平成元年十一月二十九日(水曜日)
午前十時開議
出席委員
委員長 鳩山 邦夫君
理事 麻生 太郎君 理事 臼井日出男君
理事 北川 正恭君 理事 鴻池 祥肇君
理事 船田 元君 理事 中西 績介君
理事 鍛治 清君 理事 中野 寛成君
青木 正久君 梶山 静六君
岸田 文武君 工藤 巌君
斉藤斗志二君 杉浦 正健君
渡海紀三朗君 中村正三郎君
二階 俊博君 長谷川 峻君
鳩山由紀夫君 平泉 渉君
松田 岩夫君 渡辺 栄一君
江田 五月君 上坂 昇君
嶋崎 譲君 馬場 昇君
有島 重武君 市川 雄一君
伊藤 英成君 石井 郁子君
山原健二郎君 田川 誠一君
出席国務大臣
文 部 大 臣 石橋 一弥君
出席政府委員
文部政務次官 町村 信孝君
文部大臣官房長 國分 正明君
文部大臣官房総務審議官 佐藤 次郎君
文部省生涯学習局長 横瀬 庄次君
文部省初等中等教育局長 菱村 幸彦君
文部省教育助成局長 倉地 克次君
文部省高等教育局長 坂元 弘直君
文部省高等教育局私学部長 野崎 弘君
文部省学術国際局長 川村 恒明君
委員外の出席者
参 考 人(兵庫教育大学長) 上寺 久雄君
参 考 人(都留文科大学長) 上田 薫君
参 考 人(明星大学人文学部助教授) 高橋 史朗君
参 考 人(神戸大学教育学部助教授) 土屋 基規君
文教委員会調査室長 多田 俊幸君
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本日の会議に付した案件
教育職員免許法の一部を改正する法律案(内閣提出、第百十四回国会閣法第四九号)
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○鳩山委員長 これより会議を開きます。
第百十四回国会、内閣提出、教育職員免許法の一部を改正する法律案を議題といたします。
本日は、本案審査のため、参考人として兵庫教育大学長上寺久雄君、都留文科大学長上田薫君、明星大学人文学部助教授高橋史朗君、神戸大学教育学部助教授土屋基規君、以上四名の方々に御出席をいただき、御意見を承ることにいたしております。
この際、参考人各位に一言ごあいさつ申し上げます。
本日は、御多用中のところ本委員会に御出席いただきまして、まことにありがとうございます。参考人各位におかれましては、それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお聞かせいただき、審査の参考にいたしたいと存じます。
次に、議事の順序について申し上げます。
上寺参考人、上田参考人、高橋参考人、土屋参考人の順にお一人十五分程度御意見をお述べいただき、その後、委員の質疑に対しお答えいただきたいと存じます。
なお、念のため申し上げますが、発言の際は委員長の許可を得ることになっております。また、参考人は委員に対し質疑をすることができないことになっておりますので、あらかじめ御承知おき願います。
それでは、上寺参考人にお願いいたします。
○上寺参考人 上寺でございます。
私の立場は、免許法改正が予定どおり進展しますことを期待いたしまして御意見を申し上げたいと思っております。
御意見を申し上げる前に、私と社会科の関係に
ついてお話を申し上げて、その立場から、高等学校の二つの教科に発展的分立をする、そういう立場のことについてお話を申し上げてみたい、こう思っておるのでございます。
私自身は、小学校教師から始めまして、昭和二十二年に学習指導要領一般編の試案が出ましたころは小学校の教師をしておりました。翌年、二十三年ごろになりまして、ある県下、私、広島県でございますが、広島県で最初の社会科の公開授業をやったものでございます。それから、昭和二十六年から三十九年にかけまして、附属中学校におりまして、社会科担当の教員として就職をしておったわけでございます。その間、中学校における社会科は、特に道徳教育との関係で非常に問題になった時期でございます。
それから後、昭和三十四年から三十五年にかけまして、ある女子高校の教員をしておりました。そこで世界史を教えておったわけでございます。これは、ちょうどそのころ高等学校の教科の統合あるいは整理が行われた時期でございまして、世界史のあり方についていろいろ検討のなされておった時期でございます。
それから後、昭和三十七年以降、大阪市の教育研究所に就職をいたしまして、そこで現場に近いところでいろいろ研究に従事したわけでございます。それから教員養成大学に参りまして現在に至っておるわけでございます。
その間、道徳教育並びにそういう教科教育につきまして研究もさしていただいたわけでございます。これが、職歴からまいりました社会科と私との関係でございます。
もう一つは、私の学問研究の方から考えまして、新教育の根源であるとされておりましたアメリカのジョン・デューイの研究、これが私の研究でございました。社会科も、ジョン・デューイの発想からかなり理論を得ておる、こういうふうに考えられておるわけでございます。
しかし、彼の教育課程論から考えますと、ハイスクールになりますと教科を発展的に分立させる、こういうような立場が出てくるわけでございます。もちろん、中学校課程まではソーシャルスタディーズの立場から、社会科的発想で社会科学に基づく教科を履修させる、こういう立場であったわけでございます。彼は一九三八年には「ホワット・イズ・ソーシャル・スタディー?」こういう本も書きました。その当時、ソーシャル・スタディーズがアメリカで非常にもてはやされておった時代に「ソーシャル・スタディー」という論文を書きまして、限界を明確にする、こういう立場をとったわけでございます。
そういうような職歴並びに研究歴から考えまして、私は社会科に対しては非常に愛着を持っておる者の一人でございます。しかし、愛着を持っておるがゆえに、高等学校になったらこれはやはり分立をして、それぞれ独立をしていく立場に向かうべきではないだろうか、こう思っておるのでございます。
高等学校で社会科の発展的分立と私は申し上げましたけれども、地理歴史科と公民科に独立をした教科をつくる、こういうことに対してのよりどころを何点か申し上げてみたいと思うのでございます。
一つは、教育課程の発展的系列でございます。幼稚園では領域がございます。そこでいろいろ人間関係とか環境の問題を扱います。それから、小学校になりまして生活科が低学年で出てまいります。そこでは従来言われております社会科的なものと理科的なものとを一緒にした総合的な学習をする。これは経験主義あるいは生活主義によりどころを持った、そういう教科でございます。三年生になりますと、それが社会科と理科に分かれていくわけでございます。それから、中学校になりますと、社会科という枠の中でそれぞれの歴史的分野とか地理的分野、さらには公民的分野という分野に基づいてそれぞれがある種の系統を持って授業を進めょう、こういう立場をとるわけでございます。それが高等学校になるに至ってやはり地理歴史科と公民科に分かれて、そうしてそれぞれが教科としての一つの主体性を持って、そうして学習をさせる、こういうことに発展をしていくわけでございます。
もちろん生活科、社会科、基本的には総合的な学習でございます。さらには経験主義、生活主義からだんだん系統主義へと発展をしていく、そういう流れにあるわけでございますが、それを高等学校になったらやはり社会科学的よりどころと同時に、人文科学的よりどころ、ころいうものをあわせて支えていく、こういう立場から二つに分立をしていくわけでございます。
そういう発展的分立を支持する理由として、一つは系統性の問題でございます。児童生徒はだんだん発達をしてまいります。その発達に即していわゆる教育課程もだんだん深化していかなければならないだろう、こういう立場で、言うならば教育的要請でございます。
二番目は、専門性の深化でございます。これは、学問的な専門性を持ちながら、だんだん児童生徒の発達に即して、そうして研究あるいは教育が深められていく。これは学問的要請でございます。
三番目は、現時点におきます時代的な要請、一つは特に国際性を持った国民を養成するという立場でございます。そのために特に世界史的な、全世界が歴史的発展をいかにしておるか、こういう立場をきわめることによって国際性の深化ができるのではないか。
もう一つは市民的、国民的な立場からの要請でございます。市民であることを通して日本国民であること、これを明確にすることによって世界の人類の平和を培っていくんだ。先ほどのものが国際性からの要請であるとするならば、今度は市民的、国民的要請として時代的要請の立場がとれるのではないかと思うのでございます。
その次は高等学校の性格でございます。高等学校は完成教育を一方でやります。そこで先ほどの完成という立場から二つの時代的要請にこたえる、こういう問題。それからもう一つは、ある意味で高等学校から大学へといういわゆる通過のための過程の任務を担っておるわけでございます。これが大学教育へのつながりを持っておる。初めの完成教育は中学校の学習との継続関係を持っておる。それから後の大学へのつながりといたしましては教育、研究との継続、こういう立場がとれるのではないだろうか。そのためには学問的発展ということを考えておかなければならない。そういうところから地理歴史系の科目として世界史、日本史、地理、その中の世界史を一つの必修にしていこう、こういう立場が出てまいりますし、公民系統の方で現代社会、倫理、政治経済、そういう中から一科目四単位の必修が出てくる、こういう立場になるのではないかと思います。
もう一つの私の立場からは、教員養成という立場から考えまして、やはり特に総合学習から学問的探求へ、あるいはその深さの追求へ、そういう流れの中で、特に教員といたしましては専門的な学問的教養を身につけておく、そういう教員の養成が必要になってくるのではないだろうかと思います。そのためには高等学校から学問的、人文科学的なあるいは社会科学的なよりどころを持つ教科の学習、これがなされておることによって将来の社会科教員、すなわち地理歴史教科の担当と公民科担当をそれぞれ分立をさせまして専門性を深めていく、こういう立場が必要になってくるのではないだろうか、こう思っておるのでございます。
以上のようなよりどころから、免許状として二つの教科の免許状を取得できますように御推進をいただけば幸いだと思います。特に私の大学におきまして、教員養成上から考えまして、それぞれ今度の免許状改定に伴います、そういうものに対する大学の構えは一応できておるのでございます。それぞれの専門家の教員を抱えておりますし、そういうことから免許状が改正になりまして、そうして教養審、教育職員養成審議会の方でプロセスを認められ、あるいはどういうふうにやるかということが指示されるならば、直ちにそれ
に対応して、そして来年度から入学をする学生に対する対応もできる、こういうのが一般の教育系大学にも当てはまるのではないだろうか、こう思っておるわけでございます。
以上のようなことから考えまして、私の職歴から、さらには研究歴から、さらには現在置かれております教員養成に従事しております立場から、冒頭で申し上げましたように地理歴史科教科、さらには公民科教科の分立が成立いたしますことを祈念をいたしまして、私の与えられました時間が参りましたので、一応終わらせていただきます。
○鳩山委員長 ありがとうございました。
次に、上田参考人にお願いいたします。
○上田参考人 私は、高等学校の社会科を地理歴史及び公民に分化いたしますこの法案については、反対の立場で申し上げたいと思います。
私、昭和二十一年に文部省に入りましてちょうど五年、この社会科というのができました当時、それに携わりました。それ以後ずっと大学での生活でございますが、社会科教育というのが私の専門分野の一つということになっております。そういうことをお含みいただきましてお聞きいただきたいと思います。
率直に申しまして、今回のこの分化というものは、あるいは社会科解体というふうに一般には言われておりますけれども、このことはいろいろな意味において適当でない、また時宜に適さないということを申し上げたいと思います。
五点ぐらいに絞って申し上げたいと思いますが、まず第一点として大事なことは、この改訂が一般の高等学校の教師あるいは教育界の広い意見の聴取が行われなくてやられているということであります。高等学校の先生たちは唖然としたというような経過でございます。
これは、そのことの是非は第二といたしましても、私は、非常に望ましくない。これは、このことだけではなくて今度の教育課程の改訂について言えることでありまして、私が知る限り、これほど一般の意見を聞かないで行われた改訂はいまだかつてないというふうに私は考えております。このことが現在実は、御承知のように、中学校、高等学校、小あるいは大もそうでありますけれども、殊に中高というあたりで学校が荒れているという事実がございます。それは何とかしなければいけないことであって、みんなが考えていることでございますけれども、今回のこういう改訂はますます高等学校の教員の意欲を失わせると申しましょうか、真剣な取り組みを阻害する面を持っている、それは私は非常に重大なことだと思います。どうしてそういうことをお考えにならないか。まず今の学校教育がしっかり立ち直るということが前提であって、それなくしてはいよいよ混乱が増すということではないかと思います。そういうことから申しまして、非常に残念であります。
特にまた、その審議の過程においても、今言ったような一般の意見の反映がないだけではなくて、どうも不明瞭なところが多かったように思います。そういうことを含めて、今こういう大事な時期に行われる教育改革としては用意が甚だ不十分であったということは否めないと思います。そのことが単なるテクニックの問題ではなくして、やはり今後の日本の教育に対して具体的に大きな影響を与える。余り強調いたすのはどうかと思いますけれども、日本の学校の今の状況は非常に心配であります。そのことを何よりもまず第一に考えていただきたい。そういう点で遺憾であったということであります。
しかし、もちろん現在の高等学校の社会科の状況がもうベストであるというようなことはございません。いろいろ問題をはらんでおります。それを改善する必要は私も否定はいたしません。しかし、それには現在の社会科のままでいろいろやることがある、やれることがある、どうしてそういうふうにすることができないのか、どうして急いでこういうところに無理に持っていかなければいけないかということが理解できないのであります。
現代社会というのがございまして、これは今度必修が外れたのでございますが、これは確かに教えにくい面があります。しかしながら、そういう教育こそ高等学校の先生が本当に取り組んでくれば非常に頻りになる子供が生まれてくる、大学ももっといい教育ができると私は思います。ところが、専門に入っていくということは何か高度になるようでございますけれども、実は教師からすればある意味では教えやすいのです。いわば生徒の持っている本当の必要というものを一応度外視して、系統的にと申しましょうか、与えるべきものをどんどん与えてしまうということができやすいですね。そういうやすぎを選んだということです。これも非常に大きな問題であると私は考えます。それが第二点でございます。
第三点は、系統とか系統学習とか経験学習、これはちょっと教育のテクニカルタームでございまして、その説明は今は省きますけれども、社会科という枠の中で地理や歴史や公民と申しましょうか社会経済等のことが学ばれるということは、これは人間が民主的な社会において生きるための新しい系統を生み出すということでありまして、これが最初の社会科の考え方でございました。ですから、単に歴史の事柄は覚えればいいということじゃない。残念ながら今の入試においてはそれでも通用するというところが悲しいのですけれども、とにかくたくさん知る、たくさん覚える、そういうことは学問でもなければ教育でもない。やはり現実に即して物を考えることができる、世界史にしても日本史にしても、そこに出てくる事柄を自分に引きつけて生かすことができるということがなければ歴史教育の意味はないですね。
そういうことをやろうとしたのが社会科でございまして、今まで四十年も続いてきたのですけれども、そんなに簡単にはかばかしくはまいりません。しかし、徐々に効果を上げてきて、私はこれで日本人が今後民主的社会を担う者として世界に立っていく可能性がだんだんふえてきたと思っておりました。ところが、それを逆に戻すという形でございまして、これは人間が知識を持つというときのあり方を非常に古いというかおくれた方へ持っていくのであって、学問性とか系統性とかいろいろありますけれども、それはその人間から離れてしまっている。アクセサリーのようなものを幾ら担いでもどうにもならないわけであります。
そういう意味で、今度の分化が結果としても恐らく今の受験体制をますます強めることになろうかと思います。これはゆゆしき問題ではないか。そして物知り的知識が世の中にいよいよ蔓延していくということになれば、今若い人たちは一人前の思考力をなかなか持ってくれない。大学生も、その点、私としては甚だ申しわけない状態にあると言うほかないのですけれども、そういうことに拍車をかけるということでございます。何とかそれを食いとめなければいけない。
社会科というものは、先ほども申しましたように、ただ今まであったいろいろな教科を一緒に合わせるとかそういう問題だけではございませんので、学問に対する人間のかかわり方、もっと言いかえれば、人間の学問観を変革する、変えるというのがその本来の趣旨でございます。今まで、とにかくたくさん難しそうなことを知っていれば尊敬されるというふうな行き方じゃなくて、余り難しいことはよくわからないようでいても、しっかり考えることができ、またその難しいことにみずから迫っていけるような人間をつくる、学問というものはそういうものであって、膨大な知識ではないのでございます。そういうことを教育の中で徹底するということでございました。
私は、三十年、四十年たてばこれができると思ったのですけれども、やはり百年ぐらいかかるのかもしれません。しかし、それを続けていかなければ日本の国は非常に恐ろしい状態になるのじゃないかというのが私の見方でございます。それが、社会科が本来どういうものかという問題で、第三点でございます。
それから第四点目といたしましては、国際化ということが言われまして、音は西洋史と申しまし
たが、今は世界史、今度の世界史必修というのは、実際、入試でも日本史の方が圧倒的でございまして、世界史をとる数が非常に少ないのです。私、前に立教大学におりましたが、そこでは社会の入試で、日本史はみんなやっているからということがあったのですが、世界史を必修にいたしました。ところが、受験者が激減するというようなことがございまして、大分持ちこたえておりましたけれども、ついに変更いたしました。とにかく世界史というのは受験では非常に難しいというかそういう感じがあるようでございます。そういうことも非常に大きいのでございまして、世界史をもっと子供たち、生徒が学習するためにはそういうところも考えなければ本当はうまくいかないです。ただ必修にすればいいということではないと私は思います。
そういうことで、世界史をたくさん教えればいいという簡単な問題じゃないのですが、同時に今出ております国際化、国際性を高めるために世界史をというのは非常にわかりいい理屈でございますね。諸外国といろいろ交際していく、つながっていくわけですから、その国の歴史をよく知っているということは結構なことなんです。でも、本当に国際性を高める、国際化するということはそういうことなのか。
会話がよくできる、その国について物知りである、もちろんこれはおつき合いには大変よろしいのでございますけれども、本当に日本人がこの国際社会の中で堂々と生きていく、また世界に貢献するということのためには、世界に現在存在するいろいろな難しい問題に対しても我々が責任を持ってかかわっていく、そういうことが真の国際化であって、残念ながら今の若者たち、若者だけを言うことはできませんけれども、そういう点での気迫は非常に少ないです。これは世界史を必修にしないから、系統的に教えられていないからということなのか。むしろ社会科がねらった現実に対するアプローチが非常に弱いということではないのか。学校でもそれを重視していないということではないのか。入試に傾斜しているということではないのかということでございます。
そういう意味で、御承知のようにベルリンの壁は破れる、世界は動いている。しかし、高校生も大学生もさしたる反応というのか意識を余り持たないようです。だら、世界史をもっと教えれば事が済むのか。そうじゃないんじゃないでしょうか。世界史はもちろん必要です。私も非常に大事だと思いますが、そういうものを今の生きた現実につないで自分の問題として考えるということが足りないのです。それは社会科がねらっていることなんです。社会科を分化させましたためにそういう視点がなくなって、物知り的歴史になってしまったらこれはえらいことだと思います。
私はあえて申しますと、今度のこういう改訂あるいはそれを指示なさった方々の視野は狭いのではないか。ある局所だけを考えて物を見ていらっしゃるのではないか。今、日本というものは、世界というものはそういう状態にないです。しかも、教育は二十一世紀、非常に困難を伴う二十一世紀に活動する人間をつくるのですから、今いろいろ古いところを系統的に覚えさせておけば何とかなる、そういう生易しいことではない。そういう見方こそ私は非常に危険だと思います。
最後に第五点として、要するにこれからの世界に対して正面から迎え得る日本人を、子供たちをつくるためには、単なる歴史とか地理とか公民とかいうふうな、いわばだんだん難しいことを覚えましょうということではなくて、人間が正面からその難しい現実にぶつかってそれを打開していく、そういう視点を育てなければならない。それが社会科の目標でございますので、そういう意味からすると非常に心配な状態が起こりつつあると言わざるを得ない。まして高校教師が本当にそれに向かって自分をぶつけていくということがないとするとこれは非常に心配だ、ますます心配だということでございます。
○鳩山委員長 ありがとうございました。
次に、高橋参考人にお願いいたします。
○高橋参考人 高橋でございます。
私は、このたびの教育職員免許法の一部改正案に賛成の立場から意見を述べさせていただきます。
この問題につきましては、占領下の社会科の誕生の経緯にさかのぼって考えてみる必要があると思います。私は、占領下の教育改革の歴史を専門的に研究いたしておりますが、戦後の社会科の導入の伏線になりましたのが、昭和二十年十二月三十一日にGHQが懲罰的見せしめのために出しました修身・日本歴史及び地理の授業停止に関する指令であります。お手元に今お配りするのだと思いますけれども、そのコピーの中に書いてございますが、アメリカのバージニア州のコース・オブ・スタディーを台本として昭和二十二年五月に学習指導要領社会科編I(試案)、これは小学校のものでありますが、その翌月の六月にミズーリ州などのコース・オブ・スタディーを台本といたしまして、中学、高校の学習指導要領社会科編II(試案)というのが発行されました。この学習指導要領が我が国で最初の学習指導要領でございます。その学習指導要領社会科編Iと一九四三年版のバージニア州のプランの一部を対照させましたものをコピーでお配りいたしておりますが、この両者を対照いたしますとほとんど一致していることがおわかりになると思います。九〇%はその翻訳したものであります。
また、今お手元にお配りしました「現代のエスプリ」の六ページをお開きいただきたいと思いますが、この本は私が編集いたしまして昨年六月に出したものでございますが、六ページの冒頭に、昭和二十二年三月に発行されました学習指導要領一般編(試案)の社会科に関する部分を記載しておりますので、ごらんいただきたいと思います。一行目から読ませていただきます。六ページであります。
「社会科は、従来の修身・公民・地理・歴史を、ただ一括して社会科という名をつけたというのではない。社会科は、今日のわが国民の生活から見て、社会生活についての良識と性格とを養うことが極めて必要であるので、そういうことを目的として、新たに設けられた」と書かれております。ここに、社会科を新設した目的が明示されております。
また、学習指導要領社会科編I(試案)には次のように書かれております。先ほど読み上げました箇所から三行後のかぎ括弧から再び読ませていただきます。「社会科はいわゆる学問の系統によらず、青少年の現実生活の問題を中心として、青少年の社会的経験を広め、また深めようとするものである。したがって、それは従来の教科の寄せ集めや総合ではない。……歴史の事実はそれ自身として重要なのではない。それは、今日の世界におけるその意義という点において重要なのである。……歴史の教科の最も重要な目標の一つは、現在の生活を史的発展の結果として見る能力、及びその知識を結局現在の問題について用いることのできる能力を生徒に発展させることである。」と書かれております。
私は、社会科が戦後の日本の民主化に貢献し、一定の啓蒙的役割を果たした点は積極的に評価いたしますが、そもそも戦後の出発点において、こういう歴史を軽視するアメリカのプラグマティズムに基づいて小学校から高校までの歴史や地理を社会科の枠の中に入れたこと自体に原理的な問題があったのではないかと考えております。
この最初の学習指導要領(試案)によれば、「歴史の事実はそれ自身として重要なのではな」く、現在の生活に役立たせるための素材、手段として歴史教育の必要性をとらえているにすぎず、歴史に正当な位置を与えているとは言えません。
本来、歴史は知的領域の中から追憶を喚起し、時代の特色と意義とを認識することによって初めて成り立つものであります。それゆえに、歴史はそれ自身として重要なのでありまして、歴史教育はかかる時代史理解のための教育でなければならず、現在の生活に役立てるための単なる手段であってはならないのであります。
社会科という枠の中に置かれた歴史教育は、単に現代理解のための学習上の手段として扱われているにすぎませんが、歴史教育はそれ自身が目的を持ち、それ自身の構造を持つのが本来のあり方であります。
歴史を社会科の枠の中に入れると、社会科学の側面が殊さら強調され、人文科学としての歴史の側面が軽視されることになり、さまざまな弊害が生まれます。現に我が国に社会科を輸出したアメリカでも、歴史や地理の教育が廃れ始め、歴史音痴や地理音痴の大学生が続出し出したのは、社会科というごった煮のような教科が流行したからであるとの反省が行われているとニューズウイークは報じております。
このように、社会科の出発点となった学習指導要領そのものに根本的な問題があったために、既に昭和二十七年の岡野文相時代に社会科の改善などが教育課程審議会に諮問され、翌二十八年には「社会科の改善、特に道徳教育、地理、歴史教育について」の答申が出されております。このときの審議会の諮問理由説明には、地理や歴史を社会科から外して、独立した教科にした方がよいとの主張があったと述べており、既にこの時期から地歴独立論が表面化していた事実を物語っております。
また、歴史学者の間でも、地歴独立論が早くから主張され、元東大教授の坂本太郎博士は、昭和四十一年に発表された論文の中で、これは「現代のエスプリ」の百三十一ページの下の段をごらんいただきたいと思いますが、この中で坂本博士は、「社会科歴史は唯物的な偏向をおかした」と批判しておられます。坂本博士はこのような主張を当時の中央教育審議会においても開陳されたようでありますが、多数意見となるには至りませんでした。
その後、昭和五十八年十一月十五日の中教審の教育内容等小委員会審議経過報告、さらに、私自身も第一部会の専門委員としてかかわらせていただきました臨教審の第二次答申から最終答申に至る長い論議を踏まえて教育課程審議会の結論が出されたのでありまして、そういう意味からいえば、今回の地歴独立決定は決してマスコミが言うように拙速でも唐突でもないのであります。
このように、地歴独立をめぐる論議は四十年前から続いているのでありまして、戦後四十年というパースペクティブの中で今回の教育課程審議会の論議と結論を明確に位置づける必要があると思います。今回の地歴独立に至る過程を唐突だと批判する人々には、占領下における社会科の特殊な成立事情と、それによって必然的にもたらされた弊害についての基本的な認識が欠落しているように思われます。
在米占領文書の研究によって既に明らかにされているように、社会科の我が国への導入は、GHQの民間情報教育局教育科の指示によるものであり、当時の日高第四郎学校教育局長は、社会科導入に強く反対し、歴史は独立させるべきであると力説いたしました。また、教科課程改正委員会の野村武衛委員長もこの点を強く主張し、小学校、中学校段階において日本史は分離すべきことを力説し、歴史編集者もこの意見を支持しました。
この日本側の根強い反対に対して、GHQの教育課は、歴史や地理などを別々に教える伝統的方法よりも社会科として教える統合的方法の立場がすぐれていると主張し、最終的な妥協の産物として、日本史は小学校五、六年の統合的社会科に含めるが、中学校二、三年においては独立教科目とし、高校の社会科は一科目を選択させることにしたのであります。
さらに私が申し上げたいのは、今回の地歴独立は、マスコミが強調しているように社会科の解体を目指すものではないという点であります。社会科がなくなるから社会科の否定だというのは余りにも幼稚な見方であります。そのことは、新たに改訂された新高等学校学習指導要領の地理歴史料の「目標」を見れば明らかであります。すなわち次のように書かれております。「我が国及び世界の形成の歴史的過程と生活・文化の地域的特色についての理解と認識を深め、国際社会に主体的に生きる民主的、平和的な国家・社会の一員として必要な自覚と資質を養う。」ちなみに旧高等学校学習指導要領の社会科の「目標」は「広い視野に立って、社会と人間についての理解と認識を深め、民主的、平和的な国家・社会の有為な形成者として必要な公民的資質を養う。」となっておりまして、民主的、平和的な国家・社会を担う資質を養うという高校社会科の根本目標は地理歴史科に確実に受け継がれているのであります。
社会科の「目標」にあった「公民的資質」という言葉がなくなったのは、国際化の進展に対応して国際的資質を養うことが新しい時代的要請になったためであり、地理歴史科は従来の社会科のプラス面を正当に評価し継承しつつマイナス面を補おうとしているのでありまして、決して社会科の解体を目指すものではありません。
社会科にも功罪両面があり、これを見直したり改革すること自体を危険視したりタブー視することはかえって危険であります。一部の知識人やマスコミは、地歴科の独立イコール戦前の亡霊、皇国史観の復活、憲法への挑戦、民主主義教育の危機などというおどろおどろしい批判をしておられますが、私たちはもうそろそろそのような単純な二分法論理に立った愚かなパターン思考から卒業してもよいのではないでしょうか。
今、私たちに求められているのは、社会科を全面的に肯定するか否定するかの二者択一的な選択ではなく、社会科のプラス面を生かしながら、不足していた歴史、地理教育の専門性、系統性をいかに補い、両者をいかに調和、共存させていくかということではないでしょうか。今回の地理歴史科の独立はその第一歩と言えます。
私は、この二月に、ゼミの学生を連れて韓国に卒業旅行に行ってまいりました。そのとき、韓国の大学生から、日本は経済大国ですけれども文化怠国だ、「たい」は怠けるの「怠」でありますが、そういうふうに言われまして返す言葉がありませんでした。また、三年間アメリカに留学をしておりましたが、そのときに、日本の歴史や文化を余りにも知らない日本人留学生をアメリカ人学生が、在日日本人と嘲笑する光景を見かけました。また、マレーシアからの留学生と交流した際、自分は日本の大学生とはお酒を飲まないことにしている、なぜならば、自分はマレーシアのことをしゃべりたいのだけれども、だれも関心を持たない、自分は日本人の学生から日本のことを知りたいけれども、日本のことを話そうとしないと言うのであります。
二十一世紀には、日本は十万人の留学生を受け入れる計画であります。しかし、自国の歴史も外国の歴史も十分に知らない現状のままでは、日本にやってくる留学生は対日不信を募らせるばかりでありましょう。臨教審第二次答申は、国際社会の中に生きるよき日本人の教育、「そのためには、まず日本人が日本自体のことを知り、その上で世界にはいかに異なる生活、習慣、価値観が存在しているかを具体的に学ぶことが必要である。」と指摘した上で、二十一世紀の教育の目標の一つに「世界の中の日本人」を掲げ、「多様な異なる文化の優れた個性をも深く理解」しつつ、「国際社会において日本の歴史、伝統、文化、社会等について説得力ある自己主張のできる広く深い日本認識」を持ち、地球的視野に立った日本人を育てることの大切さを強調しました。
かつて、アメリカの雑誌「タイム」が、「世界の人々から賞讃されるが愛されない日本人」あるいは「世界の人々は日本人を一つのレンズで眺め、日本人は別のレンズで自分を眺めている」と評しました。日本人は一生懸命働くけれども、自分の経済的利益のことしか考えていないので愛されないというわけであります。これからは、このエコノミックアニマルとしての日本人の限界を乗り越え、世界のために日本がいかに貢献するかが大切な課題と言えます。そのためにも、未来の日本と世界を担う若者たちに日本史と世界史をしっかり学ばせる必要があると思います。
もう一点申し上げたいことがあります。それは
従来の社会科歴史と地理歴史科の中の歴史とは一体どこが違うのか、現場教師にはよくわからないのではないかという点であります。地理歴史科の目標と具体的内容についての議論をもっと深め、地理歴史科の中身、質をいかにつくり上げていくかを煮詰める必要があります。さもなければ仏つくって魂入れずになりかねません。
最後に、私は、現在大学で社会科の教員養成に携わる者といたしまして、従来の高校の社会を地理歴史及び公民の免許状に改めることは、より専門的に研究した教員によって地歴並びに公民教育を充実させるために必要不可欠な措置であると考えますので、この改正案に賛同いたしますことを申し添えまして、私の意見陳述を終わらせていただきます。
○鳩山委員長 ありがとうございました。
次に、土屋参考人にお願いいたします。
○土屋参考人 土屋でございます。
私は、教育制度・行政を主な研究領域としておりますが、教師の養成・免許制度についてずっと関心を持ち続けてまいりまして、一九七八年、昭和五十三年に成文堂という出版社から教育職員免許法のコンメンタールを出したことがあります。また現在、全国教員養成問題連絡会の世話人の一人として教師養成の諸問題に取り組んでおります。
きょうは教師の養成・免許制度をどう考えたらよいかという観点を中心にいたしまして、教育職員免許法の一部を改正する法律案について私の意見を申し述べさせていただきますが、次に述べます三つの理由から、この法律案に反対の態度表明をせざるを得ません。
第一に、学習指導要領に示された中学校または高等学校の教科と教育職員免許法に定める免許教科の関係はほぼ同様ではありますが、必ずしも一致しておりません。資料として「高等学校の教科名と免許教科の変遷一覧」を作成いたしましたので、ごらんいただけたら幸いです。高等学校の学習指導要領の改訂によって社会科を地理歴史と公民に再編したことを免許教科の改正に自動的に連動させることについては検討を必要とすると考えます。
この点について、教育職員免許法が施行されたとき文部省がどのような考え方をしていたのかを承知しておきますことは、今日なお必要なことだと思います。文部省の初代教職員課長であった玖村敏雄氏が一九四九年、昭和二十四年に学芸図書という出版社から「教育職員免許法、同法施行法解説」という本を出しております。そこで述べられていることを参考にすることができると思います。
すなわち、学習指導要領に示す中学校または高等学校の教科と教育職員免許法に定める免許教科が必ずしも一致しないのはなぜかという点につきまして、「免許状の教科は、教員の資格の区別という立場から、学校における教科の分け方とは別個の見地から考慮さるべき問題であるからである」と説明しております。そしてその具体例として保健、職業指導、職業実習、農業実習、工業実習、商業実習、水産実習、そして書道を挙げています。
このうち、例えば保健について見ますと、次のように述べております。
保健体育の免許状を有する者は、同時に保健の免許を有するものとされるのであるが、この他に保健のみの免許状が認められるわけである。それは、保健教育は、体育料担当の教員のみでなく、これと特に密接な関連のある社会、理科、家庭等の各教科の担任教員が併せて保健教育を行うことが望ましいのであるが、このことが適確に行われるようにするためには、保健のみの教科の免許状を設けることが適当とされたのである。
というわけです。
そしてさらに、社会、理科、家庭などの教科についても説明しておりまして、これらを細分化しないで包括的な教科とした理由として挙げていることは、次のようなことであります。
これらの教科は、更に細分することが可能であり、且つ便利なこともあるのであるが、新教育における綜合的教育課程の方針よりすれば、これらの教科については、一人の教員が教授を担当することが適当であるとされたからである。
こう述べております。
高等学校の学習指導要領の改訂によって社会科が地理歴史と公民に再編されたわけですから、それを免許教科に連動させようとするのは当然のことのように考えられがちなのでありますけれども、以上のような教育職員免許法が制定されましたときの趣旨を尊重する見地に立って今回の法改正を考えてみますと、戦後四十年余の実績を持つ総合的な教科としての社会科の性格を大きく変えるものでありますし、また免許法に定める社会、理科などのように広い領域を持つ包括的な教科についての教員資格の定め方を変えることにつながると考えられます。
第二に、今回の法改正の前提である高等学校社会科の地理歴史と公民への再編そのものが教育関係諸団体を初めとして十分な国民的合意を得て行われたものとは考えられないからです。
教育課程審議会の審議の経過を見てみますと、なるほど地理歴史と公民への再編という考え方が出ておりました。一九八六年七月二十一日の中間まとめで示された方向では、小中高等学校を通じて学習内容の精選を図るということと、「身近な社会生活についての具体的な活動や体験を通した総合的な学習から、次第に歴史、地理、公民へと分化して、系統的な学習ができるように内容を構成し、各学校段階の特色を明確にする。」ということが示されておりました。
問題はその後にあるわけです。教育課程審議会の教科別委員会で審議されることになったわけですけれども、社会についての教科委員会での審議の結果をまとめた改善方針を見てみますと、高等学校の歴史については、社会科の枠から外して独立の教科にすべきであるという意見と、社会科は社会諸科学の成果に基づく総合的な教科だから独立の教科にすべきではないという意見が両論併記されておりました。
決着は教育課程審議会高校分科会に持ち越されたわけですが、そこでは、先ほど来お話がありましたような世界史必修という主張が強く打ち出されたなど、かなり激論が交わされたと伝えられておりますが、結論が出されました直後に社会科の再編に反対した委員が、たった二回の審議で決めてしまったのは禍根を残すというふうに述べておりましたし、また答申に至る過程で社会科学習指導要領作成協力者会議の主査を務めた委員と全国社会科教育学会の会長を務める委員が辞任するというかつてない事態が生じました。
こうした事態の進行に各方面からの関心が高まりまして、新聞報道もこの高等学校社会科の再編に対して、例えば沖縄タイムス、一九八七年十一月二十六日は「唐突な社会科”解体“」、また東京新聞の同年十一月二十八日は「強引すぎた”総決算“」などというふうに問題にいたしました。この審議の経過と結論に対して関係諸学会や教育現場から強い批判が相次ぐ中で社会科の再編が進められたという事実を見逃すことはできません。
高等学校社会科の再編問題は、小学校低学年での社会、理科の廃止、そしてこれにかわる生活科の新設、小学校上級学年での歴史学習の人物主義への傾斜など、全体として社会科を解体する方向に沿った具体的な措置であると考えられますし、戦後教育の総決算を象徴する一つの事柄だと言ってもいいと思います。戦後四十年余の実績を持ち、完全に定着している社会科をどう評価するのか、今後どのように創造的に発展させるべきなのか、こういう問題について教育関係者はもとより国民的な教育論議を尽くすべきであって、学習指導要領の改訂があったから直ちに免許教科の改訂に連動させるべきだというふうには考えない方がいいと思うわけです。
第三に、免許教科が地理歴史と公民にかわりますと、事は大学にも当然波及するわけであります。大学での教師養成の教育がこれに対応するのには現状では困難な問題がありますし、今回の法改正が行われたとしても、そのことによって必ず
しも教師の資質の向上に結びつくとは考えられないからであります。
高等学校社会科が地理歴史と公民に再編されますと、その教科教育法はどうなるのかという疑問と不安が大学側にあります。これまで中学校及び高等学校の社会科の免許状を取得するのには、教職専門科目としての社会科教育法が必修であり、今後も教科教育法は必修なわけですけれども、これまでは中等教育のそれとして社会科教育法という名称で同一でありましたけれども、今回の再編に当たって、この高等学校の地理歴史、公民の教科教育法がどうなるのかということまで含めて十分に検討して結論を出したのかどうか、疑問が残るということであります。
高等学校社会科につきましては、教員養成系の大学以外のいわゆる一般大学で免許状の授与が多いと思いますけれども、これまでに社会科教育法を含む教職専門科目については問題が指摘されておりまして、マスプロ授業が多いとか非常勤講師に依存する比重が高いとかということが課題となっておりました。例えば国立大学協会教員養成特別委員会が一九八〇年に、「大学における教員養成」という調査報告を出しておりますけれども、ここでも社会科教育法の非常勤講師への依存率は大変高いわけであります。教育学部を持つ大学では一三・四%ですけれども、教育学部を持たないいわゆる一般大学では五〇%、教育学関係の博士課程の大学院を持ついわゆる旧帝国大学系では六三・一%にもなっております。こうした現状を克服することが大学側の重要な課題であるわけですけれども、今回の法改正によってこれを解決する条件が整うというふうには考えられませんし、地理歴史と公民になりまして、その教科教育法がどうなるのか必ずしも明らかではありません。
先般行われました免許法改定に伴う再課程認定に当たっても、この点では社会科教育法ということで高等学校課程の再認定は申請されているはずであります。
この地理歴史と公民の教科教育法がどうなるにせよ、その結果、資格要件を充足するだけの形式的な履修に陥ってしまうような事態が生じますと、到底そのことは教職の専門性の向上を図るということにはつながらないように思います。教員養成系の大学・学部には社会科教育法担当の専任教員が配置されてはおるのですけれども、この方方は小学校、中学校の社会科教育法を担当いたしますので、これに加えて新たに地理歴史教育法、公民教育法というような教科教育法ができるのかどうかわかりませんが、これに対応するような教科教育法を設けるということになりますと、残念ながら現状では、これを担当する人的条件も学問的基礎も整っていないと言わざるを得ないと思います。
以上の三点の理由から、私は、今回の法改正には賛成しがたいという意見を持つものであります。
以上で終わります。
○鳩山委員長 ありがとうございました。
以上で参考人からの御意見の開陳は終わりました。
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○鳩山委員長 次に、石井郁子君。
○石井(郁)委員 日本共産党の石井郁子でございます。
いろいろと御質疑がありましたけれども、まず今回の教免法改正の問題点の一つは、地歴料、公民科への分割がどのような手続で、どういう議論を経て決定されたのかという問題にあると思うわけです。この点では不透明でありましたし、新聞報道でしかうかがい知ることができなかったという問題がずっとありました。私も御質問したいと思っておりましたところ、上寺、高橋両参考人からも御発言がございました。
伺いますけれども、十一月四日の高校分科会長の諸澤氏が招集された懇談会で決まった、それが
決定的なポイントであったということが言われましたけれども、この懇談会というのは正規の会合でしょうか。また、この議事録というのは公表されていないわけでありまして、私どもは見ることができないわけであります。
上寺先生にお伺いしますけれども、この懇談会の性格、それからこの内容は今もって公表されていないわけでありまして、こういう事態をどうお思いになられるでしょうか。また、こういう場での決定について先生の御感想をお聞きしたいと思います。
○上寺参考人 今お尋ねの高等学校教育課程分科審議会の会長による専門家の意見を聴取する会、これはもう高等学校社会科教育懇談会と称されておりまして、私のところへはそういう立場から招聘があったわけでございます。したがって、その性格そのものにつきましては私自身は十分心得てはいないわけでございますけれども、そこで討議されましたことは、それぞれの専門家が社会科を存続させるべきなのか、あるいは二つの教科に分けるべきなのか、こういうことを専門的な立場で討議をされたわけでございます。私は、教員養成大学という立場からその会に呼ばれた、こういうことでございます。
そういう点で、私自身は私の主張をそこで述べましたし、あるいは社会科を考えておられる方にも今ある社会科に対してどうお考えですかと、こういうふうなこともお尋ねをいたしました。それが先ほど申しましたように明確なお答えはいただけませんでした。しかし、結果が、議事録がどういうふうになっておりますかわかりませんが、新聞報道では私たちは見ることができたわけでございます。
○石井(郁)委員 この会合が私的な懇談会であるということでして、やはり正規の会合でないところでこういう決定がなされたということが重大な問題だと思うわけであります。それはまた後の問題になりますので、これにとどめたいと思いますけれども。
上田参考人にお尋ねしたいと思います。
先生は、先ほど今日の激動というか、こういう状況の中でこそ社会科の果たす役割が非常に大きくなっているという御趣旨で御発言いただいたと思うのですけれども、今回の分割は学習指導要領等の改訂問題とも連動しております。学習指導要領では歴史教育、小学校では歴史の人物四十二人が必ず教えなければならないという形で盛り込まれる問題だとか、東郷平八郎が登場した問題ですとか、いろいろあるわげであります。
社会科が戦後民主主義を教える教科として登場してきたということから考えますと、今回この低学年社会科がなくなりましたね。高校社会科が解体されるという流れの中で、新指導要領との関連でこういう事態をどのようにごらんになっていらっしゃるのか、お聞きしたいと思います。
○上田参考人 先ほども申しましたが、この高校社会科の解体という問題は、もっと全体的な一連のことだと私は考えております。生活科というのが小学校低学年でできました。その他現代社会、高校一年の必修外しというふうなこともございました。考えてみますと、逐次そういう動きが出てまいりまして、果たしてどこまで行けばとどまるかわからないのですけれども、あえて申しますれば、これはもともと社会という教科の名前がよくなかったのかもしれないのですが、とにかくずっとそういう保守的な立場からの社会科つぶしの攻勢が続いておりました。今回の学習指導要領もまさにそういうことでございます。
そういうことだけで申そうとは思いませんけれども、今回の学習指導要領は甚だ趣旨明確でないです。臨教審の審議を受けていると申しますけれども、ある部分は受け、ある部分は受けていない。あえて言うならば、都合のいい部分だけが生かされているということになりましょうか。ですから、例えば社会科について申しますと、東郷平八郎という名前が入った云々というふうなこともいろいろ言われておりますけれども、片一方において国歌とか国旗というものに対する指示、そういうものがかかわって出てきておりまして、したがってただ単に高校の社会科を分けてやるか、それとも従来どおり社会科としてやるかという問題としてだけ考えることができない。どっちかというと、もっと別の要素の方がどうも原因であるように思われる。これは非常に残念だと思うのですね。
私は、文部省の立場もそれは大いに主張されればいいと思うのです。ところが、何かカムフラージュされたような形で出てまいりまして、そしてこれからいろいろ地方に対しても講習その他なさるわけですけれども、これは別のことみたいですが、この数年、文部省が地方の教育委員会に、あるいは教育主事に説明なさる場合も、ほとんど上意下達的な形になっている。これは、文部省がというのじゃなくて、一般に、もう質問しない、ただ受け取ってきて、また次に伝えるという形になっていますね。私は、これは非常に問題だと思います。しかも、これは文部省が強制するという形でやっているのじゃなくて、もう言ってもむだというのか、言うとまずいとか、何かそういう空気が非常に強まっているということでありまして、今回の学習指導要領も全体的にそういうものをバックに持っているということは、私は文部省としても非常に残念なことじゃないかと思いますね。
そういうこともございまして、今回の問題は、これは一つの、派生的と申しますか一つそこにあらわれたのですけれども、根は方々にございます。その根がつながっているということだと思います。それをやはり問題にしていただく必要があると私は考えております。
なお、それから高校の場合、ゆとりという問題がございまして、これは今の改訂に関係があるのですけれども、社会科でやった方がうんとゆとりはございます。分化してまいりますと、しり切れトンボというようなことも起こってまいります。これも教育課程にはあるのに実際はやっていない、あるいは入試に出ないところはやらないというふうなことがますます強まってくる。それは非常に心配なことだと私は思います。それもちょっと申し添えます。
○石井(郁)委員 ありがとうございました。
土屋参考人にお伺いしたいと思います。
この免許法の改正によりまして、今度、地歴科、公民科という二つの免許状を出すということになりますと、関係する教員養成大学、また教職課程を持つ私立大学がいろいろと対応が大変だろうというように思うのですね。単位の枠がございますし、それからいろいろな人的な問題もあると思います。
二つお伺いしたいのですが、一つは、今、国会でこういう形で法案審議が進められていますけれども、決まりますと来年四月から実施ということであります。すぐ四月にどう大学が対応するかというのはあるのですけれども、大学側がそういう状況で事柄が進んでいるということについてどのように認識されているのか。先ほど来、今回の経過の合意という問題があるわけですけれども、こういう二つの免許状を出すということに伴って大学で、対応する側で起こり得る問題について、大学関係者の間でどういう認識が現在のところなされているのか伺いたいと思います。
それから、もう一つは、先生の中で三つの問題点の三つ目に御指摘のありました点、具体的に予想される問題点がございましたけれども、もう少し詳しく御説明いただければというふうに思います。
○土屋参考人 二つの御質問ですが、この法律が通りまして来年の四月から実施されるということになりますと、高等学校のこれまでの社会科の免許状を出すことを認定されておりました課程は、これに対応して再課程認定の手続をとることになるのではないかというふうに予想されます。実は、ことしの四月から実施された免許法の改定に伴いましても、高等学校の社会科を含む免許状を出すところは再課程認定などをしたわけでありますが、そのときにはまだ高等学校社会科ということで手続をとっておりますので、これが教育課程
審議会によって認可されますと、来年の四月からこの四月からの免許法の改正に対応するということになりますが、さらにそれに続いて社会科が二つに分割されることに伴ってもう一度手続をし直さなければならないということが起こるように思います。
これは、この夏休み前後に起こった再課程認定の手続の中で、私どもいろいろ調べてまいりますと、従来の社会科ですと、もちろん歴史分野とか地理分野とかいろいろ含めまして四十単位というところでなるわけでありますが、今度は地理歴史で四十単位、それから公民で四十単位というふうに教科の専門に関するところの単位がふえるわけでありますから、それに対応する研究スタッフがいないといけないわけであります。ところが、いろいろな大学をつぶさに調べてみますと、歴史なら歴史という分野あるいは地理なら地理という分野でも、例えば、私のところで卑近な例をとりますと、歴史の先生が日本史一人、世界史一人、そして地理一人というようなことになります。
したがって、この先生方が四十単位の専門科目を出すということになりますと、どうしてもその三人ではできませんので、もっとほかの非常勤の先生方をお願いするということも起こってまいるでしょうが、専門教科についての対応はいろいろやりくりをして何とか各大学するのではないかというふうに思いますけれども、手続が煩瑣だというよりは、現在こういう免許法の改定が国会で審議されていること自身をも私ども大学にいる者がつぶさによく承知しているわけではございませんので、決まってから後でそういうことがあったということが知らされ、そしてそれに対応するという形になるものですから、十分な認識を持って対応するということが大変できにくくなると思っております。これは大学の規模によっても違うことでありまして、大きな総合大学で基礎的な学問領域の研究者がかなり潤沢にあるところですと対応もしやすいと思いますが、小さな規模の大学などではその対応に専門教科の面でも困るのではないかというふうに思います。
それから、先ほど来、社会科教育法の担当について私は特に強調しているわけでありますが、この社会科教育法の担当というのは教員養成系の大学ですと大体二人ぐらいの専任教員がおりますけれども、やはり何といっても、小学校課程の免許を取るのに必要な社会の専門を教えることと社会科教育法を教えること、それから中学校課程の社会科教育法も教えることになりますが、マスプロ授業を解消しようということになりますと、やはり分けてやらなくてはなりません。
一番心配なのは、先ほど来強調しておりますように、二つに社会科を分けたことによって従来のように高等学校の教科教育法は社会科教育法というので包括的にまとめていくのか、それとも地理歴史教育法というものと公民教育法というものを分けるのか、この行き方によっては、私、後者になりますと、そのようなことを担当する研究者養成の機関が大変対応していないと思うわけです。現在、社会科教育法の専門研究者は広島大学であるとか筑波大学であるとかのドクター課程まで持つところで専門研究者の養成が進んでおりますけれども、そういう研究者養成の課程とも見合いませんと責任を持って教科教育法を展開することはできなくなります。大学側は何とか対応いたしまして、結局ある歴史学なら歴史学の専門の先生が歴史学に関する教科教育法をやるということになるでしょうが、これはその先生にとってみればそのことが専門ではないわけでありますから、学問的基礎という点については十分自信を持ってやれるかどうかという点では不安も残るのではないかと思います。そのような対応が大学の中では心配されることとして起こるように思っております。
○石井(郁)委員 どうもありがとうございました。
以上で終わります。
○鳩山委員長 以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。
この際、参考人各位に一言お礼を申し上げます。
本日は、御多用中のところ当委員会に御出席いただき、また貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。委員会を代表して厚くお礼を申し上げます。
午後一時三十分から委員会を再開することとし、この際、休憩いたします。
午後零時三十一分休憩
────◇─────
午後一時三十分開議
○鳩山委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。
質疑の申し出がありますので、順次これを許します。
○船田委員長代理 次に、石井郁子君。
○石井(郁)委員 免許法の改正という問題は教員養成と学校の現場に非常に重大な影響を与える問題だというふうに思っているわけです。慎重な審議が必要だということは言うまでもありません。昨年教免法の改正がありまして、私は初めにこの四月から実施されています教免法の経過措置の問題をちょっとお尋ねをしたいと思っています。
二種から一種への免許取得での十五年ゼロ単位の特例措置の適用がございますけれども、勤務年数に産休をどう位置づけるかという問題がございます。ことしの四月一日で十年以上の在職者にこの特例措置が適用されるわけですけれども、その際、この産休の期間が引かれた数、それで在職年数が十年未満になる場合はその経過措置が適用されないという問題が出てきております。
まず文部省に、これらの期間が含まれないというふうに解釈をしているのですが、この点は検討が必要だ、見直しが必要だというふうに私は思っているのですが、いかがでしょうか。
○倉地政府委員 これは免許法の別表第三に規定があるわけでございますけれども、その最低在職年数については教員としての資質能力を向上させるに足る良好な成績で勤務した期間ということになっている次第でございます。そういうことから考えますと、産休、育休の期間をここへ含ませるということはなかなか難しい問題でございまして、従来から産休、育休の期間はこの最低在職年数に通算しない扱いになっているわけでございます。そういうことで、なかなか困難な問題ではないかというふうに認識しているわけでございま
す。
○石井(郁)委員 しかし、産休という問題は女性にとっては避けられないことでありますし、当然の権利だというふうに思うのですね。それでは、まず産休そのものを文部省はどのようにお考えですか。
○倉地政府委員 女性がお勤めいただいた場合には避けて通れない問題でございますので、そうした点から非常に重要な問題であるというふうに考えておる次第でございます。
○石井(郁)委員 良好な期間ですか、資質形成の期間というふうにみなさないということですけれども、それは本当におかしいと思うのですね。初任者研修のときにもいろいろ論議がありました。今の教師の研修をもっと多面的にというか、いろいろな経験を積まさなければいけないという文部省の見解の中に、例えば店員をやってみるだとかホテルやデパートなどでも経験を積むだとか、そういう話までもあるわけです。
だから、教員としての資質ということ自身は非常にいろいろな中身があるわけですけれども、こういう子供を産み育てるということ自身も重大な、重要な資質形成の期間だ、教育の活動に生かしていく中身を持っている、そういう意味には考えませんか。
〔船田委員長代理退席、委員長着席〕
○倉地政府委員 女性の教員が子供を産み育てるということ自体を教員としての資質能力を向上させるに足る良好な成績で勤務した期間というふうにみなすことにつきましては、まだ若干議論の余地があるのではないかと考えるわけでございまして、現段階ではなかなか難しい問題ではないかというふうに考えるわけでございます。
○石井(郁)委員 産休というのは、私たちがこの期間を選んで休むという問題ではなくて、法律的に決まっている期間です。まさに強制休暇なんですよ。だから、経過措置に該当する教員についてはそれをしゃくし定規に押しつけたのでは困るわけです。そういう点で、文部省はこの問題を教員の資質のまさに向上という中身からもぜひ前向きに検討してほしいというふうに私は思うわけです。
さしあたり、学校の実態や教員の個々の実情もいろいろありますから、都道府県教育委員会が柔軟に対応できるようにそういう余地をやはり残すべきだと思うのですが、その点はいかがでしょうか。
○倉地政府委員 先生のおっしゃいました都道府県教育委員会が柔軟に対応できるということの意味でございますけれども、それはやはり産休、育休の期間をこの最低在職年数に通算することをおっしゃるのではないかと思うわけでございまして、従来長年指導してきた観点から見ますと、今にわかにそういうふうに変更することはなかなか難しい問題ではないかというふうに考えるわけでございます。
○石井(郁)委員 この問題だけで余りやりとりできませんけれども、今回はその経過措置ですから、十五年ゼロ単位の特例措置の適用をどうするかという問題ですから、従来のことと別に考えるべきだと思うのですね。ぜひとも文部省に検討していただきたいということを強く申し上げておきたいと思います。
もう一点は、養護教員と一般教員の一種免許状取得の相違というか格差の問題についてでございます。
二種から一種への免許取得で、一般教員は取得義務が課せられております。十二年たつとあと三年で十単位取れば一種免許が取得できるわけですが、養護教員にはこうした努力義務もなく適用もされないわけであります。どうしてこのようなことになっているのでしょうか。
○倉地政府委員 養護教員のうち二種免許状を有する教員の実態でございますが、これは約六二%の方が二種免許状を有しておられる方でございます。これと若干似ておりますけれども、幼稚園の教諭についてもこれは実態が八〇%ということでございまして、養護教員と幼稚園の教諭につきましては採用後十二年経過時からのいろいろな措置につきましては適用をしない措置になっている次第であります。これは、このような多くの方々につきまして研修を行うための大学を指定することは事実上なかなか難しいわけでございますし、また、こうした多くの方々が学校を離れて研修されることも事実上難しいという認識に基づきましてこのような措置を講じた次第でございます。
○石井(郁)委員 私は、やはりそういう認識では全然本末転倒していると思うのですね。つまり、研修の条件が整わないからこういう特例から外すという問題ですね。その研修の条件を整えることを文部省がやはり真っ先にやるべきじゃありませんか。それから、そういうことに対しての条件整備の計画や、また前向きな取り組みということが問われているわけでして、その点ではどうなんですか。
○倉地政府委員 研修をしていただくことのためにいろいろな条件整備をするということは大変重要なことと考えている次第でございます。ただ、そうした措置も実態を踏まえてすべきだというふうに考えておるわけでございまして、養護教員六二%すべての方に研修すべき大学等の課程を指定したり、またそうした方々が十二年経過時に一斉に単位修得のために学校現場を離れるということは、実際、行政上の問題として不可能でございますので、幼稚園の先生方と同じようにこの規定の適用を外したということでございます。
○石井(郁)委員 研修の問題では本当に不十分なんですね。養護教員の先生方が専門的力量を養いたいというふうに思っても、都道府県によっていろいろ差異がありますけれども、年間四単位ぐらいしか取れないという実情のようです。大学院での研修も含めてもっと積極的な対策については文部省はどうお考えですか。
○倉地政府委員 養護教員の方々の研修も大変重要なことというふうに考えている次第でございまして、本年度から養護教員の新規採用の方々につきましても、今までとは別に新しい研修をしていただくよう予算措置をした次第でございます。最近新たに措置したものは、養護教員の新任教員の研修の方々についての問題でございますけれども、今後ともそうした点につきましては十分考慮してまいりたいと思っておるわけでございます。
○石井(郁)委員 ですから、二種から一種への免許取得の問題では、これからのことでございますから、ぜひそういう研修体制もつくっていただきたいというふうに思いますし、そういう条件が整わないからということで十五年ゼロ単位の特例措置を外すというようなことはやはりすべきでないと思うわけです。
養護教員の先生方が、現実に学校の中で大きな教育活動の役割を担っていらっしゃるのは言うまでもないと思うのですね。子供たちの体や心の異常が多発している中で、養護教員の先生方というのは本当に苦労されているわけです。ですから、こういう免許の資格取得で格差をつけたり差別をするなんてこと自身が全く、そういう位置づけの問題としてはやはりやるべきでないというふうに思うわけです。こういう点で再度、こうした一般教員との格差というか差別というか、やはりそれをなくすべきだということでの文部省の御見解を伺いたいと思います。
○倉地政府委員 養護教員の職務は学校の運営上大変重要なものだというふうに認識しているわけでございます。そうした観点から本年度の養護教員の初任者研修についても予算措置をしたわけでございます。
ただ、私ども十二年経過後のいろいろな措置について適用しない措置をしたわけでございますけれども、これは先ほども申し上げましたように、六〇%を超える方々が二種免許状をお持ちでございますので、そうした方々に一斉に研修すべき大学等の課程を指定することは事実上困難でございますし、またそうした方々が一斉に学校を離れるということも困難だというふうに考えまして、そうした行政の実態に応じての措置でございますので、これはひとつやむを得ないものとして御理解
いただきたいと思うわけでございます。
○石井(郁)委員 私は、重ねてそういう条件を整えるために文部省がやはりもっと努力をする、それと相まってこういう格差づけを解消するという立場でぜひ御努力をしていただきたいというふうに思います。
次に、今かかっております教員免許法の改正案の中身について質問をしていきたいというふうに思います。
時間が限られておりますから、具体的な問題でちょっとお聞きをしたいわけですけれども、教員養成大学の側の問題ですね。今回の地歴、公民という免許状の二本立てということに伴って、教職課程を持っている大学あるいは教員養成大学がどうなるのかということでちょっと具体的にお聞きをしたいわけです。
教免法の施行規則には教科専門それぞれ二十単位というふうにございますけれども、まず、この二十単位の中身がありますね、教科専門、これがそれぞれ地歴科、公民科にかわるのでしょうか。
○倉地政府委員 現在、社会科の教科に関する専門教育科目で修得すべきものは、教育職員免許法施行規則の第四条に定められているわけでございます。そこでは社会科につきまして日本史を初めずっと規定がございまして、計二十単位あるわけでございますけれども、これにつきまして地理歴史と公民の教科に分かれるわけでございますので、それぞれそれに応じた科目を設定することになるというふうに考えるわけでございます。
○石井(郁)委員 それは何か案はございますか。
○倉地政府委員 これは今回の法律を通していただいた後で教育職員養成審議会におきまして十分御審議いただきたいというふうに考えるわけでございますが、今回教員の専門性を高めるということでございますので、公民につきましては公民系の科目に重点を置くことになるわけでございますし、地歴につきましては地歴系の科目に重点を置いたものになるというふうに考えているわけでございます。
○石井(郁)委員 教員養成審議会がつくられるということですね。そこで省令にかかわる部分が審議されるということですか。
○倉地政府委員 教育職員養成審議会で御審議いただきたいというふうに考えているわけであります。
○石井(郁)委員 それは四月実施、この法案は四月実施ですから、間に合うのでしょうか。これからつくられるのですか。どのくらいの見通しでされるのでしょうか。
○倉地政府委員 できるだけ早く行いたいというふうに考えるところでございますけれども、来年の一月ないし二月の初めまでには教員養成審議会を開催してそうしたことを御審議いただきたいというふうに考えているところでございます。
○石井(郁)委員 次に、教科教育法について伺いますけれども、午前中の参考人の質疑の中でもございました。この施行規則には、教科教育法の単位は受けようとする免許教科ごとに修得しなければならないというふうにありますけれども、この条文どおりに読みますと、地歴科教育法、公民科教育法というふうになるのでしょうか。
○倉地政府委員 これも教育職員養成審議会で十分御審議をいただきたいと考えていることの一つでございますけれども、現時点では地歴、公民についてそれぞれ教科教育法が設けられることになるのではないかというふうに考えるわけでございます。
○石井(郁)委員 そういう教科教育法の専門家というのがなかなか大学の中ではいなくて大変だという実情があるのですが、そういう新しい地歴科教育法、公民科教育法で大学の方が対応できるというふうに文部省はお考えですか。
○倉地政府委員 今回の高等学校の地歴、公民でございますが、これは中学校の社会科の基礎の上にそれを発展的に分けるということになるものだというふうに考えているわけでございます。現在の社会科の教科教育法についてそれぞれ学問が成立しているわけでございますし、また地理、歴史などにつきましてもそれぞれ学問が成立しているわけでございますから、新しい教科教育法についても十分そうした学問としての領域の成立は可能ではないかというふうに考えているわけでございます。
○石井(郁)委員 そう言えば、来年から実施されて、再来年からには開講しなければならない、そういう実情ですよね。だから、本当にできるんでしょうか。それから、そういう教科教育法を新しくつくっていくわけですし、単位もそれぞれに二十単位ずつ開講しなければならないということになりますと、当然カリキュラム増、ですから教員の負担増というふうはなると思うのですね。それはいかがですか。
○倉地政府委員 地歴につきまして教科に関する専門教育科目二十単位、それから公民について教科に関する専門教育科目二十単位ということになるわけでございますが、これは本来卒業の要件となっている履修科目を履修すればそうした単位が取れるわけでございますので、新たに新しい科目を大学の方で開設するというような必要はないのではないかというふうに考えるわけでございます。そうしたことから、この両者を分けることについてはそれほど難しい問題ではないというふうに考えるわけでございます。
○石井(郁)委員 いや、具体的に地歴科教育法という開講をしなければいけないわけでしょう。それは新しく開講になるわけですよ。それは先生方の負担増というか、プラスアルファとして出てくるわけですね。だから、そういうことで今回のこの免許法改定に伴って、非常に教員養成大学で実際上やはりその人的な保障をどうするのかという問題が出てくるわけです。それは文部省はどうお考えですか。ちょっと伺っておきます。
○倉地政府委員 これまでも社会科で社会科教育法が行われていたわけでございますし、これが二つに分かれてそれぞれの教科教育法になったといたしましても、大学の方では十分対応できるのではないかというふうに私ども考えているわけでございます。教員養成大学におきましては、その他の大学と若干違う事情もあるかと思いますけれども、それほどの困難な問題ではないというふうに考えているわけでございます。
○石井(郁)委員 それほどの困難な問題じゃないというふうに言われたら、私は本当に現場の先生方はどう思うだろうかというふうに思うのですね。教員養成大学で言いますと、中学校では社会科教育法を開講しなければいけませんよね。高校では地歴科、公民料というふうに開講しなければいけない。だから、今までのをやめて新しくするんじゃないわけです。今までのをやりつつ、さらに新しいことをしなければならないというのが今度の中身じゃないですか。違うんですか。
だから、現実にそういう問題になると大混乱が起きるんじゃないでしょうか。私は、そういうことを大学の先生方がこんなふうになるなんというのは、まさかというか、思ってないという実態もあると思うのですね。だから大学の側の、そういう合意は得ているでしょうか。どうやってそれを大学に押しつけようとするのですか。
○倉地政府委員 そうした点も含めまして教育職員養成審議会で十分御審議いただき、その上で正式の決定をいたしたいと思うわけでございますけれども、今申し上げたように、今のところはそれぞれの教科教育法を前提として考えている次第でございます。
○石井(郁)委員 だから、先ほどというか、前回来の質問の中で、社会科にかわって系統性、専門性を強化するんだという点が今回の分けた一番の理由だということだったと思うのですね。だけれども、教員養成大学のその実態から見ますと、専門性が本当に高まるのでしょうか。地歴科教育法を開講しても、それを担当される専門家はいないわけですよ、そういう地歴科なんという科目が戦後なかったわけですから。そういう教科教育法というのはどういうことになるのですか。だから、免許法の施行規則にあるということが全く形骸化
されますし、結局社会科と何ら変わらないということにしかならないということではないのでしょうか。
それから、そういう大学の実情、教員養成が実際に行われている実態、それと全く離れたところでこういう分割を押しつけてきてどういうことになるのかという問題ですね。私はそういう面でも大学関係者はこぞって恐らく反対をしていると思います。それぞれの大学が自主的にいろいろカリキュラムを決めてやりたいというふうなことが起こってきた場合には、文部省はどう対応しますか。
○倉地政府委員 今まで社会科でやってまいりまして新たに地歴、公民の教科を設けるわけでございますから、そこに移行する間にいろいろ大学の現場で御苦労いただくことになるというふうに考える次第でございます。そういう点でございますから、先生の御指摘のようにいろいろな問題があり、御苦労いただく点はあるかと思うわけでございますが、それはやはり新しいものを設けたときに伴う問題でございまして、それなりにひとつ御理解いただき、御対応いただくことになるのではないかというふうに考えるわけでございます。
○石井(郁)委員 じゃ、この法案が通って大学で実際に動き出した段階で、教育職員養成審議会がどのように出されるかはわかりませんけれども、教員の負担増だとか、あるいはそういうマンモス授業ですとか、そういう問題が今以上に出てきた場合について、文部省はどのように責任をおとりになりますか。
○倉地政府委員 おおよそのところはそんなに負担増が生ずるというふうには認識していないわけでございます。ただ先生が御指摘のように、教員養成大学などにおきまして、中学、高校、小学校すべて取るということになりますと若干の問題はあろうかと思うわけでございますけれども、その辺につきましては今後十分対応措置などを高等教育局の方と連絡しつつ考えてまいりたい、そのように考えるわけでございます。
○石井(郁)委員 負担増にならないという前提で文部省がそういう楽観的な御判断だったらもうしようがないわけですけれども、負担増になった分については現場に押しつけないというふうに考えてもいいですか。
○倉地政府委員 新しいことに取り組むわけでございますから、現場におかれましてもそれなりの御苦労をいただくことになるのではないかということを考えるわけでございます。新しい制度の意味をよく御理解いただきまして御協力いただければありがたいというふうに考える次第でございます。
○石井(郁)委員 ですから、やはり拙速でして、本当にこの実施に伴って教員養成課程がそれぞれどういう問題を抱えるのかということをもっと責任を持ってつかんでいただきたい。そして大学の先生方が本当に専門性を高めるという趣旨でできるのかどうかということで、大学の方々にも納得いくようにしていただきたいというふうに思うのですね。だから、全く秘密裏に、そして決まったからそれを押しつけるということでは、本当に教員養成大学は今でも大変な中でますます大変になっていくというふうに思うわけです。私は、教員の資質向上にはこんなことをやったら何ら貢献しないというふうに思います。そういう点をちょっと強調しておきたいというふうに思います。
申し上げたいことはいろいろあるのですけれども、やはり先ほど来問題になっておりました地歴科、公民科という分割が一体どのように決まったのかという問題、やはり今回ここを明らかにしなければならないというふうに思うわけです。先ほど嶋崎委員の御質疑もありましたけれども、私は再度伺いたいというふうに思うわけです。
地歴科、公民科の分割が十一月四日の高校社会科教育懇談会で決定づけられたという報道や、先ほど二人の参考人の方からもそのように強調されたわけであります。これは文部省もそのように認識されているのでしょうか。このように認識してよろしいですか。
○石橋国務大臣 お答えいたします。
先ほどの嶋崎委員の御質問、そしてまた石井委員の御質問でありますが、私は本当のことを言って、当時野におりましたので経過のことについてはよくわかりません。初中局長から答弁をいたしたものでありますけれども、結論的には、その間いろいろな問題があったといたしましても、最終的には教育課程審議会の答申をいただいて、それに基づいて、そして今回の改正を提案をいたしたわけでありますので、よろしくお願いを申し上げます。
○石井(郁)委員 ちょっと具体的に伺いたいのですけれども、局長がいらっしゃらないと困りますね。これは重大な問題なのですから。大臣は、経過はよく知りませんとおっしゃられて質問などできないわけですから。どうしますか。
○鳩山委員長 私の手元にありますこれには初中局長は入ってないのですが、これは助成局長だけ。――今もうすぐ見えますけれども、他に助成局長や大臣の方への質問が先にあればお願いできますか。
○石井(郁)委員 それではちょっと大臣に伺います。
この高校社会科教育懇談会が私的な懇談会であると言われているのですが、それでよろしいですか。また、正規の機関ではないということで理解してよろしいですか。
○石橋国務大臣 先ほどお答えをいたしたとおりであります。
私といたしますと、何年の何月何日にどのような人々が集まってどのような会議をやってというようなことについては全くよく存じておらないわけであります。
ただ、何度も御答弁を繰り返させていただきますが、最終的には審議会の答申をいただいた。その間いろいろな経緯があったといたしましても、一つの物事を判断するに当たって当然賛成の方もいらっしゃるでしょう。また、反対の方もいらっしゃるでしょう。その討議が済んで、そして終局的には答申をいただいたわけでありますので、それに従って今回の改正法案を提出をした次第でありますので、よろしくお願いを申し上げます。
○石井(郁)委員 社会科の存続について、ずっと長い経過でいろいろ問題があった、論議もあったということはそうだと思うのです。それから、歴史の独立についても、あるいは地理の独立ということでのそういう意見がずっと根強くあったということもそうだと思います。
ただ、私が問題にしたいのは、今回社会科を解体して地歴科、公民科――歴史科でなくて地歴科になったということです。地歴科、公民科という設定は、いつの時点で、どういう議論で、どこから出てきたのでしょうか。これは、経過の中には地歴科というのはいつ登場したのでしょうか。それをお尋ねしたいと思うわけです。
○石橋国務大臣 何度もお答えをしてまことに恐縮でありますけれども、そこのところが私といたしますと存じ上げておらないわけであります。
戦後の教育全般の中において長い間、地歴の問題、公民の問題、分離すべきかどうか、確かにたくさんの議論が進められておったということは、党内におりましても私は十分承知をいたしております。今回のことについては、申し上げたとおりのことで提案をしたわけでありますので、よろしくお願いをいたします。
○石井(郁)委員 でも、やはりその経過がはっきりしませんと、先ほど質問いたしましたように、一つの教科として今度は教科教育法をそれで教えなければならない、こういう学問や研究や教育の中身に立ち入ったことまでがここで決められるわけですよ。重大な問題だと思うのです。先ほど上田参考人の話もありましたけれども、社会科教育法というのは学問として成り立つのかどうかということを私たちは長い間議論してきました。
それと同じような意味で、地歴科教育法というのはどんな学問として成り立つのですか。だから、これは一から始めなければならないという問題にもなるわけです。重大な問題だと思うので
す。そういう現場あるいは学問研究、教育体制に重大な影響を与える免許法の決定というか改正の問題で大臣がよくそのことがわかってないで決められるというのは、もう何とも国民は納得できないと思うのです。大臣、いかがでしょうか。――結構です。
では、局長に伺います。質問を改めてやり直します。
十一月四日に重大な決定があったということはもうはっきりしているわけであります。そこで高校分科会長の諸澤氏から、社会科を地歴、公民に分ける場合に、それぞれの方から意見をいただきたいという提案があったというふうに新聞報道されているわけですが、それで確認してよろしいのでしょうか。
○菱村政府委員 十一月四日の懇談会でございますか、それにつきましては、ここは教育課程審議会の正式の機関としての位置づけの会議ではなくて、いわば教育課程審議会におきます審議を深めるために分科会長の一つの研究会として催されたものでございますので、その中でいろいろな御議論があったことは事実でございますけれども、結果的には分科審議会のまとめないしは教育課程審議会の答申で審議会全体の御意思というものははっきり出ているわけでございますので、この答申によりまして御理解をいただきたいと存じます。
○石井(郁)委員 質問したことにぜひお答えいただきたいのです。この懇談会の席で諸澤会長が社会科を池歴、公民に分けるという発言をなさったというのは事実ですか。
○菱村政府委員 これは外に公表して行っている会議ではございませんので、だれがどういう発言をしたかということにつきましては申し上げるのを控えさせていただきたいと思います。
○石井(郁)委員 そうなるとおかしいのですね。先ほど参考人の先生方はこの会合で決定づけられたんだ、これが決定的なポイントだったんだ、この決定があるから今日ここまで進んだんですというふうに強調されているわけです。それから、先ほど配られました「現代のエスプリ」の九ページにも地歴独立を決定づけたのは十一月四日の高校教育懇談会であったと書かれているわけです。こういうことがどんどん公表されているわけですから、それを文部省がお認めにならないというのはどういうことなんでしょう。
○菱村政府委員 私どもは教育課程審議会の答申に基づいて学習指導要領を作成したわけでございまして、教育課程審議会の御答申は、いろいろな経緯がございますので、十一月四日の研究会で深めたのももちろん中には織り込まれているとは思いますけれども、いずれにしましても最終的に答申という形でまとまっているわけでございますので、それを決めました高等学校の分科審議会及びその総会の全員一致で決まったというところで御理解をいただきたいと思うわけであります。
○石井(郁)委員 それでは、先ほどの参考人の公述については文部省としては若干異議があるというふうに受け取っていいのでしょうか。
私がお尋ねしていますのは、要するに地歴料、公民科という分け方はいつ具体的に上ったんでしょうか。では、これは最終的に十一月十三日の高校分科会で登場したということで理解していいでしょうか。
○菱村政府委員 高校社会科の再編につきましては、御案内のように課題別委員会、総会、さらには教科別の社会科委員会でずっといろいろな御議論を経てきているわけでございます。最終的に決まったのは答申でございますけれども、事実上決まったのはその前の高等学校分科審議会の審議のいわば最終日というのが正しいと思います。
○石井(郁)委員 最終的に全会一致で決まったということを強調されるのですが、これはもう審議会の構成というか運営の仕方の面からそういう形になっているというわけでありまして、実際上は高校分科会あるいは社会科委員会で具体的な決定がされていくということだと思うのです。ですから、最終でまとまったということだけを強調されても、全く説得力がないわけであります。
十一月十三日の高校分科会に地歴科、公民科という分割がどういうふうに出されたのか。私どもはこの議事録は一切見ていないわけであります。こういう議事録は当然公表すべきだと思うのです。結論だけがまとめられたことをもって、その審議の経過が一切明らかにならないということでは到底納得できないと思うのです。
私は、私的懇談会の議事録、十一月十三日の高校分科会の議事録はやはり今の時点でぜひ文部省が出すべきだ、そうしなければこの審議は到底まともにできないと思うのですが、どうでしょう。
○菱村政府委員 この社会科再編成の問題につきましてはずっと当初から審議会で御議論が継続して行われているわけでございます。しかし、審議会の議事の内容につきましては、他の審議会と同様公表しないということできておりますので、御了承いただきたいと存じます。
○石井(郁)委員 重ねて伺いますけれども、十一月四日の懇談会で決定づけられた、先ほどお二人の参考人の先生が強調された点につきまして、文部省の正式な見解を伺っておきたいと思います。
○菱村政府委員 これは先ほど来申し上げておりますように、この審議のプロセスの間におきます一つの研究会でございまして、最終的に決まったのは高校分科審議会の最終まとめ、教育課程審議会の総会におきます決定が最終的な決定であるというふうに御了解いただきたいと思います。
○石井(郁)委員 そういう形式的なことはよくわかっているわけであります。ただ問題は中身でありまして、どうなったのかということです。
ですから、今の経過からしても、社会科の委員会は地歴科、公民科ということについては一切かかってないということですね。
○菱村政府委員 教科別の社会科委員会ではこの問題は十分審議されております。ただこれも、本日も繰り返して申し上げておりますが、課題別委員会ないしは教科別の社会科委員会は何かを決定する機関として置かれているものではなくて、最終的に決定します高校分科会ないしは教育課程審議会の総会の審議を深めるために置かれているものでございます。繰り返しになりますが、その点も御了承いただきたいと思います。
○石井(郁)委員 だから、そういう審議を深めるべきところで十分審議がされてない、まとまってもいないということですよ。それを強引に地歴科、公民科というふうに分割したのが私的懇談会じゃないのですか。しかも、それを地歴科、公民科と分けるというふうに提案したのが諸澤高校分科会長ではないのですか。まさに個人見解がここで押しつけられたということなんですよ。それが問題だと思うのです。だから、ルールに沿ったというか委員会の審議が十分積み重ねられてこういう案が出てきたということにはなってないわけです。だから、これは重大な問題なんです。
そういうことで、私は、この私的懇談会と十三日の高校分科会についてはきちっと議事録も公表する、いつ、どこで地歴科、公民科の分割が決まったのか、このことについてはっきりお答えいただきたいというふうに思うのです。
○菱村政府委員 議事録の公表につきましては、これも先ほど来繰り返しておりますように、恐縮でございますが、他の審議会と同様に公表しないことにしておりますので、御了解いただきたいと思います。
それから、何回も繰り返し最終的に決まったのはどこかと言われますが、最終的に決まるのは、決定権があります高校の分科会ないしは教育課程審議会の総会であるということを、これも繰り返しで恐紬でございますが申し述べさせていただきます。
○石井(郁)委員 最終的に決まったのを聞いているのではありません。地歴科、公民科という案が具体的に上ったのはどこですか、それを聞いているのです。その答えがありませんでした。
時間が参りましたので終わらざるを得ないのですけれども、社会科は四十年の歴史があります。いろいろな問題もありますけれども、どうしたら成果を上げることができるかいろいろな実践が収
り組まれている。現代社会もその一つでありました。それだけに慎重な審議が求められているというふうに思います。今国会はあとわずかの日程を残すのみとなっていますし、拙速にならざるを得ないことを私は大変残念に思っています。文部省の方も、私どもが納得できるような御答弁がありませんでした。こういう点でも強く反省を求めまして、質問を終わりたいというふうに思います。
○鳩山委員長 これにて本案に対する質疑は終了いたしました。
─────────────
○鳩山委員長 これより討論に入ります。
討論の申し出がありますので、順次これを許します。
─────────────
○鳩山委員長 次に、山原健二郎君。
○山原委員 私は、日本共産党・革新共同を代表し、本法案に対して反対討論を行います。
本法案は、戦後四十年にわたって、青少年に科
学的で総合的な社会の見方を培い、民主主義をはぐくむ上で大きな役割を果たしてきた高校「社会科」を「地理歴史」と「公民」に分割するという新学習指導要領に沿って必要な教員養成を図ろうとするもので、重大な内容を持つものであります。にもかかわらず、わずか二日間の審議で議了しようとすることは極めて遺憾なことであります。
しかも、社会科の解体と分割が決められた教育課程審議会の経過を見るならば、圧倒的多数の社会科教育関係者の反対を押し切り、政治的介入によって決着が図られたことは明白な事実であります。結論が先にあり、理屈は後からつけるというこのようなやり方は、教育を冒涜し私物化するものであって、断じて許すことはできません。
なぜこうまでして社会科の分割に固執するのか。それは、今回の新学習指導要領自体が、君が代・日の丸教育の義務化を初め徹底して非科学的な台皇国史観教育を押しつけようとする反動的なものであって、その延長線上に位置づけられているからであります。
戦前の軍国主義教育の推進に重要な役割を演じた柱の一つが、国史、地理、修身という細分化された教科だったのであります。この反省に立って、教育基本法第八条の「良識ある公民たるに必要な政治的教養は、教育上これを尊重しなければならない。」という精神のもとにスタートしたのが社会科であります。ところが、歴代政府・自民党は社会科誕生直後から一貫して社会科を敵視し、さまざまな攻撃をかけてきたのであります。
既に一九四九年、当時の吉田首相が、健全な国民道徳育成のため修身、歴史、地理の教科目を復活したいと発言、その後五五年の社会科のみの学習指導要領改訂、「うれうべき教科書の問題」、家永教科書裁判に見られる教科書検定制度の検閲的強化、八〇年代の社会科教科書偏向キャンペーン、そして「現代社会」の必修外しと続き、今回の社会科解体に至るのであります。
こうして見ると、社会科解体のねらいが、国民的教養の基礎を完成するという高校教育の段階において国家や財界の言うがままに従う青少年づくりを目指すことにあることは明らかであります。
本法案は、このような反動的教育遂行に手をかす教員養成とその確保を免許制度において明確にしようとするものであり、断じて容認できません。しかも、免許法本来の趣旨からいって学校の教科と免許教科とが一致しなければならない根拠も乏しいのであって、こうした施策の押しつけは、教員養成においても学校現場においてもさまざまなしわ寄せと混乱を招くことになりかねません。
以上の理由と教育課程審議会の非民主的審議経過から見て、学習指導要領の白紙撤回は当然のことであり、それに基づく今回の改正も撤回して出直すべきであります。私はこのことを強く主張いたしまして反対討論を終わります。
○鳩山委員長 これにて討論は終局いたしました。
─────────────
○鳩山委員長 これより採決に入ります。
第百十四回国会、内閣提出、教育職員免許法の一部を改正する法律案について採決いたします。
本案に賛成の諸君の起立を求めます。
〔賛成者起立〕
○鳩山委員長 起立多数。よって、本案は原案のとおり可決すべきものと決しました。
─────────────
○鳩山委員長 ただいま議決いたしました法律案に対し、北川正恭君外三名から、自由民主党、日本社会党・護憲共同、公明党・国民会議及び民社党・民主連合の四党共同提案による附帯決議を付すべしとの動議が提出されております。
提出著から趣旨の説明を求めます。中西績介君。
○中西(績)委員 私は、提案者を代表いたしまして、ただいまの法律案に対する附帯決議案について御説明申し上げます。
まず、案文を朗読いたします。
教育職員免許法の一部を改正する法律案に対する附帯決議(案)
政府は、教育職員の免許と高等学校教育の重要性にかんがみ、次の事項について、特段の配慮をすべきである。
一 教員養成課程における「地理歴史」及び「公民」の専門教育に当たっては、国際理解と国際協調の精神の育成について配慮すること。
二 高等学校における教科・科目の設定については、生徒の様々な学習要求にきめ細かく対応した教育ができるようその条件整備に努めること。
三 第四次公立高等学校の学級編制及び教職員定数の改善計画について、その計画期間内達成を図るとともに、その後の改善計画について検討を進めること。
以上でございます。
その趣旨につきましては、本案の質疑応答を通じて明らかであると存じますので、案文の朗読をもって趣旨の説明にかえさせていただきます。
何とぞ御賛同くださいますようお願い申し上げます。
以上です。
○鳩山委員長 これにて趣旨の説明は終わりました。
採決いたします。
本動議に賛成の諸君の起立を求めます。
〔賛成者起立〕
○鳩山委員長 起立総員。よって、本動議のごとく附帯決議を付することに決しました。
この際、本附帯決議に対し、文部大臣から発言を求められておりますので、これを許します。石橋文部大臣。
○石橋国務大臣 ただいまの御決議につきましては、その御趣旨に十分留意をいたしまして対処してまいりたいと存じます。



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