昭和六十二年五月二十六日(火曜日)
午後二時一分開議
出席委員
委員長 愛知 和男君
理事 北川 正恭君 理事 高村 正彦君
理事 中村 靖君 理事 鳩山 邦夫君
理事 町村 信孝君 理事 佐藤 徳雄君
理事 鍛治 清君 理事 林 保夫君
逢沢 一郎君 青木 正久君
井出 正一君 古賀 正浩君
佐藤 敬夫君 斉藤斗志二君
杉浦 正健君 谷川 和穗君
渡海紀三朗君 松田 岩夫君
渡辺 栄一君 江田 五月君
沢藤礼次郎君 中西 績介君
馬場 昇君 有島 重武君
北橋 健治君 石井 郁子君
山原健二郎君
出席国務大臣
文 部 大 臣 塩川正十郎君
出席政府委員
文部大臣官房長 古村 澄一君
文部大臣官房総務審議官 川村 恒明君
文部省初等中等教育局長 西崎 清久君
文部省教育助成局長 加戸 守行君
文部省高等教育局長 阿部 充夫君
文部省高等教育局私学部長 坂元 弘直君
文部省学術国際局長 植木 浩君
文部省社会教育局長 澤田 道也君
文部省体育局長 國分 正明君
委員外の出席者
文教委員会調査室長 高木 高明君
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本日の会議に付した案件
閉会中審査に関する件
学校教育法及び私立学校法の一部を改正する法律案(内閣提出第四〇号)
文教行政の基本施策に関する件
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○愛知委員長 これより会議を開きます。
文教行政の基本施策に関する件について調査を進めます。
質疑の申し出がありますので、順次これを許します。
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○鳩山(邦)委員長代理 石井郁子君。
○石井(郁)委員 まず大臣に、文部行政の基本姿勢にかかわりますので、女性の社会進出についての発言に関して質問をいたします。
去る十六日、京都での文部省主催教育改革推進懇談会でこのような発言がされました。男女同権は建前で、本当は家庭に戻った方がよい、仕事に出るにしても子供が成年になってからにしてほしい、という発言でございますけれども、私は極めて重大な内容の発言だと考えております。
当委員会でも取り上げられておりますけれども、まず、この内容について、事の重大性を大臣はどのように認識しておられますか。
○塩川国務大臣 重大性とおっしゃいますけれども、私は自分で当然のことを言ったと思っておりまして、私の気持ちを率直に申し上げた次第です。
○石井(郁)委員 私は、大臣の発言として重大な意味を持つという点で考えているわけですけれども、この教育改革推進懇談会は公的な場だということですが、そういう場での発言ですからもちろん公的な発言と見てよろしいわけですね。
○塩川国務大臣 私は私の立場で、あの当時、どういう立場でしょうかね、文部大臣塩川正十郎だと思います。
○石井(郁)委員 公的な発言だということをお認めになられたわけですけれども、そういたしましと、大臣はこういう文書を御存じでしょうか。婦人問題企画推進本部が出されております「西暦二〇〇〇年に向けての新国内行動計画」がございますが、この文書はごらんになっていますでしょうか。
○塩川国務大臣 私はその本が出ておることは承知しておりまして、読んだけれども、中身は今若干もうろうとしております。
〔鳩山(邦)委員長代理退席、委員長着席〕
○石井(郁)委員 中身が重要なんですが、この中身と先ほどの大臣の発言とは基本的に矛盾しておりまして、その御認識がおありかどうかを私はお尋ねしているわけです。
この点では、文部省としても課題はやはりあると思うのですが、最初にまず、この新国内行動計画の内容についてちょっと御説明いたしますと、私は三点あると思います。
一つは、政府として婦人問題に対する一連の取り組みがあったわけですね。国際婦人年世界会議後、総理府に婦人問題企画推進本部が設けられております。そして昭和五十二年に国内行動計画が決定されておりまして、女子差別撤廃条約の批准は御存じのとおりです。それを受けまして、昭和六十一年、今後は、国連婦人の十年ナイロビ世界会議、ここの「決定事項の国内施策への取り入れ及び女子差別撤廃条約の実施に伴う施策、その他婦人に関する施策について総合的かつ効果的な対策の推進を図る」、だから、政府としてこういう取り組みをしているということを閣僚といたしましてどう考えておられるのかということがまず第一点です。
それから、この「西暦二〇〇〇年に向けての新国内行動計画」はこの五月に政府文書となったと思うのですけれども、この中には、これからの基本的な方向につきましては、男女平等をめぐる意識変革が大事だというふうに書かれております。「改めて男女平等をめぐる我が国社会の意識を問い直す必要がある。」ということで、三つ述べられ
ているわけですが、その一つに、固定的性別役割分担意識を直す必要がある。これは、男女の役割を固定的にとらえる社会一般の意識が非常に根強い、つまり男は仕事、女は家庭に、そういうものを是正していかなければならないというのがこれの一つの基本的な方向なんです。その中ではもちろん、だからあらゆる分野で婦人が参加していくことを保障する、男女平等を確保するということですが、その中には、育児についてもこれは男女共同の仕事だということもここにはちゃんと位置づけられているわけです。
三点目には、そういうこととして、総理府だけとか労働省だけではなくて、関係省庁としてこういう問題に取り組むという点で、文部省にも目標と施策が課せられているわけですね。例えば学校教育では「学校教育活動全体を通じて、男女平等と男女の相互協力・理解を進めるよう配慮する。」それから家庭科教育の問題では、「男女が協力して家庭生活を築いていく」、それから「すべての生徒が主体的に自己の進路を選択する能力を伸長し、」「すべての生徒が」というのはこの中に女子生徒も入っていると思います。
そういう点で、大臣の発言は、この新国内行動計画と真っ向から矛盾するといいますか対立するということになると思うのですが、いかがでしょうか。
○塩川国務大臣 私は、別にちっとも対立しないと思っております。
○石井(郁)委員 だれが見ても対立すると思うのですけれども、どうですか。
○澤田(道)政府委員 行動計画については、事務的に私どもフォローしておりますので、若干補足をいたしますと、例えば「育児期における条件整備の充実」という項目は、やはり行動計画の中にございまして、「育児休業制度の普及促進」とかあるいは「女子再雇用制度の普及促進」、これはやはり育児時代については、権利の関係は別として、育児の方について配慮すべき条項が入っているということでございますので、就業と育児とをどう調和するかというのは各家庭が慎重に判断すべきことであるということについては、この行動計画は否定しているものではないと思っております。
○石井(郁)委員 大臣に改めて伺いますが、どうして対立しないというふうにお考えになりますか。
○塩川国務大臣 私は、それはちっとも否定しておりません。肯定しております。だけど、石井さんもお子たちがあったでしょう。恐らくあったと思うのですよね。小さいときにあなたのお子たちに、学校から帰って親がおった方がいいか悪いか聞いてごらん、「おった方がいい」と言うのは当たり前ですよ。それで、親の中で「お父さんがおった方がいいかお母さんがおった方がいいか、どちらがいいか」と言ったら、「お母さんの方がいい」と言うのは当たり前の話ですよ。それを一回子供に聞いて、子供の気持ちを酌んでやってくれたらどうだろうということを私は言っておるのでございまして、行動計画に違反しろとか男女雇用均等法を否認しろ、そんなことは一言も言っておりませんから。
○石井(郁)委員 子供に聞いてみたらどうかというのはもう繰り返し聞いておるのですけれども、その点では私は後で議論したいと思っているわけです。
今は性別、役割分担、固定的な役割分担、男は仕事、女は家庭、そのことを見直していく時期に来ている。そういう流れの中で、大臣が、女は家庭に戻るべきだ、こう発言されたわけですから、これはこの精神と違うというふうに私は申し上げているわけです。だれが見てもそうじゃないでしょうか。
○塩川国務大臣 それは、長いこと人間の歴史がありまして、日本人の生活の中でも、やはり家庭というものの考え方があり、行動指針が出たからあしたからようかんをかみそりで切ったようにぴしゃっとこうやる、というわけにいかないでしょう、現実の問題として見た場合に。その考えからいくならば、親ができるだけおってやってくれた方が子供のためにいい、しかもそれにはお母さんだ。だったら、お母さんはできるだけ、できるだけと私は言っておるのですよ、絶対家庭へ帰れなんて言っていませんからね。できるだけ家庭に帰って、子供が学校から「ただいま」と言って帰ってきたときには、お母さんが「御苦労さん」と言ってやったら、子供は随分と違ってくるよ、こういうことを言っておるのです。温かい家庭というのはそういうところだと思います。
○石井(郁)委員 温かい家庭がどういうものかも後で議論したいと思うのですが、こういう新国内行動計画、この施策を内閣として遂行していくということですから、関係閣僚の大臣としてどうなんですか、本当にやる気があるのですかないのですか。
○塩川国務大臣 だから、私はそれを認めていると言っているじゃないですか。ですから、育児が済んで、育児というか子供が学校へ上がって成長してくれば、お母さんもどんどんと社会的に出てもらったらいいと私は思いますよ。それは私たちも大いに歓迎することであるし、そういう社会こそ私は本当にいいと思います。だから、そちらの方はどんどん出てやってください。しかし、子供が一番大事なとき、学校へ行って神経も非常に敏感なときなんです、こういうときは、できるだけお母さんが一緒におってやってくれた方が温かいではないかということ、これは私は人情として否定できないと思います。
○石井(郁)委員 文部省の中でも、これはセミナーなんですけれども、国立婦人教育会館で実は家庭教育研究セミナーを開催しまして、母親が働くことと家庭教育とはどういう関係にあるのか、こういう調査もいろいろ行っております。例えばこれを見ましても、子供たちに聞いているわけです。これは中学生ですけれども、「男は仕事、女は家庭という考えをどう思いますか」、こういう役割意識の調査というのは、世論調査もありますし、いろいろありますけれども、大体この十年来、こういう固定的な役割意識というものはだんだん変わってきています。そういう中で、中学生たちも、この役割意識につきましては、それが「もっともだ」と思う者はもう二〇%弱なんですね。これは母親が働いている家庭の子供ですけれども、そういう家庭の子供はやはり「母親が働く方がいい」というふうに大体答えているわけです。そういうことがありますし、現実に働く婦人が大変ふえているのはもうずっと御存じのとおりです。
大臣は、子供が小さいうちは家にいてやったらいい、大きくなったら出たらどうかと大変気楽におっしゃいますけれども、それでは日本の社会で、子育てを終わった三十代後半から四十代の婦人が気楽に仕事につけるような職場はありますでしょうか。
○塩川国務大臣 それは努力だと思います。例えば今パートの仕事が非常に多いですね。あなた御存じだと思うのですけれども、六歳から十五歳までの間の、小学校へ行っている人の――ちょっと静かに聞いてくださいよ、こっちは答弁しているのですからね。その間のお母さんの平均の有職者率は五十数%だというのですよ。そのうち雇用関係を持っておるのが三五、六%ですか、あと十何%、約二〇%近くはパートタイマーなんです、有職といいましても。パートタイマーのお母さんなんかでも時間でいろいろ考えられるでしょう。例えば午前中のちょっと忙しいとき、あるいは午後の忙しいときにやって、子供が帰ってくる時分に家に帰れるような配慮をお母さん自身がやろう。あるいはパートを雇う方とも話をすれば、幾らでもそういう話はつけられるのではないか。やはり努力をする必要があると私は思うのです。それは相手方のある話ですからそううまいこといくかどうかわかりませんけれども、そういうことなんかでも努力をされて、一時間でも多く子供のそばにおってもらうようにしたらということを私は念願して言っておるのです。
○石井(郁)委員 パートで働く場はないとは言いません。しかし、圧倒的な婦人たちが今のパートの現状に満足しているでしょうか。このことも婦
人にぜひ聞いていただきたいと思うのです。決して満足はしていないと思います。だから、本当に婦人が能力を生かす、そして職業選択ができる、そういう点では決して甘いものではないということについても、文部大臣としてもっと正確な認識をしていただきたいと思うわけです。
大臣は子供の気持ちを聞いてやってほしいということを繰り返されますので、そちらの方に話を移しますけれども、これも大臣がそうお考えでありまして、一体、本当に圧倒的な子供のどういう声をどこでお聞きになったのでしょうか。
○塩川国務大臣 私の周辺の人が皆そう言っておりますから。私自身もそう思っておりますし。私は子供が三人ありまして育ててまいりましたが、私が家におっても、やはり子供は「お母さんは……」と言いますから、それは今でも同じだと思います。
○石井(郁)委員 そういう話になりますと、大臣の周辺の子供、そして私の周辺の子供もいろいろ聞いておりますし、先ほどのお話のように私の子供もあります。そういう点では、大臣が思い込んでおられるような、家に帰ってだれもいないとか、お母さんがいてほしいとかいうのは、正確な子供の声ではないのですね。幼児期や小学校の低学年くらいにはそういうこともあるかもしれません。しかし、子供もそういう意識は変わってまいりますし、だんだんと働く母親について、また社会について、子供なりに考えて対応していくということは十分あるわけですね。それが一つ。
それからもう一つは、家に帰って母親がいないと寂しいのではというところから出発すること自身もおかしいわけですね。子供はどうして家に帰らなければいけないのですか。子供は子供の仲間で、そういう集団の中で育つということがもっと保障される必要があるわけです。だから、ずっと言っておりますように、学童保育の充実だとかそういう社会的な施設が必要だ。そういう点は全く大臣のお考えにないわけですね。家に帰るものだと頭から思っていらっしゃるわけです。そういう点でもこれは全然合わない。
それからもう一つは、私たちは、婦人が働き続けるに当たって、子供たちのことを決してほうっておるわけではないわけで、施設が不十分な中で大変いろいろとつらい思いをしながら働いている、そういう現状もあります。働く婦人がふえていく中で、それと家庭教育や子供の関係についてのいろいろな研究、実証的なデータ、そういうものもあります。どのデータを見ましても、大臣がおっしゃるようなデータを私はまだ見ておりません。子供たちはむしろ働く母親に誇りを感じているとか、共働きの家と母親が家にいる家庭とでは発達上の差があるだろうか、人格や精神面での差があるだろうか、それも見られないという結論に大体なっているわけです。これは、先ほどちょっと御紹介いたしました国立婦人教育会館が行っている母親の就業と家庭教育に関する調査の中でもそうです。こういういろいろな調査がございますので、大臣がやはりもっと今の実情とそれからこういう調査なども見ていただいた上で発言をしていただかないと、思い込みだけで言われては大変根拠がないことですし困ると私は思うのですね。そういう点でもっと働く婦人の現状、それから子供たちの実態、そういうものもやはり認識をしていただきたいと思うわけです。
もう一つは、最近の育児の問題でも、母親が育児をするものだということも大臣は何か頭から思い込まれているわけですけれども、子育てにもっと父親が参加する、この父親参加ということももう世界的な動きになっておりますね。ここにはいろいろな年輩の方々や各年代の方がおられると思いますけれども、三十代、四十代のお父さんたちも大変頑張って子育てに参加をしておられる方もふえてきているわけです。今の日本では残念ながら労働時間が大変長かったりして父親が育児に参加できませんけれども、本来男女共同で家庭生活を守るのがやはり筋ではないかということですね。
だから、そういう動きの中で、大臣の発言というのは極めて逆行するというか逆戻りをする、せっかく政府としてここまで施策を強めようとしてきた中で、逆行させるものだというふうに思うわけです。再度大臣の見解を伺います。
○塩川国務大臣 石井さん、あなたと話しておったって、私は人間の本当の心情というか本性から話しておるし、あなたのは理論で話しておられる。だって、六つや七つの子供が、うちの母親の働いていることに誇りを持っているなんて、そんなこと感じるでしょうか。私はそんなことはないと思いますよ。だって、そういう家庭一つにしましても、私らなんかもずっとほかの家庭にもよく行きますけれども、「お父さん、ごはん……」とは言わないですよ。「お母さん、ごはん……」と要求しますよ。やはり人情というものは、人間が生活を営んでおる間は、世の中が変わったから、どうしたからといって、そんなに変わるものじゃないのです。しかし、よく聞いてください。やはりこれからの、豊かさを求め、そしてより文化的で、よりいい社会をつくるというためには、先ほどあなたがいろいろとくどくどとおっしゃった婦人の行動計画とか、そういうものを逐次実行していかなきゃならぬということは私はよくわかる。これは全面的に肯定しているんですよ。しかし、そこには一挙に行くものではない。だから段階的に、私は一応子育ての済んだ御婦人の方はどんどんと社会に参加してもらったらいい、しかし子育ての間の人はできるだけ子供と過ごすことを考えてやっていただきたい。これもだんだんとそういう児童生徒、そういう子供たちを社会的に保育する体制が整ってくれば、それは十分可能な話なんですよね。そこへ一挙になかなか行かないのです。学校から帰ってきたら集団にほうり込んだらいいとおっしゃるが、そんなことは、子供は遊んでいるときは一生懸命、一緒に遊んでいますが、家に帰ったらいかぬ、それは暴論ですよ。だから私は、そういうことは人間の自然の中にやはり営んでもらいたい。しかし、よりいい社会を目指しての努力、これはもう大いにしなきゃならぬ、こういうことを私は申しておるので、だから京都で発言しましたのも、できるだけお母さんは子供と一緒におってやってもらいたい、そのためにはできるだけ家庭へ帰ってほしいということを言ったのであって、そんなに、婦人の行動計画と結びついてこれがどうのこうの、この政策を、男女同権を、雇用均等法を否定する、そんなこと私はちっとも言っておりませんから。
○石井(郁)委員 やっぱり大臣はわかっていらっしゃらないと思うのですね。母親が家にいてやってほしいということを、これは家にいるかいないかは本人が決めることでありまして、その女性自身が決めることではないでしょうか。どうして大臣がその人たちに、いてやってほしいとかいなさいとか言えるのですか。
○塩川国務大臣 私は「ほしい」と言っているのです。「おれ」なんて言っていませんよ。
○石井(郁)委員 これは重大なんですよ。一議員の発言というより大臣の発言なんですよ。大臣が、いてほしいという発言というのはどういうことですか。
○塩川国務大臣 いや、だから希望的発言です。
○石井(郁)委員 まだ発言中ですから、ちゃんと節度を守って言ってほしいと思うのです。――だから私は、これは大臣の発言として到底認められないということなんです。それぞれがどういう生き方をするのか、どういう選択をするのか、まさにこれこそが自由に属するものでありますし、またむしろ、今の日本では、本当に働きたいと思っても働き続けられないという、その現状こそが今問題になっているわけです。その施策をするべき文部大臣、文部省として、そこはむしろ何もしない、そういうことにこの発言がなるのではありませんか。もっと文部大臣としての責任ある答弁をお願いします。
○塩川国務大臣 責任ある発言をいたします。私は、人間の感情というものはそうかみ殺してできるものではなし、しかし、いい社会を目指すためにはやはりその努力をしなければならぬというこ
とを言っておるんです。
○石井(郁)委員 ですから感情はさまざまでありまして、大臣がどういう感情を持とうと。しかし、今よくわかりました。大変やっぱり古い世代のお考えだということもよくわかります。そんな感情で今文部大臣は施策を進めておられるのですか。違うでしょう。だからその辺をはっきり区別をしていただきたいと思いますね。大臣のそういう感情の発言が、結局文部行政の施策を一層後退させる、そういうことにつながるわけです。
それから、大臣の発言としてはやっぱり社会的な意味があるわけですね。影響力があるわけです。私たちはそのことを問題にしたいと思います。ですから当然この「週刊新潮」も書かれているわけですね。発言としてはやっぱりどんどんひとり歩きするわけですよ。
そういう点で、文部大臣として本当に、こういう発言を今後繰り返されないというふうにお約束していただきたいと思います。
○塩川国務大臣 私は、そういう制約は受けられません。
○石井(郁)委員 大変、私はやはり大臣の資格を疑いますね。非常に文部大臣としてのやっぱり資格が問われると思います。
しかし、時間がありませんのでこの件については以上で終わりますけれども、子供と婦人の現状につきましては、文部省としてもっと認識を深めていただきたい。
最後に文部省にも伺っておきたいと思いますが、大臣の発言については文部省としてはどういう見解をお持ちですか。
○澤田(道)政府委員 大臣の希望的発言が世の中の家庭で真剣に考えられることを期待しながら、行動計画についてはきちんと事務的にフォローしていきたいと考えております。
○石井(郁)委員 そういう文部当局の発言では大変困ると思うのですね。これ以上ちょっと時間もありませんので、また機会を改めたいと思います。
次に、もういろいろ出ておりますが、私も学校給食について簡単に質問します。先ほど来学校給食をめぐっていろいろと議論もありましたけれども、主として業務のあり方などが今取り上げられておるようですけれども、私は中学校給食について伺いたいと思います。
中学校の完全給食は、生徒数に比較をいたしまして現在約六〇%の実施率です。地域によりまして大変アンバランスがあって、一〇〇%の県もあれば一〇%会もある。もちろん給食の形態はいろいろですけれども、完全給食になるともっと低いと思うわけです。こう見ますと、大変遅々とした歩みだと思われます。しかし、中学校給食についてはこの普及に親も子供たちも大変要求が強いと思います。学校給食法の目的に沿って、文部省として一〇〇%普及への努力をもっとすべきではないかと思うのですが、その点の見解を伺いたいと思います。
○國分政府委員 中学校におきます学校給食の状況につきましては、御指摘のとおり、小学校に比べますと普及がおくれておるわけでございます。現在、完全給食で申しますと五九・二%、約六〇%という状況にあり、これが昭和五十年に五五・二ということで、年々少しずつはふえておりますけれども、歩みが遅いということが言えようかと思います。
私ども、学校給食は、学校教育の一環として、正しい食習慣の形成でございますとか好ましい人間関係の育成という観点から大きな意義を持っておる、かように考えておりますので、今後とも中学校における学校給食の普及について努力をしてまいりたい、かように考えております。
○石井(郁)委員 そういう御答弁をいただいたのですけれども、中学校につきましては、生徒の非行の問題とか今いろいろありまして、現場でも給食の実施について二の足を踏むところもあるというふうに聞いておるわけですけれども、もっと中学校らしい、食堂方式だとかいろいろなことが考えられるのではないかと思うわけですね。その辺も含めて、計画的な整備ということでいいますと、もう少し具体的にお考えになられているかどうか、伺いたいと思います。
○國分政府委員 中学校の学校給食につきましては、お尋ねの中にもあったかと思いますが、普及の状況が地域的にかなり格差がございます。一般的に申しまして、大都市ないしはその周辺においてその実施状況が大変低いという傾向があるわけでございます。
御案内のとおり、学校給食は戦後二十一年に始まりましたが、当時は小学校から始まったわけでございます。学校給食法が昭和二十九年に制定されましたが、中学校は三十一年から実施するというように、小学校に比べますと若干後発したという事情もありますけれども、大都市周辺においてそういう低い状況にございますので、最終的には設置者でございます市町村の責任において学校給食が行われるわけでございますので、未実施の市町村の今後ともの努力に期待してまいりたいというふうに思っております。
○石井(郁)委員 次に、英語の週三時間問題について質問したいと思います。
これは中学校の週三時間問題ですが、英語は以前は四時間でありましたから、四時間にしてほしい、そういう運動は三時間実施のときからも大変世論としてありましたし、この運動は今も引き続いてあると思います。先日、私も国会で要請を受けております。そういう点で、英語の週三時間問題を取り上げるわけです。
まず、週三時間が実施されて六年目だと思いますが、この実情について、今現場の中では一層この三時間を強制する、ゆとりの時間を振りかえて四時間にするなどということは許されないという点で、大変厳しいという声を聞くのですけれども、これが文部省の方針でしょうか。
○西崎政府委員 現行指導要領の制定当時の全体の一週間の授業時数が、精選という観点で削減されましたので、各教科の削減があり、したがって、英語につきましても一週間三時間という指導要領が定められ、その後の経緯といたしましては、やはり指導要領に従った一週間の授業時数、各教科・科目の授業時数を守ってやっていただくというのが趣旨でございますから、公立学校等すべて三時間で実施していただくということで推移してきておるのが現状でございます。
○石井(郁)委員 文部省としましては、三時間で進めておりまして、それで現在学習指導要領の英語教育の目的が達せられているというふうに考えておられるのでしょうか。
○西崎政府委員 学校教育において、それぞれの教科・科目の目標が定められておるわけでございまして、その目標に従った内容、そしてそれをこなすに必要な時間数、こういうような学習指導要領の定めになっておるわけでございます。
先生の御質疑の趣旨として、現在日本が置かれている国際化社会という一つの立場、そういう点から、今後外国語教育を一層重視するというような前提もおありかと思うわけでございます。そういう意味では、今後、学校教育における英語の重視、そして英語授業時数の取り扱いについては十分検討する必要があるというふうにも思うわけでございますが、具体的には、今教育課程審議会でいろいろ検討している最中でございますので、私どもとしては、教育課程審議会の最終的な答申をいただいた後、授業時数あるいはその内容、目標等につきましても適切な対応をしてまいりたい、こういうふうに思っている次第でございます。
○石井(郁)委員 先に教育課程審議会のことが出ましたので、それではその点で伺います。
教育課程審議会の中間報告では、確かに三から四ということが出されておりますね。しかし、教育課程審議会の答申が出され、そして学習指導要領に移され、それが実施されるとしたら、昭和六十八年ぐらいになるのじゃないでしょうか。だから、一つは、それまでずっとこの三時間を強制していくのかという問題ですね。現場でのもっと弾力的な運用を文部省としてはとられるおつもりがあるのかどうか。ちょっと結論になりますけれど
も、伺いたいと思います。
○西崎政府委員 英語の授業時数について教育課程審議会もまだ最終的な内容は確定していないわけでありまして、中間報告で示されておりますのは三時間ないし四時間、先生御案内かと思いますが、三年生で若干、波形などで示されておるような一つのパターンで英語も取り扱われておるわけでございます。したがいまして、仮に学校の取り扱いで三時間なり四時間なり弾力的な扱いが行われるとした場合、それでは四時間の扱いはどうかという点ですが、実際の新しい指導要領の実施は、教科書の編集、検定、採択というふうな諸手続が必要でございますから、そうむちゃくちゃに早くはできないわけでございます。やはり新しい指導要領ができるとすればそれの趣旨に沿った移行措置というものも必要でございます。その移行措置の期間において、どれだけ新しい指導要領の趣旨に従った実際の学校教育における扱いができるかという点については今後の問題でございまして、私どもとしては、新しい指導要領の完全実施の問題、それから移行措置における新しい指導要領の趣旨をどういうふうに生かすかという問題等をいろいろと検討しながら進めてまいりたい、こういうふうに考えております。
○石井(郁)委員 大体三から四というかそういう方向に進みつつあるというふうに受けとめられるわけですけれども、ただ問題は、中学生が本当に今教育を受けているわけですからね、そして三時間のために英語が嫌いになったり勉強がわからなくなったりしているという問題があるわけですから、今の子供たちを本当に救うということが大事ですね。
そういう点で私、聞きますと、現場では非常に三時間の縛りがきつい、だから、もっと現場の実情あるいは生徒たちの実情に合わせて、その辺では以前のようなゆとりの使い方だとか、現場の自主的な時間の運用については文部省はもっとお考えになってはどうか。そういうお考えはあるでしょうか。
○西崎政府委員 やはり学習指導要領は学校教育の一つの守るべき基準でございまして、学習指導要領に定められました授業時数等は、やはり学習指導要領の趣旨に従って基準として学校では守っていただくということが私は必要だと思っております。
ただ、英語教育の充実という点は時間数の問題だけではなくて、やはり中身の問題があるわけでございまして、中身の問題としては教える先生の問題もある、そういう意味では英語の先生で、聞くこと、話すことについてあるいは書くことについての英語教育の充実をするとすれば、ネーティブスピーカーの充実も必要であるというようなこともあるわけでありますから、私どもは時間数の問題だけでとらえないで、やはりことしの予算で全体の、これは交付税措置になるわけでございますが、研修費等は予算でございますけれども、諸外国からネーティブスピーカーに大勢来ていただく、そして中高への配置等都道府県にも御努力いただいて、英語教育自体の充実をしていきたいというふうにも思っているわけでございますので、時間数だけの問題ではなくて、先生方も含めた英語教育の充実は現時点においても着々と進めてまいりたい、こういうふうに考えております。
○石井(郁)委員 もちろんそういうこともあると思いますけれども、時間数そのものが現場ではやはり大変重要だ。週三時間になりましてから、いろいろな学校の行事や何かで時には週二時間になってしまう、そうすると、英語というのはやはり続けているということが大事ですから、もう非常に間があいてしまって、子供たちの理解に非常に困難だということがあるわけですね。ですから、どうしてもやはり四時間が必要だ、あるいは特に中学三年生になったら四時間が必要だとか、いろいろ生徒たちの実態に応じてあると思うのですけれども、それをどうしても三時間の枠におさめる、そういう強力な文部省の指導だけはすべきでないというふうに思うわけですね。その辺で、強制をやめてほしいという現場の声にぜひともこたえるべきだというふうに考えるわけです。
それから、これは先日の広島の方々のお訴えなんですけれども、広島では、この週三時間が困るという運動の中で、四時間にしてほしいという請願が市議会で採択されています。しかし市議会では、国の方針が、国が三時間と言っている以上はどうにもならないというふうに答えているわけですね。ですからやはり、いろいろその地域の実情、学校の実情に応じてその辺はやれるようにすべきだということを、重ねて文部省の見解を伺いたいと思います。
○西崎政府委員 先生のお話ではございますが、やはり国の基準として定められております学習指導要領は、英語だけでなくて各教科・科目ございますし、道徳もあるし、特別活動もあるわけでございます。それらをひっくるめて全体的な一つの教育活動の基準として示されておるわけでございますので、私どもとしてはやはり、英語の授業時数は、中学校なら中学校の全体の授業時数の一環として、基準として守っていただきたいというふうに思っておる次第でございます。
○石井(郁)委員 何かまたもとへ戻るのですけれども、しかし教育課程審議会の答申等、今後の指導要領の改定の中では三から四という幅ができそうだ、こういうことと今とっている方針とがこれもまた食い違うわけですね。だから、今からでもやはりやれることはやるべきだというふうに、普通に考えてもそうではないかと私は思うわけですね。
子供たちの実態については言うまでもないと思うのですけれども、三時間になったために一層塾通いがふえているという問題があるし、先生にも親にも子供たちにもこれはもう大変な不評を買っているわけです。ですから私は、そういう方向で教育課程審議会が考えられているのですから、今からすぐにでもやはり何らかの弾力的なというか、柔軟な対応をすべきだというふうに考えるわけですね。
英語がこれだけの、臨教審を含めて国際社会の中の日本とか国際化とか、文部省を挙げてそういうことを言っておられるわけですから、そういう中で、この三時間になったために一層日本人の英語の話学力が低下している。これは実施になりまして六年目。これもある大学の先生の話ですけれども、大学生がこの三時間で育ってきているわけですね。やはり非常に差が出てきておる、英語の力が落ちているということが実感として言われております。それはやはり日本人全体の問題にひいてはなっていくわけですから、今からすぐにでも、やがて是正されるというのなら、今すぐからでも是正すべきだという点で、文部省の見解をぜひとも確立してほしいというように思います。
○西崎政府委員 教育課程審議会におきましては、中学校の授業時数の問題、それから中学校の教育課程のあり方につきましては、やはり選択と申しますか、能力、適性、進度に応ずる個性を重視し、選択的な要素をいろいろと加味しようというふうな一つの方針がおありでありまして、これは英語のみならず、三年生については幅を持った授業時数を示すというふうなことがあるわけでございます。したがいまして、仮に英語が三時間ないし四時間というふうになりました場合にも、これは選択の問題として示されるであろうというふうに私どもは予測されるわけでございますが、そのような一つの方向というのが、現時点における英語教育の重視という方向で教育課程審議会がいろいろ検討されているということは私どもも承知しておりますし、それはそれで結構なことだと思うわけでございます。しかし、現時点において、それでは英語だけ授業時数の枠を外すということとはこれはまた別の問題でございまして、全体の学習指導要領の今の姿からして、英語につきまして重視することは、授業時数の問題だけでなくて、全体の英語教育をどういうふうに充実していくかという問題としてとらえ、それぞれの学校教育において、先生方の面あるいは設備の面、生徒のいろいろなドリルの面等において、あるいは個別指導の問題もございますが、そういう方向で現
時点におけるできるだけの努力をすべきであるというふうに考えておる次第でございます。
○石井(郁)委員 時間がありませんので、次の問題に移ります。
初任者研修制度の問題です。初任者研修制度は、ことしから予算の裏づけを持って試行が始められているわけです。きょうは時間もありませんので、私は二つの問題に絞って質問します。
一つは、この初任者研修制度は、新任教師に対してマンツーマンで指導教員がその研修指導に当たるということですけれども、この指導教員の身分といいますか権限といいますか、そういう問題について、文部省のモデル案によりますと、「指導教員は、関係学校の教頭、教諭または非常勤講師の中から、当該関係学校の校長の意見を聴いて、当該関係学校を所管する教育委員会が命ずる。」というふうにあります。四月から始まったところなんですけれども、この指導教員がいろいろな形で命ぜられているのではないかと想像されるのですけれども、これは文部省モデル案ですから、今試行されている都府県、どういう形で指導教員が決められているか、ちょっと内訳を教えていただきたいと思います。
○加戸政府委員 本年から三十六の都府県、指定都市におきまして、初任者研修の試行を開始いただいているところでございます。文部省で一応お示ししましたモデル案は、参考としてお流ししたわけでございます。
ただいまの御質問の、指導教員の命課方法でございますけれども、各都道府県段階におきまして、あるいは指定都市段階において、必ずしも文部省のモデルどおりではございません。しかし、多くの県が文部省のモデル案によりました教育委員会が命課をするという方法をとっておりますけれども、一部の府県におきましては、校長が命課をし都道府県教育委員会に報告をする、あるいは校長が都道府県教育委員会と協議の上、任命するといったような態様もございまして、そういった方法が約四分の一ぐらいの都府県にございます。
○石井(郁)委員 指導教員は教育委員会の任命ということですけれども、任命ということではこれまでどういうケースがあるのでしょうか。例えば主任制度などもそうなのかもしれませんけれども、その点ちょっと教えていただきたい。
それから、任命ということで、例えばこの初任者研修の場合の教員の身分と権限ですね、それについて文部省はどのように考えておられますか。
○加戸政府委員 御承知のように、都道府県教育委員会あるいは指定都市の教育委員会が任命権を有しているわけでございまして、現在その任命権行使の態様といたしましては、それぞれ校長、教頭あるいは教諭といった具体的な身分についての発令、あるいは校務分掌といたしましては、市町村の教育委員会がそれぞれ、主任を命ずるといった具体的な職務内容の命課というものを行っているわけでございます。
ただいまの初任者研修の試行につきましては、都道府県教育委員会ではなくて市町村教育委員会が命課をするということでございまして、職務の分担といたしまして、学校においてどのような仕事をしていただくかという命令を市町村教育委員会から出しているケースでございます。
なお、先ほど申し上げましたように、学校長自身が命課をしているケースもございます。これは、市町村教育委員会からの授権を受けて、校長先生がそのような具体的な命課の方法をとるということでございます。
いずれにいたしましても、理論的に申し上げますれば、指導教員の命課の形態といたしましては、当該学校の教員にその学校における新任教員の指導に当たるようにという職務内容を付加したものと考えておるわけでございます。
○石井(郁)委員 現在のところ、実際その当該学校のどういう教員が指導教員として命ぜられているケースが多いか、その辺までも文部省はつかんでおられるでしょうか。
○加戸政府委員 具体的な状況はまだ全部は把握いたしておりませんが、多くの都道府県におきましては、当該学校におきます経験豊富な、かつ指導力豊かな教員ということでございまして、例えて申し上げれば、主任クラスの教員が比較的多いように承知をいたしております。また一部の県におきましては、教頭先生を充てる場合もございますし、あるいはもう少し経験年数の短い教員を充てているケースもございます。さらに、これもまた一部の地域でございますけれども、いわゆる非常勤講師として採用されました退職教員による具体的な指導のケースも若干あるようでございます。
○石井(郁)委員 もう一点。教育委員会の任命ということで、主任制度とは異なる点が何かあるのでしょうか、あるいは同じような性質のものなのかどうか、その点もちょっと伺っておきたいと思います。
○加戸政府委員 主任の職務といたしましては、学校の中におきます業務の連絡指導に当たられるいわゆるチーフ的な立場の方でございまして、研修との関連で申しますと、研修主任という制度を設けられている学校もございます。あるいは教務主任がそういった内容も兼ねられている場合もございますけれども、今回の指導教員の命課といいますものは、当該初任者、いわゆる新任教員の個に即しまして具体的に指導を行うということでございまして、今あります主任の、学校の中での校務分掌体制の中で取りまとめをし連絡指導をする性格とは必ずしも一致はいたしません。しかしながら、当然指導教員でございますので、個に即した指導を行うと同時に、学校の中におきます研修体制あるいは校内の研修の調整といったような役割も果たすわけでございますから、主任的な要素も職務内容としては持ち得るだろうと思います。しかしながら、性質的に申し上げますれば、主任そのものであるというケース、あるいは主任職といいますか連絡調整というよりも、むしろ個別的な指導のウエートの方が高いというようなケースもあろうかと思います。これは、学校におきます具体的な指導の態様によって異なるものと理解しております。
○石井(郁)委員 いろいろ伺ってきたのですけれども、実は問題にしたいのは、教育委員会が命ずるということで、指導教員と新任教員の間に、指導教員が職務権限的なものをやはり持つのではないかという心配が大変あるわけですね。そう考えられるわけです。そういう点が一つと、私どもは、研修ということの中に、教員と教員の間にそういう特別な指導と被指導といいますか、あるいは職務的な権限を持ち込むということが本来なじまないというふうに考えているわけですが、その点で、そういうものになっていくのではないかということですね。
だから、指導教員は学校の校務分掌の一環として、その学校の中で集団的に検討されてだれかが任に当たるということぐらいでいいのではないか。なぜ教育委員会が命じなければいけないのか。こういう点ではまだ非常に問題が残ると思うのですね。その辺で、そういう指導教員の職務権限的なものが考えられているのかどうか、伺っておきたいと思います。
○加戸政府委員 この初任者研修の試行は、まさに教員の資質向上の主要な眼目点といたしまして、重要施策として取り組んでいるわけでございます。そして、だれかが具体的な責任者となって、その初任者研修の中核的な存在として指導していただく、こういう立場でその仕事を分担していただくわけでございますし、またそれは、単なる当該学校の教員の研修をするということだけではなくて、当該都道府県内に採用されました教員として、その当該都道府県内のどこの学校へ勤務しても通用する教員として立派に育ってほしいという願いが込められているわけでございます。
そういった視点に立ちまして、具体的な学校におきます先輩教員として後輩の指導に当たっていただく仕事分担を市町村教育委員会に命じていただくということでございまして、今先生がおっしゃいましたように、特定の先生がついてやるのかどうかという御疑問もございますけれども、私ど
もの立場といたしますれば、いわゆる校内の全校体制の中におきます研修も必要でありますと同時に、だれか中核になる具体的な先生が直接に新任教員の指導をしていただくということに、今回の試行の最重要的な価値を認めているわけでございまして、そういった趣旨に沿いまして、責任を持って先輩として後輩を育成する、あるいはアドバイザーとして立派に育てていただく、そういうお助けをしていただく重要な立場にある仕事と理解いたしております。
○石井(郁)委員 そういう意味でしたら、別にあえて指導教員として教育委員会が発令しなくても、いろいろなことでできるわけですね、学校には当然若い先生と先輩の先生がおられるわけですからね。なぜあえて特定の指導教員を一人つけなければいけないのか、そういう問題になるわけです。
私が伺ったのは、指導教員による職務的な権限というか、それが一体あるのですかないのですかということを伺ったわけです。その点を端的にお答えいただきたいと思います。
○加戸政府委員 学校の教員は、本来児童生徒の授業に当たるわけでございますけれども、指導教員としての仕事をしていただくためには、本来のそういった仕事よりもはるかに付加されます、例えば今の試行でございますと、年間七十日程度の個別的な指導という形でいわゆる新任教員の指導に携わっていただくわけでございますから、大きな職務内容の変更になるわけでございます。その意味におきまして、教育委員会が学校長の意見を聞いて判断するのが適切であろうと考えているわけでございます。
それから、具体的な命課をされました教員は、職務として新任教員の指導に当たる義務を負うわけでございまして、その意味におきましては、いわゆる学校の校務分掌の一つといたしまして初任者研修に当たっていただくということでございます。
○石井(郁)委員 もう既に試行の実態というか、これが集約されて発表されてもおりますので、いろいろ問題もあると思うのですね。新任の教員に一人の教師がつくということで、先生の先生がいるということで、子供がかえって新任の教師に不信を持つということも言われております。それから、学校全体の集団から隔離されているというか、マン・ツー・マンですから、一対一で研修が行われているということで、他の教師全体からすると一体何が行われているのか一向にはっきりしないという点もありますし、新任の教師にとってもいろいろな不安の中で職場からいわば隔離されて研修が行われているということもありますし、この初任者研修は実態で大変問題があると言われていると思います。
そういう点では、私どもは、マン・ツー・マンというこの研修のあり方も含めて、もちろん初任者教員に対する研修が必要でないとは私も考えておりません。だから、本当に教師の力量を上げていくためにはどんな研修やどんな学校、教師の集団がいいのか、あるいは親との関係がいいのかという点については、今後一層考えていきたいし、文部省でも、もっと実態をつかんだ上で、本当に現場の教師の声といいますかそういうことを受けとめて、この初任者研修の指導に当たっていただきたいということを最後に申し上げまして、時間が来ましたので質問を終わります。
○愛知委員長 山原健二郎君。
○山原委員 これは申し上げるつもりはなかったのですが、石井さんと文部大臣との婦人の問題をめぐっての先ほどの討論を聞いておりまして、一言申し上げたいと思うのですが、どうしてもかみ合わない点があるわけですね。私は、文部大臣のおっしゃる、子供に「お母さんがおった方がよかろう」と言えば、子供は「その方がいい」と言うというようなことも、それは間違いではないと思います。けれども、御承知のように、日本の婦人の地位というものが諸外国に比べて随分おくれている部分があることもこれは事実なんです。
だから私は、私の今生活しておるところは高知市ですが、その高知市内の今は真ん中になっておりますけれども、上町村、小高坂村というのが明治時代にございまして、ちょうど自由民権運動のときに、この二つの村で初めて婦人の参政権が与えられたことがあるのです。これは片岡健吉、最初のころの衆議院議長をした人ですけれども、そういう人たちの運動がございまして、世界で初めて婦人が選挙権を持ったという歴史があるのです。
〔委員長退席、高村委員長代理着席〕
そのときに、楠瀬喜多という婦人がおりまして、これは民権ばあさんと呼ばれておりますが、何遍も政府に交渉しまして、婦人が選挙権を持たぬのはけしからぬじゃないかということで、かち取ったことがあります。けれども、その後自由民権運動があのような挫折をしたり、あるいは激しい弾圧などもございまして、ついに婦人参政権は得られずに、婦人の地位はそれから向上することなく、婦人は家庭へ帰れ、このスローガンのもとに長い長い歴史を歩んできまして、戦後初めて日本の婦人は選挙権を得たわけです。戦後初めて男女賃金の同一化という闘いがありまして、一つ一つから取ってきたわけです。
でも、やはりおくれているんですね。これはよその国へ行ったらわかりますように、国会議員だってどこの国でもほとんど三分の一は婦人なんです。それに比べますと、やはり立ちおくれた部分があるわけです。それをどう民主的に解決していくかという立場に立たされているのが文部大臣ではなかろうかと私は思うのです。これは憲法にも性別によって差別されないという条項がございます。教育基本法には御承知のように民主的で平和的な人間を育成するという大目標があるわけですね。
そうしますと、文部大臣の任務は何かというと、やはりこの国のおくれた部分を少しでも民主的に改善をしていく、これが大臣に与えられた任務ではなかろうか。ここのところで論議をしていけばかみ合う面も出てくると私は思いますけれども、心情的、人情的、こう言われますと、確かにそういうものもあるわけですから、そこのところで問題が混乱をしてしまう。そして、今度の文部大臣の発言について、多くの婦人の皆さんだけでなく、男性の皆さんからも批判が出るのも当然だと私は思います。そういう点では、文部大臣の任務とは何か、この社会を民主的に前進させていく、そして婦人のおくれた地位を改善していくんだ、解決していくんだ、そういう構えで、今後、どの場所へ行かれましても、御発言をしていただくことが妥当なのではないかというふうに私は思いますので、最初にそのことを申し上げたいと思います。
老婆心のごときことを申して大変恐縮でございますけれども、先ほど聞いておりましてそのことを痛感しましたので、最初に申し上げておきたいと思います。時間がありましたらまた御発言いただきたいと思いますが、きょうは時間がありませんので。
そこで、最初に、文部大臣の諮問機関である学術審議会が文書を発表されておりまして、二十二の国立大学にある七十一の附置研究所すべてについて五段階評価を行いまして、中には「組織全体として改変すべきもの」というような、スクラップを指示するがごとき文書を出しております。これは一九八三年から八四年にかけまして研究所等検討小委員会をつくって、それが評価をしたと言われておるのでございますが、この検討委員会のメンバーはどういう人たちによって構成されておりますか、まずお伺いしたいのです。
○植木政府委員 学術審議会の研究所等検討専門小委員会の委員でございますが、学術審議会の委員が五名、そのほかに専門委員が四名で構成された小委員会を設置したわけでございます。
○山原委員 五名のわずかな委員によって、七十一の長い歴史を持つ附置研究所の内容を評価すること自体が私は無謀なやり方だと思うのですよ。その内容自体を見ましても、研究所設立の意図、趣旨から見て現在も妥当であるか。妥当と言いが
たい場合、別研究の目的を持っているか。それは妥当か。あるいは研究所の現状から見て設置形態は妥当か。また研究所の流動性はどうか。人事は交流が適切に行われているか。所外との交流は適切に行われているか。また研究所の規模、組織、運営は妥当か。こういうものなんですね。
それで、コメントがつけられておりますが、それを見ますと、例えば東京大学の社会科学研究所につきましては、「日本の社会科学研究の縮図の観。研究部門の構成が全く無体系で、講座の総花的集合と化している。国際交流の実績に乏しい。研究所としてのアクティビティは低い。」こういうふうに書かれております。これは五段階で最悪ですね、A1となっております。それからもう一つA1、これは東京大学の新聞研究所ですが、どういうふうなコメントがついているかといいますと、「大学の附置研究所としては存在理由なく、現状の研究組織程度ならば、文学部に合併吸収するのがもっとも自然で有効な方向であろう。」というふうな評価がなされているわけでございますけれども、行政機関の一つとしてこういう評価をし、しかもいわば勝手に改組等を押しつけることは、まことに大きな問題だと思うのでございます。これはまさに研究内容への評価であり、行政機関がやるのはまさに国家統制につながるのではないかと思うのですけれども、こういうことは全く正しいやり方ではないと私は思います。
そして、今おっしゃいました五名の委員、それからさらに四名の専門委員あるいは担当科学官三名、これを全部合わせましても、例えば文科系の方は梅樟忠夫さんお一人なんですね。あとの方は全部理科系といいましょうか、そういう自然科学系の人たちなんでしょう。たった一人の人が文科系、社会科学系で、それで五段階評価をするというやり方が果たして正しいのか。文部省としてまさか正しいとは思っておらないと私は思いますが、この点はどうでしょうか。
○植木政府委員 学術審議会におきまして昭和五十五年十一月に文部大臣から諮問がございました。「学術研究体制の改善のための基本的施策について」、学術審議会で審議が始まったわけでございます。昭和五十九年二月に答申が出たわけでございますが、学術審議会におきます審議の過程におきまして、研究体制の整備ということについていろいろな議論、御検討をいただいたわけでございます。そういうわけで、その過程におきまして、個別の研究所につきましてもいろいろな議論が行われたと承知はいたしておるわけでございますが、今先生がおっしゃったような、個別の研究所について学術審議会としての意見をまとめたというようなものはないわけでございます。
○山原委員 現実の問題として、例えば一、二の例を挙げますと、九州大学の生産科学研究所では三年前から所員会議でA1ランクだと言われまして、文部省から指示されたと言われております。また群馬大学内分泌研究所について、ことしA1ないしはA2である、そういうランクだと言われておるということを私はお聞きしているわけですが、こういう事実はないのでしょうか。
○植木政府委員 先ほど申し上げましたように、学術審議会の途中におきましていろいろ特別の研究所につきましても討議、議論はあったと承知しておりますが、学術審議会としての個別の研究所についての意見をまとめたものはないと承知しております。
○山原委員 ないということでございますから、それならそれで、こういうことがあって、またそれに基づいて文部省が指導するということになりますと、研究評価、研究所整備の臨教審答申の先取りではないかというふうな感じが私はまさにしますし、また、行政当局のあり方は研究所の自主的な改革を援助するのが本来の目的であろうと思うのです。そういう点で、今そういうまとまったものがないとおっしゃいましたから、あれば本委員会に提出をしていただいてそういうことがないようにしていただきたいという発言をしようと思っておったのでございますけれども、そういうものはないとおっしゃられるのですからそれでいいわけですが、そういう点では十分に慎重な態度をとってもらいたいということを申し上げたいのですが、よろしいでしょうか。
○植木政府委員 先ほども申し上げました学術審議会で「学術研究体制の改善のための基本的施策について」という答申がございまして、研究所の体制の整備についても指摘があるわけでございます。
文部省といたしましては、この学術審議会から指摘、答申を受けました点等を踏まえて、研究所に対していろいろ指導を行ったりあるいは御相談に応じたりということをいたしておるわけでございます。
○山原委員 それならば私は申し上げたいのですけれども、今おっしゃったように、五名の方々によって構成されている審議委員、そういうわずかな人によって、附置研究所というものが、財政的にも苦しい中でいろいろ苦労をしてやっているものに対する五段階の評価、しかも改組を求めるというようなやり方、そういうやり方は正しくないということを申し上げておきたいと思うのです。きょうは時間がございませんからこの問題はこれでおきますけれども、これは指摘にとどめておきたいと思います。
それから、もう一つの問題は、今度五月十九日の各紙が報道いたしました国立大学の寄附講座、いわゆる冠講座の開設の問題でございますけれども、文部省は、新聞によりますと、国立大学にも企業などの民間寄附で一〇〇%賄う寄附講座を開設できるように、十九日までに国立学校設置法施行規則を変えたと報じております。同時に、東京大学の寄附講座要項なるものが掲載をされておるのでございますが、文部省が寄附講座開設に踏み切った理由は何でしょうか、簡明に答えていただきたい。
○阿部政府委員 御質問にございましたように、このたび関係の省令を改正いたしまして、各大学の判断によっていわゆる寄附講座を設けることができるようにという根拠規定を置くことにいたしたわけでございます。
これは申し上げるまでもないことでございますけれども、国立大学における教育研究の内容を豊富にし多様なものにしていく、そして生き生きとした教育研究活動が行われるようにしたいというねらいに基づくものでございまして、こういうものを設けることによりまして大学と社会の適切な連携が一層緊密になってくるであろう、あるいは外部資金の導入等によって効果的にこれを活用した教育研究活動ができるであろう、さらには各大学の自主的あるいは弾力的な運用というものがいろんな面でやりやすくなってくるであろうというようなこと等を踏まえまして、これは大学関係者からもかねてからいろいろ要望があったところでございますけれども、昨年の四月に臨時教育審議会からもそういう御指摘がございました。そういったような御指摘を踏まえまして、このたびそういうことを制度化いたしまして、各大学の判断によってこれができるようにという仕組みをとった次第でございます。
○山原委員 臨教審答申は民間活力の導入ということがあるわけで、第三次答申で、高等教育に対する公財政支出が日本は大変不十分だということを指摘しておりますね。しかし同時に、臨教審は指摘しながら、資金の多元的導入を提唱しまして、また社会人の任用の拡大を言ったわけですが、今局長がおっしゃったように、早くもそれを具現化するというのが今度のものではないか。しかもその内容は、大学教育のあり方をまかり間違えば抜本的に変えるとともに、学術研究が国民のためではなく、国家と大企業のために従属するという重大な事態を招きかねない危険性をはらんでおると私は思うのです。そのことについて少しお尋ねをしたいと思います。
今度の施行規則の改正と東京大学の寄附講座要項はまことに我々にとっては唐突なものでございまして、法的にも疑義があります。
まず第一番に、設置法施行規則改正では、「寄附
講座に係る経費は、国立学校特別会計法第十七条の規定により国立大学の学長に経理を委任された金額をもって支弁するものとする。」としております。ところが、同会計十七条は、「国立学校における奨学を目的とする寄附金を受けた場合において、必要があるときは、文部大臣は、当該寄附金に相当する金額を国立学校の長に交付し、その経理を委任することができる。」こうなっておるわけでございます。この「奨学を目的とする寄附」とは一体どういうものなのかということが問題になってきますが、これはどうお考えですか。
○阿部政府委員 国立学校の特別会計制度の中の経理の一つの仕方といたしまして、奨学寄附金という制度があるわけでございます。この奨学寄附金と申しますのは、民間等から国立大学に寄附を受けました場合に、それを、寄附の目的は大体のものが学術研究の振興に資するとか教育の振興に資するとかあるいは中には学生に対する奨学金の支給に使ってもらうとか、いろんな中身のものがございますが、それを一括して学術の振興に資するという意味で、奨学寄附金と言っておるわけでございます。それを全部国の会計に組み入れましてまた別途歳出を組んでという、技術的に大変難しいことをしないで、その部分につきましては、歳入として入ってきました寄附金を各大学の学長にそのまま委任をいたしましてそこで経理ができるようにするという、大学の経理の弾力的な運用の一つの制度として従来からあるものでございます。
○山原委員 これは法の性格をゆがめるものではないかと思うのです。これまでの奨学を目的とする寄附というのは、ただ学問の奨励、研究の奨励という寄附でございまして、特定の目的、また見返りを想定しないものであったわけです。ですから、国立学校特別会計に繰り入れて国立学校の長に経理委任をしておったわけですね。ところが今度の規則改正で、東大の寄付講座要項を見ますと、「「寄付講座」とは、個人又は団体の寄付による基金をもってその基礎的経費を賄うものとして置かれる講座をいい、」奨学寄附金の目的が寄附講座設立を目的としていることですね。これは目的がそういうふうになってきたわけです。しかも「前項にいう「基礎的経費」には、おおむね、次に掲げる経費が含まれるものとする。」といたしまして、「(1)寄付講座教官の人件費及び旅費(2)寄付講座における教育研究に必要な経費」という特定の目的にしているわけでございます。そうしますと、設置法の施行規則の改正によりまして、逆に国立学校特別会計法の中身がここで変わってくるわけです。規則改正によって法の精神といいますか法の中身が変更されるということは、これは全くとんでもないことだと私は思います。幾ら弾力化だといっても、今までの法律を利用しながら規則改正によって法の中身が変わってくるなどということは、やってはならないことだと思うのですが、あえてそれをされたわけですね。
○阿部政府委員 奨学寄附金の制度は、そういう研究その他の目的に使ってほしいということで各寄附者から寄附がされまして、それを委任経理として使っておる、従来からもそれは教育研究面での運営費等にも使い、人件費等にも使っておるものでございまして、私どもは格段法律に違反しているとは思っておりません。
○山原委員 特別会計法によって、文部大臣が必要のある場合には学長に渡して、学長にその権限を委任していったわけでしょう。それが今度は相当違いますわね。特定の目的にこれを使っていくということでございますから、そういう点から見ましても、もちろんこれまでも奨学寄附金制度はあったわけですが、それがここで変わってくるわけですね。
それから、時間がありませんから次へ移りますけれども、文部大臣裁定というのが出ておりますね。ここへ持ってきておりますが、ここには外国人の任用問題がうたわれております。奨学寄附金が外国のどの国から、あるいはどの国の何々会社から幾らというふうなことが今御説明できますか。
○阿部政府委員 奨学寄附金という形で外国あるいは外国人から寄附をちょうだいして、委任経理で措置をしているというケースは、従来からも何件かあるわけでございます。具体には、昭和六十年度の数字で申しますと国立学校全体で七十九件、金額にいたしまして一億二千八百万円は、外国からの寄附として国立大学がいただいて、教育研究に役立てているという経緯はございます。
○山原委員 これからは、施行規則の改正によりまして、外国からの寄附講座もできるというふうに解釈してよろしいですか。
○阿部政府委員 制度的にはそういうことを禁じておるということではございませんので、例えばある国から、その国の何々文学の講座を何年間寄附したいというようなケースはあり得ることだろうと思います。
○山原委員 今、私は、東京大学の先端技術研究所に対しましてNTTから五年期限で一億五千万円、新日鉄、NEC、CSKから三年期限で寄附講座開設の申し込みがあると聞いております。この後の方は約九千万円、こう言われておりますが、まかり間違えば、冠講座ですから、NTT講座、新日鉄講座、NEC講座というふうなことになり、さらには外国企業の寄附講座が開設できるとなりまして、それも冠講座ということになれば、例えばフォード講座あるいはロッキード講座とかいうようなことになってまいりますと、まさにこれは企業大学という方向に向かう可能性がありますね。いわば国鉄の分割・民営と似たような大学の分割・民営じゃないかということまで考えられるわけですが、この寄附講座における講座内容、研究内容はどのようにして決めるのですか。お金を出している民間企業が最も強い権限を持つのではないでしょうか。
〔高村委員長代理退席、委員長着席〕
○阿部政府委員 大学でどういう講座をつくるかつくらないかということは大学が判断をすることであり、その内容等をどうするかも当然大学の自主的判断によることでございます。大学の自治の観点からいいまして、外部によって動かされるという性格のものではないと思っております。
なお、先ほど冠講座についての名称についてのお話がございましたけれども、これまでも例えば、施設等の寄附を受けました場合には、最近では例えば名古屋大学の豊田講堂でございますとか富山大学の黒田講堂でございますとか、あるいは奨学寄附金の例で申しますれば、これも東京大学で例がございますけれども、日本証券の奨学財団の助成金であるとか、そういうような形で、寄附をしていただいた方の御好意に報いるという意味での冠を冠するというようなケースは、従来からもあるわけでございます。
文部省といたしましては、冠をつけるつけないについて特段の指示等をする考えはございませんけれども、各大学の自主的な御判断に任せるべきことだ、こう考えております。
○山原委員 この講座の人事権はどこにありますか。
○阿部政府委員 大学の人事でございますから、大学の人事権のもとで処理されることでございます。
○山原委員 これは例えば三年とか五年とか期限を切ってやっているわけでしょう。その身分がどうなるか、客員教授あるいは非常勤講師とかいうようなことになってきますと、いろいろな問題が起こりますね。その辺のことも文部省としては検討されておりますか。
○阿部政府委員 身分は、日本人の場合には非常勤の教員、いわば非常勤講師のような格好のものになると思いますので、そういう形で年次を区切っての採用ということになってくると思います。客員教授というような名前は、これは呼称としてそういう呼び方をしてもいいということを制度で認めておりますけれども、そういう地位があるわけではないわけでございます。
なお、外国人をこれに迎えるというような場合には、外国人との勤務契約という公務員法上の制度がございまして、今外国人教師等の採用も行っ
ておりますけれども、それと同じような関係での契約によって採用するということに形式的にはなってこようかと思っております。
そういう意味で、これまで行われておる仕組みで実施ができますので、特別に新しい仕組みをつくるわけではないわけでございますから、特に任用上の問題等はないと考えております。
○山原委員 もう時間がございませんので、この客員教授は学生の指導に当たるかという点が一つです。
それからもう一つは、寄附講座では学生の取得単位に換算されるかどうかということを伺っておきたいのです。
それからもう一つは、これまでの奨学寄附金の場合は文部省との事前協議はなかったわけですね。ところが、今回の寄附講座設置については、「事前に文部省と必要な協議を行うものとする。」と定めております。これは文部大臣裁定の中の「その他」のところに書かれておりまして、結局、あなたは今大学が自主的にすべて決めるのだということをおっしゃいましたけれども、この条項、「事前に文部省と必要な協議を行うものとする。」という文部大臣裁定から見ますと、大学の自主的設置というよりも、文部省がやはり介入する道をちゃんと開いているのじゃないかということが考えられる点ですね。これが一つ。
それからもう一つは、そういうことから考えますと、国からの統制、また民間からお金を出した、その出した企業からの介入を受けるという事態が起こるのは当然のことでございまして、このことによって、結局、大学またそれを構成する国家公務員が特定の企業の利益につながる行為、すなわち特定の企業の研究に協力するということ自体が、考えようによりますと、「すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない。」という憲法十五条に抵触するのではないかというふうに私は考えるわけです。その点につきまして、結局、大学の自主性あるいは大学の持っている計画的発展が阻害されまして、金で企業のいわば持ち物、下請あるいは食い物にされるのではないか、またそれは憲法上重大な問題をはらんでおるのではないかということを指摘しておきたいと思うのです。
そういう意味では、今回の寄附講座の開設は私は直ちにやめるべきだと思うのです。また、文部省としても、今までの経緯から申しましても慎重な態度をとるべきだと考えておるわけでございますが、この点についての見解を伺っておきたいのです。
○阿部政府委員 いろいろ御質問がございましたけれども、もちろん非常勤の教員として採用されるわけでございますから、その方々が講義等を行い単位の認定等を行うということはあり得ることでございまして、これはそういうことがあるということでございます。
事前に文部省と協議ということを指導いたしましたのは、初めての制度でございますので、これにいろいろの難しい問題等も出てくる可能性もございますから、文部省が監督をしてどうこうという考え方ではなくて、この運用をスムーズに進めるためにはいろいろ相談をしながら進めた方がいいであろうということで、初めての制度なるがゆえに考えたということでございますので、これはひとつ誤解のないように御理解を賜りたいと思うわけでございます。
なお、この制度を設けました趣旨につきましては、最初に申し上げましたので繰り返しませんけれども、とにかくこれの運用、設置するかしないか、どう運用するかということは、各大学が各大学の自主的判断によって考えて実施をするということでございますので、私どもとしては大学を信頼して対応していきたい、こう思っております。
○山原委員 意見がございますけれども、時間がまいりましたので、これでおきます。



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