平成元年三月二日(木曜日)
午前十時開議
出席委員
委員長 大野 明君
理事 越智 伊平君 理事 近藤 元次君
理事 田名部匡省君 理事 山下 徳夫君
理事 綿貫 民輔君 理事 佐藤 敬治君
理事 村山 富市君 理事 官地 正介君
理事 玉置 一弥君
稲村 利幸君 上村千一郎君
大坪健一郎君 奥田 敬和君
左藤 恵君 佐藤 文生君
志賀 節君 田中 龍夫君
高鳥 修君 野田 毅君
浜田 幸一君 村田敬次郎君
井上 普方君 上原 康助君
川崎 寛治君 菅 直人君
新村 勝雄君 辻 一彦君
野坂 浩賢君 坂口 力君
日笠 勝之君 冬柴 鐵三君
水谷 弘君 栖崎弥之助君
林 保夫君 安藤 巖君
石井 郁子君 浦井 洋君
岡崎万寿秀君 山原健二郎君
出席公述人
年金評論家 橋本 司郎君
中央大学商学部教授 富岡 幸雄君
東京大学農学部教授 荏開津典生君
亜細亜大学経済学部教授 藤田 至孝君
大阪大学社会経済研究所教授 森口 親司君
新日本婦人の会中央本部副会長 高田 公子君
出席政府委員
総務政務次官 加藤 卓二君
防衛政務次官 榎本 和平君
経済企画政務次官 今枝 敬雄君
外務政務次官 牧野 隆守君
大蔵省主計局次長 篠沢 恭助君
大蔵省主計局次長 藤井 威君
文部政務次官 麻生 太郎君
厚生政務次官 粟山 明君
農林水産政務次官 笹山 登生君
通商産業政務次官 奥田 幹生君
運輸政務次官 亀井 善之君
郵政政務次官 谷垣 禎一君
建設政務次官 野中 広務君
自治政務次官 松田 九郎君
委員外の出席者
予算委員会調査室長 右田健次郎君
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本日の公聴会で意見を閃いた案件
平成元年度一般会計予算
平成元年度特別会計予算
平成元年度政府関係機関予算
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○大野委員長 これより会議を開きます。
平成元年度一般会計予算、平成元年度特別会計予算、平成元年度政府関係機関予算、以上三案について公聴会を開きます。
この際、御出席の公述人各位に一言ごあいさつ申し上げます。
公述人各位におかれましては、御多用中にもかかわらず御出席を賜りまして、まことにありがとうございます。平成元年度総予算に対する御意見を拝聴し、予算審議の参考にいたしたいと存じますので、どうか忌憚のない御意見をお述べいただくようお願い申し上げます。
なお、御意見を承る順序といたしましては、まず橋本公述人、次に富岡公述人、続いて荏開津公述人の順序で、一人二十分程度ずつ一通り御意見をお述べいただきまして、その後、委員からの質疑にお答え願いたいと存じます。
それでは、橋本公述人にお願いいたします。
○橋本公述人 おはようございます。橋本でございます。
衆議院予算委員会という国政上の非常に大切な場で意見を述べさせていただく機会を与えていただきまして、大変光栄に存じ、またありがたく思っております。
平成元年度予算について意見を述べろということでありますから、テーマは年金と福祉ということでありますので、高齢化社会の中心的な課題になる老人及び年金という面からお話をいたしたいと思うのですが、基本的に私は政府案に賛成の立場を持っているものであります。
まず福祉関係でございますが、日本の社会福祉、社会保障というのは、社会保険の面ではもう世界的なレベルにある。また、福祉サービスでもメニューはもう一通り出そろっている。ただ、やや厚みが問題ではないかというふうな認識を私は持っております。その厚みの求められる社会福祉サービスでありますが、政府部内では在宅サービスを社会福祉事業法の中に位置づけてさらに発展きせたいというふうな考えも出てきているようでありまして、こうした理念の展開とともに、また平成元年度予算ではその量的な拡大が図られているというところに注目をいたしたいというふうに思っております。
平成元年度予算で申しますと、ホームヘルパーにつきましては三年計画による増員計画が進められることになります。増員の幅も、前年度は千九百人程度でありましたのが今度は四千三百人、補助率も三分の一から二分の一に引き上げるというふうなことが行われるというふうに拝聴いたしております。
〔委員長退席、田名部委員長代理着席〕
それからまた、デイサービスにつきましても、将来の一万カ所を目指して現在の六百三十から三年計画で二千五百にふやすというふうなことも考えられております。それからまた、ショートステイの面でも、約二千四百床である現在をさらに千九百床ふやすというふうなかなり大幅な増加が図られるということになっております。これらはいずれもこれまでのベースを上回るものでありますが、ただちょっと、やや遅まきの感がないでもない。また、需要はもっと多いということも考えますと、今後さらに力を入れていただきたい部門であるというふうに思っております。
それから、こうした社会福祉サービスのニードを一番身近につかんでおるのは市町村であります。市町村でそれぞれの地域にふさわしい福祉計画を進めるというふうなことが必要になってくる。その意味で、市町村の役割は非常に大きいものがあるというふうに思います。たまたま審議中の予算にはふるさと創生の予算などが入っておると聞いておりますので、これなどを巧みに使って福祉の構築を進められるのも一つの着想ではないかというふうに思うわけです。
ただ私は、福祉というのは、こういうものをつくっていくばかりではなくて、一つにはこんな考え方を持っております。年金は非常に大事なものでありますけれども、年金は受給することが福祉なのではなくて、それを有効に使うところに福祉が生まれるというふうに考えております。
そこで、次は年金問題でありますが、まだ関係法案が国会に提出されておりませんので、関係審議会に諮問あるいは了承を得られました案をもとに私の考えを申し上げてみたいというふうに思います。
第一は、学生の国民年金への強制加入の問題であります。社会保険というのは、その性格上強制加入と社会保険料の強制徴収というのが原則でありまして、その原則が守られないところには社会保険制度というのは成立しない。そして任意加入というのはどういう意味を持つかといいますと、その制度からの適用除外でありまして、つまり、その制度によって保障されるべき福祉からその人を外してしまうという意味が根底にあります。こういったようなことは余り好ましいことではないというふうに私は考えております6
それから、任意加入、適用除外というふうなことを積極的に容認いたしますと、強制加入の方が不利であるということになります。強制加入が不利だということになりますと、その制度自体の自己否定につながるというふうに思います。それから、もし任意加入が有利であるというならば、なぜ昼間部の学生だけに限っているのか。むしろ、それと同じ年配で学生よりも必ずしも恵まれている立場にあるとは考えられない、学生以外、例えば多くの専修学校の学生、それから予備校にいる者、浪人、家庭にいる子女、それらの者がいずれも強制加入になっている。これは、もし任意加入の方が有利だということならば余りつじつまの合う話ではないというふうに考えます。
それから、学生につきましては特に収入がないということが問題になりますが、収入のないという点では無業の妻でも同じでありますし、先ほど申し上げました各種学校、専修学校などの生徒あるいは浪人など、いずれも同じであります。現在でも保険料の納入は世帯主が責任を持つということになっておりまして、親元を離れて遊学している場合には、今納付できないのならば、一たんは免除を受けておいて十年後までに追納するという方法も現行法のもとでもとれるということになっていることに注意する必要があるというふうに思います。
それから、一番焦点になりますと思われますのが、老齢厚生年金の支給開始年齢を六十五歳に引き上げるという点でありますが、これは保険料の引き上げとも絡み合う問題であるというふうに思います。これまでの傾向では年金問題がどうも余りに政策的といいますか、政治的に処理されてきた嫌いがあるのではないか。負担は軽く給付は多くということを言われているのですが、それはできない相談であります。これはまさに年金数理を無視する余り好ましくないやり方だというふうに思います。その証拠に、例えば今問題になっております国鉄共済年金問題でも、早くも二十年も前から、昭和四十年代の中ごろには既に、国鉄年金は昭和六十年代の前半には支払い不能になるということが数理の専門家の間では常識になっていた。これはもう数理の専門家の間では皆さんがよく御存じのことであります。そういうことを無視してきた。しかも重要なのは、昭和三十一年にスタートした国鉄共済年金がわずか十年余りでもう将来の見通しがつかないというふうな状態になっていた。これはもう制度自体の異常さであると同時に、行政も労働側も使用者側もこれに対して適切なる努力を何らしなかったというところが重大な問題ではなかったかというふうに思います。
そこで、保険料の段階的な引き上げとか六十五歳問題は年金財政再計算の結果として出てきたものだ、率直に再計算の内容を広く公表して冷静な判断を国民に求めるべきだというふうに私は考えております。確かに負担は軽い方がいいんですが、もう今の国民は、保険料を少しぐらい削ったようなこと、今の保険料負担は将来のピーク時の負担の半分ぐらいにしか当たらないこの時期にそういったようなことをしても、それが、いわば一瞬の負担軽減が将来の負担にどうはね返ってくるかということは国民自体の方がよく知っております。ですから、こうしたような甘い話はもうだれも信用しないだろうというふうに私は考えております。
保険料率が三一・五%にもなるだろうという予測が出ておりますが、三一・五%というような保険料はこれはとても徴収不能でありますから、これは軽減をしていかなければならない。それには方法が二つしかない。一つは年金水準を引き下げるのか、あるいは受給者数を抑制するのか。受給者数を抑制するということは支給開始年齢を引き上げるということにつながるわけですけれども、このどちらかの方法しかないというふうに私は考えております。
水準の引き下げというのはこの前の法律改正のときに実施したばかりでありまして、これ以上引き下げると公的年金が老後保障の中心的な根幹であるという意味を失ってしまうというふうに考えます。それから、企業年金などで補えばいいではないかという考え方もあるかもしれませんけれども、労働者の多くを占める中小企業労働者というのは退職金さえないというところさえあり、まして企業年金などは期待できません。これは格差を生むだけのことでありまして、いかにミニマムといっても、中小企業労働者などのことを考えると一定の水準の年金制度は維持していかなければならないというふうに考えます。
六十五歳問題というのは避けて通れるよい方策があれば私はそれを支持いたしますけれども、今のところ、私自身それを見つけることはできません。ということになりますと、できるだけ早い時期に六十五歳を国民の前に示しておくことが必要である。その理由としては、個人としても老後生活の設計、心の準備などをしなければなりませんし、また、急に支給をおくらせるということを言われたのでは、これは戸惑ってしまうばかりです。どうせやらなければならないことなら、できるだけ早くからその方向を提示しておくことが親切である。また、現在でも厚生年金の実際の受給年齢は、私の承知しておりますところでは男子では六十二・一歳、五十六歳支給の女子でも六十・四歳、実際の支給開始年齢よりかなり遅いところで受給を始めるという現実があります。また、労働力需給の見通しから申しましても、二十年後あたりになりますと、六十四歳までを労働力人口の中に組み入れていかないと労働力の需給のバランスがとれないというふうな推計も私は拝見いたしております。そういうことを考えますと、六十五歳ということが本当に数字どおりの六十五歳のショックではないというふうに考えてもいいのではないか。
とは申しましても、六十歳代前半の雇用環境の整備というのはまことに重要であります。年金サイドからのこの問題への対応としましては、政府案にあるような選択的な繰り上げ支給制度、これをつくるというふうなことも考えられておりますが、年金サイドとしてはそういったようなことができると思いますけれども、しかし、何といっても雇用の確保ということは非常に大切であります。しかし、これは定年延長などといった単一な手法だけで対応できるものではない。精神的にも肉体的にも個人差の非常に大きくなる年代層に入ってくるからであります。そうしますと、非常にさまざまな工夫が必要になってまいります。例えば年功序列賃金からどうやって離脱するか、日本
的なワークシェアリングをどういうふうに進めていくかなどなどであります。これはよく労働省が立ち上がりが十分でないというふうな批判も聞くのでありますが、労働省一省でできるというふうな事柄ではとてもないというふうに私は考えております。政府全体あるいは経済界あるいは労働界の知恵と協力がなければとてもできるものではない。それには時間がかかります。それには、六十五歳も早期に取りかかるという考え方を当然示すべきであるというふうに思うわけです。
雇用環境の整備の方が先だというふうな御意見もございますけれども、こういう考え方は本末転倒ではないか、あえて言えば、木によって水を求むるのたぐいであるというふうに私は考えます。なぜならば、年金が六十歳から出るという状況のもとでだれが六十歳を過ぎてから後の雇用のことを真剣に考えますか。そういったような企業が出てくるとは考えられない。したがって、六十五歳問題を若干先送りする、例えば五年先の財政再計算まで先送りするというふうなことをやりましても、その間に雇用環境の整備が進むとはとても考えられない。そこで起ることは、六十五歳対策に注ぐべき五年間をじんぜんと失ってしまうということになる。よもやに引かされた国民は、急激に実施されることになる六十五歳に戸惑うばかりだという結果になると私は考えております。
今回もし六十五歳問題を見送るというふうなことがあったといたしますと、六十五歳を避ける手だてというものをきちんと提示しなければ、国民は六十五歳問題が解消したとは決して思わない。いっか必ず来る、二年後に来るのか、三年後に来るのかというふうに考えるだけであります。そのような一時しのぎをやっても、それは信頼される行動ではないというふうに私は考えております。というのは、国鉄問題を目の前にして、私と話す多くの人は、国鉄が困っている、困っていると言うけれども、なぜ今まで政治は何にもしてくれなかったのかということを真剣に言ってまいります。国民はそれを知っておりますので、きちんとした対応が年金問題では必要であるというふうに私は考えております。
そこで、私は、年金制度を改善するというその改善の意味が今やもう変わってきているのだ、社会保障政策の構築期には、私も当時新聞記者で、やれ行けそれ行けの調子の記事を一生懸命書きました。しかし、それは、そのときはそのときで制度を構築するインパクトになったということはあると思います。野党、与党を問わず、社会保障の充実、年金制度の確充ということはどなたもおっしゃって一生懸命頑張ってきた。しかし、それはまあ年金制度についての考え方でいいますと受給者の論理である。ところが、今日の改善は、そうではなくて、高齢化社会に向けて日本の進んだ社会保険制度をどうやって維持していくかということにあるというふうに私は考えております。ここで考えていかなければならないのは、受給者の論理よりもむしろ負担者の論理であるというふうに考えております。国鉄共済は人数が少ないですから、今度のようなみんなで力を出せば何とかなりますが、厚生年金がこけてしまったらもうだれも助けてくれるところはない、後はないのだというのを、私は十数年年金問題をやりながらしみじみと考えております。
それからもう一つは、年金制度は国民と政府との契約であるというふうなことがよく言われますが、私はむしろ世代間の契約であるというふうに思っております。後代の人が保険料を払ってくれるかどうか、そこに問題がかかっているのであって、ところが、その後代の人は今この契約をする現場にはいない、いわば不在契約と言ってもいいようなものです。そういう不在契約を結ぶときに、その後代の払い切れないような保険料を設定するというふうなことはまことに無責任であるというふうに考えるところであります。
それから、あと制度間調整の話をごく簡単に申し上げておきたいのですが、制度間調整法が出てまいりますと、これは年金改正の本体と表裏一体のものだというふうに私は考えております。というのは、今度の制度間調整は結果的に国鉄、たばこなどの苦しんでいる制度を救済することになりますが、それと同時に表明されているのが、助ける側に回る厚生年金自体が将来の展望が怪しいということを数理は言っているわけです。そちらの方の手当てがきちんとできないということになれば、よその制度を助けるというふうな段階ではとてもない、こういう意味で、制度間調整法と年金法の改正案の本体、これは表裏一体のものであるというふうに考えておりまして、それが一緒に進行していかなければ重大なことになるのではないか。
時間が参りましたので、ちょっとまだ言い残したこと、多々ございますけれども、これで一たん私の発言を終わらさせていただきます。どうもありがとうございました。(拍手)
○田名部委員長代理 どうもありがとうございました。
次に、富岡公述人にお願いいたします。
○富岡公述人 中央大学の富岡であります。
私は、税制問題を研究者として勉強してまいった者でございまして、この衆議院の予算委員会に招かれ、そしてつたないことではございますが、平素の研究の一端を申し述べまして、国会議員諸公の御審議の参考にしていただくことができることを光栄に思っております。大野委員長初め委員の先生方各位に謹んで厚く敬意と感謝を申し上げます。ありがとうございました。
さて、長いこと財政当局が念願しておりました大型間接税、消費税がこの四月から施行されるわけです。もう一カ月ございません。承りました平成元年の予算には、この消費税が五兆九千四百億、これが織り込まれておるわけですね。したがいまして、この予算形成の基礎になる重要な税収であるこの消費税を中心とする税制問題につきまして、若干の所見を述べたいと思っております。
今回の抜本改革は、消費税の導入という画期的な事実を中心とするわけではございますが、同時に、所得税、住民税、相続税、そして法人税などの大幅な減税も行われております。勤労所得税中心のこれまでの我が国の税制を画期的に消費税にウエートを移行していくという方向づけの第一歩が踏み出されたわけでありまして、なるほど昭和二十四年のシャウプ勧告以来の大改革と言えると思います。
しかしながら、新税として強行導入された消費税は、矛盾と欠陥に満ちた大変問題のある税金であります。先生方が大変御熱心に御審議なさり、立派な案をつくられたことには敬意を表するわけではございますが、大変僭越ながら私は抜本改革などとは義理にも言えない、不公平税制の是正はまさにおざなりであり、ほとんど手がつけられてない、こういうふうに考えますが、いかがでしょうか。しかも、前代未聞の長期国会ながらリクルート疑惑の広がりもあって、税制審議は実質的に全く未消化であると国民は考えておると思います。
実は、最近、政府の御指導によって各地の税務署やいろいろな経済団体が、お役所の方の御指導をいただきながら消費税の説明会を全国でやっております。私は昨日、横浜で四時間半お話をしましたが、一生懸命四時間半話してもよく内容がわからない。特に、政府側の御説明を承れば、聞けば聞くほど中身がわからない。そしてだんだんとこれはひどい税金であり、とんでもない税金であるということがわかってきた。そして、それがいつの間にかできちゃったんだ。あれよあれよという間にできちゃったんだ。これはきのう終わった後、いろんな経営者の方に意見を聞いてみたんですが、言葉は大変よくないんですが、その方が言っていることを伝えるわけでありまして、私の意見ではございませんが、だまされたというような感じを受けるとか、ちょっと国会は国民を愚弄しておるのではないかというような意見さえも私の耳に伝わってきたわけです。
そこで、この四月一日から施行される消費税は、救いがたい欠陥を備えた税金であります。消費税法の条文体系を見ましても、消費税の課税対
象が極めてあいまいであります。消費税の建前は消費に課税する税金なんですが、その実態は財貨、サービスの販売、提供による売上高に課税するわけです。課税対象は売上高であり、課税標準は売上金額であります。消費税なんだから課税対象となるのは消費高であるべきなんだが、奇妙なことに消費という言葉もなければ概念もない。定義がない。付加価値税と言われますが、その課税客体の実質である付加価値については、税法のどこを見ても付加価値額の算定方法が規定されてないわけです。一体これは何にかける税金ですか。課税客体は何なんですか。この辺にもう少しよく整理していただく必要があります。付加価値の算定方法が必要なんでしょうが、その定義も概念もなくて、今第一線の説明会は混迷を深めています。
そこで私はこの消費税について、まず原理的な問題点とそして技術的、構造的な問題点の二つに分けて述べたいと思います。
まず第一の原理的な問題点については、十項目あります。
第一は、行政改革、財政改革が不十分な段階で新しい安易な財源を与えることは問題がある。現に平成元年度予算案を拝見しましても、これまで凍結されておったいろんな支出、その他の支出がいろいろ盛り込まれております。長い間の財政抑制で先生方も大変である、お苦しみであることは私も承知はいたしておりますが、六・六%増の六十兆四千百四十二億円ですね。消費税収入は三兆六千百八十億円。一般会計は大幅な税収増に支えられて、実に総額六十兆四千億を超える、八八年度当初予算比六・六%増という八年ぶりの高い伸びを示しております。それは、消費税という税収の安定基盤、タックスマシンを獲得したことによって緩み出した財政の姿を浮き彫りにしているというふうに考えることは誤りでしょうか。
二つ目。広く消費一般に課税する普遍的間接税は、常々述べてきましたように、それ自身が本質的に不公平な本質を、体質を、構造を持つものであります。
第三に、新型間接税の導入は、低い所得者、低所得者への増税であり、高所得者への減税である、こういう点で、税の垂直的公平に逆行するのです。大蔵省の文書を拝見していますと、水平的公平が重要であり、垂直的公平の感覚が変わってきた、こういうふうに言われますが、税はやはり水平的公平と垂直的公平が備わって初めてそれはフェアな税制であるというふうに私は考えますが、いかがでしょうか。
第四に、直間比率の是正等や普遍的間接税の導入は、逆に税の不公正を拡大する。国情や税文化の伝統を無視した増税装置の設定である。この点は、甚だ残念でありますが、賛成いたしません。
第五は、大型間接税は、今問題になっておりますように計算技術的にも複雑であります。政府のパンフレットを見ると簡単だ簡単だと言うが、聞いている人は三時間聞いても四時間聞いてもよくわからないと言う。泣いているのです。実践的にも難点があります。矛盾を多く含んでおります。
第六に、我が国の独自の問題ですが、複雑な流通機構の特殊事情、これは税の執行、運営を極めて困難にするおそれがあります。
第七に、大型間接税は直接税よりもかえって執行面で大きな混乱と困難を生ずるおそれがあるのじゃないか。いや、なければいいということを私も願っております。
私は、若いときに十五年間、国税職員として税務行政の第一線にもおりました。そして昭和二十三年九月、東京の日本橋税務署に勤務したことがございますが、そのときたまたま例の取引高税が施行されたわけです。多段階、累積課税。このことを知っている方は少のうございます。私は、それを税務行政の第一線でこの身をもって経験した生き証人でありますから、このことを国会の先生方によく申し上げなければならないことを自分の使命であると考えております。税務行政の現場は混乱しました。わずか一年四カ月でついにこの法律は廃止の憂き目を見たわけです。私は、同様の混乱が来月一日からこの我が日本国において行われるのじゃないかと考えると、まさに身の毛のよだつ思いであります。――質問をしてくださいね。やっているときは静かに聞いてください。
第六は、我が国独自の複雑な流通機構の特殊事情がございます。これがまた一段と税の運営、価格転嫁を困難にしているわけです。
そして、第七は先ほど申しましたが、第八は、新型間接税の導入は、内需の停滞、物価の上昇、便乗値上げ、そして場合によったらインフレ、国際摩擦の拡大を招き、経済政策にも逆行するおそれがあると考えております。
第九に、所得税が最も公平な税金なんです。消費税のような大型間接税の導入は、税体系を好ましからざる方向に転換するものでありますから、この点に大きな疑念を持つわけです。
最後、第十は、税制改革はまずもって現行の所得税や法人税にある限りなきゆがみとひずみを是正し、税に対する公正と正義を確立することが優先でなければならないとかねがね申し上げておりました。不公平税制の是正は論じられてはきましたが、その見るべき内容はまさにお粗末きわまりない。キャピタルゲイン課税などは、質問に答えたいが、かえって新たな不公平をもたらすというふうに私は考えます。
いろいろおしかりがあることはわかりますが、以上十項目。
次いで、第二の構造的な問題点について触れます。
消費税はヨーロッパ各国で施行されている付加価値税がモデルであります。その付加価値税は累積課税を排除することが最大の特徴であり、いわゆる多段階、しかも累積排除型の税金です。
前段階で課税された税額を控除するという方法には、周知のとおり二つございまして、一つはヨーロッパ等で採用されておる税額別記による控除方式であり、いわゆる伝票方式、インボイス方式と言われております。いま一つは会計帳簿上の記録に基づいて控除する方式であり、これは帳簿方式またはアカウント方式と呼ばれておりますね。
今回導入された我が国の消費税は、前段階税額控除の方法として、この帳簿方式を軸にインボイス方式を併用するという妥協型の方式を採用しただけです。この方式は、消費税の導入をお急ぎになる政府が中小企業者や事業者の納税事務負担を軽減し、反対を封ずるために採用されたものではないかというように言われております。
帳簿方式を採用したために、原則的に非課税品目を設けることができないということになったわけです。ということは、技術的な話でございますが、帳簿方式では売上高や仕入れ高、諸経費の会計上の勘定科目を包括的にとらえておりますから、個々の科目の中にもしも課税品目と非課税品目がありますと、その振り分け作業がありまして混乱するわけです。もしすべての取引について課税か非課税かを精査するようにいたしますと、伝票段階までさかのぼらなければ計算ができないわけです。そうなれば、インボイス方式の方がむしろ効果的なのです。
この原則非課税なしよという建前は、生活必需品まで課税するという、消費税のまさに過酷な実態を表現しております。非課税品目は、医療、福祉、教育の一部に限定きれました。したがって、薬局で買うお薬もホームヘルパーの派遣料も学校の入学金も、すべてかかりますね。そして一方、理由はよくわかりますが、土地や有価証券の譲渡高や利子や保険料収入は非課税なのです。このような議論を専門家はわかっても庶民の隅々までわからせることは決して容易ではありませんし、時間をかけておやりにならなければ危ないと思います。
消費税は、画一的な一律三%の単一税率になりましたね。世界で三%などという消費税をやっている国はありません。低くなったということは、それなりに悪い税金ですが、悪さが少ないという意味で大変結構なのですが、問題は、ヨーロッパで行われているような複数税率を設けることがで
きない、単一税率しか採用できなかったというところです。
単一税率では、ミンクの毛皮やダイヤモンドというような一般庶民の生活にかかわりがないようなぜいたく品も、それから一般庶民の生活に必要な食料品も、日常のいろいろな下着類のようなものも、すべて同じ率で課税する、消費に応分の負担を課するというお考えはわからなくはありませんが、そういう超ぜいたく品と生活必需品とが同じ負担能力があるかどうか、もう一度国会ではこの辺を考えていただかなければならないと思います。ヨーロッパでは複数税率を設けて逆進性の緩和に配慮し、フランスなどでは自慢しています。奢侈品には高い税率を、生活必需品には低い税率を設けることが世界の付加価値税の常識です。
次いで、さらに重大な構造的欠陥は、消費課税であることが保証されません。これは極めて重大です。今回の消費税は、前段階税額控除による累積課税を排除する仕組みを建前としながら、帳簿方式を軸としたために税額転嫁が不透明なんですね。この点は非常に問題があります。そして、きのうもどなたかお話しになりましたように、消費者の納めた税金が国に入らない、こういう矛盾がございますね。これは制度上技術的な欠陥です。
最後に、税の転嫁が便乗値上げをもたらす危険がある。特に、消費税は導入時は低姿勢で三%ですが、国民はこれが上がっていくということを懸念しております。
そこで、私は、このように国会議員の先生から今おしかりをいただくような大変失礼なことを申し上げております。この点は残念だと思います。なぜ私がこんなことを言っているか。私は若いときに十五年、国税の現場におりました。そして、前の一般消費税の経験をしました。もちろん時代が違います。ですから、同じに論ぜられないことを期待しています。もう一つは、戦後できたデモクラシーの原則を基調とする申告納税制度、納税者が自分の経済活動をまじめに正規の会計原則に従い会計帳簿に記載して自主的に計算し、自主的に納税するというセルフアセスメント、これを私は国税の現場で指導してきました。国税の現場で多くの国民や若い税務署の職員に、そのような、デモクラシーの社会は自分の税金は自分で納めるんだ、それで社会が運営されるんだという納税思想を長いこと教育してきました。お願いしてきました。しかし、今回、負担者が負担した税金が国に入らないとかいうようないろいろな問題や構造的な欠陥を持った税金が導入され、そして今まで整然として行われてきた税の運営、税哲学が混迷に陥り、国民が税に対する不信の念を招くことを恐れるのです。
以上二点、私が先生方にお願いしたいことは、この際、思い切ってこの消費税を凍結していただいて、内容を十分検討しながら、さらに国民に一層の理解と協力を得るPRをやっていただいた方が、国会に対する信頼は高まるのではないかということをお願いし、御清聴に感謝して終わります。ありがとうございました。(拍手)
○田名部委員長代理 次に、荏開津公述人にお願いいたします。
○荏開津公述人 東京大学の荏開津でございます。こういう場で意見を述べさせていただく機会を与えられたことを感謝いたします。
私は農政学が専門でございますので、予算の中で農業関係の予算に関してだけ意見を申させていただきたいと思います。
衆議院からの御連絡は、平成元年度の農業予算に関して述べろということでございますが、農業予算はそう毎年非常に変わるというものではございませんので、近年の農業予算に関する意見、こういうようなことで御勘弁いただきたいと思います。
最初に、私の目から見ました近年の農業予算の特徴というようなものを四点申し上げたいと思います。
第一は、全体として農業予算は減ってきているということを感じるわけでございます。ことしは微減でございますが、一般歳出に占める割合も以前から比べればだんだん減ってきている、これが第一の特色であると思います。
第二は、全体として減る中で、土地改良事業関係費を中心とします公共事業費というものはふえ、他の部分の予算が減少してきているということでございます。
三番目に、その中で特に食糧管理関係の予算は非常に減っている、食管の赤字という、食管会計への繰り入れ分は、本年は前年比マイナス一一・五%というふうに拝見しましたが、非常に減っているということでございます。
第四点は、以上のようなことを反映いたしまして、農業関係の予算に占める公共事業費が半分を超えた、これは去年からであるかと思いますが、五〇%を超えるに至った、こういうことであります。
以上四点が、私の目から見ました近年における農業予算の特色である、特徴である、こういうふうに理解しております。
これに関して次に私の意見を申させていただきます。
第一点は、公共事業費がふえてきておりまして、その農業予算に占める割合も増加してきているということは、一般的に言えば結構なことである、こういうふうに考えられると思います。つまり、その場で使ってしまう金ではなくく公共事業の予算というのはかんがい水路でありますとか農道であるとかいう物になって残る、生産力として長く、農業土地改良の成果というのは百年、二百年にわたって生産力として国民経済に貢献するものでありますから、その場その場で使う予算に比べて望ましい、こういうふうに言えるわけでございますが、第二点、そういう一般的な原則はそのとおりでございますが、日本農業の現実に照らしてみますと、公共事業費が非常にふえてきている、農業予算の五割を超えている状態は必ずしも一〇〇%望ましいとは言えないというのが私の見解でございます。理由は後ほど申し上げます。
第三点は、一〇〇%望ましいというふうには言えないのみならず、近い将来において再び公共事業費ではない非公共の農業予算が増加する、あるいは増加させざるを得ないというような事態も考慮しておかなければならないし、そういう可能性も相当ある、そういう観点から少し長い目で農業予算というのを見ていただきたい、こういうふうに私は思っております。
以上述べました意見、もう一度繰り返しますと、公共事業費の農業予算の中での、端的に言えば土地改良事業費でございますが、それがふえてきているということは一般的に言えば望ましいことである、しかし、現在の日本農業の現実というものに照らしてみますと、必ずしも一〇〇%望ましいとは言えない、のみならず、公共事業費ではない、非公共の予算が近い将来においてまたかなりふえる可能性あるいはふやさざるを得ない必然性というようなものもある、こういう三点の意見の理由を申し上げます。
まず、必ずしも望ましくないという理由でございますが、端的に言えば、これは土地改良事業のもたらす効果というものについていろいろの問題が生じてきているということでございます。これは、反面からいえば、あるいは現実的な問題点ということからいえば、生産農民、受益者である農民の負担部分というものが非常に重くなってきている。そのために、事業そのものも、これは御承知のことと思いますが、非常にやりにくくなっておりますのみならず、現実に農民の側から、これは農林公庫のお金を借りて返していくということでございますが、その償還そのものがなかなか困難になってきている、そういう現実があるわけでございます。
その理由は、これも御承知のことと思いますが、面積当たりの土地改良事業の事業費というものは近年非常に高くなってきている。一反歩当たり二百万円というようなケースすらないではございません。その反面、米価を初めとする、あるいは乳価を初めとする農産物の価格が、これは引き下げられてきている。
こういった二つのことはいかんともしがたい動きでもあり、また農産物価格等の引き下げも、ある意味では非常に望まれる方向であると思いますが、この二つの理由によって、土地改良の受益農民負担というものは非常に重くなってきているのでありますから、必ずしも土地改良にどんどんお金を使えばいいというふうに断言できないと私は思います。
第二点は、この公共事業費の割合がふえてきているということの一部の理由として、稲作の転作に金を使わないという方向へ農業政策は動いているわけでございますが、私は、これはいい面もあると思いますが、問題も大きい、こういう意見でございます。
米は現在、経済学的な言葉でちょっと恐縮ですが、いわゆる需給均衡価格よりも高い米価が設定されているわけでございますから、ほうっておけばどうしても余ってくる。転作をせざるを得ないということでございます。ところが、転作というのは、稲作農民、田んぼを持っている人からすれば、つくりたい米をつくらせないということでございますから、ある意味で強制することでございます。この強制を行政的な手段あるいは農協等の農民の組織を使いまして金を使わないで行わせるということは、私は非常に無理がある。あるのみならず、そういうことであれば協力しないという農民、経済学の用語で言いますとフリーライダーと申しますが、ただ乗りですね、ただ乗りする。つまり、多くの農民が生産調整とか転作に協力することによって米価は高く保たれているわけでございますが、その中で自分は協力しない、転作をしない農民がその米をやみで売りまして高い米価を享受することができる。フリーライダー、ただ乗りでございます。転作に金を使っていれば転作協力者はそれなりの見返りがあるわけでございますが、金を使わなければ見返りはゼロである。そしてただ乗りをする転作非協力者が得をする、こういうことは、俗な言葉で言って正直者は損をする制度でございますから、必ずしも望ましいとは言えない。近い将来に転作をやめるという可能性がなかなか立たないのである以上、そのためには応分の財政支出をするべきであるというのが私の意見でございます。
第三点に、これは今年度の予算にもあらわれてきていることでございますが、市場開放、私は米の市場開放ということには反対でございますが、なかなか避けられない情勢であろうかと思います。特に、日米関係を大切にするというような観点からいたしますと、これは国会におかれましても牛肉やかんきつについて開放しないということを言っておられたわけでございますが、日米関係を重視する、あるいは国際的な関係を重視するという観点から、牛肉・かんきつは自由化するということは決定いたしました。
と同様に、米も、あるいは近い将来にそういうことを国会としてもあるいは政府としても方針を転換されるということは、私は起こり得ることである。それは日本の農民にとって、あるいは農業にとっては大きな問題でございますが、国際社会における日本の立場というようなことを考えると、必ずしも、絶対に米は自由化しないとか、一粒も輸入しないというふうな方針を押し通すことはできないかもしれないと思います。
そういうことであれば、そういう国境のところの壁を取り払った後には、やはり国内農業を必要であると考える以上、その維持あるいは育成には金を使わなければできない、予算を使うことが必要であるということは、ある意味で明らかであるかと思います。多くの国が不足払い、そのほかの制度を持っているわけでございまして、日本においても輸入の数量割り当て、あるいは輸入しないという方針が既に変わってきており、最後に残っている米でありますとか若干のものも、近い将来にあるいはそういうことをせざるを得ないというようなことになれば、その後は金を使って国内農業を維持、育成していかざるを得ない、こういうことは今からでも十分にお考えいただきたいことであるというふうに私は思います。
最後に、あと八分ばかりの時間がございますので、農業政策に関する基本的な意見を若干述べさせていただきたいと思います。
私は、日本の農業というのは、純経済的な観点からすればなかなか効率的なものにはなり得ないという意見でございます。中には、特にエコノ、くストとしてジャーナリズム等にお書きになる方々の中には、政府が口を出さない、市場原理に任せれば日本の農業というのは効率的なものになり、米もあるいは輸出可能になる、こういう意見の方もございますが、私は専門の観点から、米、牛乳等についてアメリカ、タイ、そのほかニュージーランド等々の国の農業と比較しまして、それは絶対にできないというふうにはもちろん、将来のことでございますから申せませんけれども、甚だしく困難である、つまり純経済的な観点から、日本農業を効率的であるというふうな形に持っていくのは非常に難しい、こう思っております。
そこで、経済的な観点からは必ずしも効率的ではあり得ない農業というのを維持するか維持しないかというのは、これは価値判断の問題でございます。この点こそ、国会のような国の考え方というものを決定する場において判断を下されるべき問題点であろうと私は思います。
つまり、経済的な観点からは必ずしもプロフィッタブルではないものを維持するか維持しないかというのは、これは価値判断の問題である。国民がそれを必要とするか必要としないかという問題でありますから、私は必要であるという意見でございますが、これは最終的には国会で判断を下されるべき問題である、こう思います。
必要であるという理由について申し上げたいところでございますが、時間がございませんので、本日は、それは省略いたします。私の書いた本などを御参照いただければ幸いでございます。
私の意見では、必要であるというのは、必要であるので国内農業を維持しなければならないということになれば、市場開放が世界の大勢であり、日本もそれに順応せざるを得ない以上、予算をそれに使わなければならないという時代が来る。食管等々、先ほど申しましたように土地改良事業費以外の農業予算というのは非常に減ってきたわけでございますけれども、またこれが逆転してふえていき、あるいはその農業予算に占める割合も逆転して増加していくということが近い将来に来るということも頭に入れておいていただかなければならぬ、こういうふうに私は思います。
そうして、そういうお金を使いまして日本の農業を維持し、あるいは農村を維持するということは農業生産者のためではない、私はこういうふうに思っております。国民全体がそれを必要とする、そういうことでありまして、農業生産者の利益のためにのみ国内の農業を保護し、そのためにお金を使うということではない、あるいは農業生産者のためにだけお金を使うということであれば、これは公正の原理に反することであって望ましくはない。私は、日本の農業を維持し保護するために財政を、支出を充てるということは、そういうものではない、国民全体の利益、非常に大きな意味における利益であって、経済的利益ではございませんが、利益にかなうことである、そういう観点からジャスティファイされることである、こういうふうに考えております。
そういう考え方は、これも御承知のことであると思いますけれども、日本に固有のことではありません。アメリカなどでもそういう考え方はありますが、アメリカは非常に大きな国であり、日本に比べてはるかに大きな農業土地資源というものを持っておりますので、おのずからそこの考え方は日本と異なってくると思いますが、ヨーロッパの諸国は国内農業の維持ということに対しては予算を使わなければならないという根本的な信念を私は持っているように思います。食糧の自給ということもございますけれども、農業を維持し、農村社会を維持していくことは国民の文化と申しますか、精神と申しますか、そういう観点からして重要である。英語ではカントリーサイドという言葉を使いますが、カントリーサイドの維持という
ことについて非常に大きな関心、価値を置いているわけでございます。私はイギリスでしばらく暮らしましたけれども、これも御承知と思いますが、イングランドのカントリーサイドというのは実に美しく維持されている。そのためにイギリスは金を使うべきであるという政治的な判断、価値判断というものを持っている、こういうふうに私は考えております。
そういう意味で、現在の農業予算が、土地改良費が中心になってきております現状はそれなりに好ましいことではございますが、いろんな要件を考え合わせますと、将来必ずしもそういうことではなくなる、またもとの方向へ戻る可能性がございますが、その戻る場合に、できる限り望ましい形で国内の農業を保護育成していかれる方向へ制度をお考えいただきたい。
以上でございます。どうもありがとうございました。(拍手)
○田名部委員長代理 どうもありがとうございました。
○田名部委員長代理 これより公述人に対する質疑を行います。
質疑の申し出がありますので、順次これを許します。
―――――――――――――
○田名部委員長代理 次に、石井郁子君。
○石井(郁)委員 日本共産党の石井郁子でございます。初めに、年金問題で橋本公述人に伺いたいと思います。
老後に不安を抱いていらっしゃるという方が八割という世論調査の結果を先ごろ東京都が発表いたしました。豊かな国の日本の現実がこういう形で示されているというふうに私ども思うわけですが、今回年金の支給開始年齢六十五歳に繰り延べという改悪案については国民が非常に強い関心を持っていると思います。
二点伺いたいわけですが、今回の年金改悪案の特徴は、やはり国民には保険料の負担増という形で示されているというふうに思うわけですね。厚生年金の掛金のアップは月収三十万の方で年間四万円の増、それから先ほどお話しいただきました学生への強制加入の問題ですね。月額八千四百円という額は、今親元を離れて下宿している学生には大体十万ぐらいの仕送りなんですね、実は私の息子もそうなんですが、そのうちのさらに八千四百円となると、八%強というのは非常に額としては高いと思うのですね。それから、自営業者に対しましても国民年金の掛金アップという形で出ているわけであります。一つは、年金の財源で国の負担はふやさないという考え方がこの前提にあるのではないかというふうに私ども思うわけですが、一体、この年金問題で国の責任ということをどうお考えになっていらっしゃるのか、お聞きしたいと思います。
二つ目には、こういうやり方を続けていきますと、つまり保険料を払えない人が大量に出てくるのではないか。既に国民年金では四人に一人、五百万人の方が滞納または免除になっているということが出されていますね。こういうことで、将来無年金者が大量に生まれるということがもう早くも予想されるわけであります。そういう点で公的年金制度の根幹が崩される。この年金制度の精神というものを本当にどう考えたらいいのかという点をお伺いしたいと思います。
○橋本公述人 お答えいたします。
六十五歳問題その他について改悪というふうにおっしゃいましたけれども、私はそうは存じておりませんので。
先ほども申し上げましたように、世代間の契約というふうな形にどうしてもならざるを得ない。その費用の中にはもちろん国庫負担も入ってもいいと思いますが、その国庫負担という場合には、これは税金ですから、どっちみち国民から徴収しなければならないということになります。それで、今の構造ですと、どうしても負担の範囲内でしか年金は支給できない。その負担という意味は、保険料、税両方を含めての意味であります。ということになりますと、今の段階ではまだまだ国際的に見ても非常に安い保険料であるというふうに私は承知をいたしております。この段階でもう負担の限界というふうなことでは、これはもう年金制度は何ともならない、率直に言えばやめてしまうよりないということになるのではないかというふうに思います。
高齢化社会を控えて国民が力いっぱいに生きていく、その中でできるだけの負担をして高齢者を支えていくということをやらなければだめだ。また、その支えられる側が感触が最近大分変わってまいりまして、高齢者といえども元気であります。それを、支えられる側を支える側の中に取り込んでいかなければ、数字的な人口の高齢化の状況からいっても、だれが考えても不可能に近いということになってしまいます。
そこで、今の保険料で相当程度の免除者がおりますが、実はこれはちょっと不思議なことなんですが、免除の率よりも実際に年金を受給している人の免除の期間というのがうんと少ないんですね。後から追納して、払えるようになったときに払っておいでになる方が相当数おいでになるというように私も聞いております。
それから、国の責任ということですが、やはり国はこういう年金制度をしっかり維持していくというところにまず第一の責任があると思います。もし国民の合意が得られるなら、例えば今基礎年金に入っております国庫補助の三分の一を、これを二分の一にする、あるいは三分の二にするというふうなことが合意が得られるなら、それはそれなりの意味があると思います。そのための手法として消費税をそれに回すということも考えられないではないと思います。その場合には消費税の値上げになりますので、そういったようなことについて全般的な合意が得られれば、切り抜ける方法はいろいろあるというふうに私は考えております。
以上でございます。
○石井(郁)委員 ありがとうございました。
富岡公述人に伺いたいと思います。
先ほど来、消費税が矛盾と欠陥に満ちているという具体的な御指摘がございました。大変ありがとうございました。私も、納税義務は事業者が負うということで考えますと、この四月実施を前にして今大変混乱が起きているというふうに承知をしています。
そこで、初めに、日本の場合事業者の七割が三千万円以下の免税業者であるということですけれども、中小零細業者、とりわけ零細業者にとりまして、この消費税は一体どのような影響を及ぼしていくのかということを、まとめてちょっとお伺いできればというふうに思います。
○富岡公述人 石井先生の御質問にお答えします。
先ほど林先生の御質問にもお答えいたしましたが、三千万になったということで、率直に言って中小企業者はほっとしているのです。きのうも横浜で質問がございましたが、先生は三千万がおかしいとおっしゃるが、それはいつごろ直るんでしょうか。つまり、三千万が免税業者、六千万が限界控除、そして簡易課税が五億円、これらが前提になって、中小企業者はそれほど昨年は鉢巻きをしなかったというふうに僕は思っております。しかし、中小企業者がそれを受け入れる、事業者が受け入れる重要なファクターとなったことが消費税の持つ構造的欠陥であるということに、この税の持つ悲劇があるわけです。この税の持つ本質的問題点があるわけです。ここはよく考えていただきたいと思います。
そこで、経済は力関係です。私は消費税の説明をするときに、消費税の概要を説明しながら、転嫁ができますかとかいろいろ質問を受けますが、それはあなた方企業の努力によるんだ、企業の自主的努力によるんだ、企業力がつけば、企業の体質が強ければ転嫁ができる。仮に一〇〇%転嫁できなくても、マージン率、付加価値が高ければ若干の利益を減殺することによって生き残れるが、マージン率が低い、利益率が低い、黒字か赤字か限界のような限界企業は、転嫁できなかったら生存を失います。私は、そのようなことが非常に多くなってくるんじゃないかと思う。
ただ問題は、先ほども触れましたように、政府が温かい思いやりと称して三千万の免税業者、五億円の簡易課税、こう言っておりますが、それらの点は計算上は確かに恩典がありますが、それらが果たしてそういう事業者に吸収されるのか。私は吸収すべきでないと思います。消費者が払ってはいけないのです。益税分は消費者が払ってはい
けないのです。中小企業者といえども、益税によって、消費者が負担した税金でたとえ幾らかでも商売以外の税金をもうけるということはやはり道義的にも許されませんね。これから消費者が、一体免税業者の場合には幾ら転嫁してくれ、簡易課税業者の場合には幾ら転嫁してくれ、先ほどここで私が掲示したあの表を全国民に知っていただいて、消費者が消費税によって割を食わない、こういう体制ですね。今回の消費税は事業者の反対に対する配慮、はっきり言って、事業者におもねて、事業者にあめを配ってその結果消費者不在の消費税になっているのです。この点は非常に残念なことです。
もう一つ、事業者といえども中小零細企業は決して安泰ではない、このように考えておりますが、お答えにならなかったらさらに引き続き御質問してください。
○石井(郁)委員 ちょっと取り違えられた面もあるのですが、私は、先生が御説明のように、今回消費税の本質的な問題を避けるためにとおっしゃったでしょうか、回避するために構造的な技術的な配慮というか、思いやりがかえって混乱をつくっているというのは本当にそうだと思っているのです。三千万円以下の免税がおかしいとかいいとかという評価は私は一言も言っていませんで、そういうものをつくったということの持っている意味や、そして、現実に零細業者が圧倒的に多いわけですから、そういう方々に対してどのような混乱や影響があるのかということをお伺いしたがったわけですが、それはおきまして、もう一点。
今回新聞にも報道されておりますように、既にこの簡易課税方式やいろいろとったために、メーカー、大手業者の下請いじめだとか、調査票を送りつけるという形でいろいろ問題になっております。大手の不当転嫁というようなことがかえってできやすい構造をつくったのではないか、あるいは持っているのではないかということで、もう一点お伺いしたいと思います。
○富岡公述人 中小零細企業や庶民の方々が消費税でどれだけお苦しみになるかというのは、私よりか石井先生の方がお詳しいのじゃないですか。私は教えてほしいと思っています。私は大学の研究室におる人間ですから、現場のことがよくわかりません。ただ、私自身も、現場から離れていますがそのように感じるのです。そこに問題があると思います。
それから問題は、先ほど先生お言葉の、大手が下請の管理価格、発注価格の場合には免税点や簡易課税による益税分を発注価格の切り下げという形で吸い上げる。ですから、益税の額がどのくらいあるか、これは私はわかりません。速やかに大蔵省がこの予算委員会に提出して、それを国民に明らかにしていただきたいと思います。ただ、平成元年の予算書を拝見しますと、複雑な計算の基礎で徴収歩どまり等アローアンスが見込まれているということは一体どういうことなのか、私は質問したいのです。公述人は質問ができないというのです。質問されたことだけ答えろと、非常に不便なのです。バッジがついてないからでしょう。この点はバッジのついている先生方がしっかり政府にただしていただきたい、私はそう思います。
結局、大手が中小企業や下請をいじめていく。もちろん独禁法では禁止しています。下請代金遅払い防止法という法律がありますが、それで親会社を訴えた零細下請がいましたか。訴えることができれば、もうおまえは来なくともいいよと言って飯の食い上げになるのです。これが厳しい経済の実態ですね。ですから政府は、独禁法の緩和、いろいろ配慮していただいておりますが、それが裏目に出ていってしまって、独禁法を緩めることによって自由経済の根幹にひびが入りながら、さらに新たなひずみが出てくるというようなことがこの消費税という税金の持つ構造的、本質的欠陥である。速やかに凍結して根本的に検討し直すことを重ねてお願い申し上げてお答えにかえます。ありがとうございました。
○石井(郁)委員 ありがとうございました。
私はもちろん消費者の立場でこの消費税の問題をよくわかっているわけですけれども、消費税は所得に占める負担率でいいますと、本当に年収四百万以下の方には大体二・〇九%ぐらい、一億以上の方では〇・二八%という形で、所得格差を一層広げるという最大の不公平税制だというふうに思っていますが、きょうは先生が特に法人税等々税制問題にお詳しいということで中小零細業者の問題で実は御質問させていただいたわけです。
最後に、荏開津公述人に伺いたいと思いますが、これはちょっと農業の専門の中身ではありませんが、この間、一連の福岡補選から始まって鹿児島知事選挙、そして今行われております宮城の知事選挙等々、自民党には非常に厳しい結果が出ているわけでございますけれども、農村県でこういう問題が起こっているということにつきまして、今、国会の当面の問題のリクルート、消費税はもちろんでありますけれども、やはり我が国の農政に対する批判が噴き出ているのではないかというふうに感じられるわけですが、先生のこの点での御見解をちょっと伺いたいと思います。
○荏開津公述人 私は今の御質問については、選挙でなぜ自民党の方がうまくいっておられないか、専門が全然違いますので、ちょっと申しわけございませんが、お答えできません。
○石井(郁)委員 どうもありがとうございました。
以上で終わります。
○田名部委員長代理 これにて公述人に対する質疑は終了いたしました。
公述人各位におかれましては、貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。厚く御礼を申し上げます。



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