平成十四年六月十三日(木曜日)
午前九時三十分開議
出席委員
委員長 青山 二三君
理事 高橋 一郎君 理事 土屋 品子君
理事 林田 彪君 理事 森田 健作君
理事 肥田美代子君 理事 山口 壯君
理事 丸谷 佳織君
小野 晋也君 小渕 優子君
岡下 信子君 近藤 基彦君
阪上 善秀君 谷川 和穗君
増原 義剛君 三ッ林隆志君
石毛えい子君 鍵田 節哉君
武正 公一君 水島 広子君
山谷えり子君 武山百合子君
石井 郁子君 原 陽子君
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参考人(財団法人麻薬・覚せい剤乱用防止センター理事長) 上村 一君
参考人(多摩少年院教育調査官) 名執 雅子君
参考人(日本ダルク本部代表)(NPO法人APARI副理事長) 近藤 恒夫君
参考人(家族機能研究所代表) 斎藤 学君
衆議院調査局青少年問題に関する特別調査室長 柴田 寛治君
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本日の会議に付した案件
青少年問題に関する件(薬物乱用問題)
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○青山委員長 これより会議を開きます。
青少年問題に関する件、薬物乱用問題について調査を進めます。
本日は、参考人として、財団法人麻薬・覚せい剤乱用防止センター理事長上村一さん、多摩少年院教育調査官名執雅子さん、日本ダルク本部代表・NPO法人APARI副理事長近藤恒夫さん及び家族機能研究所代表斎藤学さん、以上四名の方々に御出席をいただいております。
この際、参考人各位に一言ごあいさつを申し上げます。
本日は、御多用中のところ本委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。参考人各位には、薬物乱用問題につきまして、それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお述べいただきたいと存じます。
次に、議事の順序について申し上げます。
まず、上村参考人、名執参考人、近藤参考人、斎藤参考人の順に、お一人十五分程度で御意見をお述べいただき、その後、委員からの質疑に対してお答えいただきたいと存じます。
念のため申し上げますが、発言はその都度委員長の許可を得てお願いいたします。また、衆議院規則の規定により、参考人は委員に対して質疑ができないことになっておりますので、あらかじめ御承知おき願いたいと存じます。
それでは、まず上村参考人にお願いいたします。
○上村参考人 財団法人麻薬・覚せい剤乱用防止センター理事長をいたしております上村でございます。
きょうは、民間におきます薬物乱用防止活動につきまして意見を申し述べる機会をいただきまして、ありがとうございました。
初めに、麻薬・覚せい剤乱用防止センターが設立されました趣旨と経緯につきまして、簡単に御紹介させていただきます。
当センターが設立されましたのは、昭和六十二年、西暦一九八七年の六月でございます。当時の薬物乱用の情勢は、欧米諸国を初め世界の多くの国々におきまして、急速に蔓延しておりまして、大きな社会問題となっている時代でございました。国内でも、覚せい剤の乱用が増大いたしまして、覚せい剤取締法違反によりまして検挙された者が毎年二万人を超えるなど、深刻な社会問題でございました。国際的には、薬物乱用を防止するためには、関係各国と国際社会が連携して、一丸となって取り組むことが大事であるという機運が高まってまいっておりました。
こういうふうな状況を背景にいたしまして、昭和六十一年、一九八六年でございますが、東京サミットでは麻薬乱用撲滅に向けての各国首脳の決意が宣言されまして、翌一九八七年には国際麻薬会議が開催されるなど、国際的に薬物乱用問題解決への努力が強化されるようになっておったのでございます。
薬物乱用をなくすためには、こういった薬物の不正な供給を絶つための取り締まり、これが一つ、それから、薬物の乱用が精神なり身体に及ぼす恐ろしい影響等を国民の皆様に正しく理解していただきまして、これを許さない社会環境を醸成していくことが何よりも大切でございます。そして、こういった未然防止を図る予防啓発のための活動は、国及び地方を通じました行政の活動にあわせまして、多くの民間団体、ボランティア等、広く国民各層の理解と御協力を得まして一層効果を発揮すると言うことができるのでございます。
こういった観点から、昭和六十二年一月二十三日に開かれました閣議におきまして、官民一体となって薬物乱用防止啓発活動を強力に進めることとされたのを受けまして、同年六月一日に、財団法人麻薬・覚せい剤乱用防止センターが厚生省、現厚生労働省と警察庁の所管法人として発足したのでございます。
まず、活動の基本的な考え方について申し上げます。
一般に人の健康につきましても、治療から予防へ目が向けられておりますし、治安の面でも、事後の刑罰よりも未然防止をということがよく言われておりますが、薬物の問題につきましては、まさにこの両方の観点から、予防あるいは未然防止ということが最も重要でございます。使用して検挙あるいは補導されたときにはもう遅い、ツーレートということでございます。
薬物乱用がなぜいけないのか。改めて申し上げるまでもございませんが、主に二つの理由がございます。一つは、薬物乱用によって中枢神経、脳が侵され、そして、一たん侵された脳は決してもとに戻ることはなく、むしろ、弊害が一生ついて回るということでございます。もう一つの理由は、薬物乱用には、一たん使用すると自由意志でとめられなくなるという特徴がある、依存性でございます。
この二つのことから明らかなように、薬物乱用は一度であっても「ダメ。ゼッタイ。」でございます。特に、小学生の高学年、中学生のころから正しい知識を身につけることが必要でございます。
当センターの活動につきましても、発足以来、「ダメ。ゼッタイ。」を合い言葉に、現実に薬物乱用が起こってしまった後では手おくれであるということを徹底して、一度たりとも薬物乱用を許さない社会環境づくりを進めるということを基本にいたしております。
そして、こういった問題というのは、教えられたり与えられたりしただけでは、なかなか身につかないものでございます。国民一人一人が自分の問題としてとらえて、積極的に薬物乱用防止活動にかかわることができるようにすることが重要でございます。こうした観点から、街頭キャンペーン等におきましても、青少年を初めとするボランティアの参加を広くお願いしております。
もう一つ大事なことは、関係者間の連携協力ということでございます。先ほど申し上げましたように、薬物乱用を許さない社会環境づくりには、国、地方公共団体の行政ばかりではなくて、学校、PTA、警察、防犯団体、さらに、ライオンズクラブ、ロータリークラブ等の地域の民間団体が緊密なネットワークを形成いたしまして、地域社会が一体となってこれに取り組んでいくことが不可欠でございます。
当センターは、ことし六月でちょうど設立十五年になりましたけれども、そうした考えのもとにこの問題の解決に取り組んでおるわけでございまして、薬物乱用防止のため、国からの委託費とか、関係団体からの補助金、助成金を財源といたしまして、いろいろな事業を実施しております。
主なものを申し上げたいと思います。
一つは、「ダメ。ゼッタイ。」普及運動でございます。
一九八七年に世界各国の麻薬担当閣僚会議が開催されまして、その会議終了日の六月二十六日を、毎年、国際麻薬乱用撲滅デーとすることが同じ年の国連総会で定められました。我が国では、平成三年、一九九一年から、この六月二十六日を中心に、六月中旬から七月中旬まで、厚生労働省、各都道府県と当センターの主催、国の薬物乱用対策推進本部、警察庁等関係省庁の協賛と関係団体の後援によりまして、「ダメ。ゼッタイ。」普及運動を展開しております。
この「ダメ。ゼッタイ。」普及運動といいますのは、各都道府県単位に関係者から成る実行委員会を設けまして、ヤングボランティア等の参加を得て、街頭キャンペーンを実施するものでございます。例えば昨年度は、東京・新宿での民間国連ヤング大使が参加いたしました中央大会のほか、全国各地の保健所等を起点といたしまして、六万八千人のヤングボランティア等が参加して、街頭キャンペーンを実施いたしました。
この活動に際しましては、ポスターとかリーフレット等の啓発資材を作成して配布しておるのでございますが、去年はちょうど第九回の世界水泳選手権大会が福岡県で開催されましたことから、このポスター等には、イアン・ソープさんとか中村真衣さんといった、この大会に参加いたしました選手の写真を用いるなど、大勢の方々に広く関心を持っていただくような工夫をいたしております。
第二は、国連支援募金運動でございます。
今申し上げました「ダメ。ゼッタイ。」普及運動の期間を重点といたしまして、当センターが主催し、国連薬物統制計画、UNDCPと申しておりますが、国連薬物統制計画ほか関係団体の協賛、関係省庁、各都道府県の後援をいただきまして、国連支援募金運動を実施しております。
この運動には二つのねらいがございます。一つは、青少年の健全育成とボランティア活動への積極的な参加意欲の増進を促しまして、地球的規模での薬物乱用防止に関する理解と認識を高めるとともに、浄財を募りまして、開発途上国において薬物乱用防止活動に従事しておる民間団体の活動資金として、国連を通じて援助することにより、薬物乱用のない二十一世紀の地球環境づくりに資することを目的としておるものでございます。
この運動は、平成五年、一九九三年から開始いたしまして、平成十二年度までに、三億七千四百万円が国連薬物統制計画に寄附されており、これを財源といたしまして、延べ二百二十六カ国の開発途上国、三百十のプロジェクトの支援が行われております。
なお、この国連薬物統制計画に寄附するに際しましては、毎年、この運動に積極的にかかわりました青少年の皆さん数名を民間国連ヤング大使として、国連薬物統制計画の本部がございますウィーンに派遣して、薬物問題についての見聞を広めていただいておるところでございます。
三つ目は、麻薬・覚せい剤乱用防止運動でございます。
これは、毎年十月一日から十一月三十日まで、厚生労働省と各都道府県の主催、関係省庁の協賛によりまして、乱用による危害を広く人々に知っていただく、国民一人一人の認識を高めていただくということで、麻薬・覚せい剤乱用防止運動という名前で全国的に実施しておるのでございます。これは、麻薬・覚せい剤乱用防止の全国的な機運の盛り上がりを期するために、全国を幾つかの地区に分けまして、各地区ごとに薬物問題を考える集会を開催いたしております。
四つ目は、薬物乱用防止キャラバンカーの運行でございます。
これは、センターの大きな事業の一つでございまして、特に麻薬乱用に染まっていない青少年に正しい知識を啓発することを目的といたしまして運行しているものでございまして、このキャラバンカーには、薬物標本、人体模型、パネルなどの展示コーナー、パソコンによる薬物乱用防止ゲームコーナー等々、青少年の皆さんが興味を持ちながら薬物乱用防止に関する正しい知識を身につけるように、工夫を凝らしております。
このキャラバンカーには、通常、麻薬取締官のOBが指導員として乗っておりまして、専門家の立場から説明したり、見学者の質問に答えたりしておるところでございます。
キャラバンカーが導入されましたのは、平成四年、一九九二年でございました。平成十年から増車が進んでおりまして、現在は、全国各地で八台が稼働しております。平成十三年度の実績では、延べ運行日数が千二百十四日、運行先は千二百七十二カ所に上っております。これらの自動車の運行は、四台は厚生労働省の委託費で、他の四台は社会福祉・医療事業団の助成金で行っております。
最後に、研修事業でございます。
今まで申し上げましたのは、主に一般の方々を対象にいたしました啓発活動でございますが、当センターにおきましては、これら以外に、国内及び海外において薬物乱用防止活動の指導者となる人材の育成を図るための研修事業を実施しております。
国内におきましては、薬物乱用防止指導員等、地域で薬物乱用防止活動に指導的な立場で携わっておられる人々を対象にいたしまして、毎年、薬物乱用防止啓発活動団体指導者研修会を実施しております。関係省庁や地方公共団体の担当者、医学の専門家を講師にお願いいたしまして、広く研さんを積んでいただいております。
また、アジア地域の各国におきまして薬物乱用防止啓発活動のリーダーとなる人材を育成し、アジア地域の麻薬対策の向上に寄与することをねらいといたしまして、毎年、アジア各国の方々約十名を対象に、国際協力事業団と協力しながら研修を実施しております。
このほか、幾つかの事業を実施しておりますけれども、時間の関係で省略させていただきます。
最後に、これからの民間薬物乱用防止活動の方向でございますが、これまでの経験を踏まえながら、若干の意見を申し述べさせていただきます。
この六月で、センターが発足いたしましてちょうど十五年になるわけでございます。この間、乱用防止の重要性につきましての理解は相当進んだと承知しております。これまで、青少年の教育現場におきましては、どちらかというと、薬物問題というのは難しいところがあって余り触れたくないというふうな傾向も一部に見られたように思われますが、現在では、文部科学省はもとより、教育委員会や学校におかれましても、この問題について、早くから正しい知識を伝えるということに主眼を置いた積極的な取り組みが行われておるわけでございます。当センターが設立されたときに比べますと、今昔の感というふうに言えると思います。
ただ、毎年、使う子供の低年齢化が進んでおりまして、一層こういう人に向けた活動をしていくことが大事じゃないかと思います。
そのための具体的な取り組みといたしましては、まず、全国に二万人おります薬物乱用防止指導員の機能を強化するということでございまして、この点につきましても、当センターも何らかのお役に立っていきたいと考えております。今年度からこの活動について調査研究を開始いたしまして、実りのあるものにしたいと思っております。
さらに、この防止活動におきまして、関係団体との連携なり協力をさらに積極的に図っていかなければならないと考えております。例えばライオンズクラブでは、当センターと共催で薬物乱用防止教育講師認定制度というものを設けておりまして、既に三千名を超える認定資格者が誕生しており、地域の学校等で活動しておるわけでございます。
いずれにいたしましても、薬物乱用問題というのは、地道で息の長い取り組みが必要不可欠であると考えます。当センターといたしましても、微力ではございますけれども、これまでの経験を踏まえながら、さらに充実した活動を進めたいと考えております。引き続き、皆様方の御理解とお力添えをいただきたいと思います。
以上、意見陳述とさせていただきます。どうもありがとうございました。(拍手)
○青山委員長 大変ありがとうございました。
次に、名執参考人にお願いいたします。
○名執参考人 多摩少年院教育調査官の名執と申します。
多摩少年院は、東京の八王子市にありまして、家庭裁判所から中等少年院送致の決定を受けた男子の少年を収容し、教育をしております矯正施設でございます。
きょうは、少年院の現場からの発言として、薬物乱用少年の実情と、少年院での矯正教育の内容について紹介する機会を与えていただき、大変ありがとうございます。
では、お手元のレジュメに沿って申し上げます。
まず、少年院における薬物乱用少年の実情について申し上げます。レジュメの二枚目のグラフをごらんください。
全国の少年院に平成十三年に入院した少年の数は六千八人で、うち、本件非行名が覚せい剤取締法や毒物劇物取締法違反など薬物関係である者は約九%ですが、これに非行時に薬物を経験していたことのある者も含めますと、約五人に一人が何らかの薬物を使用していた経験があることになります。
女子少年の場合は、実に入院者の三〇%が覚せい剤取締法違反、また、二人に一人は薬物を使用していた経験があり、男子少年とでは薬物使用の様相も若干異なっております。
ここでは、これら経験者も合わせて薬物乱用少年としますと、その特徴としましては、概して、調子が軽く、人づき合いもよく、周囲に影響されやすいところはありますけれども、性格的な偏りが著しいなどの目立った資質的な問題はそれほど認められません。
ただ、不良文化や反社会的なものに対する親和性というか、あこがれが強く、暴走族や暴力団との関係がある者が多いということが挙げられます。
実際、少年の話からは、不良交友の仲間内で先輩や友人に勧められて、いとも簡単に手を出しているという状況がうかがえます。例えば、先輩に勧められて、これを断ったら自分が小さい男になるような気がしたとか、友達にやったことがあるかと聞かれて、見えで、あると言ってしまい、引っ込みがつかなくなったとか、本当につまらないことで、少年は手を染めております。これは、やらないと仲間でばかにされるとか、薬物をやることに仲間との一体感とか格好よさを感じているということで、薬物をやるという行為自体に、不良関係を維持し、反社会的態度を示したい、そういう意識が見られます。
そのため、薬物乱用少年も、単に薬物だけの問題ではなくて、暴走族内の不良交友をもとに引き起こした共同危険行為ですとか、傷害事件ですとか、恐喝事件ですとか、別の事件にも同時にかかわっている少年が多いのが特徴です。
このように、不良交友を求め、親和していく背景には、家庭や学校における居場所が得られない、職場での人間関係にも行き詰まって長続きしないなど、不良仲間の中でしか自分を認めてくれる場が見つからない、そういう状況がございまして、その中で、一回くらい大丈夫という安易な気持ちで手を染めてしまう、そういう構図があると思います。
次に、薬物乱用少年に対して少年院ではどのような観点から教育を行っているかということについて、お話し申し上げます。
ただ、幻覚が著しいなど精神症状が既に進んでおり、専門的医療措置を必要とする少年につきましては、医療少年院の方で治療を受けますので、ここでは、医療的な措置を必要としていない少年を対象とした教育についてお話し申し上げます。
まず、現状の問題点です。
入院した当初の少年は、大抵、今回捕まったから、もう意志を強く持って絶対やりません、僕は大丈夫ですとか、少年院を出たら一回だけやって、それでやめることにします、やめられる自信はあるんですとか、そういうことを申します。この発言からもわかりますとおり、少年たちは、薬をやめることは自分の意志の問題であると思っておりまして、薬物に対する依存の問題には気がついていないことが多いのです。
しかも、少年がいずれ戻っていく社会を考えてみますと、今は社会全体に享楽的な風潮があって、薬物を手に入れようと思えば比較的簡単に手に入る状況であり、周りの同年代の友人たちも、薬物に対する警戒心が薄いまま気楽に使用しているという状況があります。こういう中に少年たちを帰していく、このことを前提にした指導でなければならないという難しい問題もあります。
以上のことを前提にして考えますと、少年院での教育の力点は、次の四点になろうかと思います。
第一点は、薬害に関する知識を与えるという直接的な働きかけです。
ただ、対象者は、既に薬物乱用少年で、違法性とか薬害については知っていても手を出してきたわけです。ですから、より具体的で身近な例を出して薬物の恐ろしさを浸透させることが必要です。
第二点は、薬物に対する考え方、価値観の偏りを正すということです。
薬物をやることが格好いい、みんながやっているから平気、やることは個人の自由だ、だれにも迷惑をかけていない、そういう考え方が誤っていることを悟らせるということです。
第三点は、自分が薬物に依存している、少なくとも依存への道に足を踏み入れていることを知るということです。
自分は意志を強く持つから大丈夫などと簡単に言えるものではないこと、自分は既に薬物を乱用している状態であることを認識させることが出発点になります。そこから初めて、ではどうしたらいいのかを考え始めることになります。
第四点は、各自が薬物乱用の背景にある原因を知るということです。
不良交友、その中での力関係、人に流されやすい性格、人間関係がうまくとれないなど、薬物に手を出してしまった背景を知って、それを自分の問題点として受け入れ、これに対する改善の方法を探り、最終的には改善するということです。
これは、その少年の生い立ちや資質的な問題も含め、ある意味、一人の人間全体の変容を遂げようとするような、そういう難しい問題です。なかなか一朝一夕にはいかないものですが、このことこそが大切なポイントになると思います。
次に、薬物乱用少年に対する教育のプログラムについて申し上げます。
今述べました四点のポイントを具体化するためには、単に薬物問題に焦点を当てたプログラムだけではなく、物の考え方、人とのつき合い方、日常の生活習慣、勤労意欲の喚起など、少年の持つ問題性にかかわるすべての問題に働きかけていくことが必要となります。これを実現するため、少年院では、まさに二十四時間丸抱えで少年を処遇する中で、個々の少年の非行にかかわる問題性の改善、解消に当たっているわけですけれども、その範囲は膨大ですので、ここでは、特に薬物の問題に直接働きかけるための教育プログラムの概要を紹介いたします。
少年院では、非行の態様別、または非行の原因となっている問題に応じて対象者をグループ分けして行っている、問題群別指導と言われるものがあります。
多摩少年院での覚せい剤事犯少年への実施例を簡単に紹介しますと、そのカリキュラムの中では、家族の立場に立って自分にあてた手紙を書かせる役割交換書簡法というものによって家族の気持ちを実感させるとか、出院後に友人に誘われた場合にどういうふうに対応するかをロールプレーイングで演じさせて再犯の危機場面への対処方法を考えさせることなど、さまざまなことを行っておりますけれども、特に薬物乱用に至った原因や弊害について認識させるためには、集団討議に重きを置いて実施しております。
最近では、新しい試みとしまして、さらに少人数のグループをつくり、グループ内での支え合いをもとに、みずから体験させる中で非行に特有の問題点に自分で気づかせる、またはそれを表明させることによって再犯防止に役立てようということを始めております。
覚せい剤事犯者のグループでは、やめるかやめないかは自分で決めなさい、この時間はそのための自由な話し合いの場ですと少年たちに言っております。ですから、最初のうちは、やって何で悪いかというような本音もたくさん出てきます。そのうちに、手を出したときの気持ちですとか、乱用していた当時の惨めでつらい毎日の話ですとか、薬物により失った家族や友人の話、もしかしたら自分は一生やめられないのではないかという不安などが次々と語られます。そして、使用に至ったそれぞれの背景や、やめられないのは意志の問題ではないことに自分で気づいていき、何とかしなければという思いに心底到達していきます。結局のところ、他人に教えられても、自分が納得して問題に気づかなければ自分が変わる力にはならないということだと思います。
少年院の効果としましては、これらの講座を受けたから即効果があらわれるというものではなくて、すべての処遇を通じてどれだけ非行に係る問題点が改善されたかということではありますが、これらのプログラムを受けた少年の感想を見ますと、大半の者が、やめたい気持ちが強くなった、自分が依存していたことが理解できた、自分の問題点がわかった、やめるためにどうしたらいいか考えられたなどの肯定的な意見を書いております。少年院の中だからだと思われるかもしれませんけれども、書くことも他人に対して自分の意見を表明することであり、その意味は大きいと思います。
また、今回、平成八年から十三年までに多摩少年院を出院した者のうち、保護観察が終了した者五百五十三人の保護観察成績を調べてみましたら、薬物が本件非行少年の百十五人のうち、約五%が保護観察中に何らかの再犯を犯したことがわかりましたが、あとの九五%は少なくとも保護観察終了までは持ちこたえてくれたことがわかりました。
最後に、薬物乱用少年に何が必要かについてお話しさせていただきます。
以上申し上げましたとおり、少年院で行っている教育は、薬物乱用に至った不良交友などの背景に目を向けさせ、薬物乱用をしている自分を認めさせ、そして最後は、価値観、生活習慣、勤労態度、物の考え方などすべてを変容させようとする、長い時間がかかる大変な作業でございます。
何でも、人からやめろと言われてもやめられないものではございますけれども、それでも、自分で納得して決意した者は、少なくとも、前の友達のたまり場には近づかないようにしますとか、誘われたら、嫌われてもいいからまだそんなことをやっているのかと言ってみますとか、想定された場面での対応を自分なりに具体的に考えることができるようになってきております。また、少年たちは、最初は突っ張っておりますけれども、自分を支えてくれる人がいることに気づきますと、このままではいけない、成長したい、変わりたい、そういう気持ちを見せるようになってくると現場で感じております。
少年院では、このような信頼関係を少年と教官との間でつくり上げ、これを基礎に少年に素直に自分の気持ちを語らせる一方で、寮生活、それは集団生活なんですけれども、集団生活を通して人間関係の適切な結び方を勉強させ、規則正しい生活を送らせ、職業訓練を通じて勤労意欲を養い、享楽的な物の見方以外に関心と生きがいを見出せるような、そういう健全な人生観を確立して出院後の生活設計につなげていく、そういう地道な営みを日々続けております。
少年院の目的は、最終的には、少年が社会に出ても、さまざまな危機場面を超えて、薬物をやめているという状態をきょうも一日延ばすことができた、そういうことを繰り返して、それがいつしか長くなって、気がついたら結構人間的にも成長して社会にも適応できてきたな、そういうものだと思っております。
また、そのためには、社会の中で少年にとって大切なもの、かけがえのないもの、これをどれだけつくり上げることができるか。これは覚せい剤をやったら失ってしまう、失ってしまうことには耐えられないような大切なもの、それはかけがえのない家族であったり、まともな友人であったり、やりがいのある仕事などだと思いますが、これを少年がみずから獲得できる力を育てることも大切だと思います。
遠回りなようですけれども、本当に薬物から立ち直るためには、以上述べましたことが必要だと考えております。どうもありがとうございました。(拍手)
○青山委員長 大変ありがとうございました。
次に、近藤参考人にお願いいたします。
○近藤参考人 日本ダルクと申しましても、とても貧弱な施設でございます。現在、二十六カ所に増殖しました。つまり、たくさん薬物依存者がふえたということよりも、行く場がない人たちがどんどんふえてまいりました。
十七年前のちょうど今の時期に、第一号のダルクが荒川区東日暮里に誕生しました。古い一軒家を借りて、そこで共同生活をしながら、お互いに励まし合ったり、ミーティングをしました。一九八五年のことでした。
その次の年に、昼集まる場所が必要になってきた。これも、倉庫を借りまして、倉庫を改造しました。そして、そこで大家さんに、何に使うんだと言うから、グループ活動です、サークル活動ですと言った。薬物依存者が集まるということは、その時期、とても考えられませんでした。
荒川区東日暮里に一軒家を借りましたのと、もう一つのデイケアセンター、それがダルクの始まりです。その後、どんどんとダルクはふえていきました。今現在、南は九州、北は秋田まで、二十六カ所にふえております。その中で、全部、私がコントロールしているわけではありません。ダルクをつくる人が勝手にダルクを始めるという、とてもシンプルな考え方です。
依存症は、支配と依存の関係性の病ですから、だれかのために何かをしようとか、あるいは家族のために薬をやめ続けようとかという程度では、とても薬がとまるはずはありません。ですから、自分たちが気づきながら、自分たちがいろいろなことに直面しながら成長していく過程が必要だというふうに思いました。
そして、プログラムはとてもシンプルです。一日三回のミーティングに出席するだけでいいわけです。規則もありません。規則を守れない人たちの集団の中でまた規則をつくることは、余り得策ではありません。規則がないことがとても大切なんです。その中で、何か大きな問題が起きたということは全くないということではありませんけれども、規則はありません。ただミーティングに三回出席するという、とてもシンプルな規則です。
その中で、中学生から高校生、退学になった子供たちや不登校になった子供たちが、薬物問題と一緒に何カ所かの施設に入ってくることがありました。そういう子供たちを排除していくということがまた新たな薬物問題をつくっていくということに気づきました。私たちのダルクの中では、次の人たちを支援していく、そういう命のリレーというんでしょうか、一度立ち直った人たちが次の人たちを手助けしていくということでやめ続けることができる、つまり、次の人たちを手助けしないでいるとまた再発するということです。私たちは、ダルクは二十六カ所ですけれども、ダルクを卒業した人たちが次のアフターサポートグループにつながっていくシステムが必要だと思います。
ダルクは施設ですから、その中で薬はやめることができますけれども、ダルクを卒業して、地域社会に戻って、社会復帰して、お仕事につくようになってから、次にそれをサポートするグループを、その核をつくることはとても大変でした。そのグループは、アルコールで言うとアルコホーリクス・アノニマス、AAというグループがあったり、私たちのダルクはNA、ナルコティクス・アノニマスという、電話帳を調べると出ているという世界的なグループです。AAは一番目に出ていますね。どこの世界へ行っても、そのグループが、自助グループが活性しております。
そういう組織的なことで活動を広めていくという考え方ですけれども、私たちは、日本では活動が広まっていくのは恨みとコーヒーカップがあればいいということです。つまり、コントロールすることではなくて、勝手に、私はあの人たちが嫌いだから、じゃ、二人いればミーティングができるじゃないかというので、ミーティングができます。また新しいミーティングがある。つまり、仲よしグループじゃなくて、どんどん広がっていく。そういうシステムは、私たちのとても斬新なところです。
そこには、政治的なお金も一切ありません。もちろん、ダルクは、二十六カ所になりましたけれども、この十七年間、政府からの支援もなく、とても気軽に自由にやってまいりました。それはニュートラルな施設、考え方ですが、厚生省とか法務省とか、そういういろいろな省庁がありますけれども、そういう制度の中に組み込まれない、自由な施設でやってこれたというのはとてもよかったと思います。
しかしながら、そのために、スタッフを養成するお金がない、研修するお金がない、それから、そういう人たちにきちんとした給料を支払っていけない、そういう悪いことも同時に出てまいりました。
予防されるべき子供たちは薬を使っているんでしょうか。薬を使っていない子供たちに薬をやめろと言うことはちょっとおかしい。大事なのは、薬を使ってしまった子に再発させない予防、その発想がどうしてないんでしょうか。再発させない予防、これこそが日本の最も欠けている部分ではないかと私たちは思うんです、再発予防プログラム。
私、省庁のことは余り文句を言いたくないんですが、例えば、厚生省は予防をやっておりますね。再発予防をやっていません。取り締まりをやっております。厚生省はなぜ取り締まりをやっているんでしょうか。僕にはわかりません。厚生省がやるべき仕事は再発防止プログラムですね。薬物依存症に一度なった人たちを再発させないためにはどうするかということを考えてほしいと思います。
もう一つは、最近の状況ですけれども、子供を持ったシングルマザーの、覚せい剤をやる若い女性がとても多くなりました。しかし、母子寮とかそういうところには、薬物問題と一緒に入ってきたときには受け入れてもらえません。と同時に、子供と一緒に生活しながら回復できるような施設は日本にはありません。施設の中に保育園があったり幼稚園があったり、そういう施設はありません。
また、その子供たちは気分が悪いですから、当然、世代連鎖、次の世代に同じように気分の悪い子供ができ上がって、またその子が薬を使って気分を変えていくということをやり始めるはずです。これは斎藤先生の分野ですから、後で斎藤先生にお聞きしていただいたらよいと思います。
それから、日本に、ないものがたくさんあります。私たちは、よく、子供は日本の宝だ、青少年は健全に育成されるべきであると、いろいろな言葉が美しく語られております。しかし、そのために、健全にすくすく育った子供たちはいいですけれども、一度ドロップアウトしたり学校から落ちこぼれたりしている人たちをすくい上げる、そういう場がないんですね。
ダルクは、全国二十六カ所全部、借家です。借り物です。財産や地位や名誉や、そういうものは大事な目的からどんどんそれていく。そして、社会福祉法人や何かを、法人を取りたい、法人を取るためにはお金が必要、土地が必要、ダルクはお金がないから取れないんですね。ようやく一つの法人を取ろうと思ったら、地域の反対です。怖い、恐ろしい、そんな人たちはうちのそばに来てほしくない、学校の通学通路は変わる。
私、十七年間やって、体に傷は一つもありません。刑務所を何回も出た人たち、あるいは少年院を何回も出たような人たちでも、場とプログラム、きちんとしたそういうものがあれば必ずよくなるんだという信念を持ちながら、十七年間、やり続けてきました。
しかし、もう私はことしで還暦ですから、今は、再犯刑務所に行って、毎週木曜日、刑務所からお金をもらわないで、自由な立場で、薬物依存になった人たちの、たった十人です。一年間で百人です。その人たちがダルクに来る。三%です。
でも、やらないよりやるべきです。少なくとも、何もしないで言葉だけで言うよりも、何か一人一人ができることを一人一人がやっていくことが、青少年の薬物問題等を少なくしていくことだと思います。
つまり、供給のことを余り考えない方がいいと思いますよ。地図を眺めて、一年間、海外からどういう薬物が来ているかといったら、もう全世界から日本に入っていますね。アフリカからもアルゼンチンの方からも、前は中近東ぐらいでしたけれども、もうほとんど、ヨーロッパからも入っているでしょう。そうすると、たった麻薬犬九十頭で供給をゼロにするなんという妄想はやめて、需要を少なくする、一人でも使う人を少なくするという具体的な発想がとても必要になってきたと思います。一人でも少なくする、そのためには、再発している子供たち、再犯している子供たちを一人でも少なくしていくということをぜひやっていかなければならないと思います。
何か愚痴めいたことを言っていますが、十七年間、医療システム、司法システム、ソーシャルモデルシステム、これが全くなくて、ダルク一つで、医療システムも司法システムもソーシャルモデルのシステムも……。もうそろそろ、いろいろな分野で優秀な方々がたくさんいるわけですから、少なくとも、司法は司法モデルのプログラムをきちんとやっていただく。医療は、外国からいろいろな偉い人たちが来たら、日本の国が案内する施設は精神病院ですよ。おかしいじゃないですか。依存症と精神病は違います。依存症は依存症のちゃんとしたプログラムが必要だと思いますね。ソーシャルモデルでは、例えば母子家庭の薬物依存の回復プログラムとか、そういういろいろなもの。
もう一つは、回復者をぜひ切り捨てないで、例えば、講師に呼ぶとか、刑務所に七回以上入った人でなければ入れない会社をつくるとか、そういう発想が必要だと思うんですね。私たちは怖い人たちではないですよ、ほんのちょっとしたずれですから。
回復にとって何が必要か。底つきと出会いが必要だったとダルクの人たちは言いました。では、回復にとってどういうことが必要だったのかというところで、だれがどういう手助けをしてくれたのかというと、僕はちょっと僣越ながら本を持ってまいりましたが、この中で、一番かかわりのある人たちが余り役に立っていないですね。保護観察官というのは直接保護観察するわけですから、とても……。この二百五ページですか、クリーンになったとき、薬をやめようと思ったとき、どういう人たちが一番手助けしてくれましたかというアンケートをとったら、一番役に立ったのは仲間というのですね。つまり、共通の問題を持って、そこから立ち直った仲間が一番支援してくれた。次に家族というのもありますけれども、学校というのも余り役に立っていない。そうすると、制度を持ったところが余り役に立っていないということなんですよ。
こんなばかな話はないでしょう。つまり、学校だって、あと三年間くらいしたらやめていくから、もう途中で退学、学校に来れない、それをじっと耐え忍んでいけばいいわけですけれども、こう考えてくると、制度を持ったところは余り役に立っていないんですね。保護観察官は最も役に立つべきところですけれども、余り役に立っていない。あるいは、病院も余り役に立っていない。保健師制度も余り役に立っていない。そうすると、だれが役に立ったのか。つまり、回復者をたくさん出して、その人たちを支援する、反対側の役割に立たせるということだと思います。
長野県は、高校生への講演が今月だけで三十五校ですよ。薬物依存症で、今、回復途上の人たちが行って、学校で講演しているわけですよ。生徒は静かですよ。校長先生が一生懸命話していてもぺちゃぺちゃ話していますが、ダルクの人が話すと、みんな、しんとして静かに聞いてくれますね。特に茶髪の人たちは、みんな、前へ来て聞いていますね。
そういうことで、今までの考え方をちょっと置いておいて、日本における青少年のオリジナルなプログラムをぜひ、有識者の、余り有識者じゃない方がいいかもわからないですね。保護司制度もそうですね。保護司の人は、微罪でも保護司になれません。そうすると、結局、お年寄りということになりますね。お年寄りが二十代の子供とかかわるというのは、余り意味がないと思いますね。
どうか、そういう社会資源としてダルクの人たちをどんどん活用していく、そして、それによって、私は疎外されていない、私は生きていていい人間だ、こう思えるようになるから回復していくわけですね。薬をやめることではないんですね。やめ続けるためにどうするかということをもう一度考えていただければ幸いだと思います。
終わります。(拍手)
○青山委員長 大変ありがとうございました。
次に、斎藤参考人にお願いいたします。
○斎藤参考人 近藤さんが八五年にダルクをつくったというのかしら、何と言うのでしょうか、どうなるかと思って見ていましたけれども、その二年前まで、私は、松沢病院というところにいて、その前は久里浜病院という国の療養所、官のところにいたんですね。そこでアルコール依存を見ていて、ドラッグの問題が十分に対応できないということで、私が東京都に籍がえをしたのは、一つは、松沢病院の広大な敷地の中に、国はちょっと難しいということで、東京都の薬物依存施設をつくるという夢を抱いていたわけですが、結局、そう簡単なものではないということがわかって、これはだめだということでゲリラに転じたんですね。
そのころ、私たちは近ちゃんと呼んでいますが、彼は、ダルクがないからマックというアルコールの施設の中で活動していた。それで、精神科医の多くは、この問題に関心を持ちません。私は、松沢病院で、近藤さんから回されてくるシンナー少年たちを、アルコール病棟なんですが、何とかそちらの方に入所させるというようなことをやっていたんですが、限界があって、余り彼の期待には沿えなかったというのが今でも残念です。
私は、だんだん、その問題から、もともとの、ドラッグに走ってしまうような子供が出てくる基盤、つまり家族の方に問題を移していって、今は、児童虐待とか、児童虐待と密接した関係にあるドメスティック・バイオレンスの問題に取り組むようになってきたという経緯があります。
私が医者としてここに呼ばれているゆえんというものを少し考慮して、薬物依存一般の話をちょっとしないとまずいのかなと思います。
薬物というのは、いわゆる私たちが考える薬物に限りませんで、薬物乱用ないし依存と言うときには、精神活性物質は何でもいいわけですね。トルエンもそうだし、マニキュアの液でもいいし、ガスライターのボンベでもいいし、何でもいいんですが、そういったようなものを乱用していくときに、あらゆるアディクション、こういうのを嗜癖といいますが、アディクションというのは薬物依存を含めていろいろな嗜癖がある。
最初の人間の嗜癖は指しゃぶりですよ。なくて七癖じゃないが、人間、いろいろな生活行動というのを親から教えられて、そのパターンの中で一生を送るわけですから、その中に、時々、親からの分離その他でもって、非常なクライシス、危機の時期というのがあります。思春期というのは一つのクライシスで、これは私は第三誕生と呼んでいるんです。第一の誕生が出産であるとすれば、第二は、母のひざからおりる時期、例えば三歳がそうでしょう。これはクライシスです。そのころ、二歳から四歳の間、母親の子供に対する虐待が急激にふえます。それから次は、家という、これは人工的な子宮ですが、ここからの出産、つまり家離れ、子別れの問題があります。この時期もクライシスで、ここでいろいろな問題が起こる中の一つが薬物乱用です。
薬物乱用の対策を考えるときに、ドラッグがいけないんだと敵視して、そこから問題を始めるというのは、私は余り得策ではないと思う。家族の様態その他がどういうように反映して――日本では、例えば日本のコカインの依存者を見れば、アメリカの数十万人なんかに比べて、ずっと少ないですよ。ほとんどゼロと言ってもいいぐらい。では、日本にはいわゆるアディクション問題はないのかといったら、大いにあります。どういう形でか。それは引きこもりです。ドラッグという問題に余り縛られると、ドラッグ対策が見えなくなる。
日本は、上海を舞台にしたアヘン戦争によって開国して、今の日本政府になったんです。アヘン使用の禁止は幕末のころからやかましく言われていて、明治三年の太政官布告、阿片禁止令に至ります。ごくごく早いときにつくられていて、これと並ぶ布告というと、例えば明治五年の学制頒布、学校の確立、公教育の確立などになります。日本はアヘン問題というものを非常に重視して、それの上陸をどうやって阻止するかということを中心にしてつくられた国で、だから、そのことについては非常に過敏ですが、過敏の余り、海外からの上陸を阻止すればそれで済むと思ってきた嫌いがある。しかし、シンナーを考えてください。シンナーは石油製品です。工業製品をどうやって海際で阻止できるか。
だから、これは麻薬というものを、麻薬というのは法律用語です。医学用語ではない。一種の有害物質を幾つか決めてどうやって侵入を防ぐかというような発想は、先ほど近藤さんも言っていらっしゃったが、おかしい。無理です。幻想です。日本だけ特殊だという考え方の誤りがいろいろ指摘されていますが、そのうちの一つです。
常用障害がなぜ思春期に起こるかについて今ちょっと言ったわけですが、思春期に起こる常用障害というのは、思春期心性の一つの表現にすぎない。では、思春期心性というのは何かといったら、それは、親に対する依存とか親を理想化していくという考え方が自分の中で弱くなってきて、そこから離れよう、そして、そういうのを自我理想といいますが、新しい自我理想をつくっていこうという、モデルを求める時期です。
このモデルは、幸いにそういうような人に出会う場合もあるし、時には、もっとネガティブなものにいくこともある。かつての連合赤軍の問題とか、極左の集団がたくさんいたころは、若者たちはそういうものに引かれていった。最終的には、高校にまで闘争が及んだということがあります。ドラッグの問題も、これと同質のものだとお考えになっていいんじゃないかと思う。
だから、青少年におけるドラッグ問題の特徴を言うと、まず、安い、入手しやすいということがある、たばこも含めて。それから、集団で乱用されやすいというのは、少年たちの感じる孤独ということを考えれば、友を求めるということからすれば当たり前です。それから、流行的で一時的なもので、その対象が時々移り変わります。それは、入手しやすさが変わるからです。それから、ほかの逸脱行動、例えば性問題を含めたいわゆる非行ですが、時には触法行動などと関連することが多い。最初はそうなんですけれども、それが進むと、逃避的になって、孤立して、引きこもりの方向に行く。
それから、依存と急性中毒は区分けして考えてください。吸ったためにぼうっとしたり、時には呼吸麻痺で死んだりするのは急性中毒です。こういう事故が大人の場合よりはずっと多い。
器質的な損傷、例えばシンナー少年の場合の歯の欠損ですとか、時には造血機能を侵して再生不良性貧血みたいな致命的な病気になりやすい。シンナーというのはもともと油を溶かすものですから、神経組織というのはほとんど脂肪分ですので、脳神経系に対する影響は非常に強いですね。お金が高い、例えばコカインみたいなものの方がかえってそういう意味では安全と言ってもいいぐらいです。
それから、子供の場合は、多剤乱用が多い、大人のようにこれ一本ということがなくて手に入るものは何でも手を出す、こういうような特徴がある。
それから、広がりですけれども、青少年白書なんかで出ているものを見ますと、皆さん、この問題の手がかりとしてそういうものを見るわけですが、そうすると、取り締まり件数が出ている。これは、奇妙なことに、毎年大体同じでして、例えばシンナーだと一万五千から二万、覚せい剤ですとその十分の一ぐらい、千五百から二千、これが毎年載せられている。あれは一体何か。我々からすると、ほとんど意味がない。
実際には何が行われているかというと、例えば、顧客がついた携帯電話一台が百万円以上、時には数百万で取引されているという事実がある。この携帯電話を買う人も売る人も外国人です。こういうことを言うといわゆるゼノフォビアみたいに思われても困るんですが、しかし、実際はそうなんです。その人たちが携帯電話を持つことによって、顧客からの電話が入ってくるから、日本語さえできれば、どこどこの路上ですれ違いざまに現金と薬とを交換するというようなことは可能です。
実際に、クラブと言われるようなところでヒップホップとかレゲエを大音響でかけてやるダンスパーティーなんかには、アシッド、LSDです。それから、エクスタシー、これは覚せい剤の誘導体ですが、非常に性的興奮を高めるということになっています。それから、マリファナ。こういうのがパックになって一万円程度で売られているという事実がある。
しかし、これを取り締まり対象にしようとしても、しょせん無理じゃないか。取り締まらないよりも取り締まった方がいいと思いますが、しかし、それでもってそちらの方に対策を強化しても、それは若者文化の一部を破壊させるにすぎない。これらの子供たちをみんな、一過性にマリファナを吸う人たちをすべて、薬物乱用者として医療の対象にしたり犯罪の対象にしたりする、これは余り適切とは私には思えない。放置すればいいと言っているわけじゃありません。要するに、この者たちに注目しつつ、一体何が彼らをそのようにさせているかについて考える機運が欲しい。
先ほど、家族のことをちらっと言ったのですが、結局、私たちがこの問題に対応するときの第一次介入といいますか第一段階は、家族、つまり、どういう親のもとにこの子が育って、今、何を求めているかということについての関心を持つことだと思う。
私はそのように考えていまして、そうすると、先ほど言ったように、左の端に引きこもり、右の端に薬物乱用を初めとする顕在的な問題を抱えた一つのスペクトラムが見えてくるわけです。引きこもりだって一つのアディクションシステムです、同じことを繰り返してなかなかそこから離れられないということでは。そのいずれもが――引きこもりの少年を連れてきなさいと親に言って、どういう役に立つか。あるいは、引きこもりなんかになると、これは逮捕の対象者にならない。これは、要するに、親に働きかけて、悩んでいる親のケアをどうやってやるかということに尽きる。多くの場合、不在の父とか、孤独の中で母子密着を強めていく母だとか、そういうものが見えてきます。時には、これはアノミー型といいますけれども、全くばらばらになっちゃった家族もある。そのそれぞれに対して適切な家族介入が必要だと思う。
それから、一挙に飛びますが、医療の問題はちょっと飛ばしまして、一つ言っておけば、この問題には医療は余り役に立たない。だから、自助グループというのが大事になってきた。アル中の場合のAAは一九三五年に、それから、NAは一九五三年にできています。ナルコティクス・アノニマス、先ほど近藤先生が言っていましたけれども、こういうようなものを活用するということは、薬物依存、乱用の問題を取り扱う人たちの常識になっています。
それから、もう一つ指摘しておかなくちゃいけないのは、子供の覚せい剤乱用を考える場合、これは女児が多いということです。女性の問題です。統計的にも、取り締まられた人の五〇%以上が覚せい剤の場合は女性です。その氷山の海面下の部分にいきますと、もっと低い。十代初めですと、七〇%から八〇%が女児です。
どうしてか。男が薬に誘うからです。ですから、これは、よく言われる少女期の、ひところ援助交際なんという問題がありましたが、そういう問題とも絡むのです。この問題を単独で取り上げないで、ぜひ、いろいろな問題の中の一つの現象とお考えいただきたい。
それから、彼らは、親からの愛着から離れることによる絶望感というとちょっと強いかもしれないが、当惑あるいは不安の中に漂うわけですから、提供されなくちゃいけないのは人でありまして、処罰ではありません。ストップと言ってみても、財団の活動はよく存じ上げていますし、尊敬もしていますが、「ダメ。ゼッタイ。」と言っているだけじゃだめなので、彼らにクラブで彼らが交友を求めるような魅力的な場をどうプロバイドできるかというのが我々にとっての必要なことだろうと思う。
それから、治療についても同じことです。私たち医療がこの問題の対策に失敗したのは、近藤さんがやっているような活動との連携が、私みたいに孤立した一人一人の精神科医にしか、自分の範囲でしかできなかったからです。ゲリラです。これじゃだめだ。
例えば司法的介入は、私は否定しません。今、回復の途上にある子供たち、かつての子供の乱用者を見ますと、残念ですが、ほとんど、鑑別所や少年院を経ています。そこでもって、裁判官の適切な判断によってプロベーションの期間を置いてもらう。これは、法的なプロベーションというよりも、執行猶予をつけてもらって、その間に治療を進めてもらった子がよくなっているんです。
その間に何をしているかというと、多くは、ダルクその他。こういう民間のささやかな活動が生き残っているというのは世の中の人が必要としているからで、決してお国の機関じゃない。公的な機関というのは、そこで働く人のものです。決して利用者のものじゃない。そうなってしまうので、むしろ、NPOというものができてきて、本当にこれは期待できると思うのですが、これをもう少し充実して、使いやすいものにしていただいて、これを中心に問題が展開されるようになると、いわゆる一般市民の中から大勢のこの問題に関心のあるボランティアが育ってくるはずだと思います。そういうようなことがこれからのこの問題に対する対策になろうかと思います。
御清聴ありがとうございました。(拍手)
○青山委員長 大変ありがとうございました。
以上で参考人の意見の開陳は終わりました。
―――――――――――――
○青山委員長 次に、石井郁子さん。
○石井(郁)委員 日本共産党の石井郁子でございます。
薬物乱用という大変深刻で、しかし重大な問題、そして、それにかかわる今日の日本の青少年の状況等につきまして、きょうは、四人の参考人の方々それぞれの立場からの取り組み、そしてまた御見解もお聞かせいただきまして、本当にありがとうございます。
私も、きょう伺って認識も新たにいたしまして、薬物というその独自な問題もございますけれども、やはりいろいろな問題と関連しているなということもいろいろ教えられた気がいたします。そういうことで、そういう広い視野でも取り組んでいかなければいけないというふうにも思いました。
そこで、最初に、この薬物乱用と言われるような実態ですね。皆様方はもう取り組んでいらっしゃるから前提として余りお触れにならなかったのかなと思いましたので、改めて、今日の危惧されるような状態、これは一九九〇年代になって日本社会で大変大きな問題になっているという言われ方もされるかと思いますけれども、今日的な深刻な実態をどういう具体的な内容で考えていらっしゃるかということを簡潔に教えていただければというふうに思いますが、お一人ずつ、いかがでしょうか。
薬物の深刻な実態という問題について、どういう具体例で把握されていらっしゃるかということです。だから、量が広がっているという問題なのか、学校でももう子供たちが吸って、そして検挙されているというような実態でいうのか、いろいろあるかと思うんですけれども、具体的に一、二例、お示しいただければと思います。
○上村参考人 日本の場合、薬物の中でも覚せい剤の乱用というのが、今、第三期と言われるほどにはびこっておるということはよく承知しておりますので、重点というのは、やはり覚せい剤の乱用を未然に防ぐというところに置いております。
そう簡単に減らないというのは、私は、これは警察からお伺いした話の受け売りになりますけれども、先ほど来話が出ていますように、携帯電話による売買があったり、あるいは国内でつくらないでみんな国外から入ってくるわけでございますが、水際で防いでおっても末端価格が上がらないというのは、たくさんまだ入ってきているということだと思うわけでございます。そういう実情を踏まえながら何とか未然の防止を図りたいというのが、私どもの認識と心構えでございます。
○名執参考人 二点あるかと思います。
一点は、本当に簡単に手に入る状況だなというのを少年の話から感じます。
それからもう一点は、薬害がどうだとか、こんな大変なことになるんだということを余り知らないままに遊びの中で使う状況があるかと思います。
この二点でございます。
○近藤参考人 これは警察の統計だけですけれども、一万九千人が捕まっている。それは、捕まっているのか、捕まえてくださいと言っているのか、わからないのですね。警察の場合は、ほとんど、別に捜査しなくても勝手に飛び込んできますから、覚せい剤の人は幻覚、妄想で。つまり、同じ人が何回もやっておるわけですね。それが一万九千人ですね。
そうすると、刑務所は六万人から七万人ぐらいでしょう。その間ですね。実際、三〇%とか二〇%とか言っていますけれども、そのうちの四〇%は薬物に絡んでいて、ほかの犯罪があるから薬物が消えていっているというのがほとんどでありますから、四〇%と見ていいでしょうね。そうすると、今、二万四千人ぐらいが収容されている人たちで、その人たちが出てくるわけですね、ずっと刑務所に入っているわけじゃないですから。それが順繰り、順繰りです。
私は、東京はよくわかりませんけれども、そういう人たちが出てきたときに、再犯させないために、もうちょっと真剣に考えて、つまり、あの人たちは大変なんですよ。僕の経験からいうと、履歴書にうそを書かなきゃならないんです。どこからどこまで刑務所に何年と刑務所の履歴書を書いたら、絶対、どこの会社も採用してくれませんよ。そうすると、それを考えているだけで疲れちゃうんですよ。また薬を使いたくなっちゃうんですよ。
そうすると、地域と刑務所あるいは少年院との中間の、何か生活を支援するシステムを半分ずつつくって、半分は刑務所だけれども、まあ大使館みたいなところをつくって支援していく、そういうシステムをぜひつくっていただきたい。
それから、治療をするということで生活保護ということがありますけれども、これはなかなか、薬物に対して移送費、交通費もまだ出ていないわけですね。せっかくやめて頑張ろうとしているときに、生活支援もしていない、それから、ミーティングに通うための交通費も出ていないということで、議員にお願いしたいのは、一方では社会復帰をしているんだけれども、ミーティングのチャンスがどんどん薄れていってまた再発してしまう、そういうこともありますから、ぜひそういう人たちに支援をしていただきたい。
つまり、社会の顔が、どなたか言っていましたけれども、鎖の一番腐っている部分が鎖の全体の強さですから、今までのやり方ですと、その腐っている部分を投げりゃいいじゃないかと。そうじゃなくて、その腐っているところを、弱っているところをどうやってカバーしていくか、補強していくかというのが私たちの役割だというふうに思いますから、ぜひ、否認しないで、日本には薬物問題は予防だけで十分だなんて考えないでいただきたい。
一九四一年生まれの私の高校時代は、ハイミナールがとても繁盛していました。そして、ヒロポンのときには、学生が、私たちの先輩が京都駅で裸で走ったものですから、ここでヒロポンをやっているのは手を挙げてくださいと言われて手を挙げたら、おまえとおまえとおまえは修学旅行に行かないでくれというとても甘い裁定でした。
そういう意味では、その時代でも、薬物、つまり薬に酩酊している少年たちがいたわけです。そして、大半が睡眠薬でラリって登校してくるような学校でした。それはひどい学校ですけれども、しかし、いつの時代にも、青少年の薬物問題というのは延々とあったんです。なかったわけじゃないんですね。
ですから、今はとても低年齢化したとか、では僕たちのときには低年齢化していなかったかというと、決してそうではないです。やはり低年齢で、薬で気分を変えよう、変えたいという子供たちはいつでもいるということをぜひ知っていただきたいなというふうに思います。
○斎藤参考人 一般人口調査は皆無と言っていいほどありません。ですから、取り締まり数で代用しているわけですが、これが非常に問題のあるものであることは先ほど申し上げたとおり。
わずかに、私、世田谷区の研究所にいたときに、世田谷区内でランダムサンプリングした世帯について、たばこを含む調査をしたことがあります。たばこ、アルコール、お茶、カフェイン、それから、シンナー、有機溶剤です。そのときには、〇・一%、つまり千人に一人。これはごく普通の一般家族、小学生以上の子供を含む家族、十八歳までについてです。これが唯一の一般人口調査ではないかと思う。
皆さん、対策を立てるんだったら、研究費を下さい。私は、かつて、一九七〇年代の終わりに、日本のアルコール依存症者が二万人と言われていた時代に、余暇開発センターというところから当時のお金で二千万円いただいてやった研究で、日本人のアルコール依存症者の数を二百三十万と算出しました。これによって、大幅に対策が変わりました。事実が大事だと思います。
○石井(郁)委員 ありがとうございました。
私も、今、斎藤参考人が最後におっしゃいました、事実が大事だ、そういう立場で御質問させていただきまして、当委員会としても、今回が事実上初めてこういう形での研究というか質疑に入ったということですので、しっかりとこの実態の把握から始めたいという思いがしております。
やはり統計だと、検挙者数という形でしか出てこない。こういうものでいいのか。隠れた実態、それをどうつかむかというのも大事なまず一歩だ。近藤参考人の本だと、覚せい剤乱用者数、百万〜二百六十万という数字、百万から二百六十万というのは余りにも幅があり過ぎるわけですけれども、その辺もしっかりつかみたいなという思いがしています。
それから、もう時間がありませんので、私の意見として申し上げれば、まだ御質問いたしますけれども、再発予防というお考えを近藤参考人から伺いまして、なるほどというふうに思いましたし、大変示唆をいただきました。
それからまた、近藤参考人が、これはどこかでおっしゃっておられますけれども、薬物依存者は共通の問題を持った仲間に希望を見出した、学校の先生、医療、警察、刑務所、保護司も役に立たなかったということが書かれていたかと思うんですけれども、先ほどの陳述の中でも、若い人には若い人の力が要るということを強調されていたように思うんですが、私も、日本のいろいろな制度の中で、そういう意味で、若い人たちの中に病んでいる人たちがふえているわけですから、病んでいる人同士が助け合うというシステムがもっともっと広がることが大事かなというふうに思っておりまして、幾つか大変共感をさせていただきました。
また、自助グループの役割というのも、そのとおりだというふうに思います。
そこで、もう時間が来ましたけれども、もう一点、近藤参考人と、できれば斎藤参考人に伺いたいのは、私は、今日の日本の社会でこういう問題にどう取り組むかというときに、医療や司法や、また、いろいろな社会システム全体の問題もあるかと思うんですけれども、社会背景の問題として、いろいろなシステムがある中で、家庭も学校も社会も、どこをどう正したらいいかというのは、私たち政治の場にいる者としては当然考えるわけですね。
そういうことで、近藤参考人から、薬物依存者の半数以上が学生時代にいじめに遭っていたという指摘もありましたし、また、斎藤参考人からも、オントップ・ワンダウンというこの相関関係ですか、ということで、やはり優劣関係、いじめ関係というのがあるんじゃないかという指摘があったと思うんですが、そういう意味で、学校が協力的な人間関係になっていなくて、やはり競争社会で上下関係になっているという問題を前から私たちはいじめとか不登校問題に取り組んで感じておりましたので、もう時間になったのですけれども、一言、斎藤参考人に、社会のシステムとして政治、行政が取り組む問題を御指摘いただければと思います。
○斎藤参考人 要するに、これまたデータなんですけれども、精神的は除いて、いじめと家庭内の身体的、性的暴力との相関を見た最近の私の観察ですと、いじめっ子というのは、家庭内でさまざまな形の、程度はさまざまですが、虐待のあった人が有意に多いです。全員がじゃありませんよ。有意に多いです。
ということは、家族というものを考えさせられるのですが、そこは子供に安全と秩序というものを与える場所、これが親から子供に上げられる最大の贈り物だと思います。必ずしも、すべての子供が安全の感じや秩序の感じ、きのうと同じようにきょうも続くだろうという感覚が与えられているわけではない。とすれば、これは、そういう人がいるんだということを前提に物事を考えていくというふうにならなければならない。
いじめは、かつてはないことになっていたのです。うちのクラスにはありませんという話が蔓延していた。ようやっと少しこれに名前がついて、これがどういう性質のものかがわかり始めてきた。それと、もう一つの隠されていた問題、児童虐待との関連もはっきりしてきた。
つまり、人間は二歳、三歳ぐらいまでの間で親との間に結んだ人間関係を繰り返していきますので、これが、自分に自信がない、親にさえ愛されなかった子供のクラス内での立場を決定してしまう。そこで、またもう一人そういう人たちがいれば、そこの中でいじめっ子といじめられっ子ができ上がるわけです。この二人関係の中核の周囲にいじめ関係というものが、集団的ないじめも発展してくる。ですから、いじめっ子は違う場所で、中学に行けば今度はいじめられっ子になったり、また高校でいじめっ子になったりする、それを職場にもわたって続けるし、妻をもらえば妻を虐待する。
そして、薬物乱用というのは、そういう彼らにとって、自分に自信を持たせる、仮の自信を持たせるために使われることが多いので、特に、スピードといいますか、覚せい剤は自己拡大というか自己確信を持たせるという作用があって、彼らにとって必須のものになる。お酒もそうですね。大言壮語が出てきて、いっときの自信が得られる。そういうものだと思います。
○石井(郁)委員 どうもありがとうございました。



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