日本共産党の児玉健次議員は8日の衆院文部科学委員会で,新たに導入される「大学評価制度」が大学の学問研究をゆがめるものだと追及,再検討を求めました。
大学評価について児玉氏は,学問研究を短期的な効率だけの視点や単一の指標によって評価することの問題点や,評価員の「個人的信念」によって評価が左右されるとの批判が国立大学協会などからあがっていることを指摘しました。
大学評価と研究予算配分が結びつけば,文科省が認証した評価機関がおこなう評価の尺度にあった「あなた好みの研究」のみになり「創意ある研究は育たない。日本の学問研究にとって重大な損失だ」とのべました。
また文科省が選定した一部の大学(研究組織)だけに特別の研究費を補助する「21世紀COE(卓越した研究拠点)プログラム」について,どのような基準で選定されたのかまったく不明であり,採択過程や評価基準を公開すべきだと主張しました。
遠山敦子文科相は「不採択の理由をちゃんと示して説明責任を果たすことが大事」と答弁。工藤智規高等教育局長も「大学の希望も聞いて改善していく」と答えました。
○児玉委員 日本共産党の児玉健次です。
今回の,学校教育法の一部改正案と言っていますけれども,内容は非常に多岐にわたって,しかも重要な内容を含んでいますね。ぜひ,十分かつ慎重な審議を私は求めたい。
この機会に,重点を絞って,三つについて私はお聞きします。
まず一つ。専門職大学院の発足によっても,学校教育法65条で言う,さっき工藤さんがいろいろ言っていたけれども,学術の理論及び応用を教授研究し,その深奥をきわめようとする現存の大学院の重要性はいささかも変わりがない,私はそういうふうに考える。専門職大学院で先行しているのが法科大学院ですから,それとの対比で,法学研究科,法学政治学研究科をまず取り上げたいと思います。
今,国立大学でこれらの課程を持っている大学が,熊本大学から北は北海道大学まで14あります。それらの専攻,講座を私は取り寄せて拝見しました。憲法,民事法,刑事法などの講座があるのは当然のことですけれども,専攻によっては,政治理論,現代政治行政分析,アジア太平洋国際関係,政治思想史,現代行政分析などなどの講座があります。もし,これらが全部,法科大学院にシフトしてしまったら,これらの講座は恐らく行方不明になってしまうでしょうね。
大学院と専門職大学院の教育研究を,政府,文部科学省が,双方ともに手厚く支えて充実発展させることが非常に重要だと私は思う。そのことについて,遠山大臣のお考えを端的に聞きたいと思います。
○遠山国務大臣 大学院は,本来,学術研究の推進とともに研究者の養成,それから高度の専門的能力を有する人材の養成という役割を担っております。
大学院博士課程あるいは修士課程につきましては,特に,世界の第一線に伍した水準の高い教育研究の積極的な展開によりまして,世界的な教育研究拠点を形成することが重要でありまして,その役割は今後とも重要であると考えます。
今回の専門職大学院は,高度専門職業人養成に特化した新たな大学院制度を整備するものでありまして,これによって,国際的にも社会的にも活躍できる多様な能力を持った高度の専門家を養成しようということでございます。
したがいまして,専門職大学院をつくること自体が,既存の大学院が目指していたものをなくするというようなことには全くつながらないというふうに考えているところでございまして,それぞれの目的に応じて,それぞれの大学がしっかりと考えて,既存の役割も十分に果たしながら,新たな仕組みについてもお取り組みをいただけたらというふうに考えております。
○児玉委員 次に,認証評価機関による評価についてです。さっき言葉がいろいろと飛び交ったけれども,正確には私は認証評価機関による評価だと思います。
学問研究において,到達点を明らかにして取り組みの問題点を適切に指摘する,これは必要なことでしょう。しかし,評価のための評価は,これは有害無益ですね。
1999年に大学に対して,自己点検と評価の実施,そしてその公表を義務化し,自己点検,評価の学外者,第三者による検証を努力義務化して,何年たったでしょう。いまだ3年しか経過していません。3年しかたっていない。しかも,その評価は未成熟であると皆さん自身がきょうも何回もおっしゃっている。
今,国立大学99校に関して言えば,昨年の段階で自己点検,評価の実施は99校中99校です。100%になっている。実施結果の公表も100%です。外部評価,第三者による評価,一昨年は70校であったけれども,1年間で去年79校にふえて80%に達していますね。この間の経過を大臣はどのように受けとめていますか。
○遠山国務大臣 大学改革の流れは,自己点検,評価が決まった2年前,3年前ということでございませんで,1980年代の終わりのころから非常な勢いでそれぞれの大学で取り組みが始まっております。また,それを私どもとしても,制度としてもいろいろ規制を緩和するという形でサポートしてまいっているわけでございます。そのプロセスにおいて,それぞれの大学がみずからの教育研究のあり方をいろいろ改革していく中で,自己点検,評価の重要性ということは早い段階から私は認識されていたと思います。
それを制度化したのが平成11年でございますか,そういうことでございますけれども,やはり改革を進めていくために,それは大学という社会的存在がより充実したものになっていくために必要なものであるということで,それぞれの大学がそれを納得され,今もそういう努力が続いているというふうに考えております。
○児玉委員 時間がないですから,その前の経過は知っているので,私はもう限定して言ったんです。平成11年にあなたたちが自己点検,評価の実施と結果の公表をした,3年たったその経過をどう見ているかと。今あなたは,それぞれの努力があったと。私もそう思う,不十分ではあるけれども。
そこで,学問研究を短期的な効率の視点あるいは単一の指標によって評価することの問題点,危険性が今重要です。国立大学理学部長会議,99年の11月に行われたこの理学部長会議は,今の点について二つの実例を挙げて指摘していますね。
その一つ。火星探査機などに指令信号を雑音に邪魔されずに送ることができるのは,符号理論を応用して信号の誤りを自動的に修正しているからです,最新の符号理論の基礎は有限体上の代数幾何学ですが,ここで使われる有限体は1830年ごろガロアがつくったものです,150年以上もたってから自分の理論が日の目を見ることは,天才ガロアといえども予見し得なかったでしょう,本当に僕はそうだと思う。
もう一つの例。C型肝炎の治療薬であるインターフェロンや糖尿病のためのヒトインシュリンが製造され,医療に供せられています,遺伝子工学の学問的基礎は分子生物学ですが,分子生物学はワトソンとクリック二人によるDNA分子の二重らせん構造の発見を契機として発展した分野です,この二人が1953年に発表した論文,わずか二ページに満たない短いものです,しかし,この論文が持つ意義の大きさは,幾ら強調しても強調し過ぎることはないでしょう,これも説得力ありますね。
そこで,理学部長会議はこう言っている。以上の例からも明らかなように,基礎科学は,息の長い研究の推進が可能な環境下で,自由な発想のもとに自律的に探求されることによってのみ大きな成果が期待できる学問領域であり,その成果は数十年後,5年とかなんとかではなくて,数十年後あるいはもっと後の社会を支える中核技術を生み出す可能性を持つものです,そう言って,短期的な効率の視点,単一の指標によって評価することはできない,こう述べていますね。
この指摘を真剣に生かすことが今求められていると思います。河村副大臣,いかがでしょうか。
○河村副大臣 自由な発想でやっていく大学自治の考え方,これをさらに進めることが望ましいというお考え,私もそのとおりだと思いますし,またそうでなければいけない,こういうふうに考えております。
今回,そうした評価機関等をある程度,今回は義務づけるという方向を打ち出してきた,これについて,そのことがいわゆる大学の自由な研究,そういうものを抑えてしまうとかいうことになりはしないかという御懸念,御心配かと思いますけれども,この今の日本の大学が,もっと大学間の競争のもとで,そして社会のニーズにこたえる,あるいは国際社会の中で発信できるような大学にしていきたいという大学改革の大きな流れの中で考えたときに,あるいは欧米,特にアメリカの先駆的なやり方等を見ておりますと,これは評価については非常に定着したものを持っている。これは必ずしも義務づけではありませんでしょうが,そのことを受けているというそのことが社会的な高い評価を受けて,あるいは学生が大学を選ぶ一つの大きな基準にしている。日本もやはりそこへ近づける努力をしなきゃいかぬ。
そういうことを考えますと,確かに御指摘のように,まだ今回の大学評価について,国立大学からもいろいろ注文もついたり,御意見もいただいておる,そういうものを踏まえながら,これはやはり私学も含めて大学がそれを受けとめてもらいたい。しかし,その基本はまず第一に自己点検,自己評価にある,こう思います。しかし,それではどうしても内々の評価になってしまうのではないかという社会の評価もございますので,それを含めて,やはり義務化して第三者の公正な機関でやっていただくことが大学の活性化につながる,このように確信をいたしております。
○児玉委員 今副大臣がおっしゃったように,アメリカでは義務づけておりませんね。
そして,ニーズという言い方に対して,学問研究に対する評価のスパンは長くなければならない。独創性,将来の発展性をどう見るかというときに,ニーズよりもシーズだ,その学問研究がどんな豊かな種を持っているか,そこに着目する必要があるという議論が,日本でも,この国会審議と並行して進んでいますね。
そこで私は言いたいんです。国立大学協会第八常置委員会の大学評価・学位授与機構への申し入れ,ことしの3月です。先日,私どもの石井郁子議員がこの問題を取り上げました。
その申し入れの中で,評価員の個人的信念という言葉が出てきたり,見解の相違という言葉も出てきます。私の友人で大学にいる人物から,私は端的にこう言われました。信念というのは上品な表現であって,評価員の偏見と言った方が正確だと。私もそう思う。偏見によって押しつけられて研究が伸びるはずがない。
私は文部科学省の皆さんにちょっと聞きたいんだけれども,今,日本の大学の学長や学部長などの対話で評価疲れという言葉が飛び交っていますね,評価疲れ。この言葉を御存じでしょうか。私は,一つの問題として,COEの申請を準備するために何カ月間もみずからの研究を横に置かざるを得なかった研究者が少なくない,そう聞いています。
この機会にお尋ねしたいんですが,COEの審査委員会はどのような基準によってプログラムを選定したのか,説明責任が全く果たされていません。少なくとも採択過程,評価基準を公開すべきではないか,こう考えますが,大臣,どうですか。
○古屋委員長 工藤高等教育局長。(児玉委員「いや,答弁者に設定していない」と呼ぶ)まず工藤高等教育局長,お願いします。(児玉委員「では,端的に答えてください」と呼ぶ)
○工藤政府参考人 COEプログラムの審査は,外部に委託して,江崎玲於奈先生を委員長とする委員会で定めてございます。公募に当たりまして,こういうことで評価しますよという評価基準,項目は既に公表しているところでございます。
ただ,実際にそれぞれの大学の採否に当たって,審査合格はいいんですけれども,残念ながら不採択になりましたところについては,こういう点でお考え直しいただいてはどうでしょうかということなども含めた審査の側からの観点を今月中に整理して,関係の大学にお知らせすることにしてございます。
ただ,確かに,全体を通じての情報公開の仕組み,ことしが初年度でございますので,ことしの反省も踏まえ,かつ大学側の御希望なり意向も踏まえながら,来年度以降,より改善してまいりたいと思っております。
○児玉委員 大臣,今の工藤さんのお話は重要だと思う。説明責任,不採択に,プログラムにならなかった部分からの異議申し立てを含めて,そのことで双方的でなきゃいけないと思うので,この点の検討を求めたいと思うんですが,遠山大臣,どうですか。
○遠山国務大臣 COEプログラムは,私は,このことのプログラムに対する申請を各大学がどうするかという議論の中で,それぞれの大学の分野を越えた,その大学が一体どうあったらいいかという本格的な議論がなされたという点で大変よかったという話を,国立の大学あるいは私立大学の方々からたくさん聞いております。そういうふうに,COEプログラムそのものが及ぼした効果というのは大変大きいものもあると思います。
審査は,私は,これは官がやるべきでないということで,これこそまさに専門家たちが知恵を絞ってやっていただくということで,外部にお願いしたわけでございます。そして,結果が公表されて,申請者たちに対しましては,採用されなかったところについてはその理由をちゃんとお示しをするということにおいて説明責任を果たしていく,これは非常に大事なことだと思っております。
○児玉委員 そこで,政府,文部科学省が今,国立大学の法人化に向けて突っ走り始めている,この改正案で提起されている認証評価機関による評価,これに対して多くの研究者や国民の懸念,不信が,文部科学省の,法人化に向けてともかく一路走り出している,それが不信を強めていますね。
これは皆さんの有名なパンフレットで,208ページのところに,去年の6月,文部科学省,大学の構造改革の方針,遠山プランと現場では言われていますね,そこの中に何と書いてあるか。スクラップ・アンド・ビルドで活性化。スクラップ・アンド・ビルドと。ビルド・アンド・スクラップじゃなくて,スクラップが先に来る。それから,大学に第三者評価による競争原理を導入する。国公私トップサーティーを世界最高水準に育成。トップサーティーをセンター・オブ・エクセレンスと言いかえても,現場では今でもこの言葉が生きている。結局,今度の認証評価機関の提案はここに収れんするのではないか。
認証評価機関の提起と遠山プランの関連について,遠山大臣からお示しいただきたいと思います。
○遠山国務大臣 昨年示されました大学の構造改革の方針といいますものは,これは日本の大学をいかに国際的にもすぐれたものとしていくかというさまざまな努力の前提のもとに,一つの方針として取りまとめたものでございます。
これは,名称自体,固有名詞を冠して呼ばれることについては,これは私としては,みずからの生き方と違うので,これは困ると思っておりますけれども,それは別といたしまして,認証評価機関の重要性ということにつきましては,これは昨年示しましたその方針に源を発するということでは全くございません。これは大学そのものがこれからみずからの教育研究の高い理想を達成していくために,より充実し改善していくに際して必要な第三者の目による評価,これの必要性につきましては,私は多くの大学関係者それから行政担当者等で共有されているものだと思っております。
ということで,昨年の方針そのものもいろいろな議論をベースにした上での方針でございますし,また,認証評価機関をつくろうとする動きも日本の大学を本当によくしていく,これは私,日本の社会にとって,日本の大学がどのようにすぐれた教育研究をしていってくれるかということは,まさにその質の向上ということが日本の将来を左右するというぐらいに思っておりまして,私は大学というのはそういう社会的な役割ないし意義を持っていると思っておりまして,それぞれの大学の取り組みというものを前提としながらも,それがますます改善され,国際的な角度から見てもレベルの高い内実を持っていただくようにしていくのが私どもの役割だというふうに思っております。
○児玉委員 今の御説明に私は納得しないけれども,この後の事態はしっかり見ましょう。
そこで,認証評価機関についての基準を適用するに際しての必要な細目,法律では「文部科学大臣が,これを定める。」と書いてあるだけで,法案からは姿が出てきません。学問研究に対する重層的な評価,あえて言えば,私は,今,日本の大学に対する評価はある意味では縦,横,斜め,もう錯綜して行われている,しかも,それが,資源配分機関が認証結果を参考にすることが十分にあり得るところ,先日,石井議員の質問に対してあなたは何のことかわからないとおっしゃったけれども,わからないでは済まないんで,文部科学省が10月11日に出した学校教育法に関しての考え方の中にはっきり書いてあるじゃないですか,資源配分機関が評価結果を参考にすることは十分あり得ると。
制度設計をされた方と私は会ってみたら,この資源配分機関の中に文部科学省もワン・オブ・ゼムのワンとして入っているというふうに私は聞いた。
そこで,そうなってきますと,学問研究の場から自由濶達な空気を奪って,研究者を評価のための自己点検,その他いろいろありますけれども,そういった種類の報告書作成にも追い込んでしまう,研究者を萎縮させることにつながらないか。中教審や大学審議会の文書の中にも,過重な負担にならないようにという言葉が散見されるんだけれども,なっているんですよ。
この点,河村副大臣,どうですか。
○河村副大臣 先ほど御指摘ありましたように,評価員の個人的な思い込みといいますか,そういうものが随所にあるんだという指摘があった,こういうことを私はしっかり改める必要があると思いますね。だから,評価員間の相互研修といいますか,これはやはり評価員の能力というものが非常に問われている面が一面あると思います。
御指摘のように,我々文科省,これを設定したときには,大学の活性化につながり,そしてやはり生き生きとした研究ができるように,そういうことに対してやはり国は支援はいたしますよという思いで,トップサーティーもそうでありますけれども,そういうふうにとらえておるわけでございますので,児玉委員御指摘のような懸念がなきように,やはり我々も十分配慮して,この制度をしっかり運営していくということが必要だ,こういうふうに思います。
○児玉委員 そこで,ちょっと私は同僚議員にも申したいんですが,ある企業があって,その企業が企業の営業活動を展開している。そのとき,社員,職員の活動の評価,評価のための機関だけが肥大化して,経費もスタッフもそっちの方に集中していったら,こんな企業は多分生き残ることができないでしょうね。今日本の大学はそうなりはしないか。
何よりも重要なことは,日本の学問研究の場で,認証評価機関の評価の尺度に適応した研究だけが残る。先ほどの友人がこう言いました。現在,大学ではあなた好みの研究という言葉が飛び交っている。あなたというのは評価機関と評価員のことです。そんな研究だけが残って,さっきのガロアのような創意性のある,そして小柴さんのノーベル賞受賞のような,ああいうものが育ちますか。これはもう日本の学問研究にとって非常に重要な損失になりますね。私は再検討を求めたい。大臣,どうですか。
○遠山国務大臣 私は,評価といいますか,そういう制度について,そのような見方しかできないというのは,私は大学人自身の自信がなさ過ぎると思いますね。みずからの教育研究をしっかりやっていれば,どんな評価されたって,堂々としていればいいと思いますね。しかも,この評価が学問研究の中身,あるいはその質の中身に入って評価するものではないわけですね。そこのところを十分,むしろ委員の方から御説明いただけたらと思います。
○児玉委員 あなたが言っていることは重要ですね。そんな無責任な評価を許していいんですか。それがこの問題の本質です。そのことをはっきり言って,終わります。