トップ>国会報告>162/衆/文部科学委員会/2005年7月20日

2005年7月21日(木)「しんぶん赤旗」

従軍慰安婦発言

文科相に撤回要求

衆院文科委 石井議員が批判


 日本共産党の石井郁子議員は二十日の衆院文部科学委員会で、中山成彬文科相が福岡市での講演(十日)で、従軍慰安婦の言葉が当時なかったという「支援者のメール」を読み上げた問題について、「内閣の方針と異なる発言を繰り返している。撤回すべきだ」と批判しました。

 中山文科相の同様の発言は六月十一日に続いて二度目。石井氏は「『聖徳太子』や『大化の改新』などの言葉も後世そう呼ばれるようになった。当時なかった言葉だといって教科書から削ればほとんど残らなくなる」と文科相の誤りを指摘。

 従軍慰安婦に関する政府の見解を引いて「村山首相談話では『従軍慰安婦』という言葉を使い、深い反省とおわびの気持ちをのべている。この政府の立場を否定するのか」とただしました。

 中山文科相はメールを紹介したことについて「文科相としての見解を改めてのべたものではない」としたうえで、「(従軍慰安婦の)存在がなかったとはいっていない。政府の認識と同様の立場だ」と答弁しました。

 石井氏は「過ちを繰り返さないため侵略戦争の事実を知る必要がある。知らなくては反省は出てこない」とのべました。

衆院文部科学委員会会議録 第15号 2005年7月20日


   文部科学大臣       中山 成彬君
   文部科学副大臣      塩谷  立君
   文部科学大臣政務官    下村 博文君
   政府参考人
   (警察庁長官官房審議官) 和田 康敬君
   政府参考人
   (総務省自治行政局選挙部長)           久保 信保君
   政府参考人
   (文部科学省大臣官房長) 玉井日出夫君
   政府参考人
   (文部科学省大臣官房文教施設企画部長)      大島  寛君
   政府参考人
   (文部科学省生涯学習政策局長)          田中壮一郎君
   政府参考人
   (文部科学省初等中等教育局長)          銭谷 眞美君
   政府参考人
   (文部科学省スポーツ・青少年局長)        素川 富司君
   政府参考人
   (文化庁次長)      加茂川幸夫君
   文部科学委員会専門員   井上 茂男君

     ――――◇―――――

○石井(郁)委員 日本共産党の石井郁子です。
 まず、アスベスト対策についてお聞きをいたします。
 ただいまも、改めて文部科学省として学校施設の全国実態調査を行うということが表明されておりますけれども、これは、私は、やはりすべての国公私立の、まず幼稚園、それから小中学校、高校、大学、つまり国立、私立、公立含めて必要だということと、それから全国の社会教育、文化施設も対象とすることが必要ではないかと考えますが、この点はいかがでしょうか。

○中山国務大臣 文部科学省といたしましては、昨今事業所等でのアスベスト被害が社会問題化していることにかんがみまして、子供たちの安全対策に万全を期するために、このたび改めて学校施設等におけるアスベスト使用状況等の全国調査を実施することとしたところでございます。
 調査対象施設や実施方法については現在検討を進めておりまして、国公私立の幼稚園を含む学校及び公立社会教育施設等を対象施設として考えておるところでございます。調査方法が固まり次第速やかに調査を行い、その結果を踏まえて適切な措置をとりたいと考えております。

○石井(郁)委員 昨今、アスベストの被害の実態という問題が次々と明るみに出ておりまして、本当に子供たちの安全な環境を確保するという点で、ぜひ今の御答弁のように早急にすべての施設を対象として行っていただきたいということを強く申し上げておきたいと思います。
 次に、三十人学級問題でお聞きいたします。
 今、中教審及び教職員配置等の在り方に関する調査研究協力者会議というところで検討中と思いますけれども、その検討状況についてお聞かせください。

○銭谷政府参考人 御説明を申し上げます。
 ことしの五月の十日に開催をされました中央教育審議会義務教育特別部会の第九回の会合で、今後の教職員配置等のあり方について審議が行われました。その際、児童生徒へのきめ細やかな指導が必要であり、早急に次期定数改善計画を策定する必要があること、少人数教育を一層進める方策を検討する必要があること、学級編制等について学校現場の裁量により柔軟な運用が可能となる制度を検討することなど、さまざまな意見が出されたところでございます。
 これを受けまして、義務教育特別部会の鳥居部会長から、もっと柔軟で新しい次期改善計画を策定する必要があり、文部科学省において早急に具体的、専門的に検討し、その結果を義務教育特別部会に報告されたいとの意向が示されたところでございます。
 文部科学省では、この中央教育審議会における意見を踏まえまして、教職員配置等の在り方に関する調査研究協力者会議を設置し、五月二十日の第一回会議以降八回にわたって、教職員配置等のあり方について現在具体的な検討を行っているところでございます。協力者会議では、少人数教育のあり方、学校現場の諸課題に応じた教職員配置のあり方、市町村や学校の裁量を生かす柔軟な教職員配置等につきまして現在検討を行っているところでございます。

○石井(郁)委員 今御報告いただいたとおりかと思いますけれども、中教審でこの問題がかなり多面的というか、各方面から議論されているということですけれども、やはり少人数学級というのは、不登校の減少、学力の向上とか子供に落ち着きが生まれたという定性的な効果ということが言われていますし、学力結果を見ると、少人数学級の方が結果はよいというふうなことも言われているかと思います。
 今、柔軟でというようなことも言われているんですけれども、やはり鳥居会長自身が、これは参議院の文教科学委員会で、三十人学級を中心とした手厚い教育は日本に必要ということを述べられたかと思うんですね。中山大臣としては、この三十人学級の実施という問題についてはいかが思われているんでしょうか。

○中山国務大臣 鳥居会長は、教育条件に関する一般論としてお考えをお述べになったのではないか、このように認識しております。
 学校におきます学習集団ということにつきましては、少人数学級において効果的な教育を行うという考えもありますけれども、一方では、児童生徒の習熟度などに応じまして、少人数指導や習熟度別の指導といったことで、個に応じたきめ細かな指導を行うことが効果的である場合も多いと考えられるわけでございまして、第七次の教職員定数改善計画では、教科の特性に応じた二十人程度の少人数指導等を行う学校の取り組みを支援するために教職員定数の改善を進めてきたところでございまして、平成十七年度にはこの計画を完成させたところでございます。
 今後はどうするかということにつきましては、今局長が答弁したとおりでございまして、今いろいろ議論がなされまして、そして検討がなされているということでございますけれども、こういった検討結果を踏まえまして、児童生徒一人一人のきめ細かな指導の充実のために適切な教職員配置に努めてまいりたいと考えております。

○石井(郁)委員 もう来年度の概算要求の時期に差しかかっておりまして、そろそろ議論も煮詰めていくときではないかというふうに思われるわけですが、私はなぜ三十人学級ということである面でこだわっているかといいますと、四十人という編制基準で法律が来ている、これは一九八〇年ですからもう二十五年前なんですね。実質上少人数という形でかなり学級は編制されているとはいえ、やはり四十人というこの編制基準は厳としてあるわけですから、そういう点で、三十数人というクラスというのが依然として多数存在しているという問題は、世界的に見ても非常に問題ではないかということがあるんですね。
 そして、地方ではこの間ずっと三十人学級の実施という方向で進んで、もう四十五府県で、段階的ではありますけれども実施されているという状況で、やはり国がどういう方向を示すかということが今非常に注目されているし、中教審でもそのことが真剣な議論の対象となっているというふうに私は思うわけです。
 ですから、やはり三十人学級などの少人数学級ということを来年度からの第八次の計画の柱として文科省としてきちんと立てるべきではないのか、要求すべきではないのかというふうに考えておりますが、この点での大臣の御決意を伺いたいと思います。

○中山国務大臣 スクールミーティング等を通じまして、現場の学校を見せていただいておりますけれども、やはり少なければいいというものでもないなということも感じるんですね。四十人学級だったら二十、二十ですけれども、これを三十人としますと十五、六人になってしまう。あるいはそれ以下になったときに果たしてどうかな。やはりクラスが閑散とするといいますか活気がなくなる、そういった面もありますし、また、私がいつも言っていますが、集団心理とかあるいは集団行動というものに関して子供たちが学ぶことがやはりあるのじゃないかと思うので、そういう意味で、一律に少人数学級ということではなくて、先ほど申し上げましたけれども、少人数指導だとか習熟度別の指導ということで、やはり個に応じたきめ細やかな指導ができるような、そういう柔軟性を持った学級編制というのが大事じゃないかなと今は考えております。

○石井(郁)委員 大臣の今の御答弁を伺っていますと、ちょっと少し前にまた戻ったのじゃないかなという気がしてならないわけですけれども、私どもも、三十人にしたから機械的に十五、十五にする、全部そういう比率にするということじゃないとは思うんですよ。だから、クラスの集団として下限を決めるだとか、それは財政上の問題もあるでしょうから、その辺はそれこそ大いに現場と議論をしながら決めていいかと思うんですが、何か大臣、四十人だったら二十、二十、三十だったら十五と十六とか、少なくなるとかじゃなくて、そこら辺こそ柔軟にぜひ考えていただきたいと思います。
 これは今後のぜひ議論にまちたいわけですが、文科省として、私は姿勢をしっかり持っていただきたいということを強く申し上げておきたいと思います。
 さて、次の問題ですが、教育基本法の問題でございます。
 七月の七日に与党の教育基本法改正に関する協議会というのが開かれました。終了後、保利座長、今いらっしゃいませんけれども、保利座長の記者会見ということで、次のようなやりとりがなされたということを聞いているわけでありまして、その中からちょっと御紹介しますけれども、これは協議会ですから、中川国対委員長から、これだけの問題があるのだから、余りそそくさとやらないで時間をかけて検討してもらいたいという発言がございました、これは保利座長がそのように述べられたわけですね。それから、改正案の提出時期について話はあったのかという記者の問いに対して、保利座長は、急ぐことはない、じっくりやってくださいという意見があったのが唯一ですと述べられたということでございます。
 これからじっくりやるということは、今国会への教育基本法改正案の提出は断念したというふうに受けとめていいでしょうか。

○中山国務大臣 教育基本法の改正につきましては、現在与党の教育基本法改正に関する検討会におきまして精力的に検討が行われておるところでございます。今後とも国民的な議論を深めつつ、中央教育審議会及び与党における議論を踏まえながら、教育基本法の速やかな改正を目指してしっかりと取り組んでまいりたいと考えております。

○石井(郁)委員 今国会はもう終盤というか八月十三日までということで言われておりますから、今国会についてはどうなのかと文科省としてのお考えをお尋ねしたわけでありまして、もう一度御答弁ください。

○中山国務大臣 まだ会期はございますので、頑張ってまいりたいと思っております。

○石井(郁)委員 そういう答弁に終始するのかなと思いますけれども、これは事実上無理ではないかと思いますが、もうはっきり今国会は断念した、できないというふうにおっしゃった方がすっきりするのじゃないでしょうかと思いますが、ここで置いておきます。
 私は、今日本の、先ほど来学力の問題も議論になっておりますけれども、やはりすべての子供たちに、学力、体力、豊かな情操を育てていくということのためには何が必要なんだろうか、そういう議論と具体的な提案が本当に今求められているというふうに思うんですね。しかし、それは教育基本法の見直しではないと私は考えているところです。
 教育基本法というのはもう準憲法的な法律でありまして、その改正を与党だけがいわば密室で検討している。政府、文科省はその下請を担う、これは前回も私は質問いたしましたけれども、極めて不正常な形での教育基本法の見直し作業となっている。私はもうこの作業はやめるべきだというふうに主張したいと思います。このことを主張しまして、次の問題に移りたいと思います。
 そこで、また中山大臣にお尋ねですけれども、七月の十日に福岡市内で講演をされておりまして、従軍慰安婦という問題で、この言葉が戦時中はなかったということを強調する支援者からのメールを十分間にわたって読み上げられたということが報道に出ておりました。その講演で大臣は、私が歴史認識を話すとよからぬ誤解を招くといけないので、手紙を紹介する形で皆さんの御理解を得たいと前置きをされて、カナダの大学院で学ぶ二十代の日本女性から届いたというメールを紹介されたということでございます。報道では、メールは従軍慰安婦をめぐって、そんな言葉は当時ありません、一部の日本人が自虐的に戦後つくった言葉ですね、イメージの悪い言葉をつくって殊さら悪事のように騒ぐのはなぜでしょうかと述べていると。
 これはもう本当に断片、新聞の報道ですけれども、このような内容だったんでしょうか。

○中山国務大臣 七月十日の講演で、今言われました六月のタウンミーティングに関しまして、カナダに在住の留学生からのメールを読み上げたのは事実でございまして、この問題についての文部科学大臣としての見解を申し述べたものではございませんが、メールの内容としては、今言われましたように、従軍慰安婦という言葉は当時なかったというごく当たり前の事実が問題になっていることに驚いた、あるいは、自分は将来外国に行くときは日本人であることを隠して過ごそうと思っていた、しかし、自分で大学のときに歴史を勉強してそうじゃなかったということがわかった、これからの日本を生きる子供たちに、自分たちの民族や歴史に誇りを持って生きていけるような教育をすることが大事ではないか、このようなことが含まれておりました。
 私としては、若い方々がやはり自分で勉強しなければいけないのではなくて、学校できちっとした教育をすることが大事なのじゃないかな、そういう思いを込めて紹介したところでございました。

○石井(郁)委員 そうしますと、やはり大臣としてはそういう従軍慰安婦という言葉はなかった。なかったということをきちんと学校で教えるべきだという今のお話ですよね。そっちの方が大事だ、それが日本人としての誇りを持つ道だということでおっしゃったんですか。

○中山国務大臣 日本人は戦前悪いことばかりしてきたんだ、悪い国民なんだ、そういうふうな自虐教育を自分は受けてきて、そういう意味で、本当に自信を失って、外国に出ても日本人であることを隠して過ごそうと思った、これは皆さん方、どうですか。私は本当に日本の子供たちが二十一世紀の国際化社会を生きていく上で、やはり日本人としての自信と誇りを持って堂々と歩んでもらいたい、世界の方々と伍して活躍してもらいたい、そういうための教育というのが大事なのじゃないかなということを申し上げたかったわけでございます。

○石井(郁)委員 しかし、この報道に対しまして、もうおわかりのように、中国外務省、これは劉副報道官が、日本の内閣の一員が再び恥知らずな発言を繰り返したことに強い怒りと非難を表明するということがありました。また、韓国の外交通商省は、自身の発言を正当化し、慰安婦の名誉と尊厳を傷つける行為だ、深刻な憂慮と遺憾を表明する、こういう論評が出されております。論評は、教育行政の責任者のこうした認識と行動は、韓日間の信頼関係に大きな支障を招くとされているわけで、もちろん大臣はこういう反応が出てくることを承知の上で、今お話があるのかもしれませんけれども、大臣はこうした批判をまずどのように受けとめていらっしゃるんでしょうか。

○中山国務大臣 ですから、こういう機会で本当に質問してもらいたくないし、いろいろなところで、タウンミーティング等でもそういう質問があればやはり誠実に答えなければならないし、非常につらい立場であることは御理解をいただきたいと思っていまして、本当はもうその質問に対してもお答えしたくないような思いでございますが、一部が、何といいますか、過大に取り上げられてしまうんですけれども、私の文部科学大臣としての考えというのは、戦前の一時期において、日本が近隣諸国に本当に多大の損害、迷惑をかけた、そのことについてはまことに申しわけない、そういう気持ちで私は今文部科学大臣を務めているところでございます。

○石井(郁)委員 私も、残念ながらたびたび取り上げざるを得ないんですが、それは、この七月の十日のだけじゃなくて、先月、六月十一日にも静岡市のタウンミーティングでも、やはりこの問題で、そもそも従軍慰安婦という言葉はその当時なかった、なかった言葉が歴史の教科書に載ったんだと。それが、だんだんその言葉が教科書から削られてというか、なくなってよかったという評価をされたということで、これも大問題になりました。そして細田官房長官から、外交関係によく配慮して発言してほしいという注意をされたのじゃなかったでしょうか。
 このときはこういうふうに、もう内閣の問題となっているという中で、文科大臣としてこの発言を繰り返されるということなんですが、それはどのように考えて、受けとめていらっしゃるんでしょうか。

○中山国務大臣 注意をされた覚えはございませんが、文部科学大臣としてこの問題についての見解を改めて述べたものではございません。

○石井(郁)委員 私は、日本人としての誇り云々ということについては後でちょっと触れたいと思うんですが、今はっきりさせておかなくてはいけないのは、やはり歴史の教科書において、大臣がたびたび、そういう言葉がなかったんだ、なかった言葉を取り上げるのはいかがかということに終始していらっしゃいますので、その点で、はっきりさせておきたいというふうに思います。
 それは、例えば中学校の学習指導要領では、「大陸の文物や制度を積極的に取り入れながら国家の仕組みが整えられ、その後、天皇・貴族の政治が展開されたことを、聖徳太子の政治と大化の改新、律令国家の確立、摂関政治を通して理解させる。」というようなことがありまして、この聖徳太子、今では当たり前のように使っていますけれども、当時どのように呼ばれていたんでしょうか。また、大化の改新というのは当時どのように呼ばれていたんでしょうか。いつからこういう言葉が登場してきたんでしょうか。この点について、これは単純な話ですので、ちょっと大臣、伺ってみたいと思うんですが、いかがでしょう。

○銭谷政府参考人 聖徳太子、それから大化の改新という言葉がいつから使われたか、当時はどう呼ばれていたかということにつきましてのお尋ねでございますけれども、聖徳太子は、よく厩戸皇子とかいうふうに言われていたとも聞いておりますけれども、いずれにしても、学問的にだんだん確立をされて、大化の改新などはそういう呼び方が通称として出てきたというふうに承知いたしておりますけれども、いつの時期かということについてはちょっと、大変恐縮ですが、即答できかねることをお許しいただきたいと存じます。

○石井(郁)委員 何か歴史学論争みたいなことをする気は全然ないんですけれども、言いたいことは、聖徳太子は五七四年に生まれて六二二年没ということにされているわけですが、その時代を含む史書の、日本書紀の中には、今おっしゃられたような厩戸皇子とか、そのほか名前は云々というのはありますけれども、聖徳太子と当時呼ばれたなんということは一つもないんですよね。
 それで、その聖徳太子という名前が初めて出てくるのは、死後百年以上たった七五一年に成立した現在最古の漢詩集の懐風藻の序に出てくる。聖徳太子に及びて、爵を設け、官を分かち、初めて礼義を定めたまうという文に言われている。だから、太子信仰というものがあって、そういう中で聖徳太子というふうに呼ばれてきた。後の時代の話ですよ。
 大化の改新にしてもそうです。もう当たり前のようにして大化の改新ということが登場してきますけれども、これは明治二十一年、日本通鑑が最初だとされているわけでしょう。
 だから、当時はそんな言葉としては呼ばれないが、後の歴史家がそのようにそれを定義づけたり称したりするということは幾らでもあるわけですね。単純な話で縄文時代、土器に縄文の印がついているからということですけれども、例えば弥生文化についても、本郷弥生町で土器が発見されてからそう呼ぶとか、そういう命名というのはあるわけです。私が言いたいのは、当時そういう言葉がなかったとか、呼ばれていなかったから、それは歴史の教科書に登場させてはならないなんということにはならないでしょうという話なんですが、このことについてはいかがですか。

○中山国務大臣 この女性のメールにもあるんですけれども、そういう言葉はなかった、そういう指摘するまでもない事実を、なぜわざわざイメージの悪い言葉をつくって殊さら悪事のように騒ぐのかわかりません、本当に不思議です、こう書いてあります。

○石井(郁)委員 私はそのことで、大臣はおっしゃいますと、私はなお、やはりその問題は重大な問題をはらんでいると言わざるを得ないと思うんですよ。
 だって、従軍慰安婦というのは侵略戦争の過程で起きた問題ですよ。それは本当に非人間的で、そして疎ましい、なるべくそんな事実を挙げたくないかもしれないけれども、これは事実として、目をつぶるわけにいかないじゃないですか。
 だからこそ政府の見解としても、これは一九九三年に内閣官房長官の談話が出ているわけですね。それから一九九四年には村山総理談話にもちゃんと触れたじゃないですか。これは避けるわけにいかないんだということで触れているわけですよ。
 当時の軍の関与のもとに多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題なんだということですよね。だから、従軍慰安婦として数多くの苦痛を体験されて、心身にわたりいやしがたい傷を負われたすべての方に心からおわびと反省を述べるということです。
 私は、文科大臣の今一連の御発言というのは、この官房長官談話にも総理大臣のにも、反しているどころかまさに否定するものじゃないんですか。そういうことはもうなかったんだ、触れることは日本人としての誇りを傷つけるんだということになるわけですから、この談話そのものをこれはもう否定する立場ですよ。そうは思いませんか。

○中山国務大臣 そういう方々がいらっしゃったということは認めているわけですが、そういう言葉がなかったということを言っているわけですね。
 詳しく申し上げますと、この従軍慰安婦という言葉が最初に出てまいりましたのは、一九八三年に吉田清治さんという方が、私は済州島で従軍慰安婦狩りをしました、こういう本が出まして、これをある新聞が大キャンペーンしたわけでございまして、しかし、その後でこの吉田清治さんという方は、あれはうそだったと言って取り消されたんですけれども、既にそのときにはこの言葉はひとり歩きをしていた、こういうことでございます。
 この従軍慰安婦の問題につきましては、当時の軍の関与のもとに多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけたものであり、これまで、従軍慰安婦として心身にわたりいやしがたい傷を負われたすべての方々に対し、心からおわびと反省の気持ちを繰り返し申し述べているところでございまして、私としても、このような政府の認識と同様な立場でございます。

○石井(郁)委員 どう考えても、大臣はこれと同様の立場とおっしゃいますけれども、実際に、今のように言葉はなかったということでおっしゃられますと、これは否定することにつながりますよ。
 それから、この事実を認めたら何か日本人としての誇りが傷つけられるという方がいらっしゃるんでしょう。でも、私は違うと思います。これは侵略戦争の事実を知ることなんですよ。今、やはり戦争のその残虐な事実を知らなくして、戦争の反省というのは出てこないじゃないですか。
 そして、私は実際、この問題である教師の方のお話を伺って大変感銘を受けました。それは、中学校で、この言葉と事実が教科書から削られたりなんだりしていくけれども、ある中学生の女子は、その動きについて作文を書いた、教科書に載せないということは反省していないということじゃないのか、過ちを繰り返さないためには正確に知る必要があると。そして、こう言っていました。知って、日本人として誇りを失うことはない、知らないでいることの方が恥ずかしい。
 私は、子供たちの方がはるかに健全だと思っています。何も私たちは自虐的にだとか日本人としての誇りを傷つけるために教えようとしているわけじゃありません。まさにこの子供が言うように、知らないでいることの方が恥ずかしいんですよ。
 そういう意味で、本当に侵略戦争の反省にきちんと立つ。特に教科書行政に携わる文科大臣としては、こういう発言を繰り返しされるというのは私は本当に内閣の一員として問題だというふうに思いますし、この発言をやはり撤回するということを、つまり言葉がなかったということは事実と違うわけですから、撤回するということを表明していただきたいと思いますが、最後に御答弁を求めます。

○中山国務大臣 そういう存在がなかったとは言っていないので、そういう言葉がそのころはなかったということを言っているので、これは、本当のことを子供たちに教えるのは当然じゃないかと思うんですね。そういう存在、そういう方々がいらっしゃったということについて私は否定しているわけではありません。
 なお、改めて申し上げますけれども、従軍慰安婦の用語につきましては、歴史事典等においてその名称で定着しており、現在の学説状況に照らし、教科書にこの用語を用いて記載することも許容しているところでございます。

○石井(郁)委員 時間が参りましたけれども、言葉がなかったということを言いましたら、先ほど申し上げましたように、では、聖徳太子も大化の改新も教えられないことになりますよ、それは。それで、歴史の教科書からそういうことがどんどん削られていくことになりますよ。変でしょう。だから、変だということを申し上げて、きょうの質問は終わりたいと思います。
 終わります。以上です。


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