トップ>国会報告>166/衆/教育再生特別委員会/2007年4月26日

2007427()「しんぶん赤旗」

教師の心の余裕奪う

免許更新制 参考人が批判

石井議員質問


写真

(写真)参考人に質問する石井郁子議員=26日、衆院教育再生特別委

 衆院教育再生特別委員会は二十六日、教育三法案に関する参考人質疑を行いました。四人の参考人がおもに教員免許更新制について意見を述べました。

 嶺井正也・専修大学教授(野党推薦)は、三月の中央教育審議会答申に教員の養成制度や職場環境の改善が大事であると書かれているが、「そういうものが考慮されずに免許更新制度が導入されようとしている」と指摘し、「学生が教職に魅力を感じなくなる制度だ」と教員免許法改定案に反対しました。

 勝野正章・東京大学准教授(同)は「免許が更新されたからといって教師が尊敬と信頼を得られるものではない。更新制は教師から子どもたちとの交流の時間や心の余裕を奪っていく」と批判しました。

 日本共産党の石井郁子議員は「国主導で免許更新講習や研修が行われると、教員に必要な資質・能力が画一的な方向になる懸念があるがどうか」と質問。高倉翔・明海大学長(与党推薦)は「講習が国主導で画一的ということになると、自主性・自律性がおかしくなる」と答えました。

 また石井氏は、学校での成果主義や評価がどのように教員の仕事の性質を変えているのか尋ねました。勝野氏は「成果主義の中で、数値目標を立てると、単純に学力の点数や不登校の生徒を減らすことが目的となってくる。教育活動が本末転倒になる」と述べました。


衆院教育再生に関する特別委員会 会議録第5号 2007年4月26日

   議員           田島 一成君
   議員           高井 美穂君
   議員           藤村  修君
   議員           牧  義夫君
   議員           松本 大輔君
   議員           笠  浩史君
   文部科学大臣政務官    小渕 優子君
   参考人
   (兵庫教育大学学長)
   (中央教育審議会副会長) 梶田 叡一君
   参考人
   (明海大学長)      高倉  翔君
   参考人
   (専修大学教授)     嶺井 正也君
   参考人
   (東京大学大学院教育学研究科准教授)       勝野 正章君
   衆議院調査局教育再生に関する特別調査室長     清野 裕三君
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 学校教育法等の一部を改正する法律案(内閣提出第九〇号)
 地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部を改正する法律案(内閣提出第九一号)
 教育職員免許法及び教育公務員特例法の一部を改正する法律案(内閣提出第九二号)
 日本国教育基本法案(鳩山由紀夫君外五名提出、衆法第三号)
 教育職員の資質及び能力の向上のための教育職員免許の改革に関する法律案(藤村修君外二名提出、衆法第一六号)
 地方教育行政の適正な運営の確保に関する法律案(牧義夫君外二名提出、衆法第一七号)
 学校教育の環境の整備の推進による教育の振興に関する法律案(笠浩史君外二名提出、衆法第一八号)
     ――――◇―――――

○石井(郁)委員 日本共産党の石井郁子でございます。
 本日は、当委員会の審議のために参考人としておいでいただきまして、本当にありがとうございます。
 早速質問に入らせていただきます。
 梶田参考人に伺いたいと思いますが、教員免許の更新制は、中央教育審議会で検討されまして、二〇〇二年二月の段階では、導入にはなお慎重にならざるを得ないと判断して、見送られました。そのかわりに十年経験者研修ということが実施されてきたわけでございます。
 しかし、今回、法案提出ということで、免許更新制が入ってきたわけですね。そうしますと、十年経験者研修も実施される、さらに免許更新制による講習の実施という、両制度が併存、並立することになるわけでございますが、このことについてのお考えをひとつお聞かせいただきたいということと、この更新の講習は教員養成大学などで行われるということになっておりますので、率直なところ、大学にリニューアルのための態勢はあるのでしょうか。

○梶田参考人 前回の答申で、慎重に、更新制は基本的には見送るという答申が出て、その後、やはりやった方がいいということで出ました。
 実を言うと、私自身は前の答申のときはメンバーじゃなかったんですね。だから、その間のことはいろいろと聞いております。でも、やはり率直に言いまして、教師に対する、このままでいいんだろうか、そういう声がどんどん高まった。それで、前の答申のときにも、慎重ではあるけれども、その道は閉ざしたわけではないんですね。それはやらない、ただ、今すぐはやらないということだったんですけれども、やはり全体の、つまり、個々の問題のあるそういう事例についてだけでなくて、全体に底上げする、そういうことからいって更新制ということが必要じゃないかという、この議論が強くなっている、これはあります。
 同時に、これは教師だけの問題ではありません。医者であろうと何であろうと、専門免許については、一度もらったら生涯というのがふさわしいんだろうか。
 御存じだと思いますけれども、医者でも、十年もすれば治療の仕方が変わってきます。あるいは、どんどん、いろいろと診断の仕方も変わってきます。そういうことで、一度もらった専門免許をずっとそれで、二十二、三でもらったものを六十、七十までやるということがいいんだろうか。教員免許を先駆けとして、やはり十年に一回見直すという、これは自動車免許なんかもそうですね。年をとれば、いろいろともう一度考えなきゃいけない。あるいは交通法規も変わります。
 というようなことで、そこで、世論の動き、それから中での議論の動き、そういうことで、今回、去年の七月の答申では、免許更新制をこの際やろうということが出た、こういうふうに理解しております。
 それからもう一つ、これの講習を教員養成大学で、これはもちろん国立だけじゃありません。今申し上げた八百の、国立で教員養成の学部とか大学というのは大体六十ぐらいなんです、私立がたくさんあるわけですね、教員養成の課程を持っているところは。そういうところも含めて、もちろん、教員養成課程を持っておれば全部更新講習のいわば会場になるといいますか、主体になるというか、そういうことではないんですけれども、やはり私立を含めて広く、教員養成、教員研修に非常に熱心な、あるいは使命感を持っておられる、そういう大学を選んで、それで、きちっと大学の責任でやっていただこうということになりました。
 これは、別の言い方をしますと、教育委員会が実施するということでは、いわば雇用関係の中でやることになりますので、いろいろと別の意味での弊害が出てくるんじゃないかという議論がございました。ですから、養成をしている大学に一度戻して、そこで研修していただいて、いわば雇用という関係と切り離した形で、そういうことになったわけであります。

○石井(郁)委員 どうもありがとうございます。
 時間の関係もありますので、よろしくお願いいたします。
 高倉参考人に伺いたいと思いますが、今、いろいろ議論が出ておりますけれども、やはり、教師になろうという人は、子供の教育に喜びや生きがいを感じて選んでいらっしゃるというふうに思いますね。教職活動を続ける上では、授業や生徒指導で高い専門性が必要とされるし、そしてまた、教育の本質からしても、やはり自主性とか自律性ということは欠かせないというふうに思うんですね。
 そういうことで伺いたいわけですが、今回、とにかく研修ということが非常に強調された制度設計になった。免許更新の講習、それから指導改善の研修という形で導入されるわけでありますけれども、これらが、その内容等が国主導で行われるということになりますと、教員にとって本当に必要な資質とか能力ということがやはり画一的な方向になりはしないかという問題、懸念が非常に言われておりますので、この点の御見解を伺いたいと思います。

○高倉参考人 先ほども申しましたように、私、平成十四年の、慎重にならざるを得ない、これをまとめて、ごめんなさい、御質問のところがちょっとずれますけれども、そして、その次には、昨年の七月の答申の作成にも参加した、こんなことでございます。
 それで、なお慎重にならざるを得ない云々という答申をまとめたときに、やはり、どうしても更新制を導入すべきだ、慎重にならざるを得ないというのに対して、反対だという御意見が最後までかなり強うございました。
 一つは、もうとにかく理屈抜きに反対だ。もう一つは、導入しないことのメリットを並べて導入しないというのはいかにも消極的な理論の構成であると。それからもう一つは、制度論としてはわかったけれども政策論議がない。そんなことで、取りまとめに大変な苦労をしたということがございます。そういったことが、慎重にならざるを得ないということにもかかわらず、やはり含みを残して、できるだけ早くそういった含みの部分を実現できればと、こんなことになったというふうに私は理解しております。
 そのプロセスで、私どもは、この十四年の答申のときに、最後のところで、「教員免許更新制の可能性の検討にかかる問題点の整理」というものをしておきました。そして、この問題点というものに一つ一つ丁寧に答えていただけないとなかなか納得はしていただけないのではないかというような発言を私自身がしたところでございます。
 それに対して、平成十八年の答申は、平成十四年の答申において指摘した問題との関係ということを非常にきちっと書いてくだすったというようなことで、それはそれで一つのクリアがなされたというふうに考えております。それが第一点でございます。
 それからもう一つ、先生から御質問いただいたところでございますが、専門性と同時に自主性、自律性云々、これは、プロフェッショナルオートノミーというようなことが言われましたので、自主性とか自律性というのはもう専門性の中に包み込まれている要素なんだというように私は理解しております。したがいまして、そういうことで、専門性を重要視するということは、テクニカルな意味での専門性ということじゃなくて、自主性、自律性を包み込んだ形で考えていかなきゃならない、こういうふうに考えております。
 ということになれば、更新のための講習というようなもののあり方がやはりそこで問われてくるということで、これが国主導で画一的ということになれば、専門性の中にインクルードされている自主性や自律性がおかしくなるのではないか。このことについては、これからの制度設計によると思いますが、今いろいろと御努力をなすっているところを聞きますと、やはり透明性をもう少し前面に出していこうと。
 つまり、どういうことかと申しますと、国主導云々、制度は国が確かにつくったものでございますけれども、どういう中身でどういう講習をしていくのかということにつきましては、まず一つは、調査研究と申しますか、あるいは試行、トライアルというようなことを考えていこうではないか。と同時に、この制度が本格的に実施された場合には、実際に講習を受ける方々あるいは教育関係者からいろいろな御意見を聴取して、そして、それをもとにして講習の中身の開発というものに努力しよう。もちろん、そういったことについての公表、透明性というものを担保しよう。そういう方向で今制度設計がなされているということを聞いておりますので、そのことに期待したいと思います。
 以上でございます。

○石井(郁)委員 どうもありがとうございました。
 やはり、研修というあり方、どういう内容で何をすることが、教師にとって本当に役に立つ、また力量の向上になるのかということだろうと思うんです。
 この点で嶺井参考人に伺いたいと思いますけれども、よく私どもが聞くのは、嶺井参考人も強調されましたけれども、自主的な研修、自主研修の機会というのが今少なくなってきたんじゃないかという御指摘だったと思います。校内研修、各教科ごとの研修、生徒指導の研修をやはり校内でやるというのは、経験ある先生とまた若い先生とが本当に議論をし合う、学び合う、そして率直に身につけていく、こういう役割を持っていたと思いますが、最近、それが非常に少なくなったということを聞くんですね。
 この点の現状について、何かお考えがございましたら、一言伺いたいと思います。

○嶺井参考人 教職員の多忙の問題はもう勝野参考人の方からもお話がありましたし、私もたくさんの教職員の方々から意見を聞いてみますと、まず、子供と接する時間が本当にないということをおっしゃっております。
 あわせて、やはり教育活動というのはお互いの協力関係の中で行われるものですから、研修も、その中で重要なものだと思います。お互いに自分の自主性を出し合って、何が今の子供にとって大事なのか、自分の足りないところはどこなのかということを点検し合う場が必要だと思っています。そういう意味で、校内研修がまさにベースにあるというふうに考えております。
 あわせて、学校外の研修に本当に自分の意欲を持って参加できるようなことに今はなっていないんじゃないかなと思っております。そういう意味で、もうちょっと専門職にふさわしい制度設計が必要だと思っております。

○石井(郁)委員 私自身もちょっと教職を目指した一人でもあったんですけれども、やはり、みずから学ぶという時間、いろいろなものを、各ジャンル、専門性だけじゃなくて、文化的なことも含めて、本当に人間らしい生活を教師自身がする中で豊かな教職活動ができていくんだろうと思うんですが、今、勝野参考人からも、大変今教師が多忙である、やりたいことを持っている、気持ちだけはいっぱいあるけれどもやれないという中で、大変困難な状況に置かれているという話があったというふうに思います。
 勝野参考人に伺いたいと思いますが、やはり諸外国では、いろいろな形で、教師の、そういう教職の仕事のエネルギーの持続とか、専門性を高めるとか、いろいろな技術を獲得するとかいう取り組みをしていると思うんですね。その点で、特に何か学ぶべきようなところがございましたら、御紹介いただければと思います。

○勝野参考人 簡単にお答えいたします。
 例えばアメリカの例なんかを見ますと、確かに、教職の高い専門性の水準というふうなことが大事にされ、重要視されるわけです。ただ、それが、国が主導ではなくて、教師の専門職性、専門職的な団体が中心になって、教師の高い水準というふうなことを設定していく。それは、日本でも、専門職と言われる医師あるいは弁護士といった方たちがそういった規律面も含めてやっていかれるのと同じだと思います。
 そういったものをつくっていく中で、専門職団体の中央的なところでも教師の専門性についての議論が起こりますし、また、そういったことを一つの契機にして、学校の内外において、教師の今必要なものは何かといったこと、専門性というふうなことが議論をされるということがあります。
 やはりここでは、非常に大事なことは、教師の専門職性、個々も大事ですが、教師集団としての自律性というふうなことを生かしながら、教師がみずから研さんをしていくというふうな側面ではないかと思います。
 以上です。

○石井(郁)委員 もう少し時間がありますので、勝野参考人は、最近、学校での成果主義とか評価ということが非常に教職員の仕事の性質を変えているんじゃないかという御指摘をされたことをちょっと見たんですけれども、これはどのような実態とどういう問題点をはらんでいるんでしょうか、お聞かせください。

○勝野参考人 お答えいたします。
 この間、評価の問題、今回の更新制の問題もある種の評価問題だというふうに思いますけれども、学校にその評価の目というのが非常に厳しく覆いかぶさるようになっています。
 評価というのは、本来、信頼を取り戻すもののはずで、高めるはずのものですけれども、実際には、評価が評価を重ねていく。これは、金融機関の検査機関に対する評価がまたその上に屋上屋を重ねるというふうなことなどでも明らかなことだと思いますけれども、そういった学校や教師に対して評価の目が厳しくなっていく中で、教師のやりがいというふうなものが徐々に徐々に変質をさせられていっている、そんなような気がしてなりません。
 具体的には、やはり教師が、今、成果主義の中で、教員評価の問題と絡んで数値目標を立てるというふうなことが出てきます。数値目標全部を否定するというふうなことはできないかもしれませんが、例えば、子供たちの学力、点数、あるいは退学者、不登校の子の数を減らすといったようなことが、単純にそれだけが目的になっていくこと、それは教育活動の本末転倒につながるものだというふうに思います。
 以上です。

○石井(郁)委員 もう一点、これも勝野参考人に伺いたいんですけれども、先ほどの意見陳述の中の最後に、教師の心性、マインドの変化を促進するんじゃないかということを言われまして、これは私も大変重要な問題と受けとめたものですから、最後にお聞きをしたいと思います。
 今、教師に対してあるいは学校に対して、非常に保護者からの非難というか、いろいろあるということがありました。そういう中で教師が大変苦労しているということもあると思いますが、苦労しているというか、受けとめなきゃいけない面ももちろんあると思いますけれども、何よりも、子供を育てるという、子供の人間的な成長、発達に携わっている教職、教師の仕事ということだと思うんです。
 そういう子供や保護者の問題を抱えて、学校に寄せられる問題と本当に正面から向き合うということにこの研修がどうつながるのかという問題なんですよね。そういうことにかかわるよりも、何か行政機関の末端としての学校、それで研修が上から押しつけられる。よく押しつけ研修という名前もかつてありましたけれども、そういうことになっていくのは、私は大変まずいんじゃないかというふうに思いますので、教師自身のそういうマインドの変化というのはどういうふうに、もう少し説明いただければと思います。

○勝野参考人 お答えします。
 先ほど申し上げた成果主義の問題、あるいは教師が外部からの評価の目にさらされているというふうな問題と非常にかかわっている点だというふうに思いますけれども、そこでは、ある種の教師のやりがいの変質というんでしょうか、それが起きているような気がして私はなりません。これはもう少しきちっと検証しなければいけないデータですけれども、この間、先ほど教師の休職者、精神的な疾患が原因で休職をしていく教師が非常にふえているというふうなお話も申し上げました。バーンアウトの問題といったこともいろいろと取りざたされているところであります。
 ただ、実は最近、これは数字をもう少しきちっと検証しなければいけませんが、ある調査によると、大都市圏を中心にして、教師のバーンアウト率というのはむしろ下がっているというふうな実証的なデータもあらわれています。それはなぜなんだろうかというふうなことで考えますと、実は、教師が子供のことあるいは教育のことを深く考えないようになっているのではないか、そんなことが私はあるような気がしてならないんですね。
 つまり、ある種のそういった成果主義ですとか、教育の困難な中に疲れてしまう、その中で教師の心がすり減っていく。そして、いわば困難なところから、教師というのは、ある意味でこれは人間として自然なことだと思いますけれども、自然に楽な方へ、深く子供のことについて思い悩まない、考えない。
 それは、教師が今孤立していますから、そういった悩みや困難を抱えていても、同僚同士で支え合うというふうな関係がないこととも関係していると思うんですね。そういった教師の心性とかマインドの変化というものに、今回の更新制はまた流れにさお差すような影響を及ぼすのではないかというのが私の考えです。
 以上です。

○石井(郁)委員 どうもありがとうございました。
 以上で終わります。


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