というのは、こういった問題点に役立つということを考えてなされているものだと思いますし、私もその可能性に大いに期待するものであります。
さて、学校教育法第五十二条によりますと、「大学は、学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを目的」としております。このことはとりもなおさず、大学教育というものは、人格の陶冶を補助して、創造的、知的活動を通して世界人類の生存に資するという、非常に高邁な仕事を託されているということをまた意味しているかと思います。このような重大な任務を与えられている教員ではありますけれども、果たして大学の教員は、それを自覚して、それにこたえるべくみずからを厳しく律してきたでありましょうか。そこに問題があると思います。また、国立の大学は国民の税金によって支えられておりますし、私立の大学も学生の高い授業料や国庫の補助によって支えられているわけであります。
これらのことを考えますときに、教員人事が、大学の自治の名のもとに、保守的で閉鎖的であることは望ましいことではありません。任期制の導入は、自治が許されている大学の中で、教員の集団がみずからを厳しく律する方策としてぜひ必要であると私は思います。
私は、ここで米国型のテニュア制度、終身在職権について少しコメントしたいと思います。
私は、アメリカの大学の大学院で学位を取ってまいりまして、またその後いろいろ研究する機会を得たりいたしまして、幾つかの教育機関においてこの制度をつぶさに見てきた経験がございます。一般に、大学院で学位を取って高等教育機関に就職した若い学者の卵が、果たして当該の機関で期待されるような教育者、研究者として適格であるかどうかということは、当初からはわからないのが普通であります。したがって、就職してからの活動をしかるべきときに評価して、終身在職を認めるかどうかを判断することが望ましいわけであります。何年も在職して、結局当該機関では満足のいく教員とはなれなかったとしたら、これは大学にとってのみならず本人にとっても極めて不幸なことであります。転職の機会は早ければ早いほど、その可能性は高いと考えます。
米国では、一般に助手という専任の制度はございません。大学における教員の最低のランクは講師でございます。講師、助教授、准教授、アソシエートプロフェッサー、そして正教授という四つの段階があるわけです。助手は主として大学院の学生が担当することになっております。講師あるいは助教授として就任いたしましてから、その教員が教育研究の面で果たして十分な任務を、あるいは責任をとってきたかどうかということがしかるべき委員会によって評価されまして、そして終身在職権を与えていいかどうかという判断を行うわけであります。
こういう評価は形式的であってはいけませんし、また身内でのみ行われても意味がありません。客観的に行われるような制度がなければならないわけであります。私は、米国の二、三の州立大学から、助教授のテニュアに関して評価と意見を求められたことが数回あります。このように、学問的評価というのは、広く世界に求めて、客観的であるというのがよろしいかと思います。
任期制導入の理由の一つに、一度教授になれば研究活動は低迷してもそのまま居続けられるのは極めてよろしくないという批判がございました。このことに関して、私はこのように考えます。終身在職権を与えるに当たっては、むしろそのような可能性のないことをよく吟味して与えるべきであると思います。米国ではテニュアを得た教員が教育研究活動の面で低迷することはないかといいますと、そうではございませんで、確かにそういう例がございます。しかし、このような場合には、給与の昇給のストップとか研究室の召し上げとか、そういうようなことで大学はそれらの教員に対応いたします。私も何度も、そういう目に遭い、肩たたきの目に遭っている教員を目にした経験がございます。
なお、テニュアの評価は、研究の論文の数だけによるのではなく、その質が重んぜられなければなりません。かつて、パブリッシュ・オア・ペリッシュという表現がありまして、論文を数出さなければだめになるということで、ただ数だけが問題になったことがございます。しかし、現在は、私は、少なくともやはり論文は数だけではなくて、その質によって評価されていると信じております。そしてまた、評価は、少なくとも教育活動と大学への奉仕というようなものが重要な項目として取り上げられます。米国のテニュアを審議する委員会では、この三つが重要な項目として取り上げられます。私の知っている優秀な州立大学のある教員が、教育と大学の奉仕に対することが熱心でなかったために、研究はすぐれていたけれどもテニュアを取れなかったという例を知っております。ともすれば日本では、研究業績だけが大学教員の十分条件のように考えられているのは、改められるべきであると思います。
以上、結論としまして、大学教員の任期制導入は、ぜひ行われる必要があると私は考えます。しかし、その運用に当たっては、決して形式的にならないような方策を十分に考慮するという努力をすべきであるというふうに考えております。
以上でございます。ありがとうございました。(拍手)
○二田委員長 勝見参考人におかれましては、御苦労さまでございました。ありがとうございました。
次に、宇井参考人にお願いいたします。
○宇井参考人 委員長、委員の皆さん、参考人として意見を述べる機会を与えてくださったことに感謝いたします。
私は、不幸にして、大学の管理の立場に立ったことはございません。そこで、この問題については、自分の体験したことをもとに意見を申し述べることになるかと思います。大学についての大所高所からの立場というものとは別に、私が体験しました研究の経過の中で、任期制を採用したときにどうなるかということを考えてみたいと思います。
振り返ってみますと、人によって早い遅いの差はかなりございますけれども、多くの研究者が自分の生涯をかけて取り組む研究テーマに直面し。それと格闘を始めるのが、大学院のドクターコースから助手にかけての時期、二十代の後半から三十代が普通であります。私も、その時期に公害問題という一生かかっても解き切れないような大きなテーマにぶつかりまして、そしてその中で自分の結論を少しずつ手探りを始めました。その中で新しいものが見つかり、既存の学問で全く説明のつかないような現象にぶつかるたびに大変な恐ろしさを感じだというのが、今振り返って覚えておることであります。
既存の学問に対して、それは違うという意見を言わなければならなかったこともあります。また、水俣病の経過を調べてみますと、私が働いておりました東京大学が事件のもみ消しのために大きな役割を果たしたというふうな事実もわかってまいりました。そういう中で、大学院から助手にかけて研究を進めておりますときに、なぜああいう勝手な研究をやっている助手をやめさせないのだというふうな声が聞こえてきたこともございます。その中で辛うじてどうにか研究を続けさせてくれたのは、教育公務員特例法にある身分保障の
制度のおかげでありまして、ようやく苦しい時期を乗り切って、一九七〇年ごろから自主講座「公害原論」という形で自分の研究を世に問うことができるようになりました。
そういう経験を振り返ってみますと、最も不安定で、かつ研究の第一線で勤務するような生活をしておりました助手の時期に、もし任期制が導入されておったら、私の研究は続かなかったであろうということを今振り返って感じます。
これは私だけではございません。東大あるいはその周辺には、やはりそのときの時流に合わない研究をやったために昇進の道を断たれたという研究者はたくさんおります。古くは、牧野富太郎先生のように、用務員から出発して、ついに教職の立場には立てなかった方もおられます。しかし今日、自然科学を学ぶ者のほとんどは、牧野先生の植物図鑑から出発して自然科学を勉強する経験をしております。あるいは、東大では松島栄一さんのように、やはり中世の歴史学者としては世界的に知られた人でありながら、助手で定年までおられた方もおります。私の同僚では、中西準子、後に横浜国大の教授になりましたが、やはり助手として非常に苦しい時期を過ごしたのを見ております。公害の研究者の中には、ほかにも大勢助手の期間が長かったという人たちがおります。
そういう、時流に合わない研究、あるいは、いつか後の世に役に立つような、しかしそのときには目立たない研究をしている人間は、このような任期制が採用された大学の中では生き残ることは不可能だろうと感じます。
大学の流動性あるいは活性化を図るのには、まだまだほかにやらなければならないことがたくさんあるだろうと大学の中で暮らして感じます。
例えば、採用、昇進の不透明性。これは、私がおりました東大工学部の中でも、なぜ採用されたのか、なぜ昇進していくのかがほとんど説明されたことがございませんでした。そういう不透明性を残したまま、助手のところに主として任期制のような制度を採用する。しかも、その過程で助手の意見はほとんど聞かれていないようであります。つまり、当事者の声を聞くことなくして制度がつくられるというのは、やはり大学の中におって、これは甚だしく不当であるというふうに感じます。
もう一つ、今、沖縄大学という小さな私立大学に身を置いて感じますことは、こういう新しい制度を一種のインセンティブとして導入しました場合に、大学の政策に対する一種の誘導にならないだろうか。いろいろな許認可業務などの際に、こういう制度を採用することが、やはり大学にとって一つの経営の優先順位になるような危険はないだろうかということを感じます。
ただでさえ私立大学の場合には、理事者側、経営者側と教授会の間にはある種の緊張関係がございまして、力関係は多くの場合経営者側の方が有利であります。教員の人事等においても、やはり経営の立場が優先する場合がしばしばあります。これは、残念ながら、私立大学で働いておりまして身の周りに数多く見ることができます。ここにさらに任期制を導入することが、教授会と理事会の間の力関係をさらに経営に有利にするようなことにならないか、これをやはり大学の中にあって危惧するものであります。
既に事実上任期制が成立している例があるというお話をきょう伺いました。私の仕事でも、理科大などでは事実上任期制が成立していると聞いております。しかし、そういうところで働いている助手の立場というものは極めて不利であり不安定なものであるという苦情をまた人づてに聞く機会もあります。
こういういろいろな問題を持っている任期制を急いで今導入することについては十分慎重に考えて御審議をいただきたいというのが、私の極めて狭い体験からいたしますこの法案に対する結論でございます。もっと広い立場からの意見はまた別にあるかと思いますが、私の場合はこういう自分の狭い体験の中からの判断を申し上げまして、皆さんの御参考に供したいと思います。
どうもありがとうございました。(拍手)
○二田委員長 ありがとうございました。
次に、浜林参考人にお願いいたします。
○浜林参考人 浜林でございます。
最初に文教委員の先生方におわびをいたしますけれども、二カ月ぐらい前だったと思いますが、全私学新聞という新聞に「世界の大勢に逆行する大学教員任期制」という私の原稿が載りまして、それを突然皆様方にファクスでお送りをいたしまして、大変失礼をいたしました。御了解をいただきたいと思います。
と申しますのも、実は、大学教員の任期制の問題はずっと前から出ておりますが、私それを見ておりまして、もしこれが実現をされると日本の大学はめちゃくちゃになってしまうだろうという危機感にとらわれて、何と申しますか、いても立ってもいられない思いがいたしまして、いろいろなところに原稿も書き、しゃべり、あるいは文教委員の諸先生方にもお訴えをしてまいったところです。
それで、大学審議会の答申を拝見いたしまして、私はこれは、日本の例えば東大とか京都大学とか、一流の大学にいらっしゃる先生方がおつくりになった、いわば机上のプランだという感じがいたしました。私は二十年ばかり北海道の小さな大学に勤めておりましたけれども、地方の大学におりますと、こういうものが実現をされたら地方の大学はめちゃくちゃになってしまうという実感でございます。
それは、お手元にこの資料がございましたら、資料のうちに、私立大学団体連合会それから大学基準協会、そういうところから出された意見が後ろの方に付録で載っておりますので、後でごらんをいただきたいと思います。そこでも指摘をされておりますけれども、現在でも既に流動性は極めて高い、これ以上流動性が高くなったら、地方の大学は教員を確保することが困難だという意見が載っております。
ぜひ文教委員の諸先生にお願いをしたいのですけれども、地方のそういう大学の、特に私立のいわゆる弱小大学の実情を十分にお調べをいただきたい。その際に、学長だけではなしに平の教員やあるいは学生などの意見を聞いて、そういういわゆる弱小大学がどういう困難を抱えて悪戦苦闘しているのかということをぜひごらんいただきたいと思います。そういう点では、今、宇井さんもおっしゃいましたけれども、早急にこの法案を成立させるのではなくて、十分に実態を踏まえた御審議をいただきたいというふうに思います。
実は、私自身がそうでありますのでちょっと大きなことは言えないのですが、私も、地方の大学に二十年近くおりまして東京へ出てまいりました。そのときに私の大学の学長に皮肉を言われたのですけれども、せっかく東京から優秀な若い者を連れてきても、十年あるいは十数年するとみんなまた戻ってしまう、これでは、ざるで水をすくっているようなものだということを学長に言われまして、もう恐縮をしたのでありますが、実は、これも個人の名前を出すと申しわけないかもしれないのですが、今は一橋で学長をしております阿部謹也さんも私と同じ大学に勤めて、私よりも十年ぐらい後で彼もまた東京へ四十過ぎに出てきて、そういうのが続くわけであります。
したがって、現在でも、日本の大学の流動というのは、横に動くのではなくて、縦型に、ピラミッド型に上昇していくという志向がありまして、地方大学は一番底辺部分にあるわけですが、そこから、変な言い方ですが、少しでも東京に近いところ、少しでも格の上の大学へという、そういう上昇志向がありまして、そのこと自体、私は大変問題だとは思いますが、実態としてそういうことがあるので、流動性が低いので任期制という議論は全く成立をしないというふうに私は思っております。
それで、研究のことでありますけれども、これは分野によって違いがあるかもしれませんが、若いうちに十年、十五年、じっくりと落ちついて基礎的な研究をするということが大事でありまし
て、それをやって、四十過ぎといいますかに、文科系の場合には特にそうですけれども、その時期になって一遍にいろいろな成果が花開くものだというふうに思っております。
若いうちからぐるぐる回るということは、私にとっては決して好ましいことではないというふうに思いますし、まして、本人の意思で動く場合は別でありますけれども、任期を切られて、五年なり七年なりというふうな話を聞いておりますが、そういうことで、いわば強制的に異動をするということは、決して研究上プラスにはならないというふうに思っております。例えば、五年任期としますと、大学の教員、平均勤続期間は三十年というふうに言われておりますが、三十年間に六回動くということになりますね、大変機械的な計算ですけれども。これでは落ちついてじっくり勉強する暇がないのではないか。
しかも、ついこの間、朝日新聞に九州大学の方がお書きになっておられましたけれども、移動に伴うさまざまな負担があって、例えば、これも皆さん方、意外に思われるかもしれませんが、私どもは文科系でありますので引っ越すときには本だけ持っていけばいいのですけれども、実験系の方は機械を持って彩られるし、この間朝日に書いておられた方は大学院生まで引き連れて九州大学に彩られたという話でありまして、そうなると、そう簡単に移れることではありません。機械の引っ越しに百万円かかったというお話でありますが、そういうお金はどこからも出てまいりません。しかも、落ちついた先で今までの研究がすぐ継続できるかというと、そういうことにはなりませんで、やはり、その研究がその場所で再開をされるまでには半年なり一年なりがかかって、結局は研究上マイナスが大きいということであろうかというふうに思います。
さらに、しょっちゅう動いておりますと、自分の大学をよくしようという気持ちがなくなってまいります。それよりも、自分が次にどこへ移るかということの方が頭にあるものですから、私も、ある大学で、一やがてその大学はつぶれるという……そうなりますと、大学の図書館を充実しようとか、あるいは、こういう設備を備えておこうとか、そういうことは全く考えません。自分の行く先ばかり念頭にあるという、いわば浮き足立った状態になってしまうだろうと思います。
それからもう一つは、教育の問題でありますけれども、学生に対する教育が、これは現在、私も、決して十分だとは思っておりませんけれども、任期制のもとでは一層教育は手抜きになるのではないかということを心配いたします。教育業績の評価、研究業績の方も必ずしも公平に行われるかどうかわかりませんけれども、特に教育業績の評価をどうするかということは、これは国大協の見解でもその点の指摘はございますけれども、教育業績の評価は極めて困難であります。休講回数が少ないとか、そういう形式的なところでは出るかもしれませんけれども、本当に学生に力をつけたのかどうかというのは、これはなかなか判断の難しい問題であります。学生による授業評価ということも行われておりますけれども、私は、学生による評価を教員が参考にして自分の授業の方法を改善するということは結構だと思いますが、それが身分に結びつくということになりますと、それはさまざまな問題が起こってくるだろうというふうに思います。
それからもう一つは、これは大学審の答申も法案も、あるいはどなたもおっしゃらないことですけれども、任期満了で退職される人をどうするのかということでありまして、私は、学術会議のシンポジウムがありましたときに、そのことを質問をいたしました。例えば、三十歳で大学へ勤める、もう少し早いかもしれませんが、五年任期だ、三十五歳で退職ということになるわけです。そうしたら、そのときにお答えをいただいた先生は、これは大学審議会の専門委員をされておった先生ですけれども、定年が早くなったのだと思ってくださいと言う。三十五歳で定年ということでは、大学へ勤めようという人がなくなってしまうのではないかと思います。
それから、これも案外知られていないことでありますけれども、公務員には失業保険もございません。公務員は失業しないという前提で現在の制度がつくられております。したがいまして、もし退職で失業ということになるのであれば、まず公務員に失業保険制度を先に導入をすべきだ。つまり、そういう条件整備なしに真っ先に任期制が出てくるということは、私には全く不可解でございます。
最後に、任期制は選択的であるから、大学にとって好ましくなければやらなくてもよろしいということでございますけれども、これも大学関係者の中では周知のことでありますが、文部省のプレッシャーというものがございます。実は、私、きょうは一橋大学名誉教授という肩書で出ておりますけれども、現職は某私立大学に勤めておりますが、そちらの名前を出すと大学に迷惑がかかるのではないか、今新しい学部をつくろうと思っておるものですから、まあ、はっきり言って文部省に意地悪をされますので、いずれわかることかもしれませんけれども、古い名前で出ております。
それからもう一つは、私立大学の場合には、これはどこが決めるかと申しますと、理事会が決定をいたします。私は、教授会との間にトラブルが起こるのではないかという感じがしております。大学審議会の答申では、教学側の意見を十分に踏まえてとなっておりますけれども、この法案では、学長の意見を聞いてと大変軽くなっていまして、これは大学自治の根本問題でありますけれども、教授会を無視して任期制が私学の場合には導入をされる。その場合には、現に悪用されている例もあるわけでありますけれども、経営者にとって好ましくない人をいわばパージするために任期制が乱用されるという可能性は大変に大きいというふうに私は思います。
それから、選択的任期制でありますので、ごく少数の大学だけが導入をするとなりますと、そこを退職をした人が移る先がございません。つまり、教員のマーケットが非常に狭いわけで、といって、全部の大学が任期制をやりますと、私は、これまた大混乱が起こるだろうと。大学の教員が職を移るというのは、会社にいる人間の配置転換とは違いまして、手続的にも大変なこと、新任人事の採用というのは、私ももう何度もやりましたけれども、少なくとも半年はかかる仕事であります。そういうことを五年なり六年なりに一回繰り返していたのでは、採用される方も大変ですが、審査をする方も大変でありまして、日常業務のかなりの時間をそういうことにとられてしまうのではないかというふうに思います。
私は、こういうふうに任期を限って研究をさせるということは、日本の科学技術の発展の上でもマイナスだろうと。やはり十年、二十年落ちついた研究の中で、先ほど有馬先生もおっしゃいましたけれども、本当に独創的な研究というのは、そういう状況の中で出てくるものだというふうに確信をしておりますので、この任期制には反対ですということを申し上げて、私の方からの意見にさせていただきます。(拍手)
○二田委員長 ありがとうございました。
以上で参考人からの御意見の開陳は終わりました。
―――――――――――――
○河村(建)委員長代理 次に、石井郁子君。
○石井(郁)委員 日本共産党の石井郁子でございます。
参考人の先生方、きょうは本当にお忙しいところを御出席いただきまして、ありがとうございます。
国公私立に任期制を導入するという、これは新規立法で今国会に出されているわけでございまして、私どもは、本当に徹底した審議が求められているし、審議を尽くさなければいけないというふうに考えているところでございます。
時間も余りありませんので早速質問させていただきますけれども、有馬先生にお願いいたしますが、先ほどの先生のお話を伺いまして、任期制が幾つかの研究所、分野で取り入れられている、特に素粒子論グループの研究活動についてお話がございました。京都大学の基礎物理学研究所ですね。
この点につきましては、私もちょっと見る機会がございまして、国際物理学会の元会長の山口嘉夫先生が「任期制をきめた前夜」という文章を書かれておりますので、ちょっと御紹介したいのですけれども、この任期制については、当時「意外にも――というのは我々の若気の至りであろうが――朝永・坂田先生等の素粒子論のリーダーたちから反論があった。」その反論は、「任期があると、次の職を確保するため小さな仕事で論文を乱作する傾向を生じよう。それでは息の長い大きな仕事をするのに妨げとなろう。即ち、学問の一大山脈を形成することは出来なくなろう。それは、素粒子論という若い学問にとって由々しいことである。」というふうに言われたそうでございます。そのことが一点。
それから、当時の事情ですね。どうも一九五〇年代、五三年、四年というのは、若い研究者というのはほとんどが独身であった。それから、大学、学部の拡充の時期で、ポストがたくさんあった。それから、先輩の先生方が、次の職については心配しなくていいと、先生方が探してくださったという点があるんですね。だから、任期が来たら自分で職探しをしなければいけないという今言われている事情とは随分違う。しかも、今はポストがないという点でも、山口先生は「ゼロ成長期で空きポストが少なくなれば、任期制をうまく機能させることはむずかしい。」というふうにも書かれていらっしゃいます。
既に、名古屋大では九三年に理学部物理学教室の任期制は廃止になっているというふうにも伺っているわけであります。そして、もとに戻りますけれども、京都大学の基礎物理学研究所の当時所長の長岡先生は、昨年の学術会議の任期制シンポジウムで、今回の任期制については、いろいろありますがちょっと省略いたしますけれども、「結論を一言えば、私は法制化された任期制は基研の「任期制」にはそぐわないと思う。」こういう、長年の経験に立っての御発言がというふうに思われますよね。
そういう点で、私はまず一点お伺いいたしたいのは、紳士協定的に行われてきた任期制と今法制化によって行われようとしている任期制というのは全く違うものではないのかというふうにこの経過から言わざるを得ないわけですが、その点で先生のお考えをお聞かせいただきたいと思います。
○有馬参考人 山口さんにせよ長岡さんにせよ、すべて私の仲間であります。湯川先生がアメリカからノーベル賞をもらって帰ってこられた直後に、基礎物理学研究所で、当時の山口氏を中心とした若手とそれから坂田、朝永先生たち、湯川先生は中立でおられたと思います、そこで任期制をめぐって論議があったことは事実であります。しかしながら、そこで坂田先生は初めは慎重論を唱えておられたけれども、納得された上でいち早く名古屋大学では任期制を導入されたということを
申し上げておきましょう。しかしながら、今、石井先生おっしゃられたように、流動性が最近悪くなってきたということで名古屋大学では廃止したことも事実であります。
長岡さんの御説は私はよくわかるのでありまして、もし今までどおり法制化しなくても運用がうまくいっていれば、それはそのやり方でいいと思います。しかしながら、先ほど申しましたように、法律によってきちっと裏づけされていない場合には、仮に人事院に提訴する、文部省を通じてでありますが、提訴すれば、明らかに大学なり研究所が負けるわけであります。この辺に対しては、裏づけがきちっと法律化されている、それを利用するかしないか、利用しなくても任期制は導入できる、これは明らかでありまして、ただし、今言ったような問題が今だとありますけれども、今後きちっと任期制というものが法律的に許されるようになれば、これは、仮に紳士協定、淑女協定でも任期制を十分やれると思います。そこでは差がないと思う。
それからもう一つ、物性研の例を申しますと、物性研では、自分のところの助手を採るときに大変努力をしていい人を採りますが、同時に、三年なりの、五年でありましたか、任期が終わるころには、大変一生懸命本人とともに指導教官、指導研究員が一緒になって場所を探すというふうな努力をしております。
ですから、今後、特に若手に対して任期制を導入する場合には、そこの教員たちは責任を持っていい人を選び、そして、その人がさらに発展する職場が見つかるよう努力をするべきであると私は思っております。私は、ある自分の任期をつけた助手を就職させるために三十通の自筆の手紙を書きました。幸いその人はあるいい大学に就職できた。二、三できた例があります。やはり、そのくらい研究者は任期制の人を採るとぎにはよい人を、そして、その人の一生に対しての、少なくとも退職後の、任期終了後の就職に対してはともに努力をしていかなければならないと思っています。
そういうことでございますので、お答えになったかどうかわかりませんけれども、一応申し上げておきます。
○石井(郁)委員 もう一点有馬先生に御質問させていただきますが、大学審答申が出されましてまだ少しですけれども、ずっと答申が相次ぎましたけれども、この任期制をめぐってはこの間やはり情勢が随分変わってきたのではないかという私は認識を持っているんです。この任期制は、大学のあり方、研究や教育のあり方から本来考えていかなければいけないわけですけれども、それをじっくり考える余裕というのがむしろ大学の側になくて、今、いわば民営化ですとか財政改革という形で国立大学民営化のおどしで導入を競わされようとするというこういう事態が進行しているんではないかというふうに思うわけですね。
そのことは、昨年十一月に国大協の正副会長が財政制度審議会に呼ばれて国立大学の民営化を強く言われている。そして、各学長が、任期制を導入しなければ国立大学は民営化されてしまうのではないか、そういう強い印象を受けておられるわけであります。これはいろいろ文章にも残っておりますから。
ですから、教育研究の活性化という話でこれは始まっているはずですけれども、事態は、そういう大学審の建前がどこか投げ捨てられているのではないかというふうに言わざるを得ないわけであります。
有馬先生、国大協の元会長として、そして今いろいろな役職をおやりと思いますけれども、こういう国立大学の民営化についてきっぱりと反対すべきだと思いますが、いかがでしょうか。
○有馬参考人 どうも任期制でないところについて御質問でありますけれども、まず、最初の方からちょっと感想を申し上げます。
実は、大学審議会はこの問題については既に四年ぐらいかけてずっと議論しておりまして、特に一昨年、審議の内容を公開し、国立大学協会その他と十分の協議をしたわけであります。しかしかなり大学の対応がゆっくりしていることは、私も国大協の会長であったこともありましてよく知っております。そこで大学の議論が非常にゆっくりだったということはありますけれども、かなり早い段階からこういう議論をして、その内容については直接間接に国大協等々ともお話をしていた次第であります。
さて、国立を私学化するかどうかという今の石井先生の御質問でございますが、私の見解を申し上げてよろしいでしょうか。
既に新聞等々でその内容が公開されておりますので、あえて申し上げていいと思いますが、行政改革の会議の席上、私は、高等教育というのは国がやるべきであるということを主張いたしました。
それはなぜかというと、アメリカはさておいて、ドイツ、イギリス、フランス、オランダ等々の先進諸国を見ますと、全部国立大学と言っていいくらいです。イギリスに一校か二校、ドイツに一校、二校私立はありますけれども、全部公立か国立。ドイツは公立ですね、イギリスは国立であります。そういう面から見て、むしろ日本としては、私学助成をふやすというふうな格好で私学の研究環境、教育環境をよくするという方向の方が正しい方向ではないかということから、私は国立大学の私学化に対しては反対をいたしました。
そういう面で、今でも、国立大学のみならず、公立、私立を通じて国として高等教育をよりよくすべく努力をしていただきたいと強く念願をしている次第でございます。お答えになりましたでしょうか。
○石井(郁)委員 どうもありがとうございました。
それでは、残りの時間ですけれども、浜林参考人に一点御質問をしたいと思います。
今議論をいたしましたように、任期制法案がいろいろなそういう流れの中で提案されているわけですけれども、もう一点、五月十八日付の朝日が一面トップで、文部省が、大学の組織運営について「合理的、効率的な組織運営」と称して教授会の権限縮小ということを考えているという報道がございました。これは、大学の管理法案ともいうべきものを数年がかりで準備するという動きかというふうに思います。この任期制法案でも大学の自主性ということを絶えず言われるわけですが、実際には、そういう自主性を根こそぎにするようなこういう道が準備されているのではないかと考えざるを得ないわけでありまして、こうした大学の自治をめぐる問題と任期制法案との関連について、先生の御意見をお聞かせいただければと思います。
○浜林参考人 私も朝日の記事を見てびっくりいたしまして、まあニュースソースがどこなのかよくわかりませんけれども、あり得ないことではないというふうに思いました。と申しますのは、もう終戦の直後から大学管理法案というのは何度も出たり、そのたびにつぶれてきたわけです。
文部省流に言いますと、大学の自治というのは大学が決めることなんだから、大学の中でどういうふうに決めようとそれは大学の自治だというのが文部省流の解釈のように思いますが、私どもが大学の自治と言っておりますのは教授会自治です。教授会自治について批判もいろいろございますけれども、現在の制度は教授会自治でありまして、それは、学校教育法で、「大学には、重要な事項を審議するため、教授会を置かなければならない。」という法的な規定がございます。「重要な事項」というのは何かという範囲はいろいろあるかもしれませんけれども、教授会が大学運営の中心であって、そこで自主的に物事を決めていくことが大学自治だ、現在はそういうふうに理解をすべき。
それを、教授会権限を縮小して、学長、あるいは私立大学の場合には理事会の方が、それこそ先ほどどなたかの御意見でございましたけれども、独断先行的に決めていくという形になりますと、形の上では、いや大学が決めているというふうに
言われるかもしれませんけれども、内容的には、やはり事実上大学自治の剥奪だというふうに私は考えておりまして、もし任期制がそれの突破口になるのであれば、これは、日本の戦後の大学制度をもう根底からひっくり返す大問題だというふうに思っております。
○石井(郁)委員 時間が参りましたので、以上で終わりにさせていただきます。
どうもありがとうございました。
○二田委員長 以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。
この際、参考人各位に一言お礼を申し上げます。
本日は、御多用中のところ、本委員会に御出席いただき、また貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。



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