107-衆-文教委員会-3号
1986年11月28日
石井郁子議員 質問部分 会議録


昭和六十一年十一月二十八日(金曜日)
    午前十時十二分開議
 出席委員
   委員長 愛知 和男君
   理事 北川 正恭君 理事 高村 正彦君
   理事 中村  靖君 理事 鳩山 邦夫君
   理事 町村 信孝君 理事 佐藤 徳雄君
   理事 池田 克也君 理事 林  保夫君
      青木 正久君    井出 正一君
      佐藤 敬夫君    斉藤斗志二君
      谷川 和穗君    渡海紀三朗君
      松田 岩夫君    渡辺 栄一君
      江田 五月君    沢藤礼次郎君
      中西 績介君    馬場  昇君
      有島 重武君    鍛治  清君
      石井 郁子君    山原健二郎君
      田川 誠一君
 出席国務大臣
        文 部 大 臣 塩川正十郎君
 出席政府委員
        臨時教育審議会事務局次長   齋藤 諦淳君
        文部大臣官房長 古村 澄一君
        文部大臣官房総務審議官    川村 恒明君
        文部省初等中等教育局長    西崎 清久君
        文部省教育助成局長      加戸 守行君
        文部省高等教育局長      阿部 充夫君
        文部省高等教育局私学部長   坂元 弘直君
        文部省社会教育局長      澤田 道也君
        文部省体育局長 國分 正明君
 委員外の出席者
        文教委員会調査室長      高木 高明君
    ─────────────
本日の会議に付した案件
 文教行政の基本施策に関する件
     ────◇─────

○愛知委員長 これより会議を開きます。
 文教行政の基本施策に関する件について調査を進めます。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。

    ─────────────

○愛知委員長 石井郁子君。

○石井(郁)委員 このたびの選挙で初めて国会に出てまいりました石井郁子でございます。文教委員として初質問させていただくことになりましたので、どうかよろしくお願い申し上げます。
 もうこの委員会でも論議されておるところでございますけれども、初めに大学入試改革の問題についてお伺いしたいと思います。
 六十五年実施ということで先ほど来御答弁ございましたけれども、もう一度確認したいのですけれども、六十五年の実施につきまして、文部省としての目算ですね、必ずできるということなのかどうか、それとも六十五年以降というようなことも含んでいるのか、その辺のことをまずお伺いしたいと思います。

○塩川国務大臣 六十五年実施でございまして、以降ではございません。

○石井(郁)委員 新テストの実施ということが自明のことのように言われているわけですけれども、テストの変更ですから、これは一体共通一次テストのどこをどう改善することになるのか、共通一次テストとどこがどう違うのかという点についてお伺いしたいと思います。

○阿部政府委員 現行の共通一次テストと言われておりますのは、国公立大学が全校が参加をいたしまして、そして一次試験に当たる部分を共通にこれを行うという形で、しかもその利用する形は、現在出されております五教科七科日、それは今後変更の予定になっておりますけれども、これについて各大学がそれを全部使うというような形で行われておるものでございますが、今度の新しく構想されております新しいテストは、一つは、これは国公立だけでなくて国公私の私学までも含めたものとして提供されるテストであるということと、それからもう一点は、その利用の仕方につきましては各大学が自主的に判断をして自由に使う、かつまた弾力的にこれを利用することができる、もちろん利用しない自由も私学その他についてあるわけでございますけれども、そういった意味で利用について自主的、弾力的に判断していただくというような、この二点が主に新しいテストと従来の共通一次テストの違いであろうかと思っております。

○石井(郁)委員 そういう違いはわかりましたけれども、受験競争の弊害ということは、これはもう日本の教育をゆがめるものとしてたびたびというか多くの方々が指摘されているところですけれども、今の内容で一体この受験競争の弊害が改善されるというふうに考えてよろしいでしょうか、大臣の見解を伺いたいと思います。

○阿部政府委員 現在、受験地獄と言われておりますものの中には、一番根本的に、日本の学歴社会あるいは有名校偏重と言われるような社会現象等が一番基本にあるわけでございますし、その他いろいろな要因が絡み合っておるわけでございますので、入試の方法だけですべてが解決をし問題がなくなるということではないと思っております。
 ただ、こういう入試を、新しい改革で考えておりますのは、子供たちの能力、適性等を多面的、多様な方法で判定をするというようなやり方で入試そのものの中身をよくしていこうという考え方で行っておるものでございますので、そういった意味での効果は十分期待できるものである、かように考えております。

○塩川国務大臣 これで入試地獄が解消されるかといったら、私はすぱっと解消されるとはちょっと申しにくいと思います。しかし、先ほども阿部局長が言っておりますように、受験生が多様な判定を自分で試みることができる、それだけに、自分自身を判断し進学に対しての一つの方向を受験生がつかんでいく、こういうことには非常に効果があるのではないか、そういう見方で私は期待をしております。

○石井(郁)委員 この点を立ち入りますといろいろ議論したいところなんですけれども、先へ進めさせていただきますが、入試の改革は共通一次テストの導入以来いろいろとございました。しかし受験競争の解消ということには向かっていないのではないか。その辺は後で申し上げますけれども、しかし、こういうときこそ入試改革の基本的視点、どのようにこの改革に取り組むのかということはやはり原則をはっきりしておきませんと、いろいろと難しくなるのではないかという点で幾つかお伺いしたいと思います。
 一つは、大学の入試改革というのは大学の自主的な改革に期待する、これを基本に据えなければならないと思うのですけれども、この点ではいかがでしょうか。

○阿部政府委員 大学の入試というのは、大学がみずから自主的に教育をする、教育を受ける者を選ぶという手続でございますので、まさに大学がみずから主体的に判断をし、その解決を図っていくべきということが基本になければならないと思います。そういう意味では各大学の御判断というのは十分尊重されるべきものであろうと思っております。

○石井(郁)委員 はい、わかりました。
 二つ目には、これは高校生が受験するわけですから、高校教育との関係が非常に重要でございまして、高校教育をゆがめてもいけないということがあると思いますが、その高校教育の発展に資するという観点で見ますと、その点ではいかがでしょうか。

○阿部政府委員 御指摘のように、現在の大学入試につきましては学力検査一辺倒であり、その中からかなりの難問、奇問等が出てきているというような問題がございまして、それがいろいろな意味で高校教育にも悪い影響を与えているというような状況があるわけでございますので、現在議論をされております改革の方向というのは、やはり高校教育というものを大事に考えて、その上に大学入試が乗っかってくるという形のものにしていこうという趣旨で検討が進められているものでございまして、今度の新しいテストの構想につきましても、これにつきましては高等学校長協会から、結構な方向なので高校側としてもぜひそういう方向でやってほしいというような御要望も出ているところでございます。

○石井(郁)委員 三つ目の問題としては、先ほども少し踏み込んでお話がありましたが、やはり入試の方法の改善だけでは受験地獄の解消ということにはならない、学校間の格差ですとか学歴社会そのものの是正ですとか、そういうことを伴わなければいけないということがあるかと思うのですけれども、その点も確認してよろしゅうございますか。

○阿部政府委員 御質問にもございましたように、現在の大学入試の問題の一番基本にございますのが、大学の受け入れ規模に対して受験生の数が多過ぎてサイズが合わないという話よりは、むしろ特定の学校、特定のいわば有名校と言われるものに学生の希望が集中してきているというあたりのところに大きな問題があるわけでございまして、そういった意味では社会一般のそういった有名校偏重の気風を直していただきたい。これは就職の問題等も絡んでくるわけでございますので、そういった意味で就職の問題等につきましても関係企業等にいろいろお願いをするというようなこともやっておりますし、先生が御指摘になりましたように各大学が、特定の大学だけがピラミッドの頂上にあってあとはずっとそれで序列で進んでいるというようなことでなくて、それぞれの大学がみんな特色を持って充実発展をしていくということがやはりこの解決のためには大事なことであろう、こう思っているわけでございまして、そういう意味で各大学の努力を促し、また私どももできる限りの応援をしているつもりでございます。

○石井(郁)委員 今、三つの原則というようなことについて確認をさせていただきましたけれども、そういう立場に立ってみた場合、今度の新テストの導入、実施につきましてはいかがでしょうか。
 少しこの経過を追ってみますと、まず六十年の六月に臨教審の第一次答申がありまして、七月にはすぐ入試改革協議会が発足をしております。そして十月に教育改革の関係閣僚会議がございまして、ここで六十四年に新テストを実施するということが決められたわけですね。そこで、こういう経過になって文部省としてもいろいろ対応してきたと思うのですけれども、私はこういうやり方に今回の延期に見られますように無理があったのではないかというふうに考えますけれども、いかがでしょうか。

○阿部政府委員 入試の改革ということは国民的な課題でもございます。社会一般の関心も大変強い重要な問題であるということもございますので、私どもといたしましては、臨時教育審議会の答申を受けまして、やはりできるだけ可能な限り早くこれを実施したいということで、関係機関とも御相談をする、あるいは協議会を開くというような形でいろいろ諸般の準備を進めてまいったわけでございますが、その後のいろいろな情勢、準備等の現状その他、本国の委員会の当初に大臣から御答弁がありましたような諸般の状況によって、これを延期した方が適当であろうというよう
な判断に立ち至ったわけでございます。
 それにいたしましても、事の性格上、できるだけ早く関係者の協力を得て実施していくということで、引き続き最大限の努力をしたいと思っておるところでございます。

○石井(郁)委員 今回の経過の中では、聞いたところでは、大学の意向の聴取というのは一切なかったという点も、国大協などが延期を非常に強く要望する理由の一つだったと思うんですね。ですから、先ほど来大学の自主的な改革を尊重するということを申されましたけれども、そういう経過が踏まれておらないということだと思うのです。そういう点で、一年延期ということを今文部省が決めたということ自体にもまた禍根を残すのではないか。果たしてこの一年で一体その原則を踏まえてどんな改革が望めるのかという点で、これは大臣の所感を伺いたいと思います。

○塩川国務大臣 そもそも、六十四年実施をするためにそれぞれの準備を進めてまいりました。これをなぜ一年延期するのかということでございますが、それについては国立大学協会の方から、先ほど冒頭に申しましたように、来年度から複数受験機会を与えるということをやる、あるいはまた共通一次テストの教科数を削減するとかいうような変更を今回行おうとしておるではないか、そしてまた引き続きテストが変わるのだということで、テンポが急になり過ぎておるということが、恐らく国大協の方から慎重に時期を選定してほしい、こういう要望になったと思うのです。ですから、国大協の方の言います慎重というのは、その中身とか何かの問題ではなくして、改革改革と引き続きやっていくといわばしんどいやないか、準備をするのにもう一年ぐらい余裕を上げたらどうだというのが私は本音の話だと思うのです。それから一方、高校の方から見まして、高校生にとって、現在の一年生の子供がもうすぐに共通テストの準備に入らなければなりませんが、これが六十四年実施か六十五年実施かということを言われておったらこれは判断が非常に難しい。だからできるだけ早く決めてほしい、決めるについては、今度の新しいテストの中身をもう少し十分に承知した上で高校としてもその方針を決めたい、こういうのが重なりまして、そこで六十四年実施というものを一年延期したらどうだということが出てきたわけでございまして、無理をして六十四年に実施しようとして、やろうと思ったらできるかもわかりません。わかりませんが、そういう慎重論があるところを強引に突っ込んでいったらこれはよくない、こう私は思います。そしてまた、一方で、私立学校の方の参加をしてもらうためにも十分な準備期間をかけた方がいいという判断をしたこと、入試改革協議会でそういう発言がございまして、協議会の結論に従うというのが我々の当初からの姿勢でございましたので、昨日協議会の結論を受けたことを承知して、今回一年延期を図ろう、こういうことになったわけです。

○石井(郁)委員 決めてもできない、こういうことがある。今回の事態でもありますので、一体六十五年に決めてできるのかという点では疑念が残るわけでして、こういうやり方が受験生や親やまた教育の現場に大変な混乱をもたらしているというふうに言わなければならないと思うわけです。
 今度の新テストの導入は入試センターの改組という重大な問題もはらんでおりますので、概算要求と関係いたしまして伺っておきたいと思います。概算に出ておるわけですけれども、大学入試センターの改組という点で法改正を行う予定がおありでしょうか。

○阿部政府委員 今度の実施時期一年延期ということを昨日協議会の結論が出たという段階でございますので、今後の取り運びの点、特に来年度概算要求で取り上げております幾つかの点等につきまして、どう取り扱うかということはこれから至急詰めて考えてまいりたいと思っております。
 しかしながら、基本的には、実施準備というのは、おくれたから全体をどっと延ばせばいいということではなくて、六十二年度に必要な事柄は着々と進めていくことは必要であろうと思っておりますが、具体に何をどうするかということにつきましてはもう少し時間をいただきまして検討したいと思っております。

○石井(郁)委員 もう一点、新テストの実施主体ですが、だれがどのように行うのかという点でこの体制がはっきりしないように思われますが、その点はいかがでございましょうか。

○阿部政府委員 これは参加いただく各大学と入試センターが共同して行うという性格のものであろうと思っております。

○石井(郁)委員 以上、新テストの問題で質問してまいりましたけれども、多くの問題点や疑間があるということがわかったと思います。共通一次学力試験を創設したときの経過の場合を見ますと、大変十分に時間をかけて論議をし、また国民の合意も得て進めてきたということが言えると思うのです。共通一次試験の発足を見ますと、この衆議院におきましても昭和五十二年三月二十三日から五十四年二月九日まで入試に関する小委員会が設けられており、二年がかりで検討されてきたというふうに伺っております。文教委員会としても御努力をされたと思うのです。そして参議院の附帯決議もございまして、「この入試制度の改善措置については、その実施結果を踏まえた見直しのため、適当な時期に国会に報告すること。」ということがあります。ところが、この七年間にわたりまして国会にただの一度も報告されておりません。そういう中で重大な変更が今行われようとしているという点で、本当に臨教審以後テンポが非常に急ピッチで進んでいると言わなければならないと思います。これは国会の場で徹底した議論をすべき時期に来ている。きょうの冒頭にもございましたけれども、これは再度確認したいと思うわけです。
 共通一次以後、大学が複数受験で今対応に追われている、そして矢継ぎ早に新テストということになって大学の対応ができないということがありますし、私は、受験問題ではやはり受験生自身に与える心痛ですね、このことについてもっと行政の側が考えなければいけない。いろいろなテストの方法の変更のために涙をのんでいる受験生がどれだけいたことかとも思うわけです。そういう点で先ほど来大臣も、慎重にということでございますけれども、重ねて慎重にお願いしたいと思うわけです。
 委員長、この際、臨教審、国大協、私大連、大学入試センター、高校長会など必要な人を参考人として招いて、本委員会で徹底した審議を行うことを要望したいと思います。よろしくお願いいたします。どうでしょうか、委員長。

○愛知委員長 理事会において協議をしていただきます。

○石井(郁)委員 次の問題に移ります。「新編日本史」の教科書問題について伺いたいと思います。
 この問題はいろいろと取り上げられておりまして、外交問題にまで発展した経緯がございますけれども、今国会におきましても、先ごろ予算委員会で我が党の寺前議員が質問いたしました。その関連で質問したいと思うわけです。
 まず憲法の基本原則ですが、この基本原則とは何を指しているでしょうか。

○西崎政府委員 御案内のとおり、憲法につきましては、国民主権の原理、そして基本的人権等もろもろの基本原則がございまして、それらについては教科書についても尊重すべきものであるというふうに考えております。

○石井(郁)委員 それから学習指導要領がございますが、高校の学習指導要領では憲法を教えるとき何を原則とするというふうになっているでしょうか。

○西崎政府委員 学習指導要領におきましては、中学校は歴史的分野があり地理的分野がございますし、高等学校につきましては御案内のとおり「現代社会」それから「政治・経済」「日本史」「世界史」こうあるわけでございます。
 したがいまして、高等学校について申し上げますならば、憲法の問題、憲法の内容、それらの基
本原則につきましてはやはり現代社会においての扱いというのがございまして、「現代社会」の教育目標の中には指導要領といたしまして「人間の尊重」云々ということもございますし、「現代の民主政治と国際社会」というところで「基本的人権の保障と法の支配」というふうに「現代社会」では示されているところでございます。
 それからまた、高等学校の「政治・経済」におきましては、「内容」といたしまして「基本的人権の保障」という項目を掲げておりますし、あと高等学校につきまして、特に「倫理」におきましても「人間尊重の精神」というところが指導要領で示されておるところでございます。

○石井(郁)委員 そのとおりだと思います。中学校の学習指導要領でも、憲法について、人間尊重、また「基本的人権を中心に深めさせる。」ということもあります。「国民主権と平和主義が基本的原則とされている」ということがあると思います。今局長の答弁でも、基本的人権ということをしばしば強調されましたけれども。
 ところで、今回出されました「新編日本史」の教科書を見ますと、二百三十五ページに憲法について書かれておりますが、ここを見ますとこう書いてあります。「この憲法は、象徴天皇・主権在民・平和主義・戦争放棄などの特色をもっている。」というふうになっております。どうでしようか。それから、それ以降「国会が、」云々というのがあるのですけれども、「基本的人権」というのが出てきておりません。
 それで、今局長の御答弁のように、「基本的人権」は日本国憲法の特徴であるということですけれども、これが抜けている点では、文部省もこのことを承知で検定でお認めになったんでしょうか。

○西崎政府委員 御指摘の「新編日本史」につきましては、今お話しのとおり「象徴天皇・主権在民・平和主義・戦争放棄など」という表現になっておりまして、その理解としては、「など」というところに「基本的人権」その他の諸原則が入っておるという意味での記述がなされておるところでございます。
 先ほど憲法自体の諸原則についての指導要領の記述で申し上げましたように、やはり高等学校段階では「現代社会」「政治・経済」「倫理」等で明確に憲法にかかわる諸原則について記述をし、生徒にその内容を教えるというのが立て方でございまして、歴史教科書につきまして憲法の内容についてどのように書くかということにつきましては、若干異同があるわけでございます。ただ、全体として、歴史教科書の記述といたしましては、諸原則についての一項目として「基本的人権」が挙がっておるのが通常の姿でございます。したがいまして、この点「新編日本史」について「基本的人権」という文言がないことについては一応私どもは許容して検定を終えておるわけでございますが、先般著作者側から、もろもろの正誤の問題についての申請が出ておる中に、この点については表現として「基本的人権」の表現をつけ加えたいというふうな申し出が出てきております。その点で私どもは、これから正誤全体の私どもの対応をいたすわけでございますが、その中で検討してまいりたいと考えております。

○石井(郁)委員 ところが、この記述をめぐりまして大変不可解なことがあるわけです。ここに内閲本もあるのですけれども、この内閲本にはこう書いてあります。「日本国憲法の特色は、象徴天皇、主権在民、基本的人権の尊重、戦争放棄などである。」と、「基本的人権」が入ってございます。そうしますと、この内閲本から見本本へ、一体ここでこの「基本的人権」を削ったのは文部省の検定意見でしょうか。

○西崎政府委員 教科書検定のプロセスを詳細に申し上げるということは、従来の例からまいりますと私どもの立場としてはいかがかと思うわけでございますが、この点に限って申し上げますと、原稿本として出てきました段階におきましては、「基本的人権」という言葉はあったようでございます。ただ、その部分に関して前後、全体の文章の何と申しますか、審査と申しますか検定の段階で、著作者側と調査官との話の中でいろいろな部分の記述の変更についてのやりとりがあったようでございます。結果といたしまして、内閲本の段階で著作者側から出てきた内容の結果においては「基本的人権」という文言が落ちておったというふうな結果で、文部省としてはそれを許容して内閲本審査が終わっておる、そんなふうな経緯でございまして、今先生からお話ございました内閲本ということではなくて、原稿本の段階で「基本的人権」という表現はあった、このような経緯のようでございます。

○石井(郁)委員 でも、内閲本にあるんですよ。

○西崎政府委員 正確なところを今確認したわけでございますが、原稿本の段階では「基本的人権」という表現はあった。そして、ずっとプロセスがございまして、内閲本の最終段階ではその表現はない。それが見本本、最終検定の結果というととになって、そして終わったところ、現段階で著作者側から、「基本的人権」という表現を正誤として追加したいという申し出が出ておるというのが正確なプロセスのようでございます。

○石井(郁)委員 原稿本から内閲本の過程も、教科書調査官の検定がございますね。その場合、先ほどやりとりがあったという話ですが、この中で確認いたしますが、文部省側の検定意見なのでしょうか、それとも著作者側が勝手にといいますかおろされたのでしょうか。

○西崎政府委員 文部省の教科書調査官の方から、「基本的人権」という表現を落としてほしいというふうなお話をした経緯は全くございません。

○石井(郁)委員 そうしますと、検定が終わった段階というか過程でもあるのですが、著作者側が削ったというふうに確認してよろしいですか。

○西崎政府委員 この部分の全体の前後の文章が原稿本と内閲本のプロセスでいろいろ書き改められておるというプロセスで、恐らく著作者側が表現全体の中で落とされたのではないかというふうに思うわけでございます。そういう経緯からして、著作者側も、現時点において「基本的人権」という表現を正誤で入れたいというお申し出があるというふうに私どもは理解をしておるわけでございます。

○石井(郁)委員 しかしこれは、検定がそれじゃ一体何のために存在したのかという問題でもあるわけでして、検定と全く関係なくこういう書きかえということが自由に行われているということは大変な問題だと思うのですね。文部省はその点でどういうお考えでしょうか。

○西崎政府委員 教科書検定におきましては、いろいろな表現技術につきまして、検定審の協議に基づいて検定の修正意見、改善意見を出すわけでございます。したがいまして、今の部分につきましては意見を申しておらないということは先ほど申し上げたとおりでございますが、そのページに当たる部分についていろいろな意見を申し上げた経緯はあると思います。そういう意見に基づいて著作者側で書き直された結果として、たまたまその部分が表現として落ちておったというふうに私どもは理解しておるわけでございまして、その点については、先ほど申し上げましたように、厳密に申しますれば「政治・経済」あるいは「倫理」とか「現代社会」ではないというふうなところで、その表現がない文章について許容して検定を終えておるという経緯でございまして、正誤申請が現時点において出ておる現状でございますので、その点については全体の正誤の問題として検討し対応をしたい、現在このような考えでおるわけでございます。

○石井(郁)委員 この教科書は、もう指摘されているとおりなんですが、非常に間違いが多いということはずっと指摘されております。文部省にお聞きしますけれども、検定に当たりまして修正意見、それから改善意見は何件つけたんでしょうか。

○西崎政府委員 この本が文部省に検定申請が提出されましたのが六十年の八月二十九日でございまして、六十一年の一月三十一日に教科用図書検
定調査審議会の第二部会が開催され、いろいろ検討が行われまして、結果として修正意見が二百四十一、改善意見が四百七十八、計七百十九という意見が付されておるわけでございます。

○石井(郁)委員 大変な数だと思うのですね。教科書問題では家永教科書という教科書裁判がございますが、家永教科書に対しましては三百二十三件の、検定意見で正確性に欠けるということで不合格の理由にもされましたが、これについては、さらに十一月に入りまして、見本本の段階でも訂正が行われるという申請が出ているということです。先ほどの「基本的人権」もその中に含まれるということのようですが、この十一月十四日の朝日新聞によりますと、百カ所を超す訂正の申し立てが著作者側からあるということですけれども、それは確認してよろしゅうございますか。

○西崎政府委員 教科書の検定結果後の正誤訂正につきましては、いろいろな教科書の種類によりまして、例えば地理の教科書などにおきましては統計の数字とか地名の問題とか、教科書検定のプロセスにおいても、あるいは著作者側の配慮にもかかわらずいろいろ正誤を必要とするものが多々ある経緯がございます。これは人間のやることでございまして絶無にすることはなかなか難しいわけでございます。したがいまして、正誤につきまして過去の例におきましても二百数十カ所出てきておるような例もあるわけでございますが、本件の「新編日本史」の教科書につきまして去る十一月十二日に原書房から正誤訂正で出てきておりますのは、百三十一ヵ所ということになっておるわけでございます。

○石井(郁)委員 今のお話のように、普通検定後の訂正というのはごく記述的なことに限ってというふうに了解しているんです。こういう内容に立ち入ってまでの訂正という例は過去にないと思うのですけれども、その辺いかがでしょうか。

○西崎政府委員 正誤と申しますと、言葉の意味からいたしましても、例えば客観的な情勢の変化で数字が変わっておるとか、あるいは記述において錯誤に基づいてその訂正が必要であるというふうな問題が、やはり正誤の問題としては扱いの一つの筋であろうというふうに思うわけでございます。しかし、著作者側において本来載せるべきところでこれはぜひ載せてほしいというものを正誤という形でお出しになってきた場合に、それが理由があり、それも適切であるということが判断としてあれば、それはそれとして正誤の中で処理することも、よりよい適切な教科書をつくる上からいきましては、運用としてそれは許されることであるというふうに私どもは考えておる次第でございます。

○石井(郁)委員 私は大変なことだと思うのですね。つまり見本本で現場は採択しているんですよ。採択するときには内容を見て採択するわけですね。その内容にその後変更があるということはどういうことですか。現場は一体何を見て採択したらいいんですか。採択してから内容に重大な変更が加えられる、あるいはあるものが削られたり追加されたり、そうしたらこれは採択制度そのものだっていわばごまかしているというか、そういうことになるんじゃないでしょうか。
 私は、今回の検定のやり方、検定自身の問題もそうですし、この教科書が通ったということ自体が異常な経過だと言わなければならないと思うのです。こういう教科書が現場に流され、そして子供たちの手に渡るという点については本当に重大なことだと考えるわけですが、ちょっと大臣の見解を伺いたいと思います。

○塩川国務大臣 文部省は検定制度をとっておりまして、それには調査官に相当多数の専門の方を入れておりまして、そこで検定をしておるわけでございます。この今議論になっておりますのも、そういう経緯を経て手続的には異存はなかったと私は思うのですけれども、ただおっしゃるように、途中で修正をしたその経緯というものが従来とちょっと違うじゃないかというところが問題なんではないか。こんなことは私はもうたび重ねてやってはいかぬと思いますし、それについては、手続はいかがであれ、今後そういう一応内閲で合格したものをさらにいろいろと改正していくというふうなこと、いたずらな疑惑を招くようなことをしてはいかぬ、こう思っております。

○石井(郁)委員 私は当然こういう教科書は合格にすべきではなかったと思うのですけれども、この件でちょっと文部省の見解を伺っておきたいと思います。

○西崎政府委員 文部省側における教科書検定の立場は、先生も御案内のとおりさまざまな教科書が民間の著作者の創意と工夫によって行われて、学校教育が活性化するということが、一つの適切な姿として、私どもはそういう立場をとっておるわけでございます。そういう意味におきまして、いろいろな新しい教科書が著作者の創意と工夫によってつくられていく、それに私どもは客観、公正そして教育的配慮という立場で検定をし、そして義務教育なり高等学校教育にそれが適正に使われるようにというふうな立場での検定を行うわけでございますから、そういう意味で、この「新編日本史」には限りませんが、いろいろな教科書が出てくる、それにできるだけ私どもは検定をしていい教科書として世の中で流布されるように努力をする、そういうことが一つの務めだと思っておるわけでございます。その立場の一環としても、今回の「新編日本史」教科書についてはできるだけの努力をして、そして結果として検定を終えて、それがまた使用されるということは適切なことであると考えております。

○石井(郁)委員 大変重大な発言だと思うのですね、これは適切な検定を経たものだというふうにおっしゃったわけですから。これは随分もう外交問題にもなっており、それから、本国会でも決算委員会でいろいろこれは特別な例だというふうに御答弁なさっていることもあると思うのですけれども、今までの公の見解ときょうの御答弁は随分違うと思うのですけれども……。

○西崎政府委員 私が申しあげておりますのは、先ほど大臣からもお話がございましたように、今回の「新編日本史」教科書の検定の手続においては確かに従来の通常の手続とは異なる手続であった、そういう点においては今後そのような異なる手続が行われないように、私どもとしては通常の手続で行われるように努力をしたいということを決算委員会でも申し上げましたし、その点については本国でも変わりはございません。手続においては特別な措置であったということは私どもも十分自覚をしておるわけでございます。
 しかし、結果として行われた検定に基づく「新編日本史」教科書というものが、検定の結果としてさまざまな教科書の一つとして使われるということについては、それはそれとして、教科書はさまざまなものが高等学校教育においても使われることは、立場としても結構ではないかということを今申し上げたわけでございます。

○石井(郁)委員 これはさまざまな教科書の一つということでは済まされない、やはり手続の上でも内容の上でも非常に重大な問題をはらんでいるということはずっと申し上げてきたとおりだと思うのです。
 最後にこの教科書の内容について、この教科書はあらゆる角度で問題が大変あるのですけれども、もう一点だけお伺いしたいことがございます。
 見本本の二百二十八ページの記述ですけれども、太平洋戦争に関する記述のところでこういうふうに書いてあるわけです。「日本は十二月八日、アメリカとイギリスに宣戦を布告し、海軍航空隊の攻撃によりハワイ真珠湾のアメリカ太平洋艦隊、マレー沖のイギリス東洋艦隊に壊滅的打撃をあたえ、陸軍部隊はマレー半島に上陸した。」という記述がございますけれども、これは正確だというふうに文部省は御判断されますか。

○西崎政府委員 恐らく先生御指摘の点は、「十二月八日、アメリカとイギリスに宣戦を布告し、」というのが、「布告し」が先でそしてハワイ真珠湾のアメリカ太平洋艦隊、マレー沖に壊滅的打撃を与えたのが後であるという記述は、順序から言えば逆ではないかという御指摘であろうかと思います。
 歴史的な事実といたしましては、私どもの承知しておる範囲では、大使が通告したのは十二月八日の四時五十分であり、マレー、真珠湾太平洋艦隊の空襲等は三時十九分であるということは私どもも承知をし、検定をしておるわけでございますが、ここでごらんいただきますと、この文章は一息でつながっておるわけでございまして、そこまで厳密な意味での順序について時間的なことをここに表現をして書くことについて、必ずしも教科書では要求をされていないというふうなところで、表現としてはこのままの許容をしておるというのが経緯でございます。

○石井(郁)委員 これまで検定済みの日本史の教科書、今までの分はこういう点ではどういう記述になっているのでしょうか。

○西崎政府委員 他の教科書の例といたしましては山川出版社の教科書の例があるわけでございますが、その表現といたしましては、「十二月八日、日本はハワイの真珠湾を奇襲攻撃するとともに、アメリカ・イギリスに宣戦を布告し、」この表現は、「ともに、……布告し、」ということで、同時点で押えておるというふうな表現になっております。したがいまして、この点につきましては山川では同時的な表現になっておりますが、もちろんこの著作者の方もそれが前後しておるということは承知しておられると思いますし、「新編日本史」を著作された方もその点は承知をしておられると思いますけれども、教科書の記述としてどこまで厳密にその前後関係を表記するかについては、必ずしもそこまでを要求しないという御判断でこれをお書きになっており、私どももそれはそれとして許容しておるという経緯でございます。

○石井(郁)委員 私は二つの点で重大な問題があると思っておるのですが、宣戦を布告したのかどうか、これは今までの教科書はどれを見ましても「奇襲攻撃」という叙述になっておるわけですから、そういう問題が一つ。それから、時日の経過が逆ではないかという問題は言われていることですが、私が調べてみましたら、イギリス東洋艦隊に壊滅的打撃を与えたのは十二月十日ということになっております。だから、このパラグラフでは違うわけですね。それから、マレー半島の上陸も十二月八日午前二時ということになっておりますし、三時にハワイ真珠湾攻撃という時間の経過もありますし、そういう点でも正確ではないと言わなければならないと思います。
 アメリカの教科書も参考までに見ましたら、十分は書いてありませんが、ハワイ真珠湾攻撃というのは「卑劣な一撃」、これは翻訳もあると思うのですけれども、そういうことになっておりますから、そういう点がいわばこれまでの理解でありまして、そういう理解を超えた叙述になっておるという点でもこれは到底認めることはできないと思うわけです。
 私は歴史の教育の議論をする時間的余裕はもうありませんけれども、やはり歴史の事実をゆがめることはしてはいけないと思いますし、子供たちに正確な事実を伝えるということは歴史教育の中の最も大事なことだと思うのです。そういう点が何か巧妙にゆがめられている部分がこの「新編日本史」には幾つもあるわけですね。そういう点でも合格に値しないと言えると思うわけです。
 それから、大臣にお伺いしますけれども、臨教審でも「国際社会に通用する日本人の育成」と、非常に「国際化」ということを強調されているわけですね。あるいは「国際国家日本」ということも言われておりますけれども、私は、こういう歴史教育でこれからの子供たちが本当に国際的に通用するのだろうかという点でもむしろ孤立する青少年をつくることになるのではないかというふうにも言わなければならないと思うのですが、大臣の見解をお伺いしたいと思います。

○塩川国務大臣 教科書の作成は公正、中立、客観的、そして教育的効果ということを主眼にして教科書の検定をいたしております。そういう意味におきまして、今後ともその観点をしっかりとわきまえて、そして、国際的に通じるということでございますが、国際的に通じるということは、これは表現は簡単でもなかなか難しいと私は思うのです。要するに私は、国際的にと理解しておりますのは、相手方の理解に通じるもの、こういうことだ、そしてまた相手方を十分理解することが国際的だと思うておりまして、そういう観点に留意しながら今後の検定に当たるように十分に当局と話し合いをしておきます。

○石井(郁)委員 「新編日本史」の問題は以上で終わりにいたしまして、教科書に関係してもう一点お伺いしたいと思います。
 今国会中に、中曽根総理の発言に端を発しまして、アイヌ民族の問題が取り上げられておりますけれども、これについてお伺いしたいと思います。
 総理が単一民族国家発言をされまして、それが各委員会でも取り上げられているかと思いますが、まずこの発言について大臣の所感をお尋ねいたします。

○西崎政府委員 総理の御発言については私どももちょっとコメントは差し控えますが、先生御指摘のアイヌ民族の文部省における教科書なら教科書での扱いといたしましては、やはりアイヌ民族が日本の国土において長い歴史の中で存在しておられること、その子孫の方々が現存しておられることは事実でございますので、教科書の記述においても、これは著作者の方の考え方でございますが、アイヌ民族の存在なりその立場について記述をされることについては私どもはそれはそれとして許容して、その表現については検定のプロセスでも留意しながら教科書の内容を確定していっておるというのが事実でございます。

○石井(郁)委員 大臣にお伺いしたわけでして、単一民族国家という発言について大臣はどすお考えでございますか。

○塩川国務大臣 総理の見解は御存じでございますね、総理がおっしゃったことは。それでは私の見解はどうかということでございますが、日本列島にはいろいろな民族があったということは、それは歴史的にいろいろ言われておりますので、私はその真実を確かめたことはございませんが、それはそれなりに学説として聞くべきだと私は思うのです。しかし、それらは、もう長い年月がたちまして、今日では一種のルーツはそうであったということになっておると思うのでございまして、今日私は、民族という言葉を文化的な問題であり、同一文化の中に居住する人間の集団であると私なりに解釈しておりまして、そういう点からいうならば、今同じ文化的な生活をしておる者、こういうことでは日本列島は現在一つの民族という解釈も成り立たないこともない。しかしそのルーツがあって、そのルーツを一つの伝統として、習慣として尊重しておられる、こういう方に対してはそれは尊重すべきだ、こういうことを私は思うておって、総理の見解とどういうふうになるのか、余り難しいことは私も考えておりませんが、私はそのように考えております。

○石井(郁)委員 それではアイヌ民族の存在はお認めになりますか。今の発言は認めているというふうに伺ったわけですけれども、確かめたいと思います。

○塩川国務大臣 私は、アイヌの方々がずっと以前にそういうルーツがあった、現在もそれを尊重して伝統と文化を守っておられるということは認めていこう、これは当然でございます。

○石井(郁)委員 単一民族国家発言といいますのは、これはいろいろなことがあると思いますけれども、アイヌ民族にとりましてはやはり少数民族の存在を認めるかどうかという点で重大な内容を持っているわけですね。そういう点で、中曽根総理が黒人やプエルトリコ人に対する差別的発言をいたしましてアメリカに陳謝したことがありますが、やはり同じような意味で国内の少数民族を差別する発言だ。単一民族ということはそれを認めないことですから、そういう点ではこれは重大な内容と考えなければならないと思うわけです。
 今国会では、その点で、人権規約に対する国連
報告書、その見直しなんかも検討されるということでもありますので、私は教科書の記述の問題もこの際ぜひ考えていただきたいと思うわけです。その点で、教科書の記述の問題は先ほど既に御答弁に入っておりますけれども、具体的にどうなっているのでしょうか。

○西崎政府委員 教科書の記述については、いろいろな教科書の記述があるわけでございますが、例えばということで申し上げますと、「日本のようにほぼ一つの民族から成る国」とか、「国民の大部分が一つの民族から成っている西ドイツや日本のような国」というふうな表現が多うございます。ただ、一つの教科書で「単族国」という言葉が使われておるものがあるわけでございまして、この点はアイヌの代表の方々が御指摘の点でございます。
 なぜその「単族国」という言葉が教科書で認められているかと申しますと、これはいろいろな辞典にも載っております。「単族国」という言葉の定義でございますけれども、「国民が主に一つの民族から構成されている国家」を言う。例えば日本とかイギリス等であるけれども、実際には「日本におけるアイヌ人のごとく少数の異民族を含む場合が少なくない」というふうな定義の規定があるわけでございまして、「単族国」という言葉も純粋に同一民族だけという定義ではなくて、そういう純粋の同一民族というのはもう世界で、世の中にあり得ないのだという前提のもとに「単族国」という言葉が使われておるという経緯があり、「単族国」という言葉が使われている教科書も一冊許容しておるわけでございます。しかし、この点については、やはり言葉から受ける語感としても、配慮としてはもう少し考えた方がいいのではないかという点も我々考えるわけでございますので、他の教科書の通常の例のような形に、ある時期、改訂の時期等があれば、著作者側との協議で考えてまいりたいという考え方を現在とっておる次第でございます。

○石井(郁)委員 大変前向きに検討されるという御発言をいただきましてありがとうございます。このアイヌの問題については教科書に記述されること自身がごく新しいことでありまして、今までは記述されないということでそういう差別があったということですし、その記述の内容も必ずしも今正確にはなっていない。「アイヌ系住民」ですとかという形で、民族としての規定を必ずしもしていないという問題があります。
 それから、過去には旧土人法の記述をめぐりまして、これで不合格にされる、そういう例もまたありましたので、今御答弁のように、ぜひとも正確にアイヌ民族の権利と人権を守るという立場で教科書にも反映させていただきたいということを要望したいと思います。

○西崎政府委員 先生の御趣旨は私どもよくわかりますので、検討いたしたいと思います。
 なお、先ほど申し上げましたのをちょっと補足させていただきますが、現在「単族国」という言葉が使われておる教科書は第一学習社から出ております「新編 地理」という教科書でございます。ここでは、「単族国はまとまりがよく、同胞としての意識に富むとされる。」あるいは「単族国の代表的な国で、」云々という表現があるわけでございまして、裸で単族国という言葉が使われております。したがって、先ほど申し上げましたようにこれは著作者側との話し合いでございますが、「単族国」という言葉を使う場合には、その「単族国」という言葉は若干の少数民族等も含めた意味での「単族国」という言葉だとか、説明の問題を工夫してもらわなければならないという意味でございまして、「単族国」とか「複族国」「単一民族国家」「複数民族国家」といういわゆる熟語がございますので、それ自体の問題よりは、その点について理解が行き届くような表現なり説明ということを踏まえた記述についての問題として、著作者側といろいろ協議をし相談をしてまいりたい、こういうふうに考えております。

○石井(郁)委員 この問題で、最後に大臣の見解を伺いたいと思います。

○塩川国務大臣 先ほど西崎局長が答えましたのとほぼ同様のことで私も感じております。

○石井(郁)委員 次に、初任者研修制度の問題について伺います。
 臨教審の第二次答申で初任者研修制度ということがうたわれておりまして、その中で、この制度の導入に伴って条件つきの採用六カ月を一年にするということを含めて具体的な提言があるわけです。文部省は来年度から試行したいということで概算にも計上しておりまして、今この点であちこちで論議が行われつつあるところですけれども、幾つかの問題点について質問をいたしたいと思います。
 初めに教員の試補制度ということにつきまして、文部省内の審議会でもそういう構想についていろいろと提案をされたり論議をされてきたと思うのですけれども、戦前戦後を通じて今なお実施を見ていない。まずこの理由はどういうところにあるのか、具体的にお答えいただきたいと思います。

○加戸政府委員 試補制度あるいは試補という言葉の正確な定義づけはないわけでございますけれども、一般的に使われている用語でございます。先生今御質問なさいました関連で申し上げますと、例えば昭和四十六年の中央教育審議会の答申の中で、「特別な身分において一年程度の期間、任命権者の計画のもとに実地修練を行なわせ、その成績によって教諭に採用する」という内容の答申がございます。これに類した事柄が教育職員養成審議会その他の方の建議等にもあらわれておりまして、これらの考え方、つまり一定の身分で一年間つないでおいて、一年たったら正規の教員に採用する制度を試補という考え方で言われておるわけでございます。
 こういった考え方につきましては、地方公務員制度の上におきまして特別な身分としての公務員の位置づけが必要になってくるわけでございまして、一般の他の公務員との関係上、身分の取り扱いがどうかという問題が一つございます。それから、実態的に申し上げれば一年間不安定な身分の状態が継続するわけでございますので、場合によっては教員志望者の意欲を低下させるというような点も懸念されるわけでございまして、そういった法律上の制度的な位置づけの問題並びに実態的な取り扱いとの関係において、試補制度を採用することは見送られてきたという状況にあると理解いたしております。

○石井(郁)委員 身分上大変不安定だというのが試補制度の大きな特徴かと思うのです。そういう点で文部省は、試補制度が教員養成上望ましいと考えておられるかおられないかということを重ねてお伺いしたいと思います。

○加戸政府委員 試補制度の是非につきましては、御承知のように長い間いろいろな御議論があるわけでございますし、各種審議会におきます答申あるいは建議でも提言されたことがあるわけでございまして、この取り扱いについては先ほど申し上げた問題点はございますけれども、文部省としては、試補制度が絶対にだめ、あるいは試補制度が絶対にいいというような対応をしたことはございませんで、そういった御意見を踏まえて慎重に検討しながら今日まで来たという状況であろうと思います。したがいまして、全面的否定あるいは全面的肯定ということではなくて、いろいろな提言の中身にも、貴重な聞くべき意見もございますと同時に、問題点も伴っているというような理解をしてきたということでございます。

○石井(郁)委員 今回、臨教審が導入しようとしている初任者研修制度は、一体試補制度とどのようにかかわるのかということでお尋ねしたいのですけれども、同じような性格のものなんですか。それとも異なっているという点がおありですか。

○加戸政府委員 本年四月の臨教審答申で提言をいただいております初任者研修制度の創設と関連いたします条件つき採用期間の一年への延長という御提言は、従来のいわゆる試補制度の考え方とは異なっておりまして、教員がまさに教員としての身分を持ち、授業を担任しながら、一年間にわ
たる研修を受けるということでございますので、いわゆる試補制度とは全く別の性格のものと理解いたしております。

○石井(郁)委員 文部省が構想しているこの初任者研修制度は、諸外国を例にとると、どこか例がございますでしょうか。

○加戸政府委員 諸外国の例といたしますれば、例えば西ドイツの州におきましては、教員志望者に一年間にわたる研修を行いまして、その後、その中から採用されるという制度がございます。これはどちらかと申しますと試補あるいはそれ以前のような制度でございます。それから、今回の一年間授業を担任しながら、かつ、正規の身分のままで研修を受けるというような制度にぴったり合うようなものとしては、それに類したものはございましょうけれども、まさにこれにぴったり合うような制度としては私どもは承知をしていないわけでございます。

○石井(郁)委員 それでは条件つき採用のことで伺いたいのですけれども、六カ月から一年にするという点でございます。これは公務員法全体にかかわる問題と思いますが、この臨教審答申どおり一年に延長するお考えかどうかということをまず伺いたいと思います。

○加戸政府委員 現在概算要求をいたしておりますのは初任者研修の試行ということでございますので、私どもとしましては、六十二年度三十県市、将来の予定といたしましては、六十二年度においては五十七都道府県、指定都市において試行をしていただきたいという考え方でございますけれども、本格的な実施の問題につきましては、現在教育職員養成審議会に、望ましい研修方法あるいは望ましい研修プログラムの内容等についての御審議をいただいているわけでございますので、それを受けまして本格実施の段階を迎えるわけでございます。その際におきましては、臨教審の答申でも提言を受けております条件つき採用期間の一年への延長ということがございますので、そういった方向での対応を当然考えるわけでございますが、今申し上げました答申を受けてから文部省としての方針を固めるということになろうと思います。いずれにいたしましても答申がございますので、その方向で対応したいという現段階の気持ちでございます。

○石井(郁)委員 それでは、その対応がどの程度煮詰まっているかにもよると思うのですけれども、今現在で検討がどの程度進んでいるのかについて、例えば六カ月を一年に延長する場合、今の六カ月の単純な一年延長と考えていいのかどうか。それから、それではその場合に、公務員法がございますから、法改正なども含めて考えておられるのかどうか、その点をお伺いしたいと思います。

○加戸政府委員 試行が行われます間におきましてこれからの本格的実施への準備をしてまいるわけでございますが、先ほど申し上げましたように、研修プログラムの内容あるいは研修方法等の煮詰まり方との関連もございますけれども、制度的な意味合いにおきましては二つございまして、一つは、現行法のもとにおきましても、六カ月を一年以内に限って、国の場合でございますと人事院、地方公共団体でございますと人事委員会の規則によりまして、延長することが可能な制度がございます。したがって、現行法のもとで行う場合もございましょうし、教育公務員につきまして一年間ということを、例えば教育公務員特例法におきまして特例を設けるというようなやり方もあろうと思います。そういった法律的な取り扱いの問題はまだ未定でございますけれども、今後慎重に検討さしていただきたいと思っております。

○石井(郁)委員 それでは、私ども非常に何かつかみにくい点があるのですけれども、研修を一年間するということが必要なのか、それとも条件つき採用を一年延ばすということが必要なのか、どちらが主といいますか、この一年の延長という意味がもう一つ不明確なわけですね。研修を一年することが必要だとするだけならば、条件つきを何も一年延ばす必要はないわけですね。現行のままでいいわけです。六カ月条件つき採用で、それで一年間研修必要ですということもあり得るわけですね。そういう点で、条件つき採用を延長するということと研修を重ねてきているというところがもう一つわかりにくい。ですから、現行のままで一年研修をするのと、条件つきを一年延ばすということとは一体どういう違いがございますでしょうか。

○加戸政府委員 臨教審の答申におきましては、初任者研修を一年間実施をすることの関連におきまして、条件つき採用期間の一年への延長の提言があるわけでございますので、私どもの理解といたしますれば、従来の勤務形態と異なりまして、一年間授業を担当しながら研修を受ける、申し上げればあるいは特殊な勤務形態になるわけでございますので、そういった特殊な勤務形態が一年間続くということによります本人の教職の適格性判定、職務遂行能力の判定につきましては、一年間をかけた方がよろしいのではないかという御提言の趣旨と受けとめております。
 と同時に、そのことが主体的な意味合いであろうかと思いますけれども、やはり教員の適格性を判定する場合に、六カ月という期間で一般公務員と同様に判定するのがいいのか、もう少し時間をかけて十分に教員の職務遂行能力を見た方がいいのかという別の視点からの御意見あるいは考え方もあり得るところでございますので、今申し上げましたように、大きな要素としては、初任者研修は一年間行われるということとの関係において、条件つき採用期間の一年延長が動機としては大きなものであろうと考えております。

○石井(郁)委員 この問題、大変重要な中身がございまして、結局初任者研修制度は新任教員の適格性を判断するために必要なのか、それとも新任の教師としていろいろ必要なことについての本当に研修の機会を与えていく、研修を保障するといチことで必要なのか、その問題が非常にまだ混同されているといいますか、あると思うのです。
 ちょっとそれはおきまして、時間がありませんので来年度の概算にかかわりまして、最後にというかこの項でお尋ねしたいのですけれども、試行の中では、三十県市で、そして指導教員ですね、指導教員の配置ということの予算措置がございます。類型一、類型二、類型三というふうにあるのですけれども、この指導教員の身分はどうなるのか、それから指導教員というのは一体どういう人が指導教員になるのかという点をお尋ねしたいと思います。

○加戸政府委員 六十二年度概算要求を行っております考え方の、いわゆる予算の積算上の考え方でございますけれども、学校によりまして、教員が一人配置校の場合につきましては非常勤講師、それから二人ないしは三人配置校につきましては正規の教員をもって措置を講ずることといたしております。
 これはいわゆる予算措置の関係でございまして、現実にその指導する教官のいわゆる穴埋め要員としての予算要求でございますので、現実に初任者研修を指導していただく方々の場合に、正規の教員が教員たる身分において新採用初任者教員を指導する場合もございますし、あるいは非常勤講師が指導に当たられる場合もあり得ますし、それは各都道府県あるいは指定都市におきます地域の事情あるいは学校現場の実態、あるいは適格性を持ったいわゆる指導教官が得られるかどうか、そういった相互関係におきまして配置されるものと思っております。

○石井(郁)委員 そういう配置が決められているわけですけれども、その指導教員というわけですから、何か手当は特別につけられるのかどうかとか、それから、だれがその新任の指導に当たるかということは各学校が自主的に判断されるというふうに考えてよろしいでしょうか。

○加戸政府委員 現在考えております初任者研修の試行の実施主体は都道府県あるいは指定都市の教育委員会、いわゆる任命権者でございまして、その立てられました計画に基づいて行われるわけでございます。しかし、具体的には、その指導教
官として新任教員を指導すべき立場に立つ方につきましての、職務上その研修指導義務といいますか指導を行うように命じますのは、服務監督権者でございます。例えば小中学校でございますれば市町村教育委員会ということになろうかと思います。都道府県、県立学校職員の場合は都道府県教育委員会でございますけれども、これは任命権者とイコールでございますが、そういう考え方で現在都道府県あるいは指定都市の教育委員会と協議をしている段階でございます。

○石井(郁)委員 そうすると、都道府県の教育委員会がこういう人を指導教員としてほしいというふうに、上から任命されるということも考えておられるということでしょうか。

○加戸政府委員 いわゆる小中学校のケースだと思いますけれども、基本的には服務監督権者である市町村教育委員会が職務命令を出すという形になろうかと思います。その場合に、都道府県教育委員会が一般的な指示あるいは指導助言を行うわけでございますので、いわゆる個別的な人の名指しでこれでというような形になるということは一般的には考えられないことでございまして、市町村教育委員会の行います指導教官の発令の仕方あるいは命令の仕方につきましては、一般的な指導助言を都道府県教育委員会が行うことになろうかと思います。

○石井(郁)委員 もう一つ、この指導教員の身分というのがはっきりしないのですけれども、校内でどういう人が指導教員になるのかという問題なんです。都道府県の方から任命される形なのか、校内でいろいろと自主的に決まるのかという問題なんですけれども、まあそれはちょっとおくことにいたしまして、三十県市ですね。この三十県市の決め方というのは、これから概算で煮詰まっていくわけですけれども、文部省の方が委嘱をする形になるんでしょうか、それとも都道府県の方が名のりを上げるといいますか、やりたいというふうに申し出を待って、その調整で決まるのでしょうか。この三十県市というのは、これは二十になるかどうかは確定した数ではないと思いますけれども、いずれにしてもどこかが選ばれる場合、その選ばれる選び方の問題についてお伺いしたいと思います。

○加戸政府委員 具体的には、私ども、年末の予算編成におきましていわゆる予算案が確定しました段階で準備にかかりたいと考えておるわけでございます。その場合には、現在五十七都道府県、指定都市があります中に、御希望のございます都道府県あるいは指定都市に対しまして実際上その初任者研修の試行をやっていただくわけでございますけれども、初任者研修試行県というような指定をするわけではございませんで、各都道府県、指定都市で計画しましたものがいわゆる具体的な予算措置と合致する範囲内においての行財政措置を講ずるというわけでございますので、現実には、そういった教員代替定数の措置とかあるいは非常勤講師配置のための補助とかいうような実際上の行財政的措置を文部省の方で担保する、あるいはそういうことについての援助をするという形で、お互いの間で実際上、何県において実施をされる、何県は実施しないという結果が出てこようかと思います。

○石井(郁)委員 試行の予算が組まれているわけですから、これはいつごろ何県が試行されるかということは、見通しとして決まるわけでございますか。

○加戸政府委員 現在、非公式には、本県においても実施をしたいというような形でのいろいろな御希望等は承っておりますけれども、先ほど申し上げましたように、年末の予算編成におきまして政府予算案が確定しました段階において、それに引き続いて早急に、準備の関係もございますので、今申し上げましたような行財政措置を講じていただく都道府県を具体的に確定したいと考えております。

○石井(郁)委員 初任者研修の問題の最後に、私は大阪の出身でもありますので、大阪市で行われておる採用前研修というのがありますので、それについてお伺いしたいと思うのです。
 大阪市では、八五年から採用前研修というのが実施されておりまして、ことし二回目ですけれども、これは二十二日間という長期にわたりまして、そして一次判定の教員採用に合格した方に対しまして、採用前に、もうこの十一月ぐらいから研修が始まるわけでして、しかも大阪市内の教員に就職するためにはそれを受けなければならないという、かなり義務づけられている、こういうものがございます。
 ことし一月の参議院の決算委員会で、我が党の佐藤議員の質問に対しまして文部省は、これは状況を適当な時期に聞いてみたいというふうに答えておられるのですけれども、状況を把握されておりますでしょうか。

○加戸政府委員 大阪市において行われております新採教員の事前研修の、例えば研修の要綱あるいは実際に行われているあらましの実態等は承知いたしております。

○石井(郁)委員 この件で、新聞報道などでも、文部省の対応は指導はしていないという答弁でありまして、しかし積極的であるという評価がされておりましたが、今もそういう立場でしょうか。

○加戸政府委員 教員に採用される事前研修につきまして、そのような実態を積極的に指導した事実はございませんが、大阪市を含めまして六つの都道府県、指定都市において事前研修が行われておりますが、その中でも大阪市の場合が一番意欲的に行われておるわけでございまして、この事前研修が、教員になる事前にいろいろな形で教員になるときの準備をしていただくというつもりで各都道府県が工夫されておるわけでございまして、そのことにつきましては文部省として好意的な目で見ているというのが実態でございます。

○石井(郁)委員 しかし、問題がないわけでもないという新聞報道もあるのですが、先ほど、状況は把握されているということですので、その中で問題点となるようなことはありませんでしょうか。

○加戸政府委員 考えられる問題点といたしましては、本人はまだその採用以前の段階でございますから、多分学生の身分を持った状態の方が多いと思いますから、いわゆる学業を修めて、その上できちんと入ってこられるという意味からいきまして、本人が学業を進める点におきましての絡みで支障のないようにしていただきたいという気持ちはございますし、大阪市の場合も、各受講者の都合を聞きながら円滑に行われていると理解しているわけでございます。

○石井(郁)委員 実態の問題で言いますと、やはり大変いろいろ問題点があると思うのです。まず二十二日間という長期であります。それから、今例えば教員の採用は社会人からも、それから必ずしも大阪だけじゃなくて全国から採用試験に応募されるわけですから、そういうことで考えますと、こういうふうに採用前に枠をはめますと、事実上いろいろと門戸を閉ざすというか、そこはもう自分は受けられない、そういうことを決めることにもなるわけですね。そういう意味で、社会人にとっても重大だと思うのです。例えば民間企業に働いていらっしゃる方などはもうそういう門戸を閉ざされる、初めから大阪市はもう受け付けませんということでもあるわけです。
 それから大学にとりましても、大学でも教育実習を戦後大変時間をかけてやってきておりますし、私も大学にいたのですけれども、教員養成、やはり非常にやっております。しかも、大学の卒業論文を書くというような重大な時期に拘束されるという問題もありますし、やはり大学教育にとっても弊害が大変大きい。
 そしてまた、研修ということでいいますと、大学でも研修教員養成をし、そして採用前にこの二十二日間をし、そして大阪市の場合は採用後もまさにこの初任者研修で相当研修をさしているわけですね。その辺の実態もどのようにつかまれているかどうかということをお伺いしたいと思います。
そして、こういう弊害と同時に、公務員として
の身分がまだ生じないうちに研修を強制しているという点でも、法的根拠は一体本当にどこにあるのでしょうかという点で、文部省の見解をお伺いしたいと思います。

○加戸政府委員 あくまでも公務員たる身分を取得する以前の事前研修でございますので、法律的な根拠に基づくものではなくて、事実上の関係として行われているものと理解をいたしております。
 ただ、事柄として、まだ公務員の身分を持つ前の研修でございますので、本人の都合を無視して一方的に強制をするという形態は好ましいわけじゃございません。そういう意味におきまして、円滑に行われるような配慮というのが当然必要だろうと思います。
 それから、考えられる問題といたしましては、その事前研修を拒否すれば採用しないというような条件にするということであってはならないと思いますけれども、各都道府県、指定都市が、教員の資質向上のために事前にそういうことをしたいという気持ちも理解できますし、また一方、教員を志望する者にとりましても、職場につくまでの間に事前に研修を受けたいという希望も強いと思いますし、そういった両者の意向に合致した制度であろうと思っております。

○石井(郁)委員 円滑にということや合意に基づいてということが言われておりますけれども、しかし、これは受ける側からしますと、今大変就職が厳しい中でどうしても教員になりたいという中では、そういう条件を教育委員会の方からつけられますと、こちらはまげて応ずるわけです。ですから、こういう問題というのは、当人が不利益処分というか訴えて初めて表面化するという問題であって、今円滑に行われているから問題がないということではないと私は思うわけです。法的に見てもまた実態から言っても、これはやはり道理に合わない。
 また、この採用前研修につきましては、本当に、大阪市の教員あるいは学校の現場でも、もうやりたくないという声の方が強いということも出ておりまして、教員の九〇%は反対という表明もしているわけでして、この行き過ぎやそういう問題点について、文部省としてはもっとしかるべき適切な指導をするというお考えはございませんでしょうか、最後に。

○加戸政府委員 率直に申し上げまして、現場にいらっしゃる先生方が後から入ってこられる後輩教員になるべき方の研修に反対されるという気持ちは私どもはちょっと理解が難しいわけでございますけれども、もちろん実施上の問題が円滑に行われ、現場の協力を得られながら行われるということは望ましいわけでございます。そういう意味におきまして、趣旨、意図につきましては私どもまことに結構なことだと思うわけでございますから、あとは方法論におきましてそういった問題の生じないように十分見守ってまいりたいと思います。

○石井(郁)委員 以上で終わります。どうもありがとうございました。


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