6月1日 文部科学委員会で
「教育改悪3法案」について質問


151-衆-文部科学委員会-14号 2001年06月01日

平成十三年六月一日(金曜日)
    午後三時開議
 出席委員
   委員長 高市 早苗君
   理事 斉藤斗志二君 理事 鈴木 恒夫君
   理事 田野瀬良太郎君 理事 高橋 一郎君
   理事 平野 博文君 理事 藤村  修君
   理事 西  博義君 理事 都築  譲君
      岩崎 忠夫君    小渕 優子君
      岡下 信子君    河村 建夫君
      北村 直人君    砂田 圭佑君
      谷垣 禎一君    谷田 武彦君
      谷本 龍哉君    馳   浩君
      林 省之介君    増田 敏男君
      松野 博一君    水野 賢一君
      森岡 正宏君    大石 尚子君
      鎌田さゆり君    武正 公一君
      葉山  峻君    肥田美代子君
      松原  仁君    山口  壯君
      山谷えり子君    山元  勉君
      池坊 保子君    斉藤 鉄夫君
      石井 郁子君    児玉 健次君
      中西 績介君    山内 惠子君
      松浪健四郎君
    …………………………………
   文部科学大臣       遠山 敦子君
   文部科学副大臣      岸田 文雄君
   文部科学大臣政務官    池坊 保子君
   政府参考人(文部科学省初等中等教育局長)矢野 重典君
   政府参考人(文部科学省高等教育局長)  工藤 智規君
   政府参考人(厚生労働省職業能力開発局長)酒井 英幸君
   文部科学委員会専門員   高橋 徳光君
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 政府参考人出頭要求に関する件
 地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部を改正する法律案(内閣提出第四三号)
 学校教育法の一部を改正する法律案(内閣提出第七一号)
 社会教育法の一部を改正する法律案(内閣提出第七二号)

     ――――◇―――――

○高市委員長 石井郁子君。

○石井(郁)委員 日本共産党の石井郁子です。
 私は、引き続きまして、地教行法の教員の問題で質問をいたします。
 教員の指導力不足について、その判断基準につきましていろいろ議論になっているところですけれども、専門的知識、技術が不足して学習指導が適切でない場合、指導方法が不適切だ、生徒の心を理解する能力や意欲に欠け、学級経営や生徒指導を適切に行えないという答弁でございます。
 法案成立後、都道府県教育委員会に対し具体例を施行通知として示していくということが答弁されているわけでございますが、なぜこの三つが基準たり得るのでしょうか、またどこでこれは検討されたものなのか、お答えいただきたいと思います。

○遠山国務大臣 前回の文部科学委員会において御説明いたしました三つの場合といいますのは、児童生徒に対する指導が不適切であることとの要件に該当すると考えられる具体例として示したものでございまして、基準そのものではないわけでございます。
 この指導が不適切であるとの要件に該当する場合としては、さまざまな場合が想定されますので、法律案で規定した以上に具体的な基準として示すということは困難でありますけれども、こうした具体例を示すことによって都道府県教育委員会の適切な判断に資することになる、そういうふうに考えております。

○石井(郁)委員 もう一点をお答えいただいていませんけれども。
 こういう三つを一応基準にされて具体例を示されるということは、どこで検討されたんでしょうか。

○遠山国務大臣 今の御質問の中で、これ自体が基準ではございません、基準ではなくてその具体例としてお話をしているわけでございまして、これは、文部科学省といいますか、いろいろな意見を集約した上で、こういう具体例があるのではないかということで御説明をしているところでございます。

○石井(郁)委員 しかし、この三つでそれの具体例が示されていくという話なんですよね。だから、この三つというのがなぜそういう枠組みになるのかということを私はお聞きしているわけです。
 こうして見ますと、まだ極めてあいまいでありまして、私は、こういう今の三つの枠組み、このこと自身が、基準たり得ないし、いわば極めて不適切だというふうに考えているわけであります。
 例えば、専門的知識、技術が不足といいますけれども、教員養成大学を卒業されている、高い競争率の採用試験も受けている、また一年間の初任者研修もある。だから、それぞれのところでいわば高いハードルで教師になっていらっしゃるわけですよ。何をもって、じゃ、それ以上専門的知識不足だというふうに言うんでしょうかという問題が一点。
 それから、私は、指導方法について言われたのも大変驚きなんです。指導方法こそ、創造的で極めて多様だと思うんですね。また、そうであるべきだと。だから、その指導方法が不適切かどうかなんということになると、これはまさに、画一的な指導方法を決めていくのかということにもつながるわけですよ。
 それから、生徒の心を理解する能力といいますけれども、教師だったら、みんな生徒と心を通い合わせたいと思っているわけですよ。しかし、今はそれがやはり大変難しいということですよね。なぜ難しいのか。忙しい、子供とゆっくり話し合う時間がありません。これは、現場へ行っていただいたら本当によくわかります。クラスの人数も多い。仕事が次々ある中で、子供とゆっくり話す時間がない。だから、子供からいうと、先生から一日も声をかけてもらえなかったという声もあるでしょう。そういう状況。
 教師の皆さんは、やはり教職につくということは、教育の仕事に情熱と夢を持っているわけですよ。だれだっていい教育をしたいと思っている。それがなぜ困難なのか、そのことを考えるのがやはり教育行政ではないのかというふうに私は思うんですね。いかがですか、大臣の御答弁をお願いします。

○高市委員長 大臣ということですので、遠山大臣、お願いいたします。

○遠山国務大臣 具体例のエグザンプルとしてお話ししているわけでございまして、そのこと自体で不適切と判定していくということではなくて、いろいろな手続も厳密に規定をしてもらって、そういう手続の上で本当の意味で不適切であれば、今回の対応すべき枠組みの中でやっていただくということでございます。
 今のようなお話は、もちろん私も、教師の方々はそれぞれ情熱をかけて教育の道に進み、そして少しでも子供たちをよく導きたいということで日夜頑張っておられる、そういう方がほとんであるということは承知いたしております。しかしながら、一人一人の子供にとっては、本当に自分が教えてもらう先生というのは唯一一人であり、あるいは二人であるわけでございますね。そういう方が本当に、じゃ、常にその子供たちの欲している学ぶ心にこたえているか、あるいは自分についてきちんと関心を持ってくれているか、あるいは十分なそういう指導方法が考えられた形で教育されているかということは、その子供たち、一人一人の子供たちにとってかなり決定的なことであるわけですね。だから、そのような観点から、そういう教えを受けていない、あるいは豊かな学ぶ機会として体験することができない子供たちがいた場合に、ではどうするかということが、今回の不適切な教員についての方策をとろうとしている、そういう背景にあるわけでございます。
 この問題は、今回直接出てきた、急に出てきたということではございませんで、長年、この問題についていろいろな審議会ないし英知を集めて考えてきて、やはり、そういう不適切な教員がいた場合には、それは直ちに分限免職ないし分限による降任ということではなくて、他の職へ転職していただくような形で別のチャンスを与える。
 私は、教員になるような方は大変すぐれた能力をある意味で持っておられると思うんですね。そういう人がいざ教壇に立ってみたら、どうも十分適応できない、あるいはそこでは適正に自己の能力が発揮できないなどというときには、きちんとしたプロセスで、本当にそれが不適切ということがわかった場合には、その人に合ったような職に転職していただこうと。
 これは長年の検討の結果でもありますし、また、先般の教育改革国民会議での提言にもあったわけでございまして、そのようなことをバックにしながら、今この制度について御議論をいただいて、私としてはこの方向というのが、日本の学校がよくなり、また教育が変わるということの一つの重要な柱であると考えているところであります。

○石井(郁)委員 大変御丁寧にお答えいただきましたけれども、私は指導力という問題について軽々に言うべきではないというふうに思っているんですね。なぜなら、本当にまさに状況はそれぞれいろいろでありますし、子供と教師の関係ですから、本当にそこにあらわれるのはさまざまなファクターがあるわけですし、また、教師の人間あるいは人格全体の評価にもつながるという問題で重大なんです。
 それで、こういうように行政の側が、これが指導力、こういうふうにして見ていきますというようなことになると、本当に現場では伸び伸びとした教育活動を抑えることになる、このことが大変重大だというふうに考えているんです。私は、今教師の皆さんがいろいろ悩んでいたり、こうやりたいと思ってもやれない、こういう状況、条件を改善する、力量を上げていくための条件づくり、このことこそ教育行政がまさに今最もやらなければいけないことだということをまず強調しておきたいと思います。
 それで、言われています具体例、基準と言わないという話ですから、幾つかの具体例を出すということですが、それはぜひこの審議中に出していただかなくては困ります。いかがですか。

○岸田副大臣 具体例をもっとはっきりさせろということの御指摘でございますが、法律論としまして、例えば、本法律案の措置に類似したものとしまして、地方公務員法の第二十八条一項、分限免職等の基準となる要件というのがありますが、この要件にしましても、勤務成績がよくない場合あるいはその職務に必要な適格性を欠く場合というような規定になっております。ですから、法律としまして、今回お願いしている法律案と比較しましても、決して具体性に欠けるというような法律ではないというふうに認識しております。

○石井(郁)委員 私は法律の文言にどう書いているかという話をしているんじゃないんですよ。そうでしょう。生徒指導が不適切であるということで免職、そのほか転職というふうになるわけですから、それをどう判断されるのかという一定の基準があるわけでしょう。法律にも、その判断についてはいろいろ、各都道府県の教育委員会規則などで定めるとか等々、やはりその手続、事実確認の方法、それは確定しなければいけないとなっているわけでしょう。文部省も今検討されているということですから、それはぜひ出してください。出さなければ、この法律はどういうふうに執行されるかどうかという判断ができないじゃないですか。そこらが大変無責任ですよ、あなた方。きちっと出してください。

○矢野政府参考人 少し制度的なものでございますから、私から御説明させて……(石井(郁)委員「もうはっきりしていますから、出す、出さないでいいです」と呼ぶ)
 結論として言いますが、これはあくまでも各県が具体的に、制度といたしましては、人事権者である都道府県の教育委員会が、教育委員会規則で定められます手続規則に従いまして個々具体のケースに即して適切に判断されるべきものでございます。
 その判断される場合において、その参考となるものとして、私ども三つのタイプのものを参考としてお示ししたものでございますから、そういう意味ではそれをさらに詳細にお示しすることは必要ないと考えますし、またそれは適切なものではないと考えるものでございます。

○石井(郁)委員 では、この三つの、先ほどから出ていることのさらに詳細という形では示されないということですね。それで確認してよろしいですか。――はい。では、次に行きます。
 もう一点、私は資料要求していたところなんですけれども、既に都道府県に対して、新しい教員の人事管理の在り方に関する調査研究、十六府県・政令指定都市でされているはずですけれども、現段階での検討内容はどうなっているのかということをぜひお示しいただきたかったわけであります。
 それで、お願いをしましたら、こういう資料が配られてまいりました。もう、ただこれだけなんですよ。それぞれの県でこういうことをしているというだけなんですが、それぞれの県も、この三年計画の一年を過ぎまして、一年ごとに新しい教員の人事管理のあり方について報告書はもうまとめていると。それはそうでしょうね。だから、そういう報告書はあるわけですよね。その報告書を出していただきたいというお願いをしたんです。問題はやはり審議の中身なんですから、こういうことをやっているというだけでは審議にならないわけです。どういう人事管理あるいは評価をしているのか、その中身を知りたいということなんですね。ところが、全然持ってこられないわけです。
 私は、本当にこれはいかがかというふうに思うんです。既に調査室は、どういう調査研究をしているかという一覧がありますから、最初持ってきたのはこれを持ってこられたんですよ。調査室でもう配られているじゃないですか。だから、この指導力不足教員に関する人事管理、ずっと十六教育委員会が行っているんですよ。その中身を、その報告書を出してくださいということです。

○高市委員長 矢野局長、報告書を出せるか出せないかについてお答えください。

○矢野政府参考人 ちょっと一言コメントさせていただきたいのでございますが、この報告は三年計画でございます。したがって、最終報告は、十二年、十三年、十四年度にならなければ上がらないわけでございます。そういう意味で、中間的なものをお出しすることは可能でございます。

○石井(郁)委員 それはすぐにも出していただけますね。
 例えば、これはちょっとあるところからのものですけれども、こういう形での提言とか報告というのはきちっとあるんですよ。あるでしょう。こういうものをぜひ出してほしいということですから、この十六府県についてお出しいただけますね。それをちょっと確認させてください。

○矢野政府参考人 基本的には今年度報告をいただいたものはすぐ出せるわけでございますが、すべての県で報告書をつくっているわけではございませんので、その分を除いて私どもに報告されたものはお出しすることはできます。

○石井(郁)委員 それは審議のためには不可欠ですから、ぜひお願いをしたいというふうに思います。
 私は、もう一点やはり資料要求をしているのでございます。先ほど来、子供と心を通わすとか、そういう意味での現場の困難がいろいろあるわけでしょう。それもあなた方、三つ目の一つの項目に挙げているわけですから。だとしたら、教師が今どのような勤務実態にあるのか、この実態をぜひお示しいただかなくてはなりません。
 それから、先ほど来、いろいろ病休とか休職等々の身体的、精神的な疾患等々のことがありますが、健康調査ですね。本当に教員がどういう健康状態にあるのか、これも文部省としてそういう調査をされているのかいないのか。どうもいないようなんですけれども、しかし、それを把握するという努力はどういう形でされているのか、お答えいただきたいと思います。

○矢野政府参考人 先日も御質問ございましたけれども、改めて申し上げるまでもないわけでございますけれども、国と地方はそれぞれの立場において役割と責任を有するものでございます。
 そういう意味で、先日の本委員会でも御説明申し上げましたように、私どもとしては、教員の健康状況の把握を含め、教員の心身の健康の保持増進等は、基本的には、服務監督者でございます教育委員会の権限と責任において適切になされるべきものというふうに私どもとしては考えているわけでございまして、私どもの立場といたしましては、今後とも、そうした教員の心身の健康の保持増進につきまして、都道府県教育委員会等に対し指導助言を行ってまいりたいと思っておるわけでございます。
 なお、我が省におきましても、病気休職者の数等必要なデータ等につきましては、私どもとして調査をいたしているところでございます。

○石井(郁)委員 では、その調査についてもぜひお出しください。それもお願いしておきたいと思います。
 私は、どういう実態かというのは都道府県の服務監督だ、本省としては何もしなくて済むかのような、これでは文部科学省としての責任もまた果たせないというふうに思うのですね。例えば、どういう都道府県でどこまでそういう調査をされているのかということをちゃんと集約することは、当然あなた方の仕事の範囲じゃないのでしょうか。
 私は、今回、今の学校の現場、先生方の実態、それをきちっと把握しないと議論できないわけですよ。こういうことだろうというそれぞれの思い込みの前提でやるわけにいかないでしょう。だから、きちんと出してほしいということで要求しているわけであります。本当にこの問題は重大だというふうに思います。
 さて、少しの時間なんですけれども、少し中身に入ったことでお伺いしたいのです。
 これは広島県ですけれども、小中高、盲、聾、養護学校の全教員、二万一千人いらっしゃる。その二万一千人を対象にして調査を行った結果を報告する、指導力、不適切かどうかについて、そのチェック項目で調査をするということが言われています。一体、この不適切というのは、全教員を対象としてされるものですか。そしてまた、一体、だれが調査をして、まただれが不適切だという判断をされるのでしょうか。お答えください。

○矢野政府参考人 今お尋ねの調査は、私ども、今初めてお聞きするわけでございまして、具体的に、広島県におけるだれがどういう形でというのを承知してございませんので、今の御質問には、にわかにはお答えできかねるわけでございます。

○石井(郁)委員 今広島というふうに特定しましたが、では、一般的にでもいいです。ほかの県でもいろいろ行われていることがあるかもしれません。文部科学省として、その辺はどう考えていらっしゃるのかということをお聞かせください。

○矢野政府参考人 一般的に、今回のようなケースを念頭に置いて考えますれば、一定の手続を経て、それは最終的には人事権者である都道府県教育委員会が判断するものでございます。

○石井(郁)委員 一定の手続じゃわからないですよ。それぞれ現場の教師一人一人について不適切かどうかというのを見ていくというわけでしょう。それをだれが見るのですかと聞いているのです。そして、それがどうやって集計されるのですか、判断されるのですか。

○矢野政府参考人 ですから、一般的なお話として申し上げますれば、基本的には、勤務評定は、市町村立学校の教員につきましては一義的に勤務評定者は校長でございます。校長を経由して、市町村教育委員会の内申という形で、その人事に関する意見が都道府県教育委員会に上げられるわけでございます。それを踏まえて、先ほど申し上げましたように、それは県によっていろいろな手続があるかもしれませんけれども、一定の手続を経て、最終的には、人事権者である都道府県教育委員会が判断するものでございます。

○石井(郁)委員 もう時間になりましたけれども、県によっては、全教員を対象として不適切かどうかをはかるというところも、広島のようにあるようですね。しかし、そうでなくても、いろいろな形があるかもしれませんけれども、教育委員会が最終判断をする。
 それでは聞きます。例えば、東京の教員は五万二千九百人というふうに私どもは聞いていますけれども、では、五万二千九百人の教員を教育委員会がどうやって判断するのですか。これはちょっと私は不可能じゃないかというふうに思います。
 それから、もう時間がありませんので言ってしまいますけれども、やはり校長が教育委員会にいわば上申するという形になるわけですけれども、校長先生にしても、毎日の授業、先生方の教育活動をこういう項目でどうやってチェックをするのか、これ自身が、とても把握できないし、私は不可能じゃないかと。やるとしたら、まさに恣意的なことにならざるを得ないし、学校での管理、そういうことに使われる。まさに勤務評定的に使われるということにしかならないし、これはまさに恣意的なものになるということが大変大きな問題だというふうに思うのですね。
 そういう点で、まだまだ問題がたくさん残っています。研修をしてもなお戻れないという方についてもどうするかという問題がありますね。その研修問題でもぜひ私は伺いたいことがあるのですが、もう時間が参りました。
 それから、今回は、配置転換に当たって当該教員の同意がない場合ということで、教員本人の同意を経ないで行うのですよ。こういうことというのは、私は、やはり人権上の重大問題ではないかというふうにも思いますし、たくさんの問題がございますので、引き続いて質問させていただきたいということを申し上げて、きょうのところは終わります。
 以上です。

○高市委員長 児玉健次君。

○児玉委員 日本共産党の児玉健次です。
 私は、最初に大臣に申し上げたいけれども、今度の三つの法案は、教育基本法を中心とした日本の教育法体系の中心をなす重要な法案ですから、答弁は大臣に求めていきたい、そのことを最初に言っておきます。
 さて、地教行法の四十七条の二に関連してですが、幾つかはっきりさせておきたいことがある。例えば、教師の反社会的行為、これは先日の本会議の質問でも私は聞いたことだけれども、金銭上の不正や飲酒運転その他、こういった反社会的行為や学校教育法の第十一条で厳しく禁じられている体罰、これらは現行法で対処すべき問題だ、この点どうですか、大臣。

○遠山国務大臣 今回新たに設ける措置は、児童生徒の指導に当たらせることが不適切と認められる教員を教員以外の職に異動させるための措置でありまして、地方公務員法上の懲戒処分とは異なるものです。(児玉委員「聞いていることに答えてください」と呼ぶ)結論と連動していることをお話ししております。したがって、懲戒処分の対象となるような教員に対しては、これまでと同様に懲戒処分を厳正に適用すべきものと考えております。

○児玉委員 教師の間の健康上のさまざまな問題がありますね。この問題も、簡単に分限とかなんとかというのはおかしいですよ。
 例えば、結核に教師がかかる場合、戦後それが重要な問題になったし、そして今でも、残念ながら、まれに教師の結核が数十人の児童生徒の罹患を招くことがあります。分限で対処しますか。違うでしょう。教育公務員特例法十四条でこれはきちんと定義されています。
 先日もあなたと議論した、教師の間に近年急増している精神疾患等の問題、これは、早期の適切な治療によって回復することが可能です。立派に教師としてその指導力を回復して、職場で大いに力量を発揮することができる。そのことと指導力云々の問題は混同すべきではない。いかがですか。

○遠山国務大臣 今の点は、私は、御指摘のとおりだと思っております。
 精神疾患である教員については、医療的観点に基づいた措置が講じられるべきものと考えておりまして、今回の措置の対象にはならないと思います。
 この点につきましては、今後の施行通知などにおいてはっきりしたいと思っておりますが、一つは、心身の故障については分限休職、免職で対応すべきであること、それから、児童生徒への指導が不適切である原因が精神疾患等の病気に起因するおそれがある場合には、判定のための手続の過程で精神科医の意見を聞くというようなことも含めまして、都道府県教育委員会が定める手続に盛り込むように指導していくことを予定いたしております。

○児玉委員 その点は、後からもう一回議論しますが、大臣、要するに、疾病の問題というのは医療の範疇として回復を図る、そうですね。

○遠山国務大臣 そういうことでございます。

○児玉委員 そこで、教師の反社会的行為や体罰などについて、今国民の間で教師の問題が非常に強い関心を集めています。こういったことについてはあいまいな態度をとるべきでない、私たちはそのように考えている。
 そこで、この五月二十三日、国連子どもの権利委員会の日本政府への最終所見四十五、体罰を根絶するための包括的プログラム、そのことについてあなたと議論をしたとき、大臣は、速記録はまだ未定稿ですが、厳密な意味での体罰は許されないと答えた。これは地教行法の問題のときに議論しなければいけないと思って、私はそのときそれ以上は言わなかった。厳密な意味でない体罰がありますか。そして、厳密な意味でない体罰は許されるのか。
 そこを一つはっきりさせていただきたいのと、もう一つ、同じ答弁の最後のところで、あなたはこうも言った。子供たち自身の行動なり態度なりというものをどうしていくかというものもあるかと思いますと。子供たちの態度によっては体罰が認められることがあるのか。
 皆さんが出しているさまざまなものがありますけれども、例えば、厳密云々という点でいえば、昭和二十四年八月二日の法務府の発表や、昭和二十三年十二月二十二日の文部省の学校教育局あての法務庁の回答があります。その中で、体罰というのは単なる身体的性質を持つものだけではなく、端座、直立等、特定の姿勢を長時間にわたって云々と、非常に具体的に厳格に規定していますね。そこは改めてはだめだ。
 そして、文部省自身が昭和三十二年七月十六日の初等中等局長通達の中で、教職員は児童生徒の指導に当たり、いかなる場合も、子供が少し騒いでいるとかなんとかということで、感情の激発で体罰を行っていいはずがない、いかなる場合においても体罰を用いてはならない。
 この前のあなたの答弁と比べてみて、どうしても理解ができない。いかがですか。

○遠山国務大臣 申すまでもなく、体罰は法律により厳に禁止されているところでありまして、これはいかなる場合にも体罰を用いてはならないというふうに解しております。

○児玉委員 そのことをはっきりさせて、次に進みます。
 さて、先ほどの疾病の問題というのは、これは医療の領域の問題である、私はそのとおりに思っています。ところが、先ほど石井議員の触れた各都道府県が既に始めている、文部省の求めによる指導力不足なるカテゴリーのもとでの教員等の手引を幾つか私は見てみた。例えば神奈川、埼玉、高知、東京もそうですね。
 神奈川ではどう書いているか。
 指導力不足等の原因が精神疾患等の病気と疑われる場合は、(1)、(2)というのはその前に書いてあることなんだけれども、継続して指導、研修を行えと言っているのです。
 うつ的な症状が出てくる。私はこの問題で精神科の専門家としばらく議論をしてみました。知的な領域の仕事をしている人にとって、特に責任感旺盛で頑張り屋のタイプにうつ的な症状が出ることが多い。まず家族においてその変化に気がつかれる。少しおくれて職場で同様のことが出てくる。そのとき、医学的に一番やってならないことは、もっと頑張れと励ましたり、あなたの指導力が不足しているからその点の研さんを積めと言ったり、あれこれ注意をする。それは、少なくとも精神疾患に関して言えば症状を増悪させる、これが今日の精神医学の到達点ですね。
 その到達点に照らせば、先ほどの神奈川の、指導力不足等の原因が精神疾患の病気と疑われる場合、継続して指導、研修を行い、そしてあわせて、受診を指導し治療への導入を図る。この人がもしうつ的な症状であれば、増悪させるだけじゃありませんか。
 私が聞いた専門家は、そういう場合は速やかに職場から切り離して適切な医療を受けていただく、数カ月ないし一年で立派に回復して見事にもとの力量を発揮できると。この点で、神奈川のこれは、明らかに医学の常識を逸脱していますね。
 同じことが大阪でも言える。大阪で、指導力不足教員について三項目を挙げているけれども、その三項目めに、「疾病等により、指導力があるが発揮できない者」とある。こんなものをそのままにしておいていいですか。答えてください。
    〔委員長退席、鈴木(恒)委員長代理着席〕

○遠山国務大臣 具体に、今御説明のありましたそれぞれの県の取り組みについて、詳細を承知しておりませんけれども、精神疾患である教員についてどのように対処すべきかということは、先ほどお答えしたとおりでございます。

○児玉委員 それでは大臣、こういうふうにしましょう。今私は具体的に言いましたから、神奈川、大阪、次の質問の機会までにそこのところを確認していただいて、そして疾病は疾病としてきちんと医療をする、その方向を貫くということが必要なので、その点を求めておきたいと思う。いかがですか。

○遠山国務大臣 その点、私ももちろん、どういう内容であるのかというのを調べさせていただきたいと思います。精神的な疾患であるのか、あるいは指導上の不足によるものであるのかというあたりは、きちんと精神科医の意見を聞くというようなことを徹底していただきたいなと思っているところでございます。

○児玉委員 そこで、事柄の是非は別として、そのことに対する私自身の意見は別として、この法案は非常に重要な法案だから、そこで提起している中身を正確に私たちがつかんでおく必要があります。そういう意味で、若干詰めておきたいことがあります。
 その一つ、先ほど大臣も口にされたわけだけれども、地教行法、今度の法案の第四十七の二における「児童又は生徒に対する指導が不適切であること。」指導が不適切であること、この概念と、地公法二十八条の三に言う「その職に必要な適格性を欠く場合」、必要な適格性を欠く場合、この二つの概念の区別、相違はどういうものですか。

○遠山国務大臣 この法律案におきます転職の措置というのは、児童生徒への指導が不適切な教員のうち、分限免職などまでに至らない者について他の職に転職させることとしております。
 分限処分に該当するかどうかというのは、これはなかなか、それぞれの個人にとりまして身分上の変化にかかわる大事なことでありますので、児童生徒に対する指導の不適切さだけでなく、公務員一般に当てはまる勤務状況全般について判断されるものでございます。
 これに対しまして、本法案の措置に該当するかどうかというのは、児童生徒に対する指導が不適切か否かのみに基づいて判断されるものでありまして、この点、分限処分とは異なっております。

○児玉委員 この分限の問題、言ってみれば有権解釈を行い得る官庁と何回か議論をしました。そこで、総務省の担当者は、地公法の概念というのは公務能率に着目した概念であると。そして、あといろいろなことがありますが、それは省きましょう。
 今あなたの御説明によると、こういうふうに理解してもいいですか。適格性欠如とまでは言えないが、子供の指導において不適切である、そういう概念と考えていいですか。

○遠山国務大臣 逆に、分限免職となる場合というのはどういうことかと申しますと、指導の不適切という範疇ではなくて、既に授業などの指導が放棄されていたり、あるいは児童生徒が授業中に騒いでも全く指導を行わない、そういう場合と考えられておりまして、指導が不適切ということと分限免職の対象となるケースというのは別のものであるというふうに考えております。

○児玉委員 別のものであるという点は、私もそう思います。そして、この法律の書き方自身が、地公法のどれとどれを除いてという書き方をしていますから、そこの部分とは別の概念であるということはここからも明白です。
 それで、今のお話なんだけれども、こういう適格性の欠如、私がさっき冒頭に是非は別としてと言うのは、分限の問題自身が大きな争いになることが多いわけですから、その是を私は述べるつもりは全くない。しかし、それの持っている客観的な意味についていえば、かなり長い期間を経過しておりますから、行政的には相当概念が確立しています。
 例えば、勤務成績がよくない場合という二十八条の一項、それは適格性とも関係することがあるが、肉体的、精神的な条件を満たしていても、飲酒、かけごと等のための出勤、勤務不良というふうなコメンタールがありますね。これは若干の判例にも裏づけられている。
 それから、心身の故障のためというのは、まず出てくるのは、分限ではなくて病気休暇、そして病気休職等ですよ。さっきの結核が教特法によるというのはそれですね。
 そして、適格性を欠くというのは、これは素質、能力、性格ですよ。これも幾つかの判例がある。
 そこで言いたいのだけれども、大臣、さまざまな日本の法律の中で、指導力という極めて抽象的な概念でもってその人物の適性云々を判断するような法律というのは、他にどんなものがあるでしょうか。
    〔鈴木(恒)委員長代理退席、委員長着席〕

○遠山国務大臣 他にどのようなものがあるか、すべての法律を調べたわけではございませんけれども、私は、学校教育という、教育という指導を主たる内容とする作用が行われている場における今回の措置ということで、他の法律云々のことでありますよりは、学校自体をよくする、あるいは教育力を増すという意味で、今回の法案、一部改正法ができ上がっているというふうに考えております。

○児玉委員 これは、この後の審議で核心に触れる問題だと私は思う。
 あなたたちは、「児童又は生徒に対する指導が不適切であること。」これが一つ提起されていますね。「研修等必要な措置が講じられたとしてもなお児童又は生徒に対する指導を適切に行うことができないと認められること。」二つ挙げて、そのいずれにも該当するもの、どっちかだけでなくて、二つを満たすという形で提起をしてきている。
 本会議で、私は、だれがどのようにしてそういう判定ができるのかとお聞きしたら、あなたは、都道府県教育委員会の規則にゆだねているというふうに答えられた。これでは事柄の審議が進みませんね。
 そこで、私は別の観点からちょっとお聞きをしたいと思うのです。
 教師の仕事というのは、どんな中身を持つだろうか。教育基本法で明示されているように、子供の人格の完成を目指して行われる極めて高度で多面的な性格、内容を持つものだと私は感じます。
 そして、学校の教育は、一人がやるものじゃありません。数人ないしは数十人の教師が集まって、子供のために何が自分たちにできるかということを真剣に考えて、そして情熱的、献身的に教育に当たる、すぐれて集団的な営みだと私は考える。
 しかも、その効果は短いスパンでは出てきません、年月を経てその効果があらわれる。
 大臣、このことをお認めですか。

○遠山国務大臣 学校の作用が、学校における教育作用でございますか、そのことが単に一人の教師がすべてを賄って完了するというものでないという点では確かでございます。
 ただ、今回の改正は、何度も申しておりますように、子供たち一人一人の教育を受けるという立場から見たときに影響力のある先生というのは、身近にいる担任であり、あるいは直接指導していただく、他の人もおりましょうけれども、そういう人であるということの観点からでございまして、集団的な、学校教育全体がすべての教師がかかわっているという論理と、今回のねらっているすぐれた教育力を持つ学校にしていきたいという考え方というのは、私は、必ずしもその論理だけで今回の考え方を批判されるというのは当たらないのではないかと思います。

○児玉委員 議論は皆さんも避けずにやりたいとおっしゃるから、大いにやりましょう。
 そこで、今度のこの法律案のことについて聞きながら、今私が聞いたのは、教育という営みの特性です。多面性、高度である、集団的な営みという性格が強い、そして年月を経て効果があらわれる、このことについて文部科学大臣としてお認めかどうかとお聞きしているのです。

○遠山国務大臣 教育の営みが、一人一人の子供の全人格的な完成を願いながら、いろいろな角度からの指導が行われて、それの成果があらわれるのは確かに年月を経てからかもしれません。その意味では、今御指摘のような点というのは、そういうことであろうと思います。

○児玉委員 大変恐縮ですけれども、私自身は、宮沢賢治という詩人を非常に尊敬しております。
 彼が花巻農学校の教師をやっているときに、一九二七年のことです、まさに昭和の初年ですね、最初の卒業生を出すとき、「生徒諸君に寄せる」という詩をつくりました。これは未完の詩で、全集にさまざまな形で収録されています。その冒頭、何と書いているか。
  この四カ年が
  私にとってどんなに楽しかったか
  私は毎日を
  鳥のように教室で歌って暮らした
  誓って言うが
  私はこの仕事で
  疲れを覚えたことがない
こう言いまして、そして農学校の子供たちに、昭和の初年、未来のコペルニクスよ、未来のダーウィンよ、そして未来のマルクスよと呼びかけた。
 私は、大臣は長い間教育の分野に従事されてきているから、私が御紹介するまでもなく御承知だと思うけれども、この言葉の中に、賢治が、みずからが教師であることに対するたぎるような誇り、そして彼自身が正しいと思っている自然と科学についての知識を存分に子供に伝えられることの喜び、これがこの言葉の中に横溢していると思う。もし日本の教師があちらこちらの学校で毎日を鳥のように歌って暮らしたら、日本の子供がどんなに幸せになるだろうか。その点どうですか。

○遠山国務大臣 そのような教師の方々ばかりであれば、随分すばらしいであろうと思います。
 私自身も、小学校、中学校を通じて、本当にそのように思っておられるのではないかと思うような先生方に次々にお目にかかって、そして自分自身を啓発され、そして今日があるというふうに思っておりまして、まことに教師の力というのは偉大であるなという点は納得でございます。

○児玉委員 こういう教師が本当にふえていく必要がある。排除するのでなく、包み込んで励まして、そういう教師になってほしい。
 率直に言いますけれども、指導力の問題について誠実で真摯な教師ほど、みずからの指導力について不安と疑問を持っています。自分の指導力が子供が求めているものに足り得ているだろうかという悩みと不安をいつも持っています。そういう教師は、きちっとみずからの研修と同僚との話し合いの中で高められていきます。タイプによってさまざまだし、その教師は都会では大いに力量を発揮するかもしれないけれども、学校をかわって小さな学校に行った途端に先ほどの精神疾患になったケースというのを私もよく聞きます。極めて多様ですよ。
 そこで言いたいのは、全国すべての教師を対象にして、私がいる北海道の教職員の数は数万人です、校長、教育委員会が、指導が適切か、不適切かを一年単位で判定する。あなたは指導が不適切だと烙印を押されはしないかという恐怖にとらわれない人がいるだろうか。その恐れが熱意のある教師を萎縮させて、そして伸び伸びとした教育力の発揮を阻害しないか、そのことの危惧が広がっているのではないかと私は二十九日の本会議であなたに聞いた。
 お答えを聞いていて、私はやはり率直に言って驚いた。大臣は何と答えたか。いたずらに教員を萎縮させたり、伸び伸びした教育力の発揮を阻害することはないと思いますと答えた。もし、いたずらに教師を萎縮させ、教育力の発揮を阻害するようなことをねらう人が文部科学省にいたら、きょうすぐやめてほしい。
 私が議論したいのは何かというと、教職員、父母、国民が今一番恐れているのは、指導が不適切という、極めて広範で抽象的でつかみがたい、製造工場のある労働者が一日、部品を五十つくるか五十五つくるかは計量可能です。しかし、算数の授業で子供たちに分数の計算をどれだけ確実にある日伝え、翌年また別の領域を伝え、六年生になってまた伝える、それらがどのような効果を発揮しているか、これは定量的につかむことは極めて困難ですよ。そういう中で、あなたが吐露された、いたずらに教員を萎縮させることはない、いたずらにそんなことをされて許せますか。問題は何かというと、結果として、このような教育政策が教師を萎縮させ、伸び伸びとした教育力の発揮を阻害することを恐れている、そのことが子供の不幸せにつながり、日本の教育を荒廃させる。
 私は、もう一遍、本会議の私の質問に対してあなたに答えていただきたい。

○遠山国務大臣 今回の改正のねらいはるるお話ししているとおりでありまして、一人一人の子供たちが学校において伸び伸びと力を発揮し、そして心の面でも十分に受け入れられていく、そのような状況というのが今国民が一番望んでいるところではないかと思います。そのようなことから、その指導力において不適切であるような教員について、その能力、資質に応じながら転職をしていただくというのは、これは私は国民の声ではないかと思います。
 このような観点から、この法律案におきましては、対象となる教員を、児童または生徒に対する指導が不適切であること、そして研修等の措置が講じられてもなお適切に指導を行うことができないことのいずれの要件にも該当する者に限定しておりまして、また、その手続についても、きちんと幾つかの具体的な手続の考え方も示しながら、各教育委員会において規則で定めることといたしておりまして、そのような今回の姿勢を考えれば、萎縮をさせるようなことにはならないというふうに私は信じております。

○児玉委員 あなたが信じるのはあなたの自由です。問題は、子供に責任を負わなきゃいけない。
 今あなたがいみじくもおっしゃったけれども、首相の私的諮問機関でしかない教育改革国民会議の報告を受けたのは去年の十二月の末ですね。その席上で森首相から督促されて、町村前文部大臣は速やかに関連法案を取りまとめるように指示された。
 文部省が慌ただしく作成した文書、これを拝見した。一月二十五日、二十一世紀教育新生プラン。あなたは今、教師の指導力云々について、手続も示しているし、提起していることも明確だという趣旨のことをおっしゃったけれども、私はそうは思わない。これを読んでみても、例えば皆さんがつくったこの冊子の中に何て書いているか。こう書いているじゃないですか。指導力が不足し十分な適格性を有しないと認める教員を教育以外の職員に円滑に異動させるための方途の創設等、そして矢印で、通常国会に法案提出とある。まさにそうなさっている。
 先ほどの地公法の概念と、皆さんが今出そうとしている地教行法の概念が一緒になって、混在しているじゃありませんか。指導力が不足、十分な適格性を有しない、あなたたちがこの文部省の文書で言っているのは、適格性があるかないかではなく、十分な適格性があるかないかですよ。このくらい場当たり的なことはないじゃありませんか。どうですか。

○遠山国務大臣 そのあたりのきちんとした法的な解釈をした上で、今回の提案をいたしております。
 また、今のお話で、教育改革国民会議、確かに去年の十二月でございましたけれども、その後、直ちにこういう方向性をとったのではないかというお話でございますけれども、この問題につきましては、本当に長年、中央教育審議会なりあるいは教育職員養成審議会においても議論をされてまいりまして、教員としての適格性を欠くと認められるに至った者についてはどういうふうにしてほしいというふうなことが書かれておりまして、そういうものもベースにした上で今回の措置をとっているわけでございまして、急に思いついてというようなことではございません。

○児玉委員 その議論はまたゆっくりやりますが、今私が言っているのは、指導力不足という概念と、そして十分な適格性云々と、明らかにこれは概念が違いますよ、さっきの議論の中でも明らかになったように。それを一緒にしてしまって、そして皆さんのこの色刷りのチラシの中で何と書いているか。「不適格教員への厳格な対応(教壇に立たせない)」と書いていますよ。まさに排除ありきではないのですか。不適格というのは、これは地公法第二十八条の規定です。指導力の問題について、そのことを今法律では、皆さんいろいろ言っているけれども、もともと出発になるこの文部省の文書の中ではそこのところをごっちゃにして、どうして適正な努力がされていると言えますか。この点は続いて議論をしたい。
 もう一つ、きょう聞いておきたいことがある。それは学校教育法第十八条の二における社会奉仕体験活動についてです。この点についても非常に多くの国民の厳しい批判が寄せられています。
 そこで、遠山さんに私お聞きしたいのだけれども、何といっても、奉仕活動というものは本人の自発性を抜きにしては、これは苦役に転じてしまいますね。私だけの考えではありません。
 例えば、去年の十二月十五日に日本ペンクラブは、その声明で「もともと奉仕活動はボランティア、すなわち自発的意思にもとづいて行われるべきことであり、法により義務づけられるべきものではない。」こういうふうに述べていらっしゃる。
 日弁連はどうか。ことしの三月十六日の会長声明、声明の表題は極めて具体的です。「学校教育法「改正」法案に関する会長声明」。その中で何と言っているか。
 今回の法案が十八条の二として新設した「社会奉仕体験活動」は、「奉仕活動」を義務づけようとしている教育改革国民会議の最終報告を法制化したものである。「奉仕活動」の強制は、任意参加を前提とするボランティア活動とは異質なものであって、子どもの人権の視点に鑑みても様々な問題があり、その法制化を拙速に進めるべきではない。
 日本ペンクラブそして日本弁護士連合会、それぞれが率直に、具体的に皆さんに提起されたこの中身を、あなたはどのように真剣に検討されたか、そして今どのようにお考えなのか、検討の経過と今のお考えをお聞きしたい。

○遠山国務大臣 奉仕活動の義務化ということを前提にしての御議論かと思います。しかし、今回の改正は、学校に対して、教育指導を行うに当たって、社会奉仕体験活動等の体験活動を充実するよう努める旨を規定するものでありまして、児童生徒に対して社会奉仕体験活動等の体験活動を行うことを直接義務づけるものではございません。
 また、今回の改正は、学校の取り組みが充実することを意図するものでありまして、児童生徒の社会奉仕体験活動への参加が促進、充実することを目指すものでありまして、このことをもって直接義務づけるということを前提とした議論にはならないと思います。

○児玉委員 私が聞いているのは、今の議論はこの後ゆっくりやりますが、ペンクラブと日弁連の声明に対して、文部科学省はそれをどのように受けとめ、どのように検討したかをお聞きしているのです。

○遠山国務大臣 恐らく、この問題について議論をされたプロセスにおいて、教育改革国民会議におきましても、あるいはそれ以外の場におきましても、そういういろいろな考え方を前提とした上で、なおかつ今日の学校で最も欲せられるもの、あるいは子供たちが本当に心の問題にも充実して、身につけるものは身につけ、そして体験できるものは体験していく、そして社会の一員としてしっかりしたルールというものを身につけていく、いろいろなことを考えた上で、私は、奉仕活動というものを取り入れるということが今の学校教育の中で重要という前提に立って、これも義務化するということではなくて、そういうことを取り入れることに努めるという言い方において、それを実現するということを目的としたというふうに考えております。

○児玉委員 今のお答えで明らかになったことは、大臣はこの二つの重要な声明についてはお読みにもなっていなければ検討もしていないということがわかりました。それが一つ。これはぜひあなた、真剣に読んで、重要な社会的影響力を持つ団体の意見ですから、真剣に検討してください。
 二つ目。今のあなたの答弁、二十九日の本会議でこの問題に触れて、あなたは何と私に答えたか。社会奉仕体験活動については教え導くという指導の姿勢で臨むとあなたは述べた。教え導く、これは上からの教化ですね。そして同時に、あなたは同じように本会議で私にこう答えた。各学校の教育活動として体験させるものであります。
 教育改革国民会議の中間報告には、人道的作業に当たらせる、どうも皆さんは使役の表現を使うのがお得意みたいですね。何々させる。そこには全員参加と強要しかないではありませんか。そのことを答えておいて、今の答弁は余りにも白々しいです。
 この議論は続けてやります。終わります。

 
機能しない場合は、ブラウザの「戻る」ボタンを利用してください。


Copyright(C)石井郁子事務所 2001
本サイト内のテキスト・写真等全ての掲載物の著作権は石井郁子事務所に属します。
リンク希望の方は、お手数ですがメールにてお知らせください。


石井郁子トップページはこちらから