2003年2月27日(木)「しんぶん赤旗」
教基法見直しに論拠なし
衆院委で石井議員 国立大法人化やめよ
日本共産党の石井郁子議員は二十六日、衆院文部科学委員会で質問に立ちました。
石井氏は、中央教育審議会(鳥居泰彦会長)がまとめた教育基本法見直しの中間報告(昨年十一月)の「新しい時代を切り拓く心豊かでたくましい日本人の育成」という文言が、報告前の八月三十日に遠山敦子文科相が発表した「人間力戦略ビジョン―新しい時代を切り拓くたくましい日本人の育成」と同一になった問題をとりあげました。
この文言が中教審の部会で議論された形跡はありません。石井氏は二つの報告を対照させたパネルも示し、「文科相の回答を官僚の作文で押しつけたのではないか」と追及。遠山文科相は「符合している面もある」と認めました。石井氏は、教育基本法見直しの論拠にかかわるとして、鳥居会長らを参考人に呼び集中審議を行うことを求めました。
国立大学法人化問題について「法人化後の大学の設置者は国か法人か」と質問した石井氏に、河村建夫文科副大臣は「法令上、国立大学法人が設置する国立大学だ」と答弁。学校教育法第五条は学校設置者が経費を負担すると定めており、法人化が国の財政責任の放棄につながる危険性がはっきりしました。
石井氏は、文科省が法人化後の授業料の試算として、現行より十八万六千円増(35%増)の七十万六千八百円を上限として示していることを「法人化による学費値上げの奨励だ」と批判。学部別授業料導入の動きがあることもただしました。遠山文科相は「ご心配のようなことはなるべくしない」とのべつつ、「法人化は大学の活性化など高い理想に立ったもの」と推進を合理化しました。
衆院 文部科学委員会会議録 第2号
平成十五年二月二十六日(水曜日)
午前九時開議
出席委員
委員長 古屋 圭司君
理事 奥山 茂彦君 理事 鈴木 恒夫君
理事 馳 浩君 理事 森田 健作君
理事 鎌田さゆり君 理事 山元 勉君
理事 斉藤 鉄夫君 理事 佐藤 公治君
青山 丘君 伊藤信太郎君
小渕 優子君 大野 松茂君
岡下 信子君 岸田 文雄君
近藤 基彦君 佐藤 静雄君
谷田 武彦君 中谷 元君
林田 彪君 松野 博一君
森岡 正宏君 柳澤 伯夫君
大石 尚子君 木下 厚君
肥田美代子君 平野 博文君
藤村 修君 牧野 聖修君
松沢 成文君 松原 仁君
山口 壯君 池坊 保子君
東 順治君 石井 郁子君
児玉 健次君 中西 績介君
山内 惠子君 松浪健四郎君
…………………………………
文部科学大臣 遠山 敦子君
文部科学副大臣 河村 建夫君
文部科学副大臣 渡海紀三朗君
文部科学大臣政務官 池坊 保子君
文部科学大臣政務官 大野 松茂君
政府参考人
(内閣府男女共同参画局長
) 坂東眞理子君
政府参考人
(警察庁長官官房審議官) 堀内 文隆君
政府参考人
(文部科学省生涯学習政策
局長) 近藤 信司君
政府参考人
(文部科学省初等中等教育
局長) 矢野 重典君
政府参考人
(文部科学省高等教育局長
) 遠藤純一郎君
政府参考人
(文部科学省スポーツ・青
少年局長) 田中壮一郎君
政府参考人
(農林水産省大臣官房審議
官) 山本 晶三君
政府参考人
(経済産業省大臣官房審議
官) 松井 英生君
文部科学委員会専門員 柴田 寛治君
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○
古屋委員長 石井郁子君。
○
石井(郁)委員 日本共産党の石井郁子でございます。
まず私は、中教審の中間報告と教育基本法問題でお聞きをしたいと思います。
昨年の十一月十四日に、中教審は「新しい時代にふさわしい教育基本法と教育振興基本計画の在り方について」という中間報告を提出いたしました。この報告書では、「本審議会としては、「二十一世紀を切り拓く心豊かでたくましい日本人の育成」を目指し、」としたわけでございます。
そこでお聞きをしたいのでございますけれども、「二十一世紀を切り拓く心豊かでたくましい日本人の育成」というのは、この中間報告のキーワードだというふうに思いますけれども、そのように受けとめてよろしいかどうかということでございます。
〔委員長退席、馳委員長代理着席〕
○
遠山国務大臣 今、中央教育審議会におきましては、新しい時代の我が国を担う日本人に必要な資質は何か、また今後どのような日本人を育成すべきかという観点から御検討いただいているわけでございます。その結果、中間報告におきまして、これからの教育の目標を端的に表現したものとして、新しい時代を切り拓く心豊かでたくましい日本人の育成というものを目指すべきということを御提言いただいたというふうに考えております。
○
石井(郁)委員 キーワードかどうかということにまだ直接お答えにはなっていらっしゃらないんですけれども。
中間報告では、教育基本法を改正する論拠としてこのように書かれていました。「現行法」、教育基本法ですね、「現行法には、新しい時代を切り拓く心豊かでたくましい日本人を育成する観点から重要な教育の理念や原則が不十分であり、それらの理念や原則を明確にする観点から見直しを行うべきであるとの意見が大勢を占めた。」というくだりがございます。ですから、「新しい時代を切り拓く心豊かでたくましい日本人の育成」というのは、私は、最大のキーワードとなっているというふうに考えるわけですが、中教審ではこの部分がどういう議論がされたのかということなんですね。基本部会がずっとございますけれども、いつの基本部会でこれが最初に出されて、どういう議論になってこれが出てきたのかということを伺っておきたいと思います。
○
遠山国務大臣 中央教育審議会の中間報告におきましては、今のフレーズといいますよりは、これからの我が国の教育の目標として五つの目標が位置づけられているところでございます。一つは、自己実現を目指す自立した人間の育成であり、二つには、豊かな心と健やかな体を備えた人間の育成であり、第三には、「知」の世紀をリードする創造性に富んだ人間の育成、そして、新しい「公共」を創造し、二十一世紀の国家・社会の形成に主体的に参画する日本人の育成、そして五つ目に、国際社会を生きる教養ある日本人の育成という、五つの目標が位置づけられているところでございます。
その上で、これらの新しい時代の教育目標を端的にわかりやすく表現するものといたしまして、新しい時代を切り拓く心豊かでたくましい日本人の育成を目指すということを御提言いただいたと考えております。したがいまして、キーワードといいますかどうか、そういう五つの目標をまとめた一つの言い方として取り上げられたものではないかと思っております。
いつ出されたかどうかについて、ちょっと私は中教審に出席しておりませんで、諮問した立場としてフォローはいたしておりますけれども、もし必要であれば政府参考人等からでもお答えさせていただきたいと思います。
○
石井(郁)委員 そういう幾つか目標があって、最終的に、端的に「「新しい時代を切り拓く心豊かでたくましい日本人」の育成」というふうにまとめ、くくられたということでございます。
でも、私、きょう、質問の通告といたしまして、こういうフレーズが出てきたのはいつですかということは通告しておりますので、答弁が別にされるんじゃなくて、当然大臣にはそういう説明があってしかるべきだというふうに思いますので、ぜひ明確にお答えいただきたいと思います。つまり、それはいつの基本部会だったんでしょうか。
○
遠山国務大臣 今もらいました資料によりますと、九月三十日ですね、第二十四回の総会、ここで、新しい時代の教育の目標を示す端的な表現として今の言葉と、それから「日本再興の基盤づくり」という言葉が提示されたということでございます。
○
石井(郁)委員 今月十三日に衆議院の憲法調査会の基本的人権小委員会がございまして、そこに中教審の鳥居会長が参考人として御出席されています。そこで教育基本法問題が議論されていましたね。我が党の春名議員が、私どもはキーワードと考えておりますので、たくましい日本人の育成ということでは、議事録を見ると議論された形跡がない、どういう過程でどういう議論でこれが教育の目標になったのかと。何しろこれは教育の目標として出されているわけですから、そのようにお聞きしたわけでございます。
そうしますと、鳥居会長はこういうふうにおっしゃっておりました。大臣もお答えになりましたように、幾つか目標が出された中で、その五つの目標を一言であらわす言葉を考えましょうとして出てきたのが「二十一世紀を切り拓く心豊かでたくましい日本人の育成」ということでありましたと。ただ、次に、これは基本問題の初期の段階で出されましたということを明言されたんですね。ちょっと今の御答弁と違いますよね。初期の段階で議論されたということなんです。これはどうなんでしょう。
○
遠山国務大臣 私はそれぞれの議論を克明に、フォローしているので、わからないわけでございますけれども、初期の段階でそういう議論がなされたということは、それは議論があったということでございましょうね。まあその辺は議事録を確かめれば出てまいることだと思いますけれども、会長がそのように御記憶になっているということであれば、初期の段階ということだと思いますが。
〔馳委員長代理退席、委員長着席〕
○
石井(郁)委員 今ここに中教審会長いらっしゃらないわけですから、その真偽はちょっとあれですけれども、中教審の議事録も精査したらわかる話かとも思います。しかし、国会で参考人として御出席されて、これは初期の段階ですと明言されると、いかがかなということがあるんですね。先ほど大臣がおっしゃったように、これが出されたのは九月二十日の基本問題部会だということだと思いますし、私もそうだというふうに理解をしております。
ここには、「自己実現を目指す自立した人間の育成」、これが「自ら考え行動するたくましい日本人の育成」につながるということになっているわけですね。
さらに、十月の十七日の基本問題部会に新たな素案が提出されまして、そこに「新しい時代を切り拓くたくましい日本人の育成」という文言が出てくるわけでございます。
そうなりますと、これは中教審の論議の中から出てきたんではなくて、文部省側というか官僚が素案をつくって中教審に認めさせたんじゃないかというふうに言わざるを得ないんですね。それが一つ重大な問題なんです。ですから、今、重大なこの新しい教育基本法を考えるに当たっての教育目標にするんだ、こう言っているキーワードが、結局中教審の中できちんと議論されてきていないということが私は重大だというふうに思うんです。
十月十七日の基本問題部会に出された素案で、またこういう修正も出てきているんですね。このときの素案では「新しい時代を切り拓くたくましい日本人」なんですよ。ところが、その議論の中では、これでは経済原理しか働いていないような感じがする、教養豊かな、心豊かな日本人の育成も必要ではないか、こういう意見が出された。それを受けて、今問題の「心豊か」という言葉が入ったということのようなんですね。
しかも、この部会というのは成立もしていなかった、正式な部会ではなかった、懇談会だったということなんですね。だから、こういう形で官僚の側が作文を示して、若干のそこで修正的な議論があって、そしてこの中間報告案が示されているということです。最終の中間報告案が示された十月二十四日の基本問題部会も成立していませんでした。ですから、結局、基本問題部会としての議論というのは、この問題についてはきちんとされていないということなんですね。
だから、私が問題にしたいのは、中教審の議論というのは一体何だったのかと。今重大な教育基本法見直し、これは準憲法的な教育基本法ですよ。そういうものを審議する機関として余りにもこれはお粗末過ぎないかという問題なんですが、大臣はどのような御見解でしょうか。
○
遠山国務大臣 これは先ほどお答えいたしましたように、中教審としては、長い御議論、衆知を集めた御議論のもとに先ほどの五つの目標を明確にされて、では、それをひっくくるわかりやすい表現は何かということでお探しになったのが先ほどのフレーズだと思います。
その意味で、中央教育審議会としては、それ以降も何度も会議を重ねられ、またいろいろな意見も聞きながらやっておられるわけでございまして、九月の三十日ですか、そこで提言され、初めて提出をされ、御議論され、また次の機会に「心豊か」というのがつけ加えられた。それはまた議論が深まったからであろうと思いますし、中央教育審議会はみずからの意見でフレーズを直すことは、常にその権限の中でございます。それをたどってまいりますと、官僚がそれをつくったというようなのは、いささか私は理解できない御解釈だというふうに思います。
○
石井(郁)委員 私は、きょうは、その「「新しい時代を切り拓く心豊かでたくましい日本人」の育成」、これがやはりキーワードになっているわけですから、このことにこだわっているんですが、実はもう一つ重大な問題を感じているからでございます。
それは、昨年の八月三十日に遠山文部科学大臣名で経済財政諮問会議に、人間力戦略ビジョンですね、これは所信表明でも述べていらっしゃる、これが提出されました。この表題も「新しい時代を切り拓くたくましい日本人の育成」でございますよね。これは全く同じだということなんですよ。
つまり、先ほどは九月二十日に基本問題部会にこのフレーズが出されたと言われましたけれども、八月三十日に人間力戦略ビジョンが出されて、それを受けて九月二十日の基本問題部会にいわば官僚が原案をお示しになったんじゃないですか。しかもこのときには「心豊か」が入っていなかったんですよ、八月三十日、九月二十日段階では。ところが、きのう、私、大臣所信をお聞きいたしまして、まさにその「心豊か」というのが加わっている。だから、中教審の中間報告で加わった「心豊か」と符合するかのように、最終的にこういうふうになっているのかなというふうに見たわけでございます。
それで、きょう問題にしたいのは、この表題だけじゃないんですよ。人間力戦略ビジョンと中教審のこの基本問題部会の素案の審議とが見事に重なるんですね。
それで、私、ちょっと御了解を得てこのパネルにしてみたんです。大変簡単なものなんですけれども、言葉で言うとわかりにくいかと思いますので、ちょっと並べてみました。八月三十日の大臣の人間力戦略ビジョン。これは中教審の素案と比べますと、先ほど五つの目標と言われました。まさにその五つの目標も見事にフレーズは一致している。ほとんど重なる。「自ら考え行動するたくましい日本人」、ここも「自ら考え行動するたくましい日本人の育成」。「知の世紀をリードする」「人間の育成」、ここが「トップレベル」か「創造性」ということだけは違いますけれども、ほとんどそう。あと、「豊かな心と健やかな体を備えた人間の育成」ということ、「国際社会を生きる教養ある日本人の育成」、これは見事に一致しているでしょう。こういうことなんですね。
それで、伺いたいんですよ。大臣が提出した人間力戦略ビジョンをいわば一部手直しをして中教審にお示しをして出したんじゃないか、つまり、中教審に押しつけたんじゃないか、押しつけたというか出したということじゃありませんか、これは。
○
遠山国務大臣 人間力戦略ビジョンというのは、私は、小泉内閣において進めようとしている人間力戦略、そして、技術力戦略の中の人間力戦略については我が省がきちんと責任を負うべきということで、あの時点で明確に出したわけでございます。
その背景には、御存じのように、義務教育費国庫負担金制度そのものを揺るがすような御議論があったわけでございまして、私としては、我が省は人間力戦略ビジョンというしっかりしたビジョンを持って今教育改革を進めている、その根本になる義務教育について一般財源化するということでいいのかという問題提示として出したわけでございまして、今思えばあれですが、八月三十日というのは経済財政諮問会議の席上であったわけでございます。
私は、そのビジョンというものが示した我が省が取り組んできているもの、そして取り組んでいこうとするものを整理したものとして広く受け入れられて、一つのクリアをしたというふうに思っているわけでございます。
当然そういうビジョンを出していくには、いろいろな英知を集めた上で作成をしてまいっているわけでございます。これを作成する直前には、何人かの日本の英知と思われる方々とも相談をいたしました。その中には、中教審の会長もおられ、何人かの方々、野依先生も含めておられるわけでございます。そのベースとなった原案そのものも、もちろん私どもとしては、中教審の御議論というものも参考にしながらつくり上げてきているものでございます。
我が省の基本を定める人間力戦略ビジョンというものをつくるのに際して、すぐれた英知を結集し、また、これまでの蓄積というものをベースにしてつくり上げるというのは当然だと思います。それというものと、それから今表につくっていただきましたけれども、なるほど符合している面もあると思いますけれども、それは中教審がみずから選ばれて、みずからずうっと蓄積されたその五つの目標というものを、しっかりこれは中教審自身で考えてこられ、また、それをかぶせる新しい概念といいますか、そういったものについてもさまざまな議論が行われている中でそれを使おうということになったのではないかなと私は思うわけでございます。
それは、私は、官僚がリードしたとか、そういうふうにとられると、中央教育審議会の委員の方々に、それは余りにもとらえ方が表面的ではなかろうかと思います。審議会というものは、それぞれのメンバーが力を尽くし、論を尽くし、そしてまとめられたのが中間報告だというふうに考えております。それが、人間力戦略ビジョンというものが若干の参考になったかもしれませんけれども、最終的にその中間報告をまとめられたのは中央教育審議会のメンバー及び会長の意思そのものであろうと考えております。
○
石井(郁)委員 私は、大臣がおっしゃったように、人間力戦略ビジョンを文科省の責任においてつくるのは、それはあっていいと思うんですよ。そのことは何も否定していません。
それから、中教審は中教審としての主体性、自主性があって、中教審として審議をされる機関だということもそのとおりですが、しかし、きょう申し上げたのは、中教審としてこういう結論に至る議論がどこでされたのか。だって、鳥居会長の認識と文科省の認識とが違ったわけじゃないですか。どこで議論されたのかという形跡がないんですよ。そして、出てきたのが文科省のビジョンと全く同じものになってくるということはどういうことなのかという問題なんですよ。
だから、私は、もう一度、中教審がどういう議論だったかというのはそれとしてきちんと見なきゃいけないし、公にもしてほしいと思いますけれども、やはり、大臣が諮問をしておいて、まさにみずからこういう答えを出したというようなことになっていませんかという結論なんですよ、この結論は。そこが大変問題だと。
だから、中教審の審議が本当にどういうものだったのかということについては、私は、その審議をちゃんと精査しなきゃいけないということがあると思います。つまり、中教審としての主体性、その審議が大変問題ではなかったのか、これとしてやはり取り上げなければいけないというふうに思います。
それから、中間報告ではいろいろなことが述べられていますけれども、教育基本法を変えるんだ、その根拠にこのフレーズが上がっているわけですから、こういうフレーズからして、現行では足りないんだ、見直しが必要なんだというから私は問題にしているんですよ。唯一の根拠になっているんですよ。二十一世紀の日本の教育のために今の教育基本法では困るという根拠になっているわけですよ。だけれども、その根拠というのはどうなのかという問題があります。
それから、教育振興基本計画などがいろいろありますし、評価目標、教育目標ということもいろいろ出ておりますけれども、そういうことについての吟味も非常に必要だというふうに感じております。
そういう意味で、これはぜひお願いをしたいところでございますけれども、徹底して審議をしたいんですけれども、きょうはもう一点ございまして時間がありませんので、先ほど来、中教審の会長と大臣との御答弁、違う点もございますので、鳥居会長らを参考人としてお呼びして、やはり集中審議が必要だというふうに思います。
これは、委員長、ぜひ、いかがでしょうか。
○
古屋委員長 理事会にて協議します。
○
石井(郁)委員 私は、きょうはもう一点、国立大学の法人化問題でお聞きをいたします。
この国立大学の法人化につきましては、これも文科省による大学人に対する幾つかの裏切りが続いてきたというふうに私は思います。当初、教職員の身分は公務員でいくと言っておりました。それが、昨年三月に出された「新しい「国立大学法人」像について」という調査検討会議の最終報告、ここで突如、非公務員型というふうにされたわけです。
それからまた、この最終報告では、法人化後の大学の設置者についてはこのように書いていました。「中期目標・中期計画や業績評価等を通じた国の関与と国の予算における所要の財源措置が前提とされていること、」「などを考慮し、学校教育法上は国を設置者とする。」とあったわけですね。
ところが、内閣から出されました、通常国会提出予定法案等件名・要旨調ではこういうふうになっています。「国立大学及び大学共同利用機関を独立行政法人化するため、」「これらの法人が設置する国立大学及び大学共同利用機関の設置等」というふうになっているわけでしょう。つまり、「これらの法人が設置する国立大学」ということですから、国が設置する大学ということにはなっていないわけですね。そのとおり理解していいのかどうか。つまり、法人が設置する国立大学ということになるわけですが、これはいかがでしょうか。
○
遠山国務大臣 まだ、国立大学法人法について、その法案が閣議決定もされておりません。したがいまして、私としては、法案の文言にかかわることについて、きょう詳しい御議論というのはなかなか難しいかと思います。
ということでございまして、これは、法案が提出されて、ぜひともこの委員会で迅速に御議論を賜りたいと思っておりますけれども、その段階で明確にしていくことではなかろうかと考えております。
○
石井(郁)委員 確かに、法案がまだまだ提出されないということで本当に困る、困るというのは変なんですけれども、議論がしにくいんですけれども、しかし、内閣提出の予定法案等の件名ですよ。そこにある文言です、私が引用したのは。「これらの法人が設置する国立大学」と。これをどう読んだらいいのかということをお尋ねしているんですよ。だから、法人が設置する国立大学ですから、設置者は法人ですねと。そういうふうにしか読めないんじゃないですか。何でこういうふうに書いているんでしょうか。今このことをお聞きしているんです。
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河村副大臣 これから法案をまたお出しするわけでございますが、今検討中であることは、今大臣お話しのとおりでございますが、法令上の設置者というのは、設置する学校の土地や建物、財産を所有、管理して、当該学校を直接運営する者を指す、こういうふうになっております。したがいまして、国立大学が法人化されますと国の行政組織から切り離されることになります。国から財産の出資を受けて、それをみずから所有して管理するとともに、法人が直接大学を運営する、こういうことでありますから、法令上は、国立大学の設置者は国立大学法人、こういうことになるわけであります。
○
石井(郁)委員 それでは、もう一点伺いますけれども、学校教育法上はどうなるんでしょうか。国が設置するのか、法人が設置するのかということを明記しなきゃいけないと思うんですけれども、それはどうなるんでしょうか。
○
河村副大臣 今、この点については最終検討に入っておるわけでございますが、法令上、国立大学の設置者は国立大学法人となるわけでありますけれども、法人後も、引き続いて国は国立大学の教育研究に一定の責任を果たしていかなきゃなりません。
このような観点から、学校教育法上の位置づけとしては、国立大学法人が設置する大学を国立学校という形で検討を今いたしておるところでございます。
○
石井(郁)委員 ちょっとはっきりしていただきたいと思うんです。
というのは、やはり、学校教育法第五条がこういうふうにありますよね。「学校の設置者は、その設置する学校を管理し、法令に特別の定のある場合を除いては、その学校の経費を負担する。」と。だから、これを素直に読みますと、学校の設置者は国立大学法人であって、その国立大学法人はその学校の経費を負担するということになりますけれども、この問題はどうでしょうか。
○
河村副大臣 法令上、今国立大学の設置者は国立大学法人になるということでありますから、今御指摘ありました学校教育法第五条の規定によりますと、直接学校を管理して、そしてその費用を負担するのは国立大学法人ということになるわけです。
ただ、その際に、国立大学法人は、国立大学の教育研究という公共上の見地から、確実に実施されることが必要な国の事務事業を担うということでありますから、運営費交付金等の交付など、国立大学の教育研究に対して国として所要の財源措置を行うということになっておりますから、これまでどおり国は財政措置の面でもきちっと責任を果たすということになるわけでございまして、このことにつきましては、大学協会の方でも、そういう意味でこの国立学校に対する国の責任が担保されているという理解をいただいておるところであります。
○
石井(郁)委員 何かどうもあいまいにしか私にはまだ聞けていないんですけれども。
端的に重ねて伺いますけれども、国立大学の設置者というのは、国ですか、法人ですか。これをもう一度はっきりお答えください。設置者は国なのか法人なのかという問題。財産はとか、予算はどう措置するとかなんとかという御説明はいろいろありましたけれども、設置者の問題、もう一度端的に。
○
河村副大臣 設置者は、法令上、国立大学法人であります。
○
石井(郁)委員 やはり私は、大変重大な変更というか内容になっているというふうに思いますね。だって、国立大学設置者が法人となりますと、その学校の経費負担というのは、設置者である法人ということになるわけでしょう。国がきちんと財政責任を負うというこの大原則は崩れるわけですよね。そこは私は、学校教育法五条で申し上げましたけれども、それとかかわってくるわけですから、やはり国の財政責任の放棄につながるという意味で、大変重大な内容になっているというふうに思うんです。それはまた別途議論をしなければいけないと思うんですけれども。
きょうは、もう一点、そういう国としての財政責任という問題を一方で放棄しておきながら、学生の負担、あるいは学費についてはどうなのかという問題なんですね。これもぜひお聞きしておきたいと思ったわけです。
この調査検討会議の法人像では、このように書かれていました。「各大学共通の標準的な額を定めた上で、一定の納付金の額について、国がその範囲を示し、各大学がその範囲内で具体的な額を設定すること」としたというのですね。
では、その範囲、具体的な額はどのように考えていらっしゃるのか、お聞かせいただければと思います。
○
河村副大臣 御指摘のように、国がその範囲を示して、それによって各大学がその範囲内で具体的な額を設定するという、その方向で今考えておるわけでありますから、私は、現在の授業料、これが一つの標準的なものになっていくのではないかと思いますが、この点については、やはり大学の自主性、自律性といいますか、これに十分留意しなければいけませんし、各大学、国立大学校が担ってきた役割を果たしていく上で、どの辺が適正であるかということは、その範囲内でやはり各大学の自主性にお任せする。極端に非常に高い、うちはこうするんだと言われたときに、それで学生が来なくなるかもしれませんし、そういうことについてはまた評価を受けるわけでありますから、おのずから私は適正な価格というものが生まれてくるのではないかというふうに考えております。
○
石井(郁)委員 私は、その御答弁では満足できないので、確かに、大学の自主性、適正な額ということで今後は考えていかなければいけないというお話ですけれども、しかし、文科省としては各大学に既に一定の範囲、額を示しているんじゃありませんか。やはりそういうことをきちっと言っていただかなければいけないと思うんですよ。
○
河村副大臣 今シミュレーションはいろいろあると思いますけれども、この範囲でこうしなさいということはまだ明確に出しておりません。
ただ、今私が申し上げたように、今の授業料というものが一つの標準になるのではないかということは言えると思います。
○
石井(郁)委員 残念ながら、この点でも文書があるんですよ。法案も成立していない、これからだというのに、各大学にこういうのでシミュレーションしてくださいというのをあなた方はやっているじゃないですか。
これは、昨年十二月に、国立大学協会の国立大学法人化特別委員会に文書が出されています。「法人化後の学生納付金の標準額及び幅の設定方法(検討試案)」でございますけれども、出されているんですよ。こういうのを出しますと、各大学はそれで走りますよね。そうでしょう。これがもう今までの大学行政じゃないですか。
ちょっと申し上げますと、これによりますと、標準額の幅を設ける考えとして、こういうふうに書かれています。国立学校特別会計の国立学校における授業料負担割合程度を「最大二五%を上限とする場合」と。そして、現行より十八万六千円増の七十万六千八百円ということで、こうなりますと、現行の授業料の三五%値上げを上限ということになるわけです。だから、三五%値上げということを見越しているというか、奨励するということになるんですよ。これは重大な問題ですね。
今河村大臣は、なるべく現行に据え置きたいというお話をされましたけれども、これはいろいろな大学が試算もしております。現在、国立大学の入学料が二十八万二千円ですから、それに授業料七十万六千八百円で初年度というふうになりますと、その納付金は九十八万八千八百円ですから、私立の文科系を超えるものになるんですね。
だから、こういうことを認めるということになりますか。大臣は、現行に置くという話をしていらっしゃいましたけれども、これはどうなんですか。こんなことはないということでございますか。
○
遠山国務大臣 先ほど来、国立大学の経費負担につきまして御心配いただいているということ、私もよくわかります。しかし、国立大学の法人化といいますものは、現在国立大学に対して支出している額を減らすためのものということではございません。したがって、これは私、法案の正式提案の後に御議論された方がいいと思うのはそういうことなんでございます。
つまり何のために法人化するかというところは、もっと高い理想といいますか、日本の大学の活性化のため、大学の構造改革のため、そして日本の知力をさらにつけていくためということでございまして、各国から比べれば日本の高等教育に対する支出といいますものは、私立も含めて大変低いわけでございます。そんな中で、国立大学について法人化をし、その教育研究活動を活性化するということを目標にいたしているわけでございまして、御心配のような面はなるべくしない、むしろ、しっかりと財政面それから学生の納付金等についてもやっていくというのは、これからの課題でございます。法人化した法制度を整えていただきました後に、来年度以降、再来年度以降の予算について考えていくというのがこれからの手順でございます。
御心配はあろうかと思いますが、今御指摘になりましたのは、極端な例、シミュレーションの最も高い例だけをお挙げになって、そうなるんではどうだということでございますけれども、その資料の性格そのものは、それでいこうということでは全くございません。そのことを御理解いただきたいと思います。
○
石井(郁)委員 重ねてですけれども、もう一点、学部別の授業料ということも言われ出しているんです。ですから、残念ながら、法人化に伴って授業料が上がるんじゃないか、学生の負担がふえるんじゃないかという話にやはりなっていくわけですよ。だから、そこのところの問題なんですが、この学部別授業料についても慎重に検討を進める必要があるということですけれども、一部には、医歯学系が百三十六万円とか、自然科学系が八十三万円、教育系では四十八万円、人文系では三十四万円などという概算が示されているわけですね。
それでは、こういうこともあり得ない、勝手なシミュレーションですということをちょっと言ってください。
○
遠山国務大臣 その辺も、これからの法案の審議の際に明らかになっていくものだと思っております。
国立大学の使命というのは、それぞれの地域における存在ということで、学生たちがその負担においてもできるだけ志望に沿って選べるように、たくさんの資力のある者だけがある学部に行けるということではなくて現在推移してまいっているわけでございますので、そういったことももちろん保障しながらやっていく必要があるのではないかと思います。
○
石井(郁)委員 きょう、私は、法人化の問題では設置者の問題と授業料、納付金の問題に絞ってお尋ねさせていただきまして、これから本格的な審議が必要かというふうに思いますけれども、日本の高等教育のあり方、そして国のそれに対する責任という問題が問われる、本当に大きな問題だというふうに思うんですね。
とりわけ学生の教育という面から見ると、教育の機会均等の原則というのを崩してはいけないというふうに思いますので、その点で、高等教育に対する国の責任というのをやはりきちっと果たしていくことが非常に大事だということと、今の経済状況やこういう不況の中では、学生、国民への負担をかけてはいけない、そして、すべての高等教育を望む学生に高等教育の機会を保障していくということは、本当に国として、文部科学省としてきちんとやっていくべきだということだけを申し上げまして、質問を終わりたいと思います。
どうもありがとうございました。