平成十二年十一月十七日(金曜日)
午前九時三十分開議
出席委員
委員長 西 博義君
理事 岩永 峯一君 理事 河村 建夫君
理事 下村 博文君 理事 渡辺 博道君
理事 藤村 修君 理事 山元 勉君
理事 池坊 保子君
伊藤 公介君 岩崎 忠夫君
小渕 優子君 奥山 茂彦君
鈴木 恒夫君 馳 浩君
林 省之介君 原田 義昭君
福井 照君 森 英介君
森岡 正宏君 森山 眞弓君
石井 紘基君 大石 尚子君
鎌田さゆり君 田中 甲君
牧 義夫君 松沢 成文君
山口 壯君 山谷えり子君
佐藤 公治君 石井 郁子君
山内 惠子君 谷本 龍哉君
松浪健四郎君
…………………………………
文部大臣 大島 理森君
文部政務次官 鈴木 恒夫君
政府参考人(公正取引委員会事務総局経済取引局長) 鈴木 孝之君
政府参考人(警察庁生活安全局長) 黒澤 正和君
政府参考人(総務庁青少年対策本部次長) 川口 雄君
政府参考人(外務大臣官房審議官) 横田 淳君
政府参考人(文化庁次長) 伊勢呂裕史君
政府参考人(通商産業省生活産業局長) 林 良造君
政府参考人(郵政省放送行政局長) 金澤 薫君
参考人(教育改革国民会議座長)(芝浦工業大学学長) 江崎玲於奈君
参考人(教育改革国民会議第一分科会主査)(お茶の水女子大学名誉教授) 森 隆夫君
参考人(教育改革国民会議第二分科会主査)(慶應義塾幼稚舎長) 金子 郁容君
参考人(教育改革国民会議第三分科会主査)(大学評価・学位授与機構長) 木村 孟君
文教委員会専門員 高橋 徳光君
―――――――――――――
本日の会議に付した案件
政府参考人出頭要求に関する件
著作権等管理事業法案(内閣提出第一三号)(参議院送付)
文教行政の基本施策に関する件(教育改革国民会議中間報告について)
午前九時三十分開議
――――◇―――――
○西委員長 これより会議を開きます。
文教行政の基本施策に関する件、特に教育改革国民会議中間報告について調査を進めます。
本日は、本件調査のため、参考人として、教育改革国民会議座長・芝浦工業大学学長江崎玲於奈君、教育改革国民会議第一分科会主査・お茶の水女子大学名誉教授森隆夫君、教育改革国民会議第二分科会主査・慶應義塾幼稚舎長金子郁容君及び教育改革国民会議第三分科会主査・大学評価・学位授与機構長木村孟君、以上四名の方々に御出席をいただき、御意見を賜ることにいたしております。
この際、参考人各位に一言ごあいさつを申し上げます。
本日は、御多用中のところ本委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。参考人各位におかれましては、それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお述べいただきたいと存じます。
次に、議事の順序について申し上げます。
まず、江崎参考人、森参考人、金子参考人、木村参考人の順に、お一人十五分以内で御意見をお述べいただきたいと思います。その後、委員の質疑に対してお答えをいただきたいと存じます。
なお、念のため申し上げますが、御発言の際は委員長の許可を得ることになっております。また、参考人は委員に対して質疑することはできないことになっておりますので、御了承願いたいと存じます。
それでは、まず江崎参考人にお願いいたいます。
○江崎参考人 ただいま御紹介にあずかりました江崎玲於奈でございます。
本日は、教育改革国民会議につきまして、去る九月二十二日に公表されました中間報告、皆さんのお手に渡っておると思いますが、それを中心に御説明申し上げたいと存じます。
これはちょっと余談なんでございますが、昨日、ことしノーベル賞をおもらいになった白川英樹さんがつくばに来ていただきまして、いろいろなことを話す機会がございました。
そこでの話で、かいつまんで申しますと、やはり先生、サイエンスの先生が非常に大事だと。自分が化学、ケミストリーをやったということは、ケミストリーの先生が非常にかわいがってくれて、化学というものに興味を持たせてくれたということが彼の一生を左右したということでございます。
結論的に申しますと、中学、高校にはそういうサイエンスのすぐれた先生が少ないのじゃないかということも一つの結論でございまして、今後化学の振興にそういうことが非常に重要だということを申し上げておきたいと思います。
さて、教育改革国民会議の方に戻りますと、これは二十六人の委員で構成されておりまして、去る三月、前総理の小渕総理大臣のもとに発足したわけでございます。実は、ことしの三月の初めにブッチホンがかかってまいりまして、小渕さんから、なってくれと。私は、最初この大任をやや逡巡したんでございますが、私の今日あるのも日本の教育のおかげでございまして、最終的にはお受けした次第でございます。小渕さんのお話ですと、二十一世紀に活躍するような創造的な人材が日本にどうしても必要なんだと。私もそれについては全く一致した次第で、お受けしたという経過がございます。
もちろん、現在の日本の問題は、そういう創造的な人材を今後どんどんつくらなくてはいけないという問題と、もう一つは、日本の教育界には病理のような問題がございます。少年犯罪の多発、学級崩壊、いじめ、不登校、その他教育環境の荒廃というものがございまして、学校、地域、家庭がどう対処すべきかということが重要課題になっております。
さて、私たちはこういう点を踏まえまして我が国の教育について議論を行ってまいりました。本日、お手元にお配りしております「教育改革国民会議中間報告 教育を変える十七の提案」は、教育改革国民会議発足以来、三十九回に及ぶ会議での議論をまとめたものでございます。
この中間報告をまとめるに当たりましては、国民の皆さんに読んでいただける骨太でわかりやすいものを目指す観点から、理念や抽象論を展開するより、具体的で建設的な提案を行っております。また、幼児、小中高から大学、大学院を通じての教育全般を論議の対象とした一方で、教育のあらゆる分野の課題を扱うというよりも、焦点を絞って論議を行ってきたところでございます。
各分科会ごとの具体的な説明につきましては、分科会審議の取りまとめに当たっていただいた分科会主査の方々から説明していただくことになっておりますが、私からは、中間報告の基本的な視点について、かいつまんで説明したいと存じます。
まず初めは、六ページ及び七ページの「人間性豊かな日本人を育成する」ということについてでございます。
今日の子供たちの状況を考えますと、私は、しつけとか道徳など家でするべき教育が日本では欠けていることが大きな問題ではないかと思っております。子供の教育を考えると、まず最初に、親自身がしつけがなっていないという指摘も少なくありません。親たちに対する何らかのカウンセリングが必要ですし、また、家庭でしつけられていない子供を指導するには、先生の質も高めていかなければならない、こう思っている次第でございます。
そのほかにも、学校での道徳教育の充実や、小中高校で奉仕活動を行うこと、問題を起こす子供への教育をあいまいにしないこと、有害情報等から子供たちを守ることが大変大事であると考えております。
次に、八ページ、九ページ、「一人ひとりの才能を伸ばし、創造性に富む日本人を育成する」ことについてでございます。
教育というものは、各人が持って生まれた潜在能力を最大限に発揮させるのが教育でございます。現在の分子生物学では、ヒトゲノムの解読が盛んに行われておりまして、皆さん御存じのように、医療ということにつきましては、そういう遺伝的な原因によるもの、それから環境によるものなどが割にはっきりしておりまして、カスタムメード、個人に合った医療というものが考えられております。ちょうどそれと同じように、我々人間の能力、持って生まれた素質、タレントは、各個人が固有のものを持っております。それは、皆さんそれぞれ持って生まれた遺伝情報の中に書き込まれておるわけでございますから、そういう個性を伸ばすということが必要です。
それから、もう一つ申し上げたいことは、世の中が変わっておる。ITというようなことをよく言われます。これは、今までのようにルーチンな仕事があった、ルーチンというのは言われたとおりすればいい仕事ですが、そういう時代から、多くの仕事は常に考えながら取り組まなければならなくなって、皆さん、ここにおられる議員さんは、昔から自分で考えて仕事をなさらなくてはならないのだと思いますが、多くの世の中の仕事が、やはり成果が重視され、各人に的確な判断と創造的な工夫、創造的な手段が要請される、そういう仕事が多くなった。そういう時代に生きる人を育てなくてはいけないということが我々の使命でございます。ですから、一人一人に合った教育ということです。
そういう点から、中間報告では、少人数教育の推進、習熟度別学習、大学入学年齢制限の撤廃など、一律主義を捨てて個性を伸ばす、個人の能力を最大限に発揮するような教育、ですから、言いますと、学習指導要領というようなものを決めてしまって、皆さんそれに倣いなさい、そういうある種の平等主義教育じゃなしに、能力に合った教育をしようというのが我々の提案でございます。
そういう点を考えますと、今までのように記憶力を重視したような大学入試を改めてそれを多様化する、大学生にしっかり勉強するシステムを導入する、職業観、勤労観をはぐくむ教育を推進することが求められているわけでございます。
次に、十ページ、十一ページに移りまして、「新しい時代に新しい学校づくりを」についてでございます。
私は、今の教育の現状を考えた場合、学校や教師や親や地域からの信頼にこたえる必要があると考えております。このような観点から、中間報告では、新しい時代の新しい学校づくりを提案しております。
例えば、個々の教師の努力や意欲を認め、よい点は伸ばし、効果が上がるように評価と結果のフィードバックを行うことが大切です。また、学校や教育委員会に組織マネジメントの発想を取り入れること、多様な教育機会を提供すること、新しいタイプの学校の設置を推進することが大切ではないかと考えております。
次に、十二ページの上段の「教育施策の総合的推進のための教育振興基本計画を」についてでございます。
私は、教育改革を着実に進めるため、目指すべき教育の全体像を示した基本的な計画、すなわち教育振興基本計画が必要であると考えております。
具体的に教育改革を行うには、当然お金がかかります。アメリカなどに比べますと、もっと公的資金を教育に投じていただかなければならない。これも統計でございますが、GDP当たりを考えますと、欧米に比べまして、ある計算をしますと七兆円くらい教育に投資していただく、そうしますと、欧米が初等、中等、高等教育に投じているお金とほとんどコンパラブルになるということを申し上げたい。
高等教育というものをよくするには、国立大学もそうですが、私立大学もサポートすることが必要だと思います。もちろん、税金をつぎ込む以上、厳格な評価を実施することが必要です。評価を重視し、評価しながらよくしていくという観点から、教育振興基本計画、教育環境の着実な改善を図ることが不可欠でございます。
私は科学技術基本計画にも参画をしておりますが、ああいうふうに、科学技術基本法ができ、科学技術基本計画というものによって日本のサイエンスが発展したということ、それと同じように、教育につきましても教育振興基本計画が必要じゃないかと思います。
次に、十二ページ下段の「教育基本法の見直しについて国民的議論を」について申し上げます。
まず初めに申し上げますと、私たちは、教育基本法を変えなくてはいけないという意識で出発したのではありません。また、反対に、変えてはいけないという固定観念も持っておりません。教育基本法は、よくできた法律ですが、制定から五十三年たっており、見直しについては国民的議論が必要だと思います。
私は、二つの文化を認めなくてはならない、こういうふうに思っております。二つの文化というのは、一つは、古きよきものにあこがれ、それにとらわれる文化でございます。私は京都で小中高を育ちましたが、京都千二百年の伝統、そういうふうな伝統文化、これは歴史志向で、地域、京都とか日本とかそういうことでございます。
しかし、もう一つの文化、これは大変重要なものでございます。それは、新しい進化を求め、変革をやまない文化でございます。それは、いろいろなところでそういうものがございますが、それを最も象徴するものはサイエンス、科学の文化です。これは未来志向でございます。ここに非常に創造性があるということを申し上げておきたい。
ですから、教育基本法についても、この双方から論議していただかなくてはならないということを考えております。
教育というのは非常に多面性を持っておるものでございまして、いろいろな意見があり、それぞれの意見にメリットがあるように私は思います。ですから、日本全体でダイナミックに教育をディスカッションしていく、日本全体の問題として、すべての人間が改革に参加するということが必要ではないかと思います。
このため、十月から十一月にかけて、全国四カ所で一日教育改革国民会議を実施しておりまして、国民の皆さんからの意見をいただいているところでございます。国民の皆さんの意見をまとめながら、十一月十四日から全体会議の論議を再開し、十二月中に最終的な報告をまとめたいと考えております。文教委員の皆様からちょうだいする貴重な御意見を十分踏まえながら、最終報告に向けて真摯に審議を行ってまいりたいと考えております。
本日は、どうかよろしくお願いしたいと思います。(拍手)
○西委員長 ありがとうございました。
次に、森参考人にお願いいたします。
○森参考人 ただいま御紹介いただきました森でございます。
それでは、御報告させていただきます。
第一分科会は「人間性豊かな日本人を育成する」という部会でございますが、まず最初に、ここでは、人間性論よりも日本人を育成するという人間性教育論に重点を置くという共通認識のもとにスタートいたしました。
教育というものは、本来、未来に対する準備でありますから、人間として自立した大人になるためには家庭がその原点です。個人としての大人の準備は家庭が原点であります。また、二十一世紀を創造する人材、社会的存在としての人間、公民としての人間、その準備は学校の任務でございます。
そういった意味で、これからの教育というものは家庭を原点としてスタートすべきだと。家庭を原点とすべきということは、臨教審でも、あらゆる教育の原点は家庭であると言っておりますし、中教審でも、あらゆる教育の出発点は家庭である、こう申しております。
そういう意味で、家庭というのはあらゆる教育の原点であるのに、従来は、問題点の指摘はなされましたけれども、それに対する対策は必ずしも十分ではなかったわけであります。そういう意味で、まず、親が人生最初の教師で、家庭でどう対応すべきかということについて考えました。
具体的に申しますと、提言の一にありますように、親がまず信念を持って、しつけ三原則をつくるとか、そういうことをやったらどうかというような問題、あるいは、文部省が出しました家庭教育手帳、家庭教育ノートというのがございますが、これを改善して、もっと活用してもいいのじゃないかといったようなことなどを家庭教育の問題としてここに提起してございます。
次に、「学校は道徳を教えることをためらわない」。提言の二でございますが、ここでは、従来道徳教育は、学校では道徳の時間という形でなされておりますが、教科ではございませんので、道徳教育を教科にしたらどうかという提案がなされております。
教育の理想は、知、徳、体の三者の調和的発展でありますが、知と体についてはそれぞれかなりの基本的な計画や施策が行われておりますが、徳については、三者のうちで相対的におくれております。人間の肉体というものは成熟して老化しますが、人間の人格が成熟して老化したという話を聞いたことがございません。そういった意味で、人間の人格は永遠に未成熟でございます。そこで、道徳教育の重要性というものは重要視してもし過ぎることはないというのが基本的な考えでございます。
そういった意味で、小学校の今日の道徳はそのままでいいのですが、中学校ではこれを人間科、高校では人生科というふうに名称を改めたらどうか。その理由は、学校がかわるごとに教科がかわるということは、ショックを与えまして、何だろうと考えるという意味だけでも活性化効果がございます。人間とは何だろう、人生とは何だろうということを考えさせる意味でも、教科名をかえたらどうかという提案であります。
そこでは、もちろん、人間とは何かということと同時に、生とは何か、死とは何かといったような基本的なことも教える、そういう提案をしております。
それから、この括弧の中の二番目の提言にございますが、日本人として今言葉が乱れております、そういった意味で人間性を豊かにする基本は言葉の教育にあるのじゃないか。特に、幼児期における言葉、敬語の使い方です。
私は個人的にいつも思うのですけれども、「すみません」と言う人は、これは音便形で「すいません」と言ってもいいのですけれども、テレビを見ておりますと、今、若者はほとんど「すいません」としゃべります。それをテロップで流すと、やはり「すいません」と書いているわけです。これは、私はいつも悩むのです。話し言葉と書き言葉、書き言葉では「すみません」の方がいいのじゃないかと思うのですけれども、話し言葉では、音便形で使ってもいい、こうなっておりますから、話し言葉をそのまま表現するときはどうしたらいいのかという問題でいつも悩んでいる。個人的な、ちょっと余計なことを言いました。
さらに、学校教育では、もっと文化や伝統、古典、哲学、歴史を重視しなければいけないという提案がなされております。
次の提案は、いろいろ騒がれております奉仕活動であります。これにつきましては、奉仕活動は道徳教育の各論の一つでございます。それなのに、奉仕活動の義務化という言葉がどうもひとり歩きしているようです。国民会議の提案をよくお読みいただくとわかるように、奉仕活動については、学校教育における子供の奉仕活動、奉仕体験学習と、もう一つは十八歳の国民に対する奉仕活動の義務化を検討するという二つに分かれているのですが、これが混線して議論されている嫌いがございます。
そこで、区別して申しますが、まず奉仕活動の学校教育における方でございます。これは今日でも行われているわけでありまして、お手元の資料に、「新学習指導要領における奉仕活動に関わる主な内容について」というのがあると思います。それをごらんいただけばわかりますが、小中高とも、奉仕活動については、小学校では「道徳」のところで「社会に奉仕する」、中学校でも「奉仕の精神をもって」とか、それから「特別活動」では、小学校では「社会奉仕の精神を涵養する体験が得られるような」、中学校でも「社会奉仕の精神を養う体験が」、高等学校でも「社会奉仕の精神を養う体験が」といったように、もう既に規定されているわけであります。
現在行われているそういったさまざまな奉仕の精神を養う体験学習をもっと活性化しようということで、小中では二週間、あるいは高等学校では一カ月の共同生活でというところが新しいところでございますが、そういう提案をいたしました。
なお、細かい具体的な実施案については、これは各学校、教育委員会で工夫していただければいいと思うわけでありますが、参考までに少し敷衍しておきますと、共同生活については、既に全国で通学合宿という制度が社会教育の分野で百五十四カ所も行われております。特に福岡県と鹿児島県が多いわけでありますけれども、そういうところでは、異年齢の子供が一週間ぐらい合宿して、そこから学校へ通学するという形態をとっております。
ですから、これは、社会教育の通学合宿と学校教育でやっております修学旅行とか移動教室等を連携すれば、これぞまさに各者連携でやれば可能な方法は幾らでもこれからあるのではなかろうかと思います。
さらに、奉仕活動につきましては、奉仕義務化ということで、自発性に基づく奉仕を義務にするとは何事かという反論もございます。これに対しては、大人と子供の違いを考えれば明らかでございます。大人は自立していますから自発的に奉仕活動はできますが、子供はまだ自立していませんから、奉仕活動の何たることかも知らずに、自発的にできないわけであります。
ですから、自発的に、自立心を養う、思いやりの心を養うために、学校で奉仕活動を行う。学校というのは、本来、社会に入る門でございますから、当然いろいろなことを教えなければいけない。それが強制という側面を持つわけでございますけれども、義務教育はすべて強制の面を持っております。
そういったことで、大人と子供の区別を考えれば、大人でも自発的に奉仕活動をしていなければいけないのに、現にしていないわけであります。
この奉仕活動というのは、特定の日に、困ったときに災害地へ行くということではございません。奉仕活動の日常化ということが重要なわけでございます。奉仕活動の日常化というのは、道路に落ちているたばこの吸い殻、空き缶を拾っているかどうかということでございます。一カ月に一度、ボランティアで空き缶拾いをするということではございません。それは自分が捨てた空き缶を拾っているかもしれないのです。
そういう意味で、私は、奉仕活動は自発的にするべきで義務化すべきでないという意見については、いささかちょっと異なった見解を持っているということを申しておきます。
なお、奉仕は法律になじまないという意見もございますが、憲法十五条二項に、あるいはまた教育基本法第六条二項にも、公務員は全体の奉仕者とか、国家公務員法、地方公務員法でも、全体の奉仕者として職務に専念する義務があると法律にきちっと規定されているということも申し添えておきたいと思います。
奉仕活動でちょっと時間をとりました。次の提案でございますが、現在、学級崩壊が問題になっております。学級崩壊を起こしている子供というのは、多くて全体の二割、荒れた学校でも二割、せいぜい一割ぐらいだと現場の先生方がおっしゃっております。そういう意味で、そういう人たちに別の教育方法、教育環境を考えれば学級崩壊も緩和されるのではないかということで、そういう問題を起こす子供への教育ということを考えなければいけない。問題は、もっと多く、ひどくなれば、厚生省の児童自立支援組織、昔の教護院でございますが、そこへ入るわけでありますが、教護院の数は少ないし、なかなか入れないので、教護院と児童自立支援組織と学校との中間のような、そういう機関が考えられないかという意見もございました。
最後の、「有害情報等から子どもを守る」ということでございますが、これにつきましては、悪いものから子供を守れば子供はすくすくと育つ、そういう教育観が、ルソーのネガティブエデュケーションと申すものがございますが、それが、今日有害情報によって子供たちの環境が汚染されているから、これを何とかしようという提案でございます。
さらに一歩進めて、悪から子供を守るだけじゃなくて、子供に有益な情報、そういう情報についても研究開発が必要なのではないかと思います。
最後に、第一分科会では教育基本法についても議論いたしましたので、それについて簡単に御報告して、終わらせていただきます。
教育基本法につきましては、先ほど江崎座長からお話がありましたように、我々は、初めに改革ありきというスタンスでスタートしておりません。教育改革論を議論した上で、教育基本法の改革にも触れざるを得ない場合には、必要ならば改革しよう、そういうことで全員一致しております。
なお、検討することについてはやぶさかでないということで、全員がそれについては、改正ではなくて検討することについては、賛成している。
改正についても、第一分科会としては、大筋としては見直した方がいいのじゃないかと。その理由は、先ほど申されましたように、基本法成立五十三年ですか、もう既に一定の役割を果たしている、社会は変化している、だから見直してもいいのじゃないかという意見でございます。中には、五十年たってようやく定着したのだからこれからじゃないかと言う人もいますが、五十年たって十分実現されていないのならもう五十年たっても実現されないのじゃないかという意見もあるわけでございます。
そうすると、もっと実効的な基本法にしたらどうかということで、教育基本法以外にどういう基本法があるかということを調べてみますと、何と十七も基本法がございます。教育基本法だけが占領下の昭和二十二年にできまして、その後、原子力基本法を初め、最近の、平成十一年の食料・農業・農村基本法などに至る十六の基本法がございますが、これらの大部分は基本計画を持っております。教育基本法は理念だけでございます。理念はすばらしい、立派なものでございますが、その理念がなかなか実現しない。これは基本計画がないからじゃないかと思うのです。
先ほど江崎座長がおっしゃいましたように、教育振興基本計画のような要素をこれにつけ加えれば教育改革はもっと進むのじゃなかろうか、こう思います。
なお、教育基本法に何が欠けているか。世の中には完全なものはないのですから、これを補うということは絶えず必要だと思うのです。そういう意味で、いろいろな意見が出ましたが、一言で言いますと、ベースキャンプなき登山隊というのが私の感想でございます。
これは、教育基本法の理念は世界最高のエベレストのような非常に立派なことが書かれているのですが、これを達成するには、この山に登るには、やはりベースキャンプが必要だ。すべての登山隊はしっかりとしたベースキャンプを持っております。その教育のベースキャンプは、原点は家庭であります。家庭、郷土、国家、これについての規定が教育基本法については、全くないとは言いませんが、それが少し軽視されているような気がする、こういうことであります。
以上、教育基本法については必要に応じて改正するにやぶさかではないという問題提起をしたということであります。
時間が参りました、以上で終わります。どうもありがとうございました。
○西委員長 ありがとうございました。
次に、金子参考人にお願いいたします。
○金子参考人 皆さん、おはようございます。金子でございます。
小学校ですと、みんなわあっと、おはようございますと言ってくれるのですが……。これは冗談でございます。
第二分科会関連の内容についてお話をしたいと思いますが、内容については中間報告によりよく書いてありますので、きょうは少し違った観点からお話をさせていただきたいと思います。
皆様、スペリングビーというのを御存じでしょうか。スペリングビーというのはアメリカでもって毎年行うコンテストで、江崎先生なんか御存じかもしれませんが、全米の子供たちが英語の単語のスペリングを競う、その正確さを競う全国大会でございます。
毎年、各学校、地域から勝ち上がった子供たちがワシントンで全国大会を行います。ことしは七十三回目で、五月の三十一日と六月一日にワシントンで行われ、十二歳のジョージ・サンピー君という子供が優勝いたしました。ちなみに優勝を決めた単語はデイマーシュ、demarche、多分江崎さんも御存じないかもしれません、私は全然聞いたことがないですが、手段とか処置という言葉で、フランス語の輸入らしいのです。
この話を今持ち出したのは、ジョージ・サンピー君は、実は日本で言う不登校生、ホームスクーラーでございます。インターネットなどを利用して、うちでお母さんと兄弟たちと一緒に勉強しているという子供でございます。実は、このジョージ・サンピー君と優勝を争った準優勝の男の子十二歳もホームスクーラー、もう一人ベストエイトに入った女の子十四歳もホームスクーラー、ベストエイトになった三人がホームスクーラーでございました。実際、この決勝に進出した二百四十八名中ホームスクーラーが二十七名いるというのが、ことしの結果でございます。
ホームスクーリングは七〇年代の後半からアメリカで始まりまして、ワシントン州で初めて認可されて以来、現在では全州で認可を受けております。百数十校、このホームスクーリングをサポートする機関があり、ホームページなどによるものが多いわけですが、現在アメリカの就学人口の五%に当たる二百万人程度がホームスクーリングで勉強しているというふうに言われております。
ちなみに、アメリカのチャータースクールに行く児童生徒が大体二%でございますから、それよりも数倍ある。アメリカの私立学校が学生と生徒の数で一一%でございますから、大体その半分程度のインパクトのあるものでございます。ちなみに、日本の小学校、中学校の私立の割合は二・六%しかございませんから、その二倍ぐらいがアメリカでホームスクーリングをやっているということになっております。
サット、SAT、皆さん御存じかもしれません、ちょっと違いますが、アメリカのセンターテストのようなもので、高校生が受けて、それによってアメリカの大学への進学が決まるという非常に重要な全国テストでございます。そのサットの点数でいきますと、ホームスクーラーが平均千八十三点、全受験生の平均が千十六点、ホームスクーラーが七%ぐらいアベレージでいいということになっております。つまり、ホームスクーラーは落ちこぼれではないということです。いろいろな事情で、うちでもって勉強することを自分で選んだ子供たちでございます。ちょっと大げさに言いますと、いい点をとるなら学校に行くな。これは冗談でございますけれども。
もちろん、日本の場合にはこういうことは今認められておりません。大学においては、単位の取得などについては道が今開かれようとしております。もちろん、教育の一番大事なことは対面性、社会性でございますから、私はすべてをインターネットでやればいいということを申し上げているのではございません。しかし、一定の知識、技能を得るということに関しては、アメリカで五%の子供がやっているように、ホームスクーリングをやっても十分にできるわけです。アメリカの例でいくと、点数ということからいえば、十分それでとれるわけでございます。
となると、学校とは何か、義務教育とは何かということが問われる、そういう時代になったのではないかというふうに思う、その一つの例としてお話をいたしました。
今世界じゅうのいろいろな国で、教育こそが国の繁栄を支える最大の要素だという考え方が広まっております。ネットワーク社会、情報社会では、軍事力とか経済力というよりは、むしろ教育の力だというふうに言われております。
イギリスのブレアは、一に教育、二に教育、三に教育、四、五はなくて、六に教育というふうに言っております。アメリカでは、九〇年代からチャータースクールというイノベーションが起こって、どちらがアメリカの大統領になるかまだ決まっておりませんが、両方とも演説のときに、チャータースクールを二倍ないし三倍にしようということを提案しております。アメリカ、イギリスだけではなくて、韓国、シンガポールなども、教育を熱心にやるような制度改革をしております。アメリカでいうと、カリフォルニアのデービス知事は、カリフォルニアの州予算の、実に四五%を教育に投入しております。
このようなときに日本はどうかというふうに見ますと、全くやっていないわけじゃないが、しかし何か歯がゆい思いをするのは私だけではないのではないかと思います。
子供の状態が大変おかしいというのは、前の二人の参考人も言っておりますが、いじめの発生件数が三万件、不登校が十三万件、校内暴力が三万件というような数字。学校の学級崩壊、これは定義はないのでございますが、先ほど森参考人が言ったように、一〇%から二〇%ということでございます。先生たちも悩んでおります。子供が理解できない、担任をやめたいという人がそれぞれ、六〇%、三七%もいるという日教組の調査もございます。
村上龍という小説家の「希望の国のエクソダス」というベストセラーでは、小中の子供たち八十万人が一斉に不登校になって、ネットビジネスを立ち上げて日本を救うというストーリーがございまして、大変読まれております。今の不登校十三万件、高校の中退者が十一万人ですから、合わせると、その八十万人の不登校というのは夢物語ではないのではないかなというふうに感じてしまいます。
このような状況にかんがみまして、国民会議第二分科会では、特に時間の制約で小学校、中学校に焦点を合わせたのでございますが、学校をどういうふうにしたらいいのかということに関して討議を重ね、具体的な幾つかの提案をいたしました。
内容については、中間報告に書いてありますので今は繰り返しませんが、ざっと申し上げると、大きく分けて二つのグループ提案をしております。
一つは、現在の全国の公立の小中学校の改善をするためにこのようなことをすることを提案するという形で、幾つかの提案をしております。中間報告で見ますと、十ページと十一ページに第二分科会関係の提案がございますが、そこに二重丸が一、二、三、四、五つございます。そのうちの最初の四つがそれに当たります。最後の五つ目は、全国の学校を改善するのではなく、新しいタイプの公立学校を全国に幾つかつくって突破口をつくろうということでございます。
もちろん、文部省も教育委員会も何もしていないということではなくて、いろいろな施策は講じておりますし、問題解決や改革に取り組んでいる学校はたくさんございますが、しかし、全体として、現在の学校は親や国民一般の期待にこたえているとは到底言えない状況じゃないかと思います。教育のあり方がどうしても画一的になり、事なかれ主義になってしまう。親が知りたい学校の情報が提供されない。学校だけでなく、教員自身にも、入れ籠のように同じ構造があるのではないか。また、教育委員会を初めとした文部省などの学校行政、教育行政にも、同じような体質が入れ籠のようになっているのではないかなというふうに我々は感じております。
もちろん、教育は社会サービスでございます。企業活動ではございません。一緒にはできませんが、しかし、学校教育は実質的に独占的サービスであるがゆえに、教育を受ける側のニーズや情報がうまく反映されていないという嫌いがございます。義務教育を国民の多くはただだというふうに思っているわけでございますが、実際は、小中学校だけで十兆円以上の公費を使い、六十万人の終身雇用者を雇っている巨大産業というか巨大事業、もう少し言えば巨大官僚システムでございます。これがただということはない。それに我々はもっと関心を持ち、不断の改善の努力をしていかなければいけないというふうに思っています。
この五つの丸の提案、内容は申し上げませんが、ざっと申し上げますと、教員というのがやはり学校教育にとって一番大事な要素であろう。個々の教員についても、また学校についても、それぞれがいつでもよくなる努力をし、情報を開示し、成果は上がっているかどうかチェックをし、そして成果が上がっている教員とか学校についてはそれなりのしっかりとした評価を与えていくということが重要ではないか。これは、教育委員会や教育行政組織全体にとっても同じことではないか。それには、もっと組織マネジメントの発想を取り入れることなどをするというような提案をさせていただいております。
ここまでが、提案の二つのうちの一つ、全国の学校の改善をしようということでございます。
ただ、どうもこれだけでは少し不足ではないか、第二分科会ではそう考えておりました。先ほどから申し上げているように、文部省なり教育行政はいろいろとやっているわけでございます。やろうと思えばできる、けれどもなかなかできない。臨教審、中教審以来いろいろな改革案が出て、改革、改革と言っているがなかなかそれが実現しないという閉塞感、ここに問題があるのではないかと思っております。
一つ実例を挙げますと、開かれた学校というのはかなり昔からのキーワードになっておりました。最初に出てきたのは多分一九八七年、十三年前の臨教審のときで、学校は地域に開け、地域の意見も取り入れろと言ってから実に十三年後のことしの一月になって学校評議員制度というものができたことは、皆さん御存じだと思います。しかし、世界の潮流を見ますと、これは内容的にも一歩も二歩も不足しております。
御存じのように、学校評議員というのは、評議員会ではございません。校長が必要に応じてお願いするわけですから、非常に厳しく言えば、いい校長にはアドバイスは要らないわけでして、悪い校長の方にはアドバイスは要るわけですが、悪い校長だとそんなに厳しい意見を言う評議員に頼むことはないという可能性が高いわけでございます。
イギリス、アメリカ、オランダ、フランスなどはしっかりとした評議員会、理事会のようなものが規定されていて、そこにかなりの度合いの権限が委譲されております。欧米だけでなくて、例えば韓国でも、一九九五年に運営委員会というものを発足させ、去年から全校、公立、私立、全部の学校に必置になっております。
そういう意味では、日本の学校評議員制度も、私はこれは第一歩だと思い評価しておりますが、ツーリトル・ツーレートというのでしょうか、十三年かかってやっとできた割には内容がいま一つ、いま二つ不足しているなという感じを受けてしまいます。
このような形で、なかなか改善が進まないということで、第二分科会ではそれではひとつ新しいタイプの公立学校をつくりたい地域はつくれるようにしようというふうに考えたのが、コミュニティースクールの提案でございます。
あと時間が二、三分でございます。コミュニティースクールについて最後に御説明したいと思います。
コミュニティースクールというのは、中間報告では市町村と書いてありましたが、今では都道府県とか市町村の連合体がつくってもいいかなと思っておりますが、自治体がそのニーズに基づいて有志を募ってつくる新しいタイプの公立学校でございます。
その手続は、今詳しく述べませんが、市町村が公募をして、有志が応募してもいいし、それから市民が、例えば条例請求権は五十分の一の署名でもってできます、何かそういう形でもって発議をしてもいいかと思いますが、とにかく何かしらの形で住民の意思を反映させ、有志が、私がやろうという者が、校長ないし運営スタッフを連れてきて学校をつくるということでございます。
もう一つの特徴は、校長に人事権を与えようというふうに考えております。私は私立の小学校の校長でございます。慶應の小学校でございますが、ことしの教員募集は、数名募集するのにホームページを使い公募したところ、二百名に近いさまざまな、二十歳から五十九歳までのいろいろなキャリアの人が集まりました。その中で慎重に、インタビューをしたり即興演奏をしてもらったりして数名を選びましたが、これができないと、校長としては責任を持って自分の考えを教育に反映できないなというふうに私は思っています。
一方で、これは例えば東京都ですが、ことしは三千五十五人の応募から四百五十五名の教員を採用しております。採用方法に文句があるというのではなしに、どの学校のどの教科をだれが教えるかということを考えずに三千人から四百人をとるというのは、私はちょっと想像ができません。もっともっと校長、学校が責任を持って自分でリクルートし、いい教員を集めるということが、いい学校をつくるまず第一歩ではないかなというふうに思います。
もう一つの要素は、コミュニティースクールは、勝手にやるというのではなくて、地域学校協議会というふうに呼んでおりますが、これは先ほど言った韓国でいう学校運営委員会、イギリスの理事会でございますが、そういうものを学校ごとに必置といたしまして、そこで情報開示をし、ちゃんとチェックをする、ある程度の結果責任をそこで学校に負わせるということ。
要するに、平場のチェック機能をいつも携え、ある種の緊張感を持って、校長ないし運営スタッフが自分の考えに基づいて、しかし実際は自治体のニーズに基づいてやろうというのがコミュニティースクールでございます。
時間がありませんのであと一言ですが、どんな学校ができるかというと、例えばITとか英語なんかをどんどんやるという学校があってもいいし、それから統合教育とか、茶髪の子集まれというのでもいいし、いじめに遭うような子供たちを集めるという学校があってもいいかもしれません。大自然の中で全寮制ということがあってもいいかもしれません。それから、フリースクール、フリースペースなどでしっかりしたところを積極的に認可するということがあってもいいかもしれません。
このような形でもって全国で、ニーズがあり、やる気がある自治体はできるようにしよう、とともに、全国の公立学校システムをさまざまな形で改善しようという二つの提案をしたのが第二分科会でございました。
以上でございます。ありがとうございました。(拍手)
○西委員長 ありがとうございました。
次に、木村参考人にお願いいたします。
○木村参考人 おはようございます。第三分科会の座長を仰せつかっております木村でございます。第三分科会の議論の背景と具体的な提案について簡単に御説明をさせていただきたいと存じます。
当初第三分科会に与えられましたテーマは創造性、すなわち創造性豊かな人材をいかに育成するかというものでございましたが、一、二回の議論の後、もう少し議論の幅を広げた方がよかろう、対象を広げた方がよかろうということになりまして、お手元のブルーの資料の中間報告三十四ページにございますように、「今後、我が国が必要とする人材をいかに育成するか」というものにいたしました。
私どもの分科会では、戦後の日本の教育というものは日本人の平均的な資質を上げることを目指して、それはそれなりに成功したのでありますが、その反面、教育システム、ひいては社会システムが画一化して、冒頭、座長の江崎先生からお話がございましたが、個人の持つ能力、適性に焦点を当てた教育ができなくなってしまったのではないかという反省がまず出まして、この反省を共有いたしまして議論を始めました。
我々が目指すところは、今第二分科会の座長の金子先生からもございましたが、要するに、できるだけフレキシブルな教育システムをつくろうということ、それから多様なオプション、選択肢が可能な教育システムを何とかつくれないかという立場で議論をいたしました。
まず、具体的な提案の御説明に入ります前に、今申し上げた、どうして日本の教育システムあるいは社会システムが画一化したかということについて、少し私見を交えてお話をさせていただきたいと存じます。
私も多少外国のことを知っておりますが、どうも日本の社会では、殊に戦後のようでありますけれども、人間の持つ本質的な価値以外のものに非常に大きな付加価値をつけてしまった。そういうことで、日本人が非常に画一的な思考をするようになったのではないかと思います。
その本質的な価値以外のものは何かというと、一つは、いわゆるよく言われております学校歴、学歴と言われますが私は学校歴と言いたいのです、学校歴です。それから、もう一つは年齢です。これはいずれも、学校歴がいわゆる学歴社会をつくり、年齢が年功序列社会をつくってしまった、そういうことで日本の社会のダイナミズムがすっかりなくなってしまったのだというふうに考えております。
この学校歴社会は実は、少し考えてみますと、経済効率というものを余りに優先した結果できたものだということが言えるかと思います。
お手元に私の資料を四枚ほど差し上げてございますので、それを使って御説明をさせていただきますが、これは私の友人が、相当な労力を使って、学生を動員して調べたデータでございます。
最初が「学歴別生涯所得の推移」ということで、八八年度まででございますが、彼は九五年まで調べておりまして、ほとんどその傾向は変わっておりません。高卒と大卒をちょっとごらんいただきたいのですが、高卒の方が、八八年で生涯所得が二億円、大卒が二億七千万強となっております。九五年時点ではもう少し開いておりまして、八千万ぐらいになっております。
この八千万の所得格差が大きいか小さいか、これは個人の判断によるところでありますが、これをちょっと経済的に分析してみます。すなわち、高卒の方は十八歳で就職をされます。ところが、大卒は二十二歳まで待たなければいけない。すると、その間は賃金を得ませんから、それが投資額になります。かつまた、学資、生活費等が必要ですから、トータルしますと千五百万から、最近は二千万ぐらいになります。それがこの七千万から八千万の所得格差を生むというふうにして計算いたしますと、いわゆる利子率といいますか収益率で勘定いたしますと、大卒の平均が六%ぐらいになります。つまり、非常に高い投資が実るという結果になっています。
次のページをごらんいただきますと、これは大卒だけについての、ただいま申し上げた投資がどれぐらいの利子に回るかというデータでございます。
これは、大企業、中企業、小企業と分けてありますが、同じ大卒でも、大企業に行った場合には実に投資額が一〇%以上に回るという現状になっております。真ん中の中企業が大体大卒の平均的な収益率でありますけれども、大企業が非常に高い。ということでいきますと、とにかく何が何でも大学ということが一つあります。それからその次が大企業、そういうパスが決まってしまうわけです。
そういうことから、御承知のとおり、最近はやや社会が混乱状態になっておりますからこのような状況が崩れておりますけれども、受験競争というものが熾烈になるというのは、この辺にあるわけでございます。ですから、学校歴というのは、とりもなおさず、いわゆる経済効率を求めた結果だということになろうかと思います。そういう、人間本来の持つ価値以外に高い価値を置きますと、必ず社会というのは画一化するわけでございます。
その次のデータをごらんいただきたいと思いますが、これは科技庁の科学技術政策研究所が調べたデータでありまして、MITの工学部の卒業生と、東大と東工大の卒業生について調べた結果でございます。
一番上の「既存企業や組織で出世する」というのと「自分の会社を設立し、発展させる」という欄をごらんいただきますと、白が東大・東工大、それから色がついているのがMITでありますが、やはり圧倒的に東大・東工大、我が方の学生諸君たちの方が既存企業や組織で出世すると答えている比率が高い。これは、日本人のアンケートに対する答え方の習性から見ますと、実は、本当に心の中で思っているパーセンテージはもっと高いのではないかというふうに思います。それから、自分の会社を設立し、発展させるということになりますと、MITに比べて半分しかいない。この辺が、ベンチャービジネスがなかなか起きにくいという問題になっているかと思います。
いずれにしても、申し上げたいのは、これだけ画一的な思考を若者がしているということです。
それから次のページをごらんいただきますと、これは中教審でも使わせていただきましたが、小学館のアンケート調査であります。
小学四年、小学六年の男の子と女の子についての調査でありますが、小学校四年生男子では、一位が野球選手、二位がサラリーマン、三が漫画家。当世の世相を反映しております。女子の方は、四年生ですが、一位が先生、二位が看護婦、ここにも漫画家が出てきております。
これが小学六年になりますと、男の子はサラリーマンが一位になりまして、この一位のなり方が物すごい比率であります。これはもう二位以下がほとんどいませんで、ほとんどが一位のサラリーマンという結果であります。女子の方は非常に健全でありまして、一位が保母さん、二位が教師で、三位が漫画家、四位が看護婦という状況になっておりまして、どうも申し上げにくいのですけれども、しばらくはというか、日本は女性に頼らざるを得ないかなというふうな気が、このデータを見ていたします。
いずれにいたしましても、私が申し上げたいのは、これだけ画一的な思考が若者の中に広がっているという点でありまして、これを何とかしたいというのが第三分科会の議論のベースになっております。
具体的な提案についてはお読みいただければおわかりいただけると思いますが、私の方は、後ろの三十五ページ以降でごらんいただいた方がおわかりいただきやすいかと思いますので、少し残りの時間を使って、三十五ページ以降をポイントだけ説明をさせていただきます。
柱が三本ございまして、「具体的提案」のところに、「独創的、創造的な活動ができる人材の育成」。それから次のページに参りまして、次のページの右側、「高い専門性と広い教養を備えた、社会の各分野でリーダーとなる人材の育成」。三番目が、職業観、勤労観の問題でございます。
一番最初の「独創的、創造的な活動ができる人材の育成」、これは座長の江崎先生、それから金子先生もおっしゃいましたけれども、要するに一人一人の子供たちが持つ能力、個性に合った教育システムを何とかつくるべきだという主張でございます。
そのために、先ほどの白川先生、私がおりました東京工業大学の卒業生で、大変喜んでおりますが、いい先生プラス小人数教育というものをどうしても日本で導入しなければいけないと、私どもは強く主張した次第でございます。と同時に、習熟度別学習もどうしても必要だろう。習熟度別学習といいますと進んだ子だけというふうに考えられがちですが、そうばかりではありませんで、ゆっくり進む子、そして大器晩成といいますか、将来非常に才能が花開く子、たくさんおります。そういうことで、ぜひ習熟度別学習というシステムを導入したいという提案でございます。
と同時に、先ほど出ました日本の教育の病理現象のあらわれとして、不登校、それからいじめ、自殺、そういうものが多発しております。詳しく見ますと、不登校、いじめはほとんど中学校で起きております。中学校の二年、三年です。圧倒的にプロポーションとしては高くなっております。これは、とりもなおさず、要するに高校受験あるいはその先の大学受験ということを意識させられる余りに、非常に子供たちがプレッシャーを受けているという結果だと私どもは判断いたしまして、そういう意味で、高校受験のない中高一貫教育のシステムを拡充したらどうだろうか。
ここには「半分ぐらい」と書いてありますが、よく、どうして半分かというふうな御質問を受けます。特に理由はございませんが、とにかく、冒頭申し上げましたように、できるだけ国民のオプションを広げるということからしますと、従来型と中高一貫、一対一ぐらいであった方がいいのではないかということからの提案でございます。
それから次に、大学レベルの問題でありまして、子供たちにプレッシャーを与えているのが、先ほど申し上げました高校入試、あるいは大学入試であります。どうしてプレッシャーを与えるかというと、いろいろ、冒頭申し上げたような画一思考もありますが、大学入試も全国的に見ると随分形態も変わってきておりますが、依然として特定の影響力のある大学の入試というのは変わっていない。いわゆるペーパーテスト中心であります。そうすると、どういう問題を出しても、ペーパーテストというのはやはり反復練習が一番効果がございます。そういうことで、非常に小さいときから受験勉強が始まるということで、何とかこの大学入試を変える必要があるのではないかという主張をいたしました。
恐らく、ペーパーテストだけでセレクションをしている国というのは世界でも余りありませんで、欧米諸国ではゼロと言ってもよろしいかと思います。もちろん学力も見ますけれども、そのほかに、高等学校時代にどういうボランティア活動をやったか、それから高等学校時代にどういうビヘービアをしたか、いわゆる調査書、そういうものが大きな参考になりますし、また、インタビューというものも非常に重要な要素となっております。そういうふうなことを日本の大学入試でもぜひ取り入れてもらいたいということでございます。
それからその次に、世の中をかなり騒がせておりますが、大学入学の年齢制限の撤廃であります。これは要するに、撤廃をしようという訴えをしましたが、全部やれということではありませんで、大学がオプションでおやりくださいという訴えかけでありました。これは、先ほど申し上げました、どうしても日本の社会に非常に根強く残っている年齢へのこだわり、これに対するブレークスルーをつくりたいということからの提案でございます。
それから次の、リーダーの育成に関しましては、世界の国々を見て、殊に先進国を見ておりますと、やはり国を引っ張っていくような方々というのは非常に高い専門性を持った方が多い。英国なんか見ておりますと、ほとんどそうであります。そういうことから、ぜひ大学、大学院の再編成をやろう。つまり、大学院では高度な専門知識をつけられるようなシステムにしよう。それで、学部の方は、そこに書いてございますように、教養教育でありますとか専門基礎、そういうところの教育に徹底をして、専門性の高い教育は大学院でやろうという訴えかけをさせていただきました。
また、日本の大学というのは入りにくくて出やすいという御批判を非常にいただいています。これは、厳密に言いますと余り正しくはありませんで、私もヨーロッパの事情を多少知っておりますが、理工系に関しては日本の学生も相当勉強をしております。決して負けないとは申し上げられませんけれども、かなり勉強しているということですが、大学総体としては、確かに日本の大学というのは入りにくくて出やすいということでありますので、何とか成績評価を厳格化する方法はないかということでの、例えば日本版GPA制度の導入等を提案いたしております。
最後に、非常に大事な点でありますが、職業観、勤労観の問題です。一九九〇年に中学校を出られた方が百九十七万人おります。それが、二〇〇〇年の時点で何と六十万弱が無業者であります。フリーターでございます。こういうふうに勤労観、職業観が非常に希薄化しているということで、特にこの項を設けて提案をさせていただきました。
全体としてまとめますと、要するに、一人一人の個性、それから適性、能力もそうですが、そういうものに合った教育システムが何とか展開できないか。それからもう一つ、ほかの分科会でも出ましたが、国民のオプションをできるだけ多くするような教育システム、そういうものを導入することによって一律主義から脱却し、ひいては非常にフレキシブルでダイナミズムに満ちた社会を構成したいというのが第三分科会の提言のねらいでございます。
以上で私の説明を終わらせていただきます。どうもありがとうございました。(拍手)
○西委員長 ありがとうございました。
以上で参考人の方々からの御意見の開陳は終わりました。
―――――――――――――
○西委員長 次に、石井郁子さん。
○石井(郁)委員 日本共産党の石井郁子でございます。
お忙しい先生方にきょうは参考人として当委員会にお越しいただきまして、お礼を申し上げます。本当にありがとうございます。
まず座長、江崎参考人にお伺いをいたします。
十四日に教育改革国民会議が開かれましたね。その後で、クリスマスイブの観劇に牛尾治朗委員が森首相を誘われたということがございまして、そのときに森首相が、これは首相の座にですけれども、それまで座っていられればいいけれどもねとこぼしたと。それに対して牛尾氏が、際どい発言に驚かれまして、そんな軽率なことを言ってはいけないとたしなめたそうでございます。
お尋ねしたいのは、もし森首相が言うように、十二月二十二日がこの教育改革国民会議の最終報告でございますね、そのとき総理の座にいなかった場合、主なき諮問委員会になるわけでございます。その場合はどうされるのでしょうか。何かお考えがございますか。
○江崎参考人 いい質問で、興味のある質問でございます。
これは御存じだと思いますけれども、最初、私は小渕総理に頼まれました。ことしの三月の初めに、なってくれということでして、御存じのようにああいう不幸な事件があったわけでございますが、次に森総理に移ったわけでございます。ですから、基本的にはだれであれ総理の諮問機関ということで、多分十二月二十二日に総理はおられるはずでございますからというのが、これは私の考えでございます。
○石井(郁)委員 金子参考人にお伺いをいたします。
教育基本法の議論に関してでございますけれども、去る九月に、産経新聞に次のような記事が載っておりました。これは九月十一日の夕方ですね。虎ノ門の国民会議の事務局に戻った中曽根弘文首相補佐官が声を荒げたと。事務局で中間報告をまとめる作業をしていた企画委員会メンバーが、またここも牛尾氏と、きょうおいでの金子委員でございますけれども、原案に盛り込まれていた教育基本法改正へ向けた十項目の提案について、削除を決めた直後だった。中曽根氏は企画委員会の突然の後退に腹を立て、事務局内の自室に引きこもってしまった。しかし、きょうおいでの金子委員らが深夜十一時過ぎまでかかって説得し、補佐官を押し切ったという記事でございます。
その中に、政治的に利用されてはかなわない、二十六人の委員が分裂してしまう、私たちは小渕さんから頼まれたからやっている、森政権の延命に手をかすつもりはない、企画委員会でこうした激しい言葉も飛び出して、十項目提案の削除が決まったという報道でございます。
政治的に利用されてはかなわないというような状況があったのかどうか。また、審議会が分裂するような状況があったのかどうか。森首相が審議会に出席するたびに、この教育基本法問題というのは基本法抜本見直しということを要請されてまいりました。ですから、自主的な審議の諮問機関とはほど遠い状況を示しているように私は思って見ていたわけでございます。その辺の状況と、審議会委員の受けとめ方についてお聞かせいただければというふうに思います。
○金子参考人 私は、政治プロセスにはおりませんので、個人のメンバーとして事実を申し上げたいと思います。
そのときの企画委員会では、企画委員がつくった案で、基本法についてどういうふうに書いたらいいかというこれまで出た細かい見解、十項目が入っていたものを、企画委員会でこれはまだこなれていないから取ろうよという意見が大勢を占めたので、取ったものがここにあります。ちょうどそのときに中曽根補佐官が首相と話をしていて帰ってきたというところまでは事実でございますが、その後は全く、漫画というか、正確に覚えておりませんが、補佐官が来て、こうなったよと言ったら、そうですか、今首相に会ってきたばかりだけれどもということで、それ以外のことはございません。説得とかいうことではございません。
それから、これは私個人の意見ですが、先ほど江崎さんもおっしゃったように、首相がだれであれ我々は仕事をするということで、政治的プロセスは、どちらかというと新聞で書いてあったことを我々は楽しんで、こんな見方もあるのかということでございます。首相は首相で自分の考えで政治プロセスの中でやっておられるのだな、我々は我々の仕事をしようということで、これは多少首相には失礼に当たるかもしれませんが、首相の影響力は我々は余り感じずにやっているということが事実でございます。委員によっては、多少個人的に話をしておられる方もいるかもしれません。しかし、企画委員会レベルではそういうことはございません。
また、一つつけ加えますと、中曽根補佐官はほとんど自分の意見を企画委員会でおっしゃるということはなしに、非常にある意味では冷静に、どんどん話してくれということでやっておられまして、もう少し意見を言われてもいいかなというぐあいに思っているぐらいでございます。
○石井(郁)委員 奉仕活動について森参考人から詳しく述べられました。若干お聞かせいただければと思うのですが、その前に、教育改革国民会議は学校視察もされているようでございまして、きのうも東京都内に行かれたということが報道されておりました。その中で高校生たちが随分活発に意見を述べたということを私は聞いているのですけれども、例えばボランティアについても、奉仕活動の義務化については、興味を持って老人ホームにボランティアに行った、しかし義務化するのはいいとは思わない、介助される側のことを考えていないと思うというようなこと等々、高校生はいろいろ率直に意見を述べられているようであります。
そこでお伺いしたいのですけども、曽野委員が、国民を奉仕役に動員するということだとこの奉仕活動について言われている報道があります。国民会議が提起された奉仕活動、いわゆるボランティア活動と、そして社会体験活動、この違いについてどう議論されたのでしょうか。
○森参考人 お答えいたします。
まず、高校生が奉仕活動の義務化ということをおっしゃいましたが、我々は議論を二つに分けてしているのです。一つは学校教育における奉仕活動と、十八歳における奉仕活動の義務化の検討ということです。学校教育については義務化という言葉を使っておりません。
それから、二番目の御質問ですが、ボランティアと奉仕活動、奉仕体験学習、どう違うかということですが、これは、人間の発達段階と教育ということを考えないと御理解いただけないと思うのですが、人間の発達段階と申しますと、幼児の……(石井(郁)委員「短くて結構です」と呼ぶ)はい、短くいたします。
子供の体験学習、教えなければわからないということで、学校ではそういう体験学習をさせる必要があるのではないか。大人は自発的に奉仕活動ができると思うのです。
十八歳の義務化については、国が国民に課する義務だけではなくて、自分が自分に課する義務といいますか、そういう自己実現と自己犠牲が重なり合うような立派な生き方といいますか、私はこれは滅私奉公に対して立私奉公と言っているのです。中国では背私立公という言葉がありますけれども、自分を立てる、そういう理想的な生き方ができるようになれば理想かなという気もいたしますが、これは全く個人的な意見でございます。
○石井(郁)委員 確かに、学校教育の中で行われるそういう社会体験活動あるいは奉仕、指導要領にはそういうふうにもう奉仕と書かれていますから、奉仕的な活動というのはどういうふうにそれを進めていくのかという問題と、十八歳以降のいわゆる義務化という問題とは区別して議論しなければいけないというのはそのとおりなんですけれども、それがどちらのどういう議論になっているかというのも、よく議論を混同しているかなという気もするのです。
お尋ねしたいもう一つは、曽野委員が「上坂氏の奉仕活動批判に反論する」という文章を出されておりますね。そこではこう言っておられるわけです。「私も、国家からさまざまな利益を受けている。教育、医療、健康保険、電力や水道の供給、警察や消防による安全への体制などである。与えられたなら、国家にその見返りとして多少の奉仕をすることのどこが悪いのだろう。もらいっぱなし、というのは乞食の思想だ。」と。
教育、医療、健康保険などは国家が国民に与えたことなんでしょうか。これらは憲法にうたわれた国民の権利を保障する、そういうものだというふうに私は思うわけですけれども、一体国民はこじきなんでしょうか。曽野委員といえば「日本人へ」という委員会全体を代表する文章を発表しておられる方でもありますから、大変影響もあると思いますので、こういう点も森参考人にお答えいただきたいと思います。
○森参考人 私は曽野委員ではないので、曽野委員の弁解はできません。
ただ、曽野委員が委員会の発言でこじきとか、何かそういうことをおっしゃったということは、上坂さんとの論争のことは何もおっしゃいませんし、それは新聞、マスコミレベルのことでありまして、国民会議の議論ではないと思いますので、私は何とも言えません。
それと、誤解がないように言っておきますが、その「日本人へ」というのは、第一分科会の討議を曽野委員の文章のスタイルでおまとめになったということを申し添えておきます。
○石井(郁)委員 奉仕活動を全員が行うようにするというふうにやはり伝わっているわけですから、そこの中には、学校教育でやる範囲と十八歳以降でやる問題とがまだ厳密に仕分けされていないということがいろいろちらちらするわけですけれども、そういう意味では、この奉仕活動というのはきちんと分けて議論していかなければいけないし、丁寧に議論をしていかなければいけないというふうに思うわけです。
この問題では、やはり今国民の間で大変議論が沸き起こっている。教育改革国民会議の皆さんは地方でもいろいろと懇談会をされているわけですし、また国民会議にもいろいろな意見が寄せられているというふうに思うのです。そういうものを見ましても、積極的な意見というのは百八十三通だ、消極的な意見が三百九十二通、倍以上がやはり消極的意見ですよね。それはまだ国民に正しく伝わっていないという点もあるかもしれませんが、やはり奉仕活動ということで意味するもの、イメージするものというのはいろいろあるかと思うのです。
その意見の中で多く出されていますのは、強制参加よりも大人がまず態度で示すべきだ、安易に義務の行使を課すことは自立心や社会性の芽を摘むことになりかねないというような意見が、本当に多く出ている。私は冒頭、高校生の意見も紹介しましたけれども、やはり高校生もいろいろな意見を持っていると思うわけですね。
そういう意味で、学校教育でも、そしてまた十八歳以降でもですけれども、奉仕活動というものをやはり押しつけ的にすべきではないというのが私の考えなんです。この点では座長の江崎さんの御意見を伺えればというふうに思いますが、いかがでしょうか。
○江崎参考人 奉仕ということ、私はこういうものを考えるときにはいつも、これを英語に訳すとどういうことになるだろうということをよく考えるのでございますけれども、一般的に考えられるのは、やはりボランティアの精神というのが非常に重要でございます。アメリカあたりの社会では、ボランティアということが大人も子供も非常に普及しておりまして、そういう普及ということが日本においても非常に重要だということですね。
ただ、そういうことが自動的にできるかどうか。やはり森さんがおっしゃったように、ある程度子供のときには強制的にする必要があるのじゃないか、そういうニュアンスが第一分科会の方にあるのじゃないか、私はそういうふうに解釈しておりますが、森さん、何かありましたら。
○石井(郁)委員 申しわけありませんが、もう時間がございませんので。
最後に、木村参考人に一点お伺いさせていただきます。
きょうは大変興味深いデータを出されたというふうに私は思うのですけれども、やはり画一的な教育になっているという批判が本当にずっと強いわけですね。その問題でいうと、やはり学校歴とか年齢だとかというところ、そういうところに非常に付加価値がついているという問題を示されたと思うのです。だとすると、この問題は学校教育だけで解決できるのかという問題が同時にございますよね。やはり日本の社会の経済のあり方、社会構造全体がかかわっている問題だと思うのですね。だから、その点はどう考えたらいいのかなということを最後に一点お聞かせいただければと思います。
○木村参考人 全く御指摘のとおりでありまして、これは、私の御説明の中で教育システムという言葉と社会システムと両方言葉を使ったと思いますが、やはり日本の社会全体が、私が指摘した、あるいはまた今御指摘のような状態になっているということで、確かに教育だけでは解決できない問題、日本人の意識改革をしなければいけない問題です。
だけれども、意識改革をしなければいけないのですけれども、それの一番手っ取り早い方法は、やはり教育のシステムをよくしていく、改善していくことではないかと私は考えております。そういうことによって、申し上げたように、日本の社会のダイナミズムみたいなものが出てくるのではないかと思う。ですから、もちろん教育だけではないことを、私ども、十分承知をしているつもりでございます。
○石井(郁)委員 どうもありがとうございました。終わります。
―――――――――――――
○西委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。
内閣提出、参議院送付、著作権等管理事業法案を議題といたします。
―――――――――――――
○西委員長 次に、石井郁子さん。
○石井(郁)委員 日本共産党の石井郁子でございます。
法案の質問に入ります前に、緊急の事態として、学校で相次いでいる蛍光灯コンデンサーの破裂によるPCBの飛散事故について、一問お聞きいたします。
この秋、東京、和歌山、岐阜、愛知、千葉で立て続けに学校での事故が起きているわけであります。実は私はことしの四月に、こうした事故が起こり得る危険性を指摘して、直ちに学校におけるPCB使用器具の調査と交換を行うべきだということを質問主意書で出させていただきました。
ところが、政府の答弁書は、施設については学校設置者の責任であり、国としては何らの手だてもとらないという開き直った内容でありました。こうした危機感のなさが事故を未然に防げなかったと言っても過言ではないと思うんです。
PCBは、言うまでもなく、猛毒のダイオキシンを含んでいます。環境中にそれを飛散させるなどというのはとんでもないことでありまして、まして授業中に子供たちに突然降りかかるわけですから、一刻も放置できない問題であります。
この問題は、既に、一九九七年の七月に、日本照明器具工業会が、電気絶縁物についてこのように文書を出しております。「通常十年前後から劣化が進行し、十五年を超える長期使用では安定器・コンデンサの故障を生じ、発煙、容器破損等の事故が発生することもあります」と。PCB使用の蛍光灯は、すべて二十五年以上使用されていることは明らかでありまして、いつ破裂してもおかしくない状況にあるわけですね。
これは、先日、岐阜でしたか、いまだに六百幾十何本とか、あるいはまだ調査されないのが四百幾つとか発表をされておりましたけれども、緊急にすべてのPCB使用器具を交換する、そのための予算措置を含めた対策をとるべきではないかと思いますが、いかがでしょうか。
○大島国務大臣 PCBの使用照明器具の破損事故について、こういう事故が起こることはまことに遺憾でございます。
私どもは、その設置責任者というか、そこはあくまでも教育委員会ですよと申し上げたのは、いわゆるPCB使用照明器具の交換に係る経費については、地方交付税において所要の措置をしているわけです。学校の設置者みずからの判断で行ってください、そういうふうに措置をしているわけでございますので、そのように申し上げてきたわけであります。
しかし、いずれにしても、そういう事故が起こったということを踏まえまして、私どもがさらに徹底して指導を行い、そういうことがないようにいたすのが我々のまた義務だろうと思っておりますので、そういう努力をしてまいりたい、こういうふうに思っております。
○石井(郁)委員 日本照明器具工業会の文書については、文部省自身も御存じだったはずであります。ですから、都道府県の担当者の会議などでは配付もされていたということですね。しかし、配付をしてそれだけで何の対策もとらない、もう交付税であなた方はおやりください、こういう態度は、やはり文部省としては極めて無責任ですよ。
実際、この交換というのは大変お金がかかるんですね、何か算定はいろいろあると思うんですが。一基二万円もかかるだとかありますし、それから、取りかえて管理をするということも大変な経費がかかることもあります。だから、危険を承知でやはり放置してきた、私は、このことの姿勢をぜひ改めるべきだということを第一に申し上げたいわけであります。
そして、今何よりも、いつ起こるかもわからない、こういう事態でありますから、ぜひ都道府県に対しても指導すると同時に、文部省自身が、国としてやはり必要な予算措置を含めた手当てをする、事故を絶対に起こさない、早急に対策をとるという点で、改めて大臣の姿勢と御決意を伺いたいと私は思います。
○大島国務大臣 共産党の教育政策がどうなっているか、私は細かには勉強していませんが、ある意味では地方に、教育委員会に権限を任せるという御主張ではないかと思います。一方でそう言いながら、一方で、何か事故があると文部省がけしからぬと怒られるのは覚悟しておるところでございます。
この事故に関しても、先ほど申し上げたような措置をし、できるだけかえなさいよ、こう申し上げてきた。しかし、起こっている実態を見ると、さらに私どもがそういうものに対して、二度と起こさないように点検をして、そして早くかえるようにと指導してまいりたい。ずっと、この事故が起こって以来やってきておりますが、早急になおかつ努力してまいりたい、そして起こらないようにしてまいりたい、こう思っております。
○石井(郁)委員 ぜひそのようにお願いをしておきたいと思います。
さて、著作権等管理事業法の法案でございますけれども、IT革命が叫ばれ、さまざまな著作物がインターネット等で世界じゅうを駆けめぐるという状況でありまして、著作権者の権利を保護するということがますます重要になっていると思います。
今回、営利目的の管理事業者が参入するということになります。既にいろいろ御議論がありましたけれども、どうも、営利優先ということが先行しますと著作権のたたき売りにならないかと、関係者の間での心配がございます。
著作権者の中には、今大変売れている方もあれば、今はそうではないけれども、しかしやはり将来のための大事な仕事をしていらっしゃるということもあるかもしれません。ですけれども、営利目的ということになりますと、やはり利益を上げるということが第一になるわけであります。管理団体がたくさんできますと、これもできるかどうかというのはわからないんですけれども、あなたは余り売れていないのでうちでは扱いませんだとか、そういう形での、契約が拒否されるというようなことが起こらないのかということですね。結果として権利が守られないというようなことが生じないのかどうか、伺っておきたいと思います。
○大島国務大臣 先生が御心配されるような問題提起をよくされます。著作者の不利益にならないように注意しなさいということでございまして、参議院においてもそういう意味での附帯決議がなされたところでございます。しかし、これを法律上禁止するということは適当ではないし、先生もそこまではおっしゃっておられません。したがって、そうならないように、やはりよくウオッチをしながらやっていかなきゃならぬと思います。
私のように、すぐ売れなくても、二十年、三十年たつと売れるような政治家もいるかもしれません。歌でも著作物でもやはりそういう意味での、民間企業というのは中期、長期、短期も含めて総合判断する。そういうことが、企業としての使命でもありましょう。いずれにしても私どもが、今先生が心配をされるようなことがないように、やはり適切な指導をきちっとやっていかなきゃならぬだろうという思いでございますので、また、参議院においても附帯決議をちょうだいしておりますから、その点を注意して今後運営してまいりたい、こう思っております。
○石井(郁)委員 やはり著作物が不利益を受けないように、あるいは著作権者の利益をしっかり守っていく、保護していくというのは第一に貫かなければいけないと思いますので、今御答弁いただきましたけれども、しっかり指導していただきたいと思います。そして、私どもも、国会でも監視をしていかなくてはいけないのかなというふうに思っております。
今回の法律で、新法ですから、三年後に見直しという規定がございますね。これはやはり、起こり得るいろいろな問題、また懸念される事柄が含まれているということからそうさせていると思うのですが、その見直しの対象としてどういうことが想定されるのか、少し立ち入ってお聞きしておきたいなと思います。
○伊勢呂政府参考人 この法案は、事業実施の許可制や使用料設定の認可制などの規制色の濃い仲介業務法というのを廃止した上で、事業実施の登録制、使用料の届け出制というものをとるものでございまして、全体としては、旧仲介業務法の規制を緩和するものでございます。
しかしながら、これまで規制がなかった分野にも適用範囲を拡大する、あるいは規制が緩和された分野についても、今後時代の変化によりまして見直す余地もあるということから、政府の規制緩和推進計画の趣旨に沿いまして、附則第七条におきまして検討規定というのを設けることとしたものでございます。
見直し期間を三年といたしましたのは、この法案が既存の制度を大きく見直すものでございまして、新たな事業者の参入の程度、あるいは協議、裁定制度の運用状況といったようなものの法施行後の状況を早期に把握することが適当であると考えたため、三年としたわけでございます。
○石井(郁)委員 今回の著作権等管理事業法では、著作権者の適用対象の範囲が、俳優や歌手といった実演家の方々に広げられました。いわば著作隣接権が広げられたということが大変重要だと私は思うんです。
先ほど映画の話がいろいろありましたけれども、映画やビデオ等による二次利用の際に俳優や歌手の方の権利を擁護するという問題は、私も当委員会で何度か取り上げさせていただいたわけです。今日、日本の映画、ミュージックビデオなど、海外では大人気になっているということがありますけれども、幾ら売れても、俳優さん、歌手の皆さんには、著作隣接権の対価としては一円も入ってこないというのが現状でございます。
この点で、文部省は、実演家の団体からは実演家の権利を充実すべきであるという意見があることは承知をしていると、これは私どももずっと言ってきたわけですから、そこまではおっしゃるわけですが、一方で、映画製作者などが映画の円滑な利用に対する影響などから映画に関する実演家の権利強化については慎重な意見を持っているということを、文部省がいわば代弁をされるわけです。この映画の円滑な利用に対する影響ということはどういうことを指すのでしょうか。それは、出演者全員から許諾をとらなければならないという問題を指しているのかどうか、お聞きしたいと思います。
○伊勢呂政府参考人 映画に関する実演家の権利を充実すべきという意見に対しまして、映画製作者の方からは、映画の円滑な利用が阻害されるということについての懸念が表明されているところでございます。
具体的に申しますと、例えば、個々の実演家に利用を禁止することのできる許諾権という強い権利を与えた場合には、多数の実演家のうちの一人でも反対すれば利用できなくなる、また、その多数の実演家について一々許諾を得なければならないとすると、全部の実演家の許諾を得るために事務が非常に膨大になってしまう、それで円滑な利用に支障が生ずるなど、実演家に与えられる権利の性質あるいはその権利の行使のあり方によっては、映画のビデオ化等の二次的な利用について障害が生ずるのではないかということでございます。
○石井(郁)委員 確かに映画は総合的な芸術ですね、出演者もあれば、監督、助手の皆さん等々、本当にいろいろいらっしゃるわけですから。そうですけれども、今お話しのように、出演者の一人一人から許諾をとることがどうも難しいのじゃないか、円滑な利用の妨げになるという意見は、私は必ずしも実態に合っているというふうには思わないんですね。
この点では、既に、テレビでの実演家の著作隣接権というのは、実演家著作隣接権センター、CPRAが集中管理をしているわけであります。芸団協の皆さんからのお話では、例えばNHKの大河ドラマがございます。六百人近くの俳優さんが出演している。それをビデオにする場合には、一人一人の実演家が著作隣接権を委託して実演家著作隣接権センターが管理をしている、そこの許諾があれば速やかにビデオにできるという実態があるわけでしょう。これはもう実績としてあるわけですから、やはりこういう対応は可能ではないのかというふうに思うんです。だから、実施できない理由にはならないんじゃないかと思いますが、いかがですか。
○伊勢呂政府参考人 放送の場合ですと、許諾権ということで、その権利をまとめて今の芸団協の隣接権センターがやっているのだと思いますけれども、今言いました映画の二次利用の話につきましては、ワンチャンス主義というのが我が国で採用されておりまして、一度同意をするとあとの権利がなくなるといいますか、そういう形で進んでおりまして、今の制度の中では、もうあとの権利はないといいますか、そういう形になっておるわけでございます。
○石井(郁)委員 実演家の方の権利を保障するというか、擁護するということが大変重要だというのは、これは本当に実演家の皆さんの生活そのものがかかっている、こういう問題でもあるんですね。もちろん、だからこそなんですけれども。
私は、生活の実態についても少し御紹介をしたいというふうに思うんです。
この点でも、芸団協が行いました生活実態という調査がございまして、見せていただいたんですけれども、実演家の個人年収の平均は四百七十七万円だと。これは一九九八年のデータです。十年前が四百七十二万円ですから、それほど変わっていないわけでしょう。労働省の賃金調査でも、全労働者の平均というのは五百二万円ですよ。十年前は三百九十二万円ですから、約一・三倍です。だから、いかに実演家の方というのは状況が変わっていないか、大変困難な中でそういう芸術活動をしていらっしゃるかということがあるというふうに思うんですね。
映画では先ほどのお話のように、ロードショー公開中、劇場収入よりも、その後のビデオ販売の二次利用の収益の方が大きいということがよく言われるわけでしょう。これは一方で、映画の観客数が減ったり、衰退というような状況や、本当に映画がいい作品になっているかどうかとか、いろいろな問題もあるかもしれません。だから、映画製作者が言うように、収益のリスクということがあるので二次利用の際に実演家にまで支払うのは無理だ、こういう考えでいきますと、実演家の権利というのは本当に保障されないということにつながるわけであります。そして、私は、今日の状況には合わないというふうに思うんですね。
ですから、実演家の権利の擁護という点でいうと、新たな立法を含めて本当に政府としてのきちんとした対応が要るのではないかということを強く申し上げたいわけであります。いかがでしょうか、大臣。
○大島国務大臣 今の議論を伺いまして、確かに出演者そのものの権利がきちっと保護されているかどうかというのは、なるほどなという思いがいたします。
したがいまして、今私ども、映像分野の著作権等に係る諸問題に関する懇談会、映像懇と申し上げますが、ここでいろいろな議論をしていただいております。さらに、国際的な動向というものを見きわめなければなりません。そういうことを踏まえながら検討をしてまいりたいな、このように思います。
アメリカの場合は、ワンチャンス主義といっても膨大なお金をスターなんかが取ります。後はビデオで使え、何に使え、そのかわりがばっとお金をいただく、こんなことでございますが、いずれにしろ、今御議論をいただいておる件は、これからの大事な検討課題だという思いを受けて検討してまいりたい、私はこう思っております。
○石井(郁)委員 大臣から、大変前向きな答弁というふうに私は受けとめさせていただきまして、やはり世界の流れというか、そういう方向に動いているなと思うんですね。ぜひ政府としても積極的に検討いただきたいということを重ねて申し上げます。
もう時間がありませんが、十二月にWIPOの著作権条約のための国際会議が開かれまして、八月には議長からの提案もされている。四つの案と言われているわけですね。この十二条、排他的許諾権の実演者から製作者への権利の移転という問題でございますけれども、日本の政府としてどういう立場で臨もうとされていらっしゃるのか、ちょっと基本的な考え方をお示しいただければと思います。
○伊勢呂政府参考人 この八月にWIPOから、視聴覚的実演の保護に関する条約草案が公表されました。この草案では、映画等の視聴覚固定物に固定されております実演に関する実演家の排他的許諾権といたしまして、複製権、譲渡権、商業的貸与権及び利用可能化権が規定されていますとともに、放送・公衆への伝達につきましても、排他的許諾権を各国において選択できるという案でございます。
これらの排他的許諾権の移転に関しましては、四つの選択肢が提示されておりまして、文化庁では、先ほどの映像懇における検討あるいは関係者の意見も踏まえまして、まずそれぞれの選択肢の規定する内容が十分に明確になることが重要だと考えております。
ちょっと長くなりますけれども、一つずつ申し上げますと、EからHまでございまして、E案というのは、実演家が一たん固定に同意しかつ書面による契約に反対の定めがない場合、この条約に規定する排他的な許諾権は映画製作者に移転したものと推定する案でございます。アメリカが強く押している案でございます。この案に関しましては、権利移転の対象が人格権及び報酬請求権には及ばないということが明確になる必要がございます。
F案は、同様の場合、映画製作者は実演家の権利を行使できると推定する案でございまして、これについては、実演家の権利と映画製作者の権利の関係が明確になる必要があるというふうに考えております。
G案は、権利の移転に関しては当該固定物に最も密接に関係した国の法令によるという案でございまして、これは、最も密接に関係した国の決め方がよくわからないので、明確にする必要がある。
H案というのは、権利の移転に関しましては、条約に規定を設けず、各国の判断にゆだねる。これはEUが主張している案でございますが、この案に関しましては、権利移転につきまして各国の法令で定めることができるということを明確にする必要があるというふうに考えております。
文化庁といたしましては、こうしたそれぞれの選択肢の内容の明確化を図りつつ、また国内関係者の意見を十分に踏まえながら、実演家の権利保護、それから映画の円滑な利用の観点から有意義な条約が策定されるように、外交会議に積極的に参画してまいりたいと考えております。
○石井(郁)委員 著作権に関する各国の状況がさまざまでありまして、今お話しのような状況だということは私も承知しています。
しかし、大事なことは、アメリカとEUの駆け引きの模様眺めで終わっちゃいけないと思うんです。日本として積極的にイニシアチブを発揮していくことが大事かなというふうに思いますので、日本政府がまとめ役になるようなおつもりで、御奮闘を期待いたしまして、私の質問を終わります。
どうもありがとうございました。
―――――――――――――
○西委員長 これより討論に入るのでありますが、討論の申し出がありませんので、直ちに採決に入ります。
内閣提出、参議院送付、著作権等管理事業法案について採決いたします。
本案に賛成の諸君の起立を求めます。
〔賛成者起立〕
○西委員長 起立総員。よって、本案は原案のとおり可決すべきものと決しました。
―――――――――――――
○西委員長 ただいま議決いたしました法律案に対し、河村建夫君外七名から、自由民主党、民主党・無所属クラブ、公明党、自由党、日本共産党、社会民主党・市民連合、21世紀クラブ、保守党の共同提案による附帯決議を付すべしとの動議が提出されております。
提出者から趣旨の説明を求めます。藤村修君。
○藤村委員 私は、提出者を代表いたしまして、本動議について御説明申し上げます。
案文を朗読して説明にかえさせていただきます。
著作権等管理事業法案に対する附帯決議(案)
政府は、著作権制度の重要性にかんがみ、本法の施行に当たっては、次の事項について適切な措置を講ずるべきである。
一 著作権制度の重要性と著作権等管理事業の公共性にかんがみ、著作権思想の一層の普及、啓発に努めるとともに、著作権等管理事業者の健全な育成が図られるよう、特にその環境整備に努め、併せて著作物等の経済的価値のみが優先され、文化的価値の高い著作物等が不利益な取扱いを受けることのないよう、適切な指導を行うこと。
二 著作権等管理事業者と利用者又は利用者団体との使用料規程に関する協議については、委託者と利用者の双方の利益の均衡に特段の配慮が必要であることにかんがみ、関係者間の話し合いの促進などの諸条件の整備に努めるとともに、適切な指導を行うこと。
三 著作権等管理事業者間の自由かつ公正な競争の確保、著作権等管理事業者の利用者に対する優越的地位の濫用の防止及び著作物等の利用の円滑化を図るため、公正取引委員会をはじめ関係省庁が協力して適切な措置を講ずるよう指導を行うこと。
以上であります。
何とぞ御賛同くださいますようお願い申し上げます。
○西委員長 これにて趣旨の説明は終わりました。
採決いたします。
本動議に賛成の諸君の起立を求めます。
〔賛成者起立〕
○西委員長 起立総員。よって、本案に対し附帯決議を付することに決しました。
この際、ただいまの附帯決議につきまして、文部大臣から発言を求められておりますので、これを許します。大島文部大臣。
○大島国務大臣 ただいまの御決議につきましては、その御趣旨に十分留意をいたしまして対処してまいりたいと思います。



Copyright(C)石井郁子事務所 2001
本サイト内のテキスト・写真等全ての掲載物の著作権は石井郁子事務所に属します。
リンク希望の方は、お手数ですがメールにてお知らせください。
石井郁子トップページはこちらから