151-衆-文部科学委員会-5号 2001年03月09日
平成十三年三月九日(金曜日)
午前九時三十三分開議
出席委員
委員長 高市 早苗君
理事 岩永 峯一君 理事 鈴木 恒夫君
理事 田野瀬良太郎君 理事 渡辺 博道君
理事 平野 博文君 理事 藤村 修君
理事 西 博義君 理事 都築 譲君
青山 丘君 小渕 優子君
岡下 信子君 嘉数 知賢君
杉山 憲夫君 谷垣 禎一君
谷田 武彦君 谷本 龍哉君
馳 浩君 林 省之介君
水野 賢一君 宮澤 洋一君
森岡 正宏君 森山 眞弓君
大石 尚子君 鎌田さゆり君
葉山 峻君 肥田美代子君
牧 義夫君 松沢 成文君
山口 壯君 山谷えり子君
山元 勉君 池坊 保子君
斉藤 鉄夫君 武山百合子君
石井 郁子君 矢島 恒夫君
中西 績介君 山内 惠子君
…………………………………
議員 山元 勉君
議員 藤村 修君
議員 山口 壯君
議員 石井 郁子君
議員 山内 惠子君
文部科学大臣 町村 信孝君
文部科学副大臣 河村 建夫君
文部科学大臣政務官 池坊 保子君
政府参考人(文部科学省生涯学習政策局長)近藤 信司君
政府参考人(文部科学省初等中等教育局長)矢野 重典君
文部科学委員会専門員 高橋 徳光君
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本日の会議に付した案件
政府参考人出頭要求に関する件
参考人出頭要求に関する件
公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律等の一部を改正する法律案(内閣提出第二〇号)
公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律等の一部を改正する法律案(山元勉君外四名提出、衆法第五号)
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○高市委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。
質疑を続行いたします。平野博文君。
○平野委員 民主党の平野博文でございます。
悪性の風邪にかかっておりまして、聞こえにくければ大変失礼に当たりますが、何分にもよろしくお願いをしたいと思います。
今回提出されました公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律等の一部を改正する法律案につきまして、閣法並びに衆法の双方が提出されているわけでございます。朝からの各議員の御質問等々いろいろな議論を聞いている中で、私はやはり、四十人学級であるとか三十人学級であるとか、こんなことが先行する議論ではなくて、教育問題は基本的には、子供に対する教育をどういうふうにしていくかということが非常に大事であります。子供にとって何が必要なのか、あるいは、子供を抱えておる御両親が現実に今どんな不安にさらされているのか、将来の懸念に対する問題点にどう的確にこたえていくかが大事な視点ではないでしょうか。我が党が野党共同で出しております衆法につきましても、学級編制については三十人学級というふうにしておりますが、結果として三十人学級になることでありまして、本来の趣旨は、そういうところから衆法を出したものだと私は思っているわけであります。
そういう中で、三点ほどの観点から御質問をさせていただきたいと思います。
まず一つは、生活集団としての学級の重視と、学級編制の弾力化が必要なんだ、こういう視点から政府にお聞きをしたいと思います。
総理が所信の中で、基礎学力の向上ときめ細かな指導のために少人数授業を導入すると述べられたように、主要な政府の改正点は少人数の授業を実現するための定数改善である、これは教育改革国民会議の報告、さらには二十一世紀新生プランにも沿われているものと私は理解をいたしております。
理系大学の入学者が基礎的な数学の能力を欠くなど、基礎学力の低下が言われております。大学入試センターの国立大学学部長アンケートの調査でも、過半数が低下をしているというふうに答えているわけでありますが、国際教育到達度評価学会というのがあるそうでございますが、その調査においては余り落ちていないということが政府の方の答えとして出ているわけであります。しかし、私は、これらの経過を見てみますと、確実に基礎学力は落ちているのかな、こういうふうに思うわけであります。
いずれにいたしましても、日本の将来を考えていくときには、基礎学力の向上は一つの大きな喫緊の課題でもあると認識をしているわけであります。
文部省は、ゆとり教育によっても基礎学力の低下はない、こういう発言をいたしておりますが、今法案につきましては、そうは言っておるけれども、基礎学力の低下を認めた上での法案提出なのかどうか、まず、お聞きしたいと思います。
○町村国務大臣 基礎学力が低下したかどうか、それを前提にしての法案かというお尋ねではございました。
先ほど委員がお触れいただきましたIEA、国際教育到達度評価学会、これによる経年による調査があるわけでございますが、それを見ると、確かに、一番二番が三番になったりとかいうぐらいの低下、少し順位は下がっておりますけれども、おおむね良好な状況にあるのかなとは思っております。
ただ、私が見ていて、むしろ問題だと思いますのは、数学とか理科とか、こういう大切な、ある意味でまた大変おもしろい科目について、それに関する職業につきたくないとか、あるいはおもしろみが感じられないとか嫌いだとか、そういう人たちが国際的に見て一番多いというあたりの方がむしろ問題だな、こう思っております。
それは、例えば数学にしても理科にしても、これは、暗記科目といいましょうか、暗記すべきことではなくて、理科で実験をやったり、生物で球根から花を咲かせたり、これはとても神秘的であり、かつおもしろいことだと思うのですけれども、そういう実験や何かをできるだけ減らしてしまって、減らしているというわけでもないのでしょうが、余りやらないで、専ら座学で、教科書だけでそれを記憶しようとするということになると、やはりこれはおもしろくないということになるのだろうと思います。
したがって、私どもは今回、新しい学習指導要領の中で、思い切って学習指導要領の中身を精選いたしまして、そして基礎、基本をまず固めて、それはしっかりと徹底をするという意味で、今回の二十人学級その他の御提案をさせていただいているわけでございます。
ゆとりがあるということと緩みがあるということは大きな違いがあると思っておりまして、私ども、緩みを認めるつもりはございません。ただ、余り細々とした瑣末な知識をやわらかい頭脳にひたすら記憶させる、暗記させるというような、そういう意味での学力低下をもし問題にされるのであれば、私はあえてちょっと誤解を恐れずに言うならば、そういう細々したことを暗記する能力が落ちたとしても、それは学力低下ということには当たらないだろうと思います。
それからもう一つ。大学の先生たちが大学に進む子供たちの学力を云々されるケースがしばしばあります。よく聞いてみると、人による違いがあるのかもしれませんが、比較している対象が、かつて大学進学率がまだ一けた台だったころとか一〇%台だったころと、今のように五割をやや超えるか超えないかという状況のその学生とを比べると、五%のときと五〇%の進学率では、それは平均値が下がるのはある意味ではやむを得ないというか、当然なことなんだろうと思います。
私はむしろ、それだけ大衆化した、数多くの学生が行くということを前提にした大学教育というものを、また大学の教官側も一生懸命考えてもらわなければいけない。現に、高校の授業をもう一回大学一年でやるというようなことをいろいろなさっておられるところもあるようですから、それはそれで御努力をいただかなければならないのだろう、こう思っております。
○平野委員 大臣の答弁を聞いていますと、非常に能弁な方ですから、私の質問が二分で、答弁を四分ぐらいされると、私は時間がないですから、もう少し簡潔にお答えをいただけたらありがたいのです。
私は、そういう中で、やはり基礎学力の向上ときめ細かい指導の充実のためには定数を改善していく、これは当然だというふうに思うわけであります。読み書きそろばんといった昔の言葉がございますが、基礎学力は教育の基本とはいえ、現在の教育問題というのは、その部分だけにとどまるものではありません。
そこで、衆法の提出者にお聞きをしたいわけであります。
衆法では、少人数授業の導入ではなく、学級編制基準の見直しによる少人数学級を主張されておるわけであります。そこで、衆法提案者に、基礎学力の向上は当然だと思いますが、それ以外に、少人数学級を特に今回取り入れようとしておられる大きな目的があれば、お伺いをしたいと思います。
○山口(壯)議員 日本教育学会の学校・学級の編制に関する研究委員会を基礎とする研究組織による、学校・学級の編制に関する総合的研究というのがあるのですけれども、そこでは、基礎学力のほかにも、例えば、少人数になることによって、学級が小さくなることによって、コミュニケーションが活発化される、あるいは帰属感が高まるというようなことを挙げておられます。
また、寺脇研さんという方は、今文部科学省におられると思うのですけれども、「動き始めた教育改革」という中で、一クラスの定員を三十人、つまり三十人学級にしただけでも、先生たちはもっとゆとりを持って、今よりきめ細かな充実した教育ができるはずです、いじめも必ず減らせますというふうに言っておられます。私たちも、そういうことを目的にしています。
○平野委員 したがって、少人数の授業形態をとることがいいのか、いわゆる学級という一つのコアを小さくすることによるメリットか、こういうところが一つの違いとして出てきているわけですが、それを一緒にしたら、非常に両方の部分としてよくなるのではないでしょうか。我が民主党を中心として、社民党さん、共産党さんの協力を得て出しました法案というのは、私は、そういう部分を両方兼ね備えて出しているような気がしてなりません。
そこで、もう一つ別の意味合いから御質問したいと思うのです。
教職員配置の在り方等に関する調査研究協力者会議という会議がございます。そこの会議の報告によりますと、多数の教職員が指導評価にかかわることできめ細かな指導が可能になるから、さまざまな学習集団をつくって子供と多数の教職員が接する機会をふやすべきであり、生徒指導上の効果も期待できるとしております。したがって、政府案はこの方向に従って、四十人の学級編制を維持した上で、学科により、学級とは別に二十人か二十数人の学習集団を設けていこう、こういうふうに私は理解をしているわけであります。
しかし、学習集団としての担当教科の授業のみ担当する教員で、どれほど個々の生徒の状況を掌握できるのか。ここについては、私は、客観的に見ましても極めて疑問を抱かざるを得ない。ある特定の知識云々については確かにできるかもわかりませんが、いわゆる学習集団として本当に個々の生徒まで見ていけるのか、そこには疑問を呈さざるを得ないと思っております。教師の目が細切れになるだけでかえって行き届かない、こういうふうになるのではないでしょうか。特に、低学年の学童生徒にとっては、教師一人一人が愛情を込めてじっくりと相手することが必要だと思っておりますが、いかがなものでしょうか。簡単にお願いします。
○町村国務大臣 先ほどはちょっと長い話をして失礼をいたしました。
先ほど、協力者会議の御報告にお触れをいただきました。それに基づいた形で今回の定数改善等の提案をさせていただいているわけでございます。
私どもが数多くの先生がかかわった方がいいと言うのは、今まではややもすると、さっき学級王国という表現をいたしましたけれども、一人の先生が、それは確かにじっと一つのクラスを見ているというのも一つの方法かもしれませんけれども、どうしてもそこで固定的になってしまうという嫌いがある。中には、校長先生も教頭先生も一切自分の教室には立ち入らせない、そういう極端なケースすらあるのですね。それは教師の権利だから、ほかの人、保護者もそう、あるいは学校の周りの先生たちにも一切見せない。そういう姿になってしまったのではやはりまずかろうというようなこともあり、先ほど申し上げましたような、多数の教員がかかわることのメリットあるいはチームティーチングのメリットというのがあるのだろう、こう思っているわけであります。
○平野委員 だけれども、大臣、それはそういうところもあるのかもしれません。しかし、それは極論であって、やはり子供を愛情を持って育てようというのは、親だって同じでありましょう。まして学校の先生というのは、私のおふくろは学校の教員なものですから、それで言っておるわけではありませんよ、ないのですが、やはり、ずっと日常茶飯にその子供の行動を見ながら教育をしていく、育てていく、このことが非常に大事じゃないでしょうか。朝一時間だけはこの人、それからは別の人、こんなことで本当にその子供の全体像を十分に掌握して教えられるのかなと、これには私は非常に疑問を感ずるわけであります。
そこで、衆法提案者にお伺いしたい。
学級規模そのものを是正するという衆法の立場からは、個々の児童生徒にとって多数の教員にかかわることが、きめ細かい指導といい、一人一人の児童生徒の個性をはぐくんでいくという上で極めて効果的である、こういう見解があるわけでありますが、その点についてはどのようにお考えでございますか。
○石井(郁)議員 お答えいたします。
政府案は、主要三教科、小学校では国語、算数、理科、中学校では英語、数学、理科について、二十人の学習集団をつくることを目玉としているわけでございます。しかし、文部科学省の担当者のコメントによりますと、一つには、完全週五日制になっても教員が受け持つ授業時数を減らさない。児童生徒が出席する授業のこま数は週換算で二こま減るが、教員は土曜日の分だけ平日の授業時間をふやす。二つ目には、担任を持たない教員も担任と同程度の授業を受け持つこと。特に小学校では、担任を持つ教員と教科専任などでは授業時間の差が大きい、これを平均化する。三つ目に、教務主任や生徒指導主任など授業時間の少ない教員の授業時数をふやすこと。これは東京新聞の昨年十二月二十六日の報道でございますけれども、こういうことによって可能だと言われているわけですね。
これでは、生活指導、生徒指導というのはますます手薄になる。教員の持ち時間増によって、ますます授業の準備のための時間がとれなくなります。児童生徒と教師が触れ合う時間がますます少なくなる等々の問題が生ずるわけでございます。また、免許外教科担任をふやさなければならないと思われるなど、これは、机上の計算では可能だとしても、実際に学校現場で行うには相当の無理がある。現実と逆行する二十人の学習集団のかけ声というのは、教員をますます追い詰める可能性があります。
生活指導の充実と学力の向上というのはやはりバランスよく実現させていかなければいけない、そういう観点からしますと、学級規模自体の縮小、三十人学級の実現というのは不可欠であるというふうに考えております。
○平野委員 衆法提案者にもお願いします。短くお答えをいただきたいなと思います、時間内に質問が終わらなくなる可能性がありますので。
そこで、もう一度、衆法提案者にお聞きをしたいと思うのです。
提案者がおっしゃるように、現在の四十人学級では教師の目が本当に子供に行き届かない、きめ細かな生活指導のためには学級規模の改善が必要であると。しかし、別の見方をすれば、大人数の学級の方が集団の自律性が発揮され、多様な人間構成で子供にとってもよいという言い方もあるわけであります。このように、学級を児童生徒の社会性を育成する場と考えたとき、むしろ大人数の学級の方が好ましいという見方もあることは事実であります。この点について、衆法提案者、それはそうではないのかどうか、見解をお願いしたいと思います。
○石井(郁)議員 短く御答弁をいたします。
学校教育の基本単位をどう考えるかという問題で、やはり生活集団、学習集団としての学級というふうに考えますと、四十人では、本当に一人一人の子供たち、多様な子供たちには行き届いた指導を行えないということがあると思うのですね。
先ほど来のいろいろな御質疑の中にも出ていましたけれども、全国連合小学校長会の調査というのがございまして、この調査では、やはり学校の実態を踏まえて、少人数学級がいいということをいろいろと言っておられます。今小学校は、本当に深刻化している不登校、いじめ問題等々があります。それから、教育課程、学力をつけるという問題にかんがみますと、やはり具体的な解決策が急がれる。学級の適正規模についても、八割は三十人以下学級がよいというふうに言っているわけであります。
私は、本当に現場の実態からして、大人数学級の方が望ましいというのは決して言えないというふうに御答弁差し上げます。
○平野委員 学級を生活集団として見るときに、教師によるきめ細かな指導を重視すれば、衆法提案者の言われるとおり、担当する生徒数は少なくあるべきだと私は思います。しかしながら、それぞれの教育現場、学校によっては、それぞれの事情は異なる。これも、過疎地域とかいろいろなところの地域事情によって異なります。これらの判断は、教育現場の実情をよく知る地域、学校ごとにその判断を下していけばいいと私は思うのであります。
この点、政府案は、学級編制基準を一部弾力化して、都道府県教育委員の判断で四十人以下の編制も特例として認めておられるようでございますが、この特例とはどういう場合をいうのか、地域ごと、学校ごとの細やかな自主的編制を本来可能にする特例なのかどうか、簡潔にお願いをします。
○河村副大臣 今回の義務標準法の改正におきましては、学級編制基準の設定について、国の標準に従って各都道府県において基準を定めるという制度は基本的に変えずに、都道府県のそれぞれの教育委員会の判断によって、児童生徒の実態を考慮していただいて特に必要があると認める場合に、国の標準の四十人を下回る数を特例的に基準として定めることを可能にするということとしておるわけでございます。
その際、児童または生徒の実態を考慮して特に必要があると認める場合にどのような特例的な基準を設けるかということについては、具体的には各都道府県の教育委員会の判断によるということにいたしておりますが、一つとしては、児童生徒の発達段階を踏まえて、学校生活への適応を円滑に行う観点から行われる小学校低学年に係る学級編制基準の引き下げ、また第二点としては、いじめ、不登校あるいは学級崩壊等の児童生徒間の問題行動等の状況を踏まえて、これらが多発している学校、学級編制基準の引き下げについてはこういう場合が考えられるのではないか、このように思います。
○平野委員 実態はそういうことなんでしょうけれども、特例ということは、現実は特別な理由がない限り認めない、こういうことにもなるわけですよ。
そこで、衆法提案者にお聞きします。
衆法では、学級編制基準は原則として地方自治体の判断に任されることになります。これによって、生徒への目配りを重視して二十人程度の学級編制を行ったり、あるいは少人数学級を導入しつつ、クラス間の壁を取っ払い、生徒の交流を促し、社会性の知識をいろいろ吸収するための配慮をするなど、三十人学級の基準で十分に配分された、十分とは言えませんね、三十人学級の基準で配分された定数を活用しながら、地域や学校が最も適する形での多様な学級編制が行われるようになります。この点、私は大変評価をするところでございます。
衆法のよさは、大幅な定数改善により学校に人員の裏づけを確保するだけでなく、自由な学級編制の権限について学校の運営の裁量を広げるということにあると私は思っておりますが、提案者の見解はどうでしょうか。
○山口(壯)議員 今平野議員御指摘のように、閣法の規定は、三条二項を見ていただくと、都道府県教育委員会が「特に必要があると認める場合」というふうになっているわけですけれども、我々の案の中では、三条三項において、都道府県教育委員会が「必要があると認める場合」となっています。「特に」という言葉を抜いています。
それからさらに、三条の五項において、都道府県教育委員会が基準を定めるに当たっては、市町村教育委員会が弾力的な学級編制を行うことができるように配慮しなければならないという項目を特に設けて、これからのより分権的な、さらに設置者の意向が生かせるような工夫をしております。
○平野委員 もう時間が五分しかなくなりましたので、通告している部分でまだ十分に質問していないのですが、少し飛ばします。
いろいろ御議論をいただいて御回答いただいて恐縮ですが、私は、新しい世紀に入ったわけですから、小手先の改革じゃなくて、二十一世紀の日本を担ってもらう新しい人材、これからの将来ある子供さんでありますから、次の世代を担う子供さんですから、やはりそういう意味では抜本的な、あるいは財政的にも予算的にも先行投資をやっていくということの視点が非常に大事であろうと思います。
午前中の議論もありますが、財政上の事情というのは第一義ではない、しかしそれも十分考えていかなければならない、政府のお立場では当然そういう御回答が出てくることはよくわかります。しかし、今日本の国は何を最優先してやらなければならないか、こういう視点に立ちましたら、将来の子供さんに対してやはりきちっとしたものを今与えておく、与えてあげる、環境整備をしてあげる、このことが一番大事であろうというふうに思うわけであります。
そういう中で、二十一世紀プランの示すところによれば、今国会提出の教育関連法案は、中でも特に緊急に対応すべき事項とされておるわけであります。総理も、所信表明において、「この国会において、まず、子供一人一人、国民一人一人が、学校がよくなる、教育が変わるという実感が持てるような本格的な教育改革に取り組んでまいります。」こういうことを言われているわけであります。
しかし、今回出されておりますこの定数改善の法律案でいきますと、義務教育第七次、高校第六次の定数改善計画として、従来の改善計画の延長線上でしかない。国民一人一人が、本当に変わった、教育改革をした、二十一世紀にふさわしいものをやったという割には、今までの延長線上での改善策しか私は感じられないわけでございます。そういう意味では、本当に従来の予算の範囲内での措置であり、実際に教員数がふえていくわけでもありません。このような、まず財政均衡ありきの改革では、本当に国民の皆さんが実感でき得る本格的な教育改革というふうにこのものが私にはとらえられないわけでございますが、いかがなものでしょうか。
○町村国務大臣 一つの学級が三十人になると何かもうすべての問題が全部わあっと解決するような、やはりそういうものではないのだろうと私は思います。
ですから、今回の私どもの少人数教育を可能にするような定数改善も、学校をよくする一つの手段である、こう思っておりまして、ほかにも、学校をもっと開かれたものにするための努力でありますとか、あるいは学校の先生方へのいろいろな指導力を高めるための対応でありますとか、いろいろなことが今回盛り込まれて、トータルで、なるほど、学校は変わったな、こう言えるようなものにしていきたいということであります。
人数の要素を私は一切除外して考えているわけではございません。それも一つの要素であることは認めますけれども、しかし、やはりトータルで、学校が変わって教育がよくなった、こう言えるような状態をつくっていきたいというのが二十一世紀教育新生プランの考え方であるという点を御理解賜ればと思います。
○平野委員 もう時間が参りました。
ただ、大臣、私は、先ほど言いましたように、三十人がどうだとか四十人がどうだということを申し上げているわけではありません。結果としてその姿になって、国民の皆さん、生徒自身が、変わったなということになればいいわけであります。しかし、今政府の出している、四十人学級を維持しながらという部分でいきますと、実態的には現場サイドで何が変わっていくのか。特例として認めているところだけが変わった、それだけで終わってしまうのではないでしょうか。この点を危惧するわけでございます。
まだまだ質問したいわけでございますが、通告をしておる皆様方、衆法提出者の皆様方に質問できないことをおわびいたしまして、私の質問を終えたいと思います。ありがとうございました。
○高市委員長 武山百合子君。
○武山委員 自由党の武山百合子でございます。
政治の世界に入りまして七年たつわけですけれども、七年前、文教部会で何度か質問したことがありました。あの当時、私が質問しましたら、日本の教育は一番いいんだと、当時やはり大臣が答えられまして、私はとても今の状態では意見がかみ合わないなと思いまして、むだな議論をしたくなかったものですから、実は遠ざけて、別な分野から切り込んで今までまいりました。久しぶりに文教委員会で質問できるということで、きょうはわくわくして参りました。
まず、意識改革ということで、教育も意識改革だということを先日お話しになられたと思いますけれども、実はきょう私が質問するに当たって一言お話ししておかなきゃいけないなと思うのは、まず、文部科学省が質問取りに来られるときに、ぜひ政府参考人に質問をしていただきたい、それから副大臣にも質問していただきたい、まずそういうふうに文部省がおっしゃるわけですね。私たちはあくまでも政治主導ということで、政治家が政治家同士で議論をして、そして国民の代表である政治家が議論して決めていく、そういう本来の政治に戻したいと私は思いまして、今まで改革のために日夜奮闘してまいりました。その中で、この文部科学委員会できょうは町村文部大臣と議論を闘わせたいと思います。
それでは、まず町村文部大臣にお聞きしたいと思いますけれども、まず、このたびのこの法律によって、教育界が過去とこれからとどう変わるのかということをお聞きしたいと思います。
○町村国務大臣 文部科学大臣の町村でございます。この法律によってどう教育が変わるかというお尋ねでございましたでしょうか。(武山委員「はい」と呼ぶ)
先ほどの平野委員の御質問にもお答えいたしましたが、私ども、一月二十五日に二十一世紀教育新生プランというものを発表いたしました。それは、かなりの部分は昨年の十二月に教育改革国民会議で出されたその御提言をいただきながら、我が省としてさらに必要なものを加えたりなんかして、このプランをまとめたわけであります。
具体的な内容は、かなり細部にわたった、十七項目にわたって、またその細分もあるわけでありますけれども、私が申し上げたかったことは、まず基本的な考え方からやはり、別の表現をすると、教育に関する意識を変えてからでないと余り、制度を少しずつ変えていってもしようがないのだろうな、こう思っているわけであります。
そこの話をまた長くすると大変先生にも失礼かと思いますからあれいたしますけれども、今回のこの法律について申し上げるならば、やはり少人数教育を実施する、さらに習熟度別の学習もできるようにする。一律にやるというよりはむしろ一人一人の特色を伸ばせるような、個性を伸ばせるような教育システムを入れていくのだという考え方、もうちょっとさらにそれを敷衍すると、画一的な悪平等ではなくてやはり真の意味の平等を実現できるような、そういう基本的な考え方に立って今回の法案というものが構成されているというふうに私どもは考えております。
○武山委員 そうしますと、もう一つ突っ込んでお聞きしたいと思いますけれども、では、将来、子供たちをどんな日本人に育てたいんでしょうか。
○町村国務大臣 これは先生、大変すばらしいことを聞いていただいたと思っております。
どういう日本人が望ましいのか、かつて、昭和二十年代後半に天野文部大臣がそのことを提起したことがあります。さらには、昭和四十年代前半に、中央教育審議会だったと思いますけれども、「期待される人間像」というものを出したことがあります。ところが、いずれも、上からの押しつけだというさまざまな方々からの御批判で、今日本の中に、こういう日本人が望ましいとか、あるいはこういう教育をやってこういう日本人を育ててもらいたいという、そういう意味の広いコンセンサスが我が国にはない。私はそのことが、今の教育界の中の教育の混乱をもたらしている一つの大きな、ある意味では根本的な、根源的な要素だと実は思っているのです。
では、今回それをあなたやればよかったじゃないかとおっしゃるけれども、また三回目、文部科学大臣なり文部科学省がこれが望ましい日本人だとやったら、また三度目の同じ失敗になると思うのです、上からの押しつけ云々と。むしろそれはそれで、私は、しかるべき日本の中にいるすぐれた有識者、賢人がそういうものをつくっていただく、そして、それをみんながなるほどなと思えば、それが日本国内のコンセンサスになっていくのが望ましいと思います。
私個人がどう考えるかとおっしゃられれば、それはそれで考えはありますけれども、きょうは、今この国会という場で余り私の個人の望ましい人間像をしゃべることは、あえて差し控えさせていただきたいと思います。
○武山委員 個人の考えもぜひ聞きたいと思いますので、ぜひお話ししていただきたいと思います。
そうしますと、文部科学大臣は、自分の考えは大臣としての考えとは違うというわけですから、押しつけととるのはそれはとる人たちの部分であって、いわゆる教育の行政をつかさどっているところが、やはり大臣として青写真を、日本人というのはこういう子供たちを、日本人をつくりたいと言うのは当たり前のことだと思うんですよ。それを自然とした発議として言えないとしたら、それはもうリーダーシップという部分では欠けると思います。まず、個人的な意見を聞きたいと思います。
○町村国務大臣 それはリーダーシップと私は違うと思います、次元が。
望ましい人間、それは人さまざまあると思います。だって、過去二回、文部大臣なりあるいは中央教育審議会等の場で出して、物の見事に失敗したんですよ、武山先生。それをまた私に繰り返せとおっしゃるんでしょうか。それはリーダーシップでも何でもない、私はそれはむしろ自制すべきことである、こう思って、私はあえて自分の考えは、少なくとも文部科学省はこうですという形で言うのは差し控えております。
ただ、せっかく、あなた自身はどういう考えかという、個人の考えでもいいという御指摘があったので、ちょっと、急のお尋ねですからきちんと体系的に今お話しできるかどうかわかりませんが……。
一つの表現をすれば、体、徳、知という言葉があります。体、徳、知、人間が持つべきはやはりまず体(からだ)、健康というものが人間の基礎だろうと思っておりますし、さらにそれに徳というものがある。人間として持つべき優しい心であるとか思い、いたわりを持つ心とか、そういう人間として自然な感情といいましょうか、そういう徳性を持つということ。最後に私は知が来ると思います。それは知識であるかもしれないし、さまざまな人間として過去の歴史から受け継いできた知識の伝承もあるだろうし、つくり上げる知もあると思います。そういったものがさらにあればもっといいだろうと思います。
しかし、これはしばしば森総理もおっしゃいますけれども、もし順序を強いてつけるならば体、徳、知、こういう順序で、それぞれが備わっている人間をしっかりと学校教育の場で、あるいは家庭教育の場で、社会教育の場で育て上げていくこと、これが教育の目的ではないだろうかな、そういう人間が一人でも多く育っていけばいいのではなかろうかな、私個人はそう思っております。
○武山委員 個人の御見解をありがとうございます。
しかし、大臣としては、失敗したので言えないという以前の議論から言いましたけれども、では、国民が大臣に何を期待していると思いますか。
○町村国務大臣 何を期待しているかと言われてもなかなかこれは難しい御質問ですが、私は今、森内閣を挙げて教育改革をやろう、また、文部科学省も教育改革をやろう、現在の教育の現状は、さまざまな方が御指摘されるように、非常に危機的な状況にある。いじめ等々の学校の現象ばかりでなくて、いろいろな面に問題があります。その辺を私どもは、二十一世紀教育新生プランの序文として私の名前で書かせていただきました、その問題意識そのままでございますけれども。
いずれにいたしましても、家庭そして学校、あるいは社会、そうしたさまざまな分野での教育、広い意味の教育をよりよい方向に持っていく、その教育改革に全力を挙げることが私の仕事だ、こう思っております。
○武山委員 そのよりよい教育の中身をもう少し説明してください。
○町村国務大臣 お時間をいただいて、もしお許しをいただけるならば、この二十一世紀教育新生プランの中身を申し上げさせていただきます。
一つは、「人間性豊かな日本人を育成する」ということでありまして、これは私が先ほど申し上げた徳というのにやや近い部分かもしれません。そのための家庭教育の重要性でございますとか、あるいは学校における道徳教育の重要性でありますとか、あるいは奉仕活動によってそうした心豊かな人間を育てる、こういったことなどは大変重要なことだ、こう思っております。
二本目の教育新生プランの柱は「一人ひとりの才能を伸ばし、創造性に富む人間を育成する」ということでございまして、これは戦後の日本の社会で余りにも蔓延してしまった、あるいは戦後の日本の教育界で蔓延しております機会の平等から結果の平等へ、そして悪平等ともいうべき弊害が今日本の教育界を覆っている。これでは個性あふれる創造性に富んだ人間は育たないだろうという現状認識から、例えば一律主義を改めて、個性を伸ばす教育システムを導入する。その中に、きょう御議論をいただいております少人数教育、わかる授業の実現、こうしたものなどが含まれてくるわけであります。
あるいは、記憶力偏重を改めた大学入試の実現をすること。あるいは、リーダーを養成するような大学教育、大学院教育といったようなこと。その中で、例えば大学三年から大学院に進めるようにすることなどを含めて考えているところであります。さらに、大学にふさわしい学習を促すようなシステム、学生が一生懸命勉強しなければ卒業できないのだよというようなことに変えていくこと。
あるいは、職業観、勤労観がどうも根づいていないという大きな問題があります。フリーターを一概に言うつもりもありませんけれども、しかし、正しい職業観を持たずしてだんだんだんだん大学生になってしまったという学生もいると思います。その辺をどう改めていくかという問題。
それから、三番目の大きな柱が、「新しい時代に新しい学校づくりを」ということで、その前提として、教師の意欲や努力が報われる、そうした評価体制、そして表彰等々をやっていこうではないか。あるいは、地域の信頼にこたえる学校づくり、地域から孤立化した学校ではだめだということで、地域に開かれた学校づくり、学校評議員制度等を進めていくこと。そして、学校とか教育委員会に組織マネジメントの発想を取り入れようではないか。校長にもっとリーダーシップがとれるようにする。あるいは、教育委員会も公開をし、さらには教育委員の中に若い保護者の代表も入れるようにしていくというようなことなどが必要なのだろう、こう思っております。
そして最後に、トータルでひっくるめて言えば、新しい世紀にふさわしい学校、そして家庭、そして社会教育の理念を確立するための教育基本法の改正の議論をしなければなりませんし、その中で教育振興基本計画を策定するといったようなことを考えているわけでございまして、大変はしょった言い方で、かつ時間をとって失礼をいたしましたが、それが、私どもが今皆様方にお諮りをしております二十一世紀教育新生プランの中身でございます。
○武山委員 そうしますと、それを何年ぐらいで完了させるのでしょうか。
○町村国務大臣 この教育新生プランをごらんいただきますとおわかりのとおり、いついつまでにそれを実現するということをできる限り具体的にあらわしております。例えば、この国会で御審議をいただいております予算の中で既に措置するものもございます。あるいは、きょうの御審議をいただいております法律を含め、六本の法律をこの国会でぜひ成立をさせていただきたい、こう思っております。
ただ、もう少し時間をかけてやや専門的な、集中的な御議論をいただきたいテーマも幾つかございます。教育基本法の問題しかり、あるいは教員免許の更新制といったようなテーマも出てこようかと思います。あるいは、十八歳後の青年の奉仕活動のあり方といったようなものを、具体的なプラン、メニューをつくってもらうといったようなこと、これらについては若干の時間で御議論をいただかなければならないテーマかなと思います。
さらに、もうちょっと先を考えると、例えば大学の独立行政法人化、独立学校法人という名称になるかもしれませんけれども、これらについては今鋭意検討を進めておりますが、平成十四年、十五年にかかってくるかもしれませんが、そういう先に行かないと達成しないものもあるし、例えばきょう御議論いただいている教員定数等の問題は、これは五年計画でございますから、それが完成するのは平成十七年といったように、テーマによってすぐできるもの、時間のかかるもの、さまざまございます。
○武山委員 そうしますと、その話の中で、例えば一つお聞きしたいと思います。
大学の入試、入りやすく、きちっと勉強をして、しっかりと勉強をした後、卒業しにくいという欧米風な入学試験制度というのはいつごろの目安で、スパンでいうと、時期でいうといつごろそれは完成させるつもりでしょうか。
○町村国務大臣 これも、二十一世紀教育新生プランをごらんいただきますと、各関係する大学等の取り組みにゆだねるというか、大いに促進をするという項目もありますし、あるいは、有害情報対策といったようなものなどは、各民間の放送関係者の、あるいは出版関係者のより一層高い倫理観に基づいた自主的な取り組みに期待するという形で、すべてが文部科学省がいついつまでにこうやりますということになじまないテーマも、それは中にはあるわけでございます。それは継続的に働きかけをしていくテーマだ、こう思っております。
今お尋ねの大学入試の改善、あるいは大学の中での厳しい成績評価といったような問題は、これは残念ながら文部科学省がいついつまでに全部そうしなさいということを命令する権限もございませんし、また、ある意味では、それをやり過ぎますと、かなり限定されたものになってきているとはいえ、やはり大学の自治ということもございます。したがって、そこはそれぞれの大学に大いに、今までのただ点数だけで見るということではなくて、面接試験を入れたり、実技を入れたり、あるいは推薦を入れた合格の仕組みであるとか、あるいはAO、アドミッションズオフィスによる選考でありますとか、さまざまな多様化が今進んできておりますが、そうした大学入試の多様化、これは大いにもっと進めていってもらいたいなと思います。
それからさらに、成績の評価ということになりますと、今度は個々の教授の意識の話になってまいります。私は、一人の先生だけが厳しくやると、多分その先生の講座はみんなだれも受けなくなって、みんな、安易に優をくれる、いい成績をくれる教授のところに流れていってしまうだろう。ですから、そこはやはり学内の意識をしっかり皆さんで統一していただいて、一斉にやっていただかないとならない。そうしたら、いつになるかわからぬじゃないかというおしかりがあるかもしれませんが、そこはやはり世の中全体が、あるいは文部科学省が一生懸命努力をして、そういう前向きの取り組みを促していくということになろうかと思います。
○武山委員 やはりお話を聞いていますと、まだいつになるかわからないなという状態でございます。今政治に欠けているのはスピードだと思うのですよ。それが、まさに一番後追いするような今のお話なんです。やはり国民が期待している部分では、ああ、また期待できない部分が大いにあるなという印象でございます。
それから、教育の地方分権を図るということ、これからしていくわけですけれども、その財源と権限はどのように今後移行していくのでしょうか。
○町村国務大臣 では、逆に武山委員に伺いますが、どうやったらば各大学に厳しい成績評価というものを実現させ得ると、その具体的方法があるならば、ぜひお知恵をお与えいただきたい。私ども、それに沿ってしっかりやっていきたいと思っております。
それから、地方分権についてのお尋ねがございました。財源その他をどうするか。これは今、政府全体で、財政の構造改革といいましょうか、これをやらなければいけないということで、国会での議論を聞いておりますと、宮澤財務大臣からは、新しい経済モデルをつくって、その中で福祉とか社会保障とか交付税のあり方とか、そういったものをトータルで一括して、新しい時代にふさわしい歳入歳出のあり方、税制のあり方というものを議論していこう、こういうことでございますから、その中で教育問題についても議論をされてしかるべきだろうと思います。
ただ、教育の面での地方分権というのは、これは二年前でしたでしょうか、地方分権一括法という形の中で私どもとしてはかなり地方分権を進めてきたつもりでございますが、まだまだやるべき課題もあろうかな、こう思っておりますので、私どもとしては、さらに教育の地方分権は前向きに進めていこう、こう考えております。
○武山委員 大学の方はぜひお話しさせていただきたいと思います。
それから、地方分権です。先ほどの定数の話で、各都道府県の教育委員会が学級編制を決めるということでございますけれども、地方の、市町村の実態というのはなかなかわかっていただけない部分もあるわけなんです。それで、中身の問題ですけれども、先ほど、都道府県がまず学級編制を特例的に行う。それでは、もし、よい意味で特例的に行うという実態を、いや、これはだめだと言った場合、各市町村の教育委員会、その下の小中学校、高校で特例的に行いたいと言った場合、しかし、県がこれを拒否した場合はどうなるんでしょうか。
○町村国務大臣 それは、各学校がやりたいと、例えば十人学級にしたいとある学校が言ったとします。それは最終的に市町村教育委員会と都道府県教育委員会の議論の中でお決めをいただくことでありましょうが、しかし、都道府県教育委員会がそこの権限は最終的に持っているというのが現在の法制になっているわけであります。
○武山委員 もう一回確認しますけれども、では都道府県に権限があって、実態を知っているその個々の市町村の、いわゆる学校の現場のことは都道府県が決めるということになりますね。
○町村国務大臣 義務標準法におきましては、義務教育の諸学校における教育水準の維持確保を図るために、都道府県教育委員会が、国が定める一学級の児童生徒の数を標準として学級編制基準を定めており、各市町村教育委員会は、その基準に従って、都道府県教育委員会の同意を得て学級編制を行う、こういう仕組みになっているわけであります。
○武山委員 よい意味でそれが下の実態を、いわゆる小中学校、公立の学校での実態を各市町村の教育委員会に持っていって、それで、それがうまくいった場合、都道府県の方もオーケーですよと言った場合は問題ないと思うんですよ。
私が聞いているのは、例外の場合はどうするんですかと。今のお話ですと、例外も都道府県が決めて、それはノーですよ、それはだめですよと言った場合は、もうだめだという意味ですねと聞いているわけなんです。
○町村国務大臣 それは、結論を言えばだめであります。
ただ、先ほど申し上げました制度の基本は変えずに、今回の改正案の中では、都道府県教育委員会の判断によって、児童生徒の実態を考慮して特に必要があると認める場合、これは先ほど来るる河村副大臣等も御説明しておりますが、特例的に国の標準を下回る数を基準として定めることを可能としているわけであります。この基準を定める場合には、市町村の教育委員会の意向とかあるいは特別な事情を踏まえてそうした学級編制を行えるような基準とすることも可能であると考えられておりますので、各学校等の状況を踏まえた学級編制がこれまで以上に可能になってくる。
この特例的な基準というのは、これも先ほど来から申し上げておりますけれども、例えば、児童生徒の発達段階を踏まえ、学校生活への適応を円滑に行う観点から小学校の低学年に係る学級編制を二十人でやっていくとかいうようなケース、あるいは、いじめ、不登校等のいろいろな問題行動が多発している学校についてはやはりもうちょっと学級編制を引き下げようというようなケースなどもあろうかと思います。
○武山委員 それも、将来は都道府県から市町村に権限を委譲するというのがベストだと思います、実態を一番よくわかっているのは各市町村ですので。例えば埼玉県、私は埼玉選出なものですから、九十二市町村あるわけです。それで約六百七十万人も人口がいるわけなんです。そこを一カ所で全部扱っているというところにも問題があるわけなんです。
もうこれは議論しても、そちらとこちらの特例ということで、今のお話は、今回の法律の中身はわかりましたので、次の質問。
まず、定数改善のことですけれども、実態は、学習指導よりも生徒指導が本当に大変だと言っているのが地元の校長先生たちのお話なんですよ。いわゆる中央教育審議会のメンバーには現場の教員は一人だけということで、実態は意外と見ていないということなんですよ。国会議員も地方議員もなかなか現場に足を踏み入れてこない、だから実態がよくわかっていないんじゃないかということです。
今回の定数の問題の中で、いわゆる生活指導を必要とする学習障害児、それからいわゆる多動性症候群ですか、授業が成立しない状況が一部の子供にあるということで、担任の先生の精神的、肉体的な苦痛が大変だというような実態も実は私は聞いているわけなんです。こういう場合は、今回の定数の中でいいますと、閣法だと、養護教員それから教頭先生、事務職員、特殊教育諸学校、研修とかということで、ここの中にはカウンセラーというものは入っていないわけですね。カウンセリングのことはどこに入れるんでしょうか。
○町村国務大臣 スクールカウンセラーは、学校の定員、定数とは関係がございません。そういう形ではなくて、何校に一校というような形で、今、限られた臨床心理士を学校に、実際には巡回するような形で回って相談に応じてもらっている。できるだけ、本当は将来的には一校に一人ずつスクールカウンセラーが置ければいいな、こう思っておりますけれども、何しろ養成が絶対的に間に合いません。それでも人数がふえて、今は毎年数百名が臨床心理士の資格を取れるような状態にまでなってまいりましたが、ちょっと前までははるかに少のうございました。
そんなこともあるものですから、臨床心理士、スクールカウンセラーへの要望が大変強いものですから、それにかわるものとして、例えば一つは、すべての先生たちがカウンセリングマインドを持つというようなことで、教員免許を取る大学での養成段階からそういったカウンセリングのコースを勉強するということがあります。あるいは、現職教員も、いろいろな研修等を通じてカウンセリングに関するいろいろな知識あるいは体験というものを持ってもらって、そして子供たちに接するというような工夫はやっております。
さらに、中学校には心の教室相談員というものを置き、心の教室というものをつくって、そこで子供たちのいろいろな悩み、あるいは先生方の悩み、あるいは場合によっては保護者の悩みにも対応できるようにしよう、さまざまなそうした対応策をとっているところであります。
○武山委員 学級指導も大事ですけれども、学級指導と同時に、実際は現場は生徒指導が大変だという、生活指導というか、それはもう本当に家庭の教育、社会の教育、そして学校教育、三位一体にならないと効果は上がらないと思うんですけれども、現場はそういう悩みがあるということで、現実的には定数を教職員の定数改善計画ということでふやすわけです。
教頭先生の複数配置ということで、実際に教頭先生が、私がちょっと聞いたところによりますと、朝七時から夜八時まで、十二時間どころか十三時間勤務している、校長先生は大変だから今回定数がふえるということで大変助かっておる、大いにこれはやっていただきたいという方も中におりました。定数がふえるという部分では私も賛成なんですけれども、その定数がふえる部分で、数字だけが、定数がふえていくだけで、中身の議論が、本当にこれでいいのかなという部分があるんです。
まず、私が問題にしたいのが衆法の方、衆法と閣法を交互に質問をしたいものですから、ちょっと衆法の方で、栄養士をふやすというところがありますね。それについて、まず、給食というものは食糧がなかった時代に始まって、それがずっと延々と続いているわけですけれども、今、食事というものは、三食のうちの一食が学校給食として、ほとんどの地域で給食が行われているわけです。この中で、たしか栄養士さんがふえますね。これの根拠をぜひ聞きたいと思います。衆法の方です。
○石井(郁)議員 武山委員にお答えいたします。
学校栄養職員の配置基準の改善についてのお尋ねでございますけれども、政府案は五年間で九百六十二人の増員を図ることになっておりますが、これでは全然足りません。私ども三野党案は、ミルク給食を除く学校給食を実施する単独実施校について、十五学級以上の小中学校に一名、十四学級以下の小中学校二校に一名配置するなど、十年間で五千名の増員を図るというふうにしております。
学校栄養職員の職務は、学校給食法におきまして「学校給食の栄養に関する専門的事項をつかさどる」とされていますが、具体的には、献立作成、食品の選定や発注、衛生管理などの給食の管理運営と食に関する指導などが職務とされているわけですが、事務処理が大変多いと、なかなか指導に当たる余裕がないのが現状であります。
学校給食は教育の一環です。今、食生活の乱れから、学校給食を通して食の知識を身につけさせることが求められていると思います。一人一人の子供たちの相談にも乗れるように、子供たちの食生活を豊かにするために増員を図ることとしています。
ぜひよろしくお願い申し上げます。
○武山委員 三食のうち一食を全部学校で見なきゃいけない、すなわち、給食も学校で見るということになりますと、本当に膨大な財源がかかるわけですね。
私は埼玉県の三万八千という人口の町の出身なんですけれども、首都圏で三万八千といいますと、決して大きな町ではないんですね。それで、町立の小学校は一年間で約三億かかるというわけなんです、財源を見ますと。
実は、もう九年ぐらい、十年近くたつんですけれども、私の生まれた町でいつか、給食廃止と言った町長さんがいるんですね。その方は亡くなってしまったんです、給食廃止と言いまして、お母さんたちが大反対しまして、がんが悪化しまして急死してしまったという経過があるんですけれども。それは別にして、その町長さんは、三億という財源があったら子供たちのコンピューター教育や英語教育に使いたいというようなことをそのとき言ったわけなんですね。
私も、教育の興味づけ、そういう知的な部分は学校が当然負うべきだと思っております。と同時に、今、生活指導から、しつけから、食生活の部分まで学校が負うというような、そういう状態にあるわけですね。それはやはり大きな負担なわけです。それはもう財政的にも大きな負担。それから、財政を支える前に人が要るわけですから、人も大きな負担。
行革の中で、すべてが行革と画一的にやることはないと思いますけれども、私は、二十一世紀というのは日本は国家の像としてはやはり小さな政府を、大きな政府であらゆることを国におんぶにだっこから、自立した、規律ある自己責任の社会にやはり行くであろうと私自身は描いているわけです。そういう中で、家庭の役割、やはり食も家庭の役割じゃなかろうかと思うんです。
それから、学校の役割、地域の役割から見ますと、今の閣法も衆法も、どちらかというとやはり財源的にもっとかかる、それから人数ももちろんふえていく。ということは、相反するものですよね、行革という部分で。しかし、前もって言いましたように、行革自体もすべて画一的ではだめだと思います、必要なところにはやはりお金も出さなきゃ。そういう意味で、衆法の十七万人という数、これを十年計画でということですけれども、では、衆法の方は財源はどうするんでしょうか。
○藤村議員 武山百合子委員にお答えを申し上げます。
今、財源はどうするかという質問でよろしゅうございますか。(武山委員「はい」と呼ぶ)
既に御承知のとおりであります、武山百合子委員も御参加で、先般、例えば野党四党では予算組み替え要求を出しました。これはすなわち、むだな部分は削れ、しかし必要なところには出そうという野党四党合意のもとに、小沢一郎党首も賛意をいただいた。
この中身について簡単に申しますと、八千三百億円ぐらいむだな部分は削減せよと。その大きな部分は公共事業でありまして、三千億円ぐらいでありました。一方で、こういう教育、特に三十人学級を実現しようという問題などを含んだ部分では、ちょっと数字が間違っていたら後で訂正いたしますが、約四千億円ぐらいですか、これはふやす方ですね。
つまり、予算の組み替えというのも、我々は、単にこれを切れあれを切れと言うのではなしに、あるいは、これをふやせあれをふやせと言うだけではなしに、やはり将来のプライマリーバランスを考える、そういう方向で、全体の予算は五千百億円の削減を求めたわけであります。しかし、そんな中でも、この三十人学級の実現のためにはむしろ増額の方で手当てをした、こういう経緯がございました。
そんな中で、今回の三十人学級法案というのは、先ほど委員御案内のとおりでありますが、十年がかりで、一年ごとに約七百九十八億円の予算をこの三十人学級につけていくということで我々は十分に手当てができる、そして、かつ、膨らんだ予算をある意味では将来のプライマリーバランスを考えて削減もしていく、そういう法案になっております。
○武山委員 衆法にもう一つお聞きしたいと思いますけれども、教員の数を、衆法の方も臨時雇用をするのでしたでしょうか。閣法の方は臨時雇用と聞いておるんですけれども、そこをちょっとお願いいたします。
○藤村議員 午前中に、非常勤講師を定数枠に入れる、入れないの話が大分議論がございました。実は私ども閣法に対して若干の考え違いをしていた部分がありまして、閣法では、これは政府の方が答えるべきでしょうが、今回、非常勤の講師を定数一の中で例えば二名、三名入れてもいい、そういうことになっておりますが、我々は、やはりその策はまだとるべきではないという判断から、基本的には定数、それは四十人から三十人にしたということで十分にこれはふやせるわけですから、その部分で補っております。
ただ、一つだけ、定年が延長されるというか、再任用、六十歳を過ぎた方々の再任用の方については、時間で、例えば普通の常勤の方の半分ぐらいで、二人働いたときに定数一に加える、こういうことのみはこの法案でも検討して入れております。
○武山委員 そうしますと、いわゆる小中学校の教員の数は臨時雇用をしないということですね。それで、ある部分は再任用ということで、退職した人で補うという部分ですね。
それでは、閣法の方は臨時雇用というのは年度で何人ぐらい考えておるんでしょうか。
○河村副大臣 細部の問題でもあり、私からもお答えさせていただきますが、非常勤講師を何人かということでございますけれども、現時点では、今何人ということを確定いたしておりません。
これから教員定数が決まってくるわけですね。そして、その中でそれぞれの教育委員会が、特定教科を担当する教員の授業日数が極めて少ない場合に、これを非常勤講師に置きかえようということで、これまで、研究会を持ちまして、どういう形で置きかえていったらいいか、効果的にやったらいいかということで、今各教育委員会で試算をいたしております。どの程度置きかえられるか、これによって、これは当然全体の定数の枠の中でやりますから、それぞれの教育委員会がこういう形でやりたいという方向が出れば、それに従って非常勤講師の数が決まってくるであろう、このように考えております。
○武山委員 この十三年度改善数によりますと、小中学校の方は五千三百八十人、そして高校の方が千四百二人となっておるんですけれども、はっきりした臨時雇用は全くわからないというふうに判断していいわけですね。
そうしますと、閣法の方で、この再任用短時間勤務職員というのは、どんなふうにどう活用しようと思っておるのでしょうか。――ちょっと時間がもったいないので、後で答えてください。
衆法の方をちょっとお聞きいたします。
衆法の方は、私は質の問題が心配なんです。それで、対症療法として、今ある人材をどのように意識改革していくかというと同時に、一番国民は今期待しているわけですね、教育改革に。人材の再育成というのですか、それを現在いる教職員にすることと同時に、また大勢の教職員を採用するわけですね。そこにいい人材をどのように採るか、そこの部分が数字だけ歩いてしまっているので、そこを私は非常に心配しております。どういうふうにして人材を確保するんでしょうか。
○藤村議員 お答えいたします。
私も何度かこの委員会でも、本当にいい先生をどれだけ確保できるかということが重要な問題だと指摘しました。まず、教員養成の課程の問題があります。それから、免許は大抵取れるわけですが、その次にいわゆる採用の問題があります。だから、大きなチェックが、チェックというよりも、教員養成の課程というのは、これは四年がかりでやはりその中身を充実させていく、あるいはいかに今の時代に合った先生方を養成するかという、これは常なる見直しが必要だと思います。
さらに、今度は採用の段階であります。
武山先生、御承知でしょうか、このところ先生になるのは大変難しい。今日の教員採用試験の競争率というのは、小学校から高等学校まで、おおむね、いわゆる競争倍率十倍ということ、あるいは十倍を大きく超えているということでございます。
ところが、十年前の時点で見ますと、平成二年における競争率を見ますと、小学校教員では三・一倍ぐらい、中学校で四・八倍、高校で五・六倍、こんな倍率で、先生は優秀な方がある意味では採用されたわけであります。
そういう意味で、平成十二年度ベースで、私どもの法案の改正に基づく将来の競争率を換算しますと、小学校で三・八倍ぐらい、中学校で五・一倍ぐらい、高校で四・二倍ぐらいとなって、ちょうど十年ぐらい前の教員採用の倍率になってくる。
これは教員だけではなく人材採用すべてについて言えることですが、競争率が高いからいい、あるいはいい人材が集まるということではございません。問題は、やはり受験者数、そのすそ野の広さであります。採用がふえれば必然的に受験者数がふえることは当然考えられますし、このことが人材確保のために非常に重要であると思います。
また、年齢的に何か一気に若い先生が入ってくるというふうには我々は考えません。教員採用試験における年齢制限の上限を延ばす動きが既に自治体などにもありますので、意欲のある教員志望者をバランスよく採用していく工夫、これをやはり都道府県にお願いしていく、こういうことでこの法案は成り立っております。
○武山委員 その中には、中途採用という部分もありますでしょうか。
固定的な先生が非常に多いわけです、ワンパターンの。教育学部を出て、そして学校の先生になるという人がほとんど。ワンパターンだと思うのですよ。その中で今までの子供たちが育ってきたわけですから、私は、中途採用でユニークな人たちを、今は個性化教育、能力、個人のどういう資質を持っているかというその部分を伸ばそう、個人を中心にこれからやっていこうという方向に向かっているわけですから、それには、今の先生方では対応が相当できないと思うのです。意識をまず変えるのに物すごい時間がかかると思いますね。
と同時に、やはり中途採用で、例えばアメリカなんかでは、本当にびっくりしたんですけれども、ニューヨークでミュージカルをつくっている方が途中で学校の先生になったりしまして、小学校、中学校でミュージカルをつくって子供たちとともに上演するわけですよ。音楽専門のワンパターンの、いわゆる教育課程の中の音楽を取ってくる先生が今まで多かったと思うのですね。音楽大学を出た方は学校の先生になる人が少なくて音楽専門に行く人が多いという今までの過程の中から見ますと、いわゆる質の問題、やはり多種多様な、質を高めるためのきちっとした何かプランがそこにないと、人の数字だけが走ってしまう。これは国が国民の税金を使って先生を採用していくわけですから、そこには国民に対する説得力というのが非常に要ると思うのですよ。
そこで、中途採用などはどういうふうに考えておりますでしょうか、衆法の方でお答えいただきたいと思います。
○山元議員 今の教員の質を高める、いい先生を確保する、こういう御質問、先ほどもありました。採用の問題は大事な問題ですし、今、武山委員がおっしゃるように、他の職を経験してきた人たち、あるいはすぐれた知識や技能を持つ人を教育の場に来ていただくことは大事なことだというふうに思います。
けれども、各学校に一人あるかないか、それを一つの大きな手がかりにするわけにはいかないというふうに思っております。小中学校の二十三万という学校数に一人ずつと、そういういい人材がいるとは思えない。
大事なのは、今、現に学校にいていただいている教職員の皆さんの力量を高めていく、研修をしていただく、勉強していただくということが大事なので、その条件をつくることが大事だ。
今、学校の教職員の皆さんは、本当にわき目も振らずという感じで仕事をしています。私も孫が二人学校に行っていますけれども、本当に先生は忙しくて、なかなか答案を返してくれない、先生を訪ねていっても職員室にいらっしゃらない、こういう状況になっています。ですから、一生懸命になって授業をすることと、そしてそのための研修、準備をする時間を、ゆとりを教師に持たせることが一番大事なんだろうというふうに思っています。日々、やはり能力を高めていく、あるいは人間的な力を高めていく教職員の環境ということが大事な要素だというふうに思っております。
以上です。
○武山委員 先生のお話はお話でわかりますけれども、そこの意識改革というのは非常に時間のかかることだと思うのですよ。今まで、ほとんどそういうパターンで頭が来たわけですから。それを変えるということは、私の母なんかを見ていましても、学校の先生をずっとしてきた自分の親を見ていましても、変わるなんということはまずないですね。ですから、自分の親さえも変わることはないということですから、それを意識改革するなんといったら物すごいエネルギーだと思うのですよ。
それで、今先生のおっしゃったように、先生方の仕事というのは膨大にあるわけですよ。朝から晩まで物すごい仕事。ですから、そこにやはりすべて、家庭のしつけから生活指導から、ましてや教育の基礎的知識から、あらゆることを先生一人が負担しているという部分も大いに議論をして、ゆとりももちろん大事ですけれども、本当に先生一人の仕事は何なのかという、本当に現場の声というんでしょうかね、それも一々精査しないと。
と同時に、私は、もう今までのワンパターンの発想は、やはり物すごい時間がかかりますので、人心を刷新していくには、そこに新しいフレッシュな意欲のある先生を、新しく全く違った風を入れていくということが大事じゃないかということで、中途採用ということを言ったわけなんですけれども、ぜひそれを。
私は、皆さん、そこにかかわっている方々は学校の先生が多いですね、現実問題としてそうだと思うのですよ。そういう方々の意見が恐らく中心になっているんじゃないかなと思っているんですけれども、私は、全く部外者から見て、国民の一人として見て、それと同時に、あの手この手も入れないと、今までのところを変えていくというのは大変な物すごいエネルギーだと思うのですよ。やはりそこの覚悟が非常に大事だということをちょっとつけ加えておきます。
それから、先ほどの閣法の部分で、いわゆる公立学校における再任用短時間勤務職員をどのように活用するかという質問を先ほどしたんですけれども、なかなかお答えいただけなかったので、時間がもったいなかったので衆法の方に振ったんですけれども、先ほどの中途半端になっている答えをお聞きしたいと思います。
○町村国務大臣 委員御理解をいただけると思いますが、あらかじめ何人ということをここで今申し上げることはできないんです。なぜかというと、それは都道府県の方で、定員の中で一体どういう形で、例えば新規の人を入れるのか短時間再任用を入れるのかと……
○高市委員長 大臣、お待ちください。ちょっと質問を取り違えられているようですので。
武山百合子君。
○武山委員 では、もう一回。
公立学校における再任用短時間勤務職員ということで、町村大臣、退職される先生がいますね、その先生を再雇用するということですね、短時間の勤務で。その活用の中身は何ですかという質問だったんです。
○町村国務大臣 失礼しました。数のことをさっきお問い合わせだったから、数はあらかじめわからないということを申し上げたわけです。
どういう場面でということでございますけれども、例えば、新しい学習指導要領の実施で、総合的な学習の時間を初めとするいろいろな多様な教育活動がこれから展開をされていく、これに対応して、専門分野とか得意分野を異にします幅広い指導スタッフを整備することが求められてくるわけでございます。したがいまして、特定教科を担当する教員の授業時間数が極めて少ない場合に非常勤講師に置きかえていって定数を有効に活用するというようなケースが、一番わかりやすいケースとして、効果的なのではないだろうか、こう思っております。
○武山委員 そうしますと、これから新しく始める、習熟度別ということを想定しているんでしょうか。それだけじゃなく、中学校の場合は教科別になりますね。小学校の場合は、体育、音楽、家庭科など以外は、ほとんど一人の担任が他の教科を全部見ますよね。その中での習熟度別という意味を想定してこの再任用を、すなわち、退職した先生をまた雇用する、その働いてもらうときにどんな活用をするんですかということなんです。国民にわかりやすく説明していただきたいと思います。
○町村国務大臣 あらかじめどこにということを文部省が想定したり決めているわけではございませんので、そこは、まさにそれぞれの学校の事情、地域の事情によって、この分野で退職した方を短時間使いたいということを考えていくということになるわけであります。
○武山委員 そうしますと、現場の校長先生の権限になるかと思うんですね。職員の先生と話し合って、最終的には校長先生の権限で、現場対応で多種多様なことが、あらゆることが考えられて対応できるという解釈でよろしいわけですね。
○町村国務大臣 これは採用でございますから、校長先生がこの人を採用するというわけにはまいらないので、採用権限は都道府県教育委員会になります。
ただ、校長先生のそうした希望、現場の希望というのが市町村教育委員会に行き、そして都道府県教育委員会に行くという形で、当然のことですが、校長先生の意向というのは十二分に反映されるものと考えております。
○武山委員 活用の中身をお話しにならなかったわけですので、それは現場の状況によって何も言えないということで、そうしますと、あらゆるという言葉そのもののあらゆるでよろしいわけですね。
○町村国務大臣 さようでございます。
○武山委員 はい、わかりました。
それでは、ここの部分は、あらゆるという意味は、衆法の方はどうなりますでしょうか。
○藤村議員 閣法と衆法の違い、ここは割に大きいところであります。
我々は、基本的に、いわゆる定数枠を使って非常勤講師を採用することは認めていないし想定していない、ただし、六十歳を超える再任用の部分についてのみ道を今回開いたということで、我々の本旨は、基本的に、やはりきっちりと定数一名で一人の先生ということを想定しておりますので、あらゆるとかどういう場面とかいうことをほとんど想定しないで、それは四十人から三十人にすることでいろいろな場面に学校ごとに対応いただける、こういう期待を持っております。
○武山委員 わかりました。
もうほとんど時間はないんですけれども、最後に、そうしましたら、いわゆる都道府県の権限がほとんどなんですけれども、ここの部分は相変わらず変わらないなと思ったんです。ほとんど都道府県の権限で決めているわけですから、それはもう今までどおりでほとんど変わらないという印象です。言葉では、現場の声を各市町村の教育委員会がきちっと聞いて、そして都道府県に上がって、最終的には都道府県で決めるということですけれども、それで現場の声は確実に上がるとお思いでしょうか、町村文部大臣。
○町村国務大臣 現場の、特に校長先生の役割は非常に重要なものだ、私はこう思っております。それぞれの公立の小学校、中学校、もちろん高等学校もそうでありますけれども、やはり校長先生の学校の経営方針といいましょうか、どういう学校をつくっていくのかということが非常にこれからは問われてくる時代だ、こう思っております。
そのために、例えば市町村の教育委員会から都道府県の教育委員会に人事異動の意見を言う際に校長の意見もあわせて言うことができるようにするというような形で、人事の面での校長の権限をより強化する。あるいは予算面でも、一定の枠であれば校長の独自の判断で、もちろん一定のルールにのっとってでありましょうが、使えるようにするというようなこと。あるいは学習の中身につきましても、もちろん指導要領というものによって立っていただく必要がございますけれども、それでもその中で相当いろいろな学校ごとの工夫が、現在でも行われております。
私も、そう多くではございませんが、幾つかの学校へ行って、明らかに校長先生のその学校経営に対する、あるいは学校教育に対する考え方で随分学校の雰囲気なりあるいは教える中身も変わってくる、やり方も変わってくるということが可能でございますから、そういう意味で、私どもとしては、校長先生のまず立場といいましょうか、学校経営のあり方について最大限サポートしていく、それを市町村教育委員会もサポートし、都道府県教育委員会もサポートし、そして最後の一線として文部科学省もそれをサポートしていく、こういう関係で私どもはこれからも臨んでいきたいし、そういう意味でのできる限りの地方分権というものは、やはり進めていく必要がある。
ただ、それじゃ、市町村ごとで全部決められるだろうかというと、例えば人事の異動などをやる際に、市町村の範囲の中だけでやっていくというわけにはいかないケースもありますから、そこは都道府県で人事は広域的に最適な配置を考えていくというようなことを考えたときに、やはりすべてを学校現場に、あるいはすべてを市町村におろすというわけにはまいらないのだろうな、こうは考えております。
○武山委員 大学関係の件は、町村文部科学大臣と議論したいと思いますので、またこの続きは以後時間をかけてしたいと思います。
ありがとうございました。
――――◇―――――
○高市委員長 石井郁子君。
○石井(郁)委員 日本共産党の石井郁子でございます。私は、きょうは政府案についてお尋ねをいたします。
まず、子供たちの現状でございますけれども、いらつくとかムカつくとか、動き回る多動化現象など、本当に大変な状況が今あります。もう既にいろいろ質問もありましたように、やはり今必要なのは、生活集団としての学級、また学習集団としての学級、そういう学級集団の縮小だというふうに思うのですね。もう既にこの点では大臣がいろいろ御答弁されておりますので、重ねてということになるかと思うのですけれども、私としてはやはりどうしてもそこから伺っておかなくちゃいけないという思いであります。今回の政府案では三十人学級を見送ったということでありますので、なぜ、学級集団の縮小、学級規模の縮小ということに踏み出さなかったのか、子供と学校の現状に照らして、まずその基本的な認識を伺っておきたい。学級集団、学級規模の縮小ではなくて、一部の授業だけにこれを絞ったということについての基本的な考え方ということを最初に伺いたいと思います。
○町村国務大臣 公立小中学校の学級編制につきまして、現在は四十人を上限として編制するということになっているわけでございますが、しかし、実際の学級の規模というのは、二十人以下というところから四十人まで非常にさまざまでございまして、全国平均の一学級あたりの児童生徒数は、先ほど申し上げましたが、小学校で二十七・〇人、中学校では三十二・一人ということで、現実には実は三十人学級という姿がもう生まれているという点を御理解いただければと思います。
考え方としてそれではどうかということでございますが、全国一律に三十人学級を実施することにつきましては、一学級あたりの人数を少なくしても、やはり教員一人が学級を担任するということに変わりがないわけでございますので、先ほど来同じことを申しておりますが、学級王国と言われるそういう問題、先ほどある方が、それはごく一部の現象ではないかというお話がありましたが、私の知り得る限りでは、ある県では、校長先生なり教頭先生なりがそれぞれの学級でどういう授業が行われているかということについての立ち入りを、教師は拒否する権利を持っているというようなところまで、労働組合との間で話し合いができてしまっているというようなことも現実にあるわけでありまして、それは決してごくまれなケースではないということから、私どもは、できるだけ数多くの先生たちが多面的にきめ細やかな指導、評価が行えるような、そういう形で学級編制をしていったらいいのではないだろうか、こう考えているわけでございます。
要するに、教科等の特色に応じてさまざまな人が指導に入るということのメリットというのが一つあります。それからもう一つは、三十人学級とした場合には、三十一人だと、十六人と十五人というクラス編制になってしまいますので、集団の中で人間関係をつくっていったり、切磋琢磨をするという面から考えますと、それはちょっと、十数名というのはいかがなのかなということでございます。さらに、これは全国一律に三十人学級をやるということになりますと、これまた先ほどお話があったとおり、大変な膨大な経費がかかるということで、やはり私どもは財政というものを全く無視して政策は考えられませんので、現在の限られた財源の中でより効果的な手段を選択するという観点もまた必要なんだろう、こう思っております。
このため、今回の改正では、学級編制については四十人を標準にするという制度の基本は変えずに、教科等に応じた二十人程度の少人数による指導を実施するための定数改善でありますとか、あるいは、児童生徒の実態を考慮して、特に必要があると都道府県が判断をする場合において特例的に学級編制の引き下げを行う。低学年でございますとか、あるいはいじめ等々があるようなケース、こんな場合には特例的に学級編制の引き下げを行うことができるようにする、これが今回の制度改正の趣旨でございます。
○石井(郁)委員 学級規模を縮小してほしいという願いというか、そういう意見は本当に国民的な意見、声だというふうに私は考えておりますが、ことしも今、国会に千九百万筆の請願署名が提出されております。これまで文教委員会、今文部科学委員会ですけれども、毎年この請願の採択を、否決ではないけれども保留しなくちゃいけないということで大変つらい思いをしてきたわけですけれども、この請願署名というのは、もう十年以上にわたって、全国的には三千万署名と言われる形で、教職員や父母の皆さん、生徒自身も高校生などが取り組むという形で取り組まれているわけですね。自治体でも、いわゆる三十人学級、学級規模の縮小という意見はもう千六百近い数に上っております。ですから、学級規模を縮小してほしいという意見書、決議というのは相当な形で広がりを見せているわけであります。
一方、こういう運動がありながら、今回の政府案はそれを見送ったということなんですが、では、今大臣が御説明のように、特定の教科で二十人、二十人というのは固定ではないと思いますけれども、いわばそういう少人数授業を実施してほしいというような要望は、そういう国民的なというか、下からの声としては、文部省は何か伺っているのでしょうか。
○町村国務大臣 三十人学級を求めるいろいろな御意見があることは私もよく承知をしております。私もかつて文教委員会の理事をやっておりまして、その請願のことについて皆さん方と御議論したこともございました。
三十人学級を求める地方公共団体の意見について、都道府県段階で明確にこれを実施したいという意見を平成十二年度の時点で表明しているところはほとんどないと承知をしております。また、市町村につきましては、これはちょっと古いので恐縮ですが、平成十年度の段階でございますけれども、約一七%の市町村が実施したいという意向を持っているというふうに承知をいたしております。いろいろな教育関係団体からも御要望も出されていることも承知をしております。
○石井(郁)委員 私の質問の特定の教科で少人数という声は、今の答弁では触れていなかったように思うのですが、地方自治体や、あるいはそのほかの団体から御要望はあったのでしょうかというお尋ねです。
○矢野政府参考人 私ども、この計画を策定するに当たりましては、教育関係団体からヒアリング等を行ってきたわけでございまして、その中で、主に次のような意見が述べられているところでございます。
御案内のように、新しい指導要領で総合的な学習の時間が導入されるわけでございますけれども、そうした総合的な学習の導入等に伴う教科、科目に応じて、少人数指導等の多様な指導方法を実施するための教職員配置を要望するものが多かったということがございますし、これは今の直接的なお答えになりませんけれども、教頭、養護教諭、学校栄養職員、事務職員等の配置の充実等の要望が多かった、こういうことでございます。
今回の計画を策定するに当たりましては、特に教育関係団体からのヒアリングを十分行いまして、それを踏まえてこの計画を策定したものでございます。
○石井(郁)委員 もう少し、どういう団体でどういうところから声が上がっているのかということをお聞きしたかったのですが、これ以上はもう申しません。
それでは、少人数学習か学級規模の縮小かという点で見ますと、これももう既に少し触れられておりますけれども、それぞれ実験的にあるいは調査的にどういう取り組みをされたのか、どういう結果に基づいて今回のような政府案になったのかということをお尋ねしたいと思います、どうも余りにも机上のプランではないかというふうに思われてなりませんので。いかがですか、これは政府参考人に。
○矢野政府参考人 少人数指導についてでございますが、この具体的なあり方につきましては、これはこれまで推進してまいっております第六次改善計画によるチームティーチングを含めまして、習熟度に差がつきやすい科目、例えば小学校の国語、算数、理科、あるいは中学校の英語、数学、理科などの教科について、二十人程度の少人数による指導が行われるものと私ども考えているところでございます。
現在、具体的な方法といたしましては、これまで行われてきました一学級に複数の教員を導入いたしますいわゆるチームティーチング、これも含めまして、例えばでございますけれども、二学級を三つのグループ、三学級を五つのグループに展開し少人数指導を行うなど、さまざまなパターンが考えられるところでございます。これも、この計画を策定するプロセスにおきまして、各自治体等からのヒアリングなどを踏まえまして、恐らくこういう形で展開されるのではないかというふうに私どもは考えているところでございます。
○石井(郁)委員 少人数学習にするのか、学級規模の縮小にするのかということがやはり今問われるわけですから、どちらにするかということをちゃんと研究の結果として政府案は出されているのか、何か研究されたのかということを伺っているんですよ。されていないわけでしょう。ですから、答えられないというふうにちょっと思います。
次に進みますけれども、これまで、定数改善でいいますと第五次計画から第七次計画の間、ずっと四十人学級が続いてきたわけですよ。新たな計画でも四十人学級のままだということになりますね。そうしますと、四十人学級が実施されてから二十年で、四十人学級が完成してから十年間です。だから、この間、学級規模の縮小について、あるいは授業集団のあり方について、やはり研究されてしかるべきだったと思うんですね。研究指定校なども文部科学省は持っておられるわけですし、研究しようと思えばいろいろなやり方があるわけですから、そういう学級規模のあり方についての文部科学省としての研究調査というのは何があったのか。していなかったということになると、これは怠慢だと言わざるを得ませんし、これは私から申しますと、やはり文部科学省としては学級規模の縮小に取り組みたくない、そういう姿勢のあらわれではないかとまで言わざるを得ないわけですが、いかがですか。
○矢野政府参考人 午前中の御質問でも学級規模と教育効果の関係についてのどのような研究があるかという御質問がございました。
そこで、一方において、学級の規模と教育効果の間に大変有意性があるという研究もあるし、他方、その辺の有意性については必ずしもそうでないといったような研究があるということを御紹介申し上げましたが、私どもも、そこで申し上げましたように、特に第六次の定数改善計画におきまして新たにチームティーチングを導入したわけでございまして、その成果を、平成九年度、十年度、私どもの直轄の研究所でございます国立研究所において、その辺の研究を行ったわけでございます。
その研究の成果を申し上げますと、学力テスト等の結果、一人の教師による学級一斉授業よりも成績向上に効果があること、しかも学級の枠を超えて、例えば二クラスを三グループに分けて授業を行う学年チームティーチングの方が効果がある、そういった研究成果も報告されているところでございます。
なお、国立教育研究所におきましては、現在、これは平成十一年度から十二年度にかけてでございますけれども、学級編制及び教職員配置等に関する調査研究を行っている最中でございますけれども、その中間的な取りまとめにおきましても、先ほど申し上げましたのと同様の点が指摘されているところでございます。
○石井(郁)委員 国立教育研究所が調査中だ、その一定のデータも出されているということは私も承知しておりますけれども、やはり四十人学級が完成してから十年たっている、これからどうするかということが今問われているときに、やはり学級規模の、このままでいいのか、縮小するのかということについて、きちんとした科学的な根拠を持とうとしないという点は大変重大だというふうに思うのです。
もう何度も言われますように、世界の流れは少人数学級でしょう。この点では、九九年十一月のクラスサイズについての報告書によるアメリカの大統領コメントというのが有名ですけれども、やはりクラスサイズの縮小が効果があることは証明されている。百七十万人の生徒がクラスサイズ縮小政策の恩恵を直接受けているというふうに述べて、アメリカのテネシー州では、スタープロジェクト計画が出され、取り組まれて、実際十年にわたってずっと研究追跡された。十五人のクラスと二十五人のクラスと補助教員がついた二十五人のクラスの三つに分けて、国語、算数の教育効果について調査をしている。
だから、そういう姿勢のことを私は今尋ねているんです。この調査の結果で、やはり十五人のクラスでは学力は上がる、やはり少人数の学級集団の方が学習効果が上がるということで、特定の地域では十五人学級にしているということでしょう。だから、日本の場合は、本当に文部科学省としてそういう姿勢が見られないということを大変問題だというふうに私は思うのです。
この点で、民間レベルではいろいろもう取り組んでおります。九九年には、日本教育学会が取り組んだ報告書で、学級規模の標準はやはり二十人程度とすべきだという報告書もまとめているわけです。
重ねて伺いますが、大臣にこれはぜひ伺います。なぜ学級規模の縮小ということに向かわないのかという問題です。先ほど述べられましたけれども、今後のことも含めて伺っておきたいと思います。
○町村国務大臣 これも先ほど午前中のこの委員会での御議論の中にもございましたけれども、私どもはとにかく、今回の新しい定数改善でTTを中心としてきめ細やかな指導ができるように、少人数を、英語とか数学とかそういう分野でできるようにしようということで考えているわけでございます。
これで、五年間ということが一つの計画によって進行するわけでございますけれども、そのある途中のところで、この五年の計画で本当にどれだけの効果が上がったか、あるいは、この直前でやってきたのはやはりTTをやってきておりますから、そうしたこともきちんと調べるべきではないかというような委員の御指摘もありましたし、私どももそう考えておりますので、その辺はまたしっかりとした調査をやっていこう、こうは思っております。
そうしただんだん進化していく積み重ねの中で、何も私ども、未来永劫三十人をやりませんと断言しているわけでもございませんから、とりあえずは私どもの今回の考え方で進めさせていただければ、途中で必ず検証してみたい、こう思っているわけであります。
○石井(郁)委員 これまで文部省の側から、少人数にしても学習効果が上がるかどうかというのは明確でないというようなことをたびたびおっしゃっておられました。しかし、今回特定の教科だけでも少人数授業というふうに一応踏み切ったという点でいうと、やはり少人数の教育効果を認めたということになりませんか。私はそういうふうに理解するわけですが、この点ではいかがでしょうか。
○矢野政府参考人 今回の改善計画におきましては、学級規模を一律に引き下げるのでなくて、教科等に応じた少人数指導を行うことにより、私どもとしては以下申し上げるような効果が期待できるものと考えているところでございます。
一つは、いわゆる学級王国と言われるような閉鎖的な状況を打破し、教員の連携協力を推進することができるということ。さらには、固定的な学級にとらわれずに、個々の児童生徒に複数の、多数の教員がかかわることによりまして、きめ細かな指導を行って、一人一人の児童生徒の個性をはぐくんでいくことができること。また、きめ細かな指導を通じて児童生徒に基礎、基本を定着させて基礎学力の向上を図ることなど、そういった効果が期待できるものと考えているところでございます。
○石井(郁)委員 端的に一言で御答弁いただきたかったのですけれども、要するに、やはり少人数授業にすると教育の効果は上がるということですよね。それをはっきり答弁していただきたいと思います。
○矢野政府参考人 教科の特性に応じた少人数指導というのは、私ども、教育効果という意味で大変高いものというふうに考えているところでございます。
○石井(郁)委員 少し慎重に考えなきゃいけないんですけれども、文部省の方は少人数指導というふうに言って、そこに教師を配置するという形態だけを考えているというところがあるわけです。私は、そういう少人数指導というところにすりかえることは許されないというふうに思うのです。要するに、クラスを小さくする、クラスサイズを小さくするということがやはり教育に効果があるということだと思うのです。だから、事実上そういうことにもう向かっているというふうに考えなければならないと思うのです。
さて、問題は、今矢野局長からのお話がありましたが、今度閣法でやろうとしている少人数授業とか少人数指導というものがどういうものになっていくのかということなんです。これは、現場の方からすると大変な関心事になるわけですよ。子供たちにも、親たちにもそうです。
それでは、少し具体的に伺っていきたいと思うのですが、少人数授業にするときに、どういうクラス分け、どういうグループ分けをするのか。今はつまり四十人でしょう。それを二十、二十にするのか。大体二十人、二十人と言われているんですが、四十人というのは一律ではありませんから、学年で分けるといろいろですよね。例えば、三十人という今の実態があって、二クラスあれば六十人だ、学年でいうとそれを三つのグループに分けるというような話にもなるわけです。
だから、グループ分けとかクラス分けというのはどうもいろいろなことが考えられるというふうに伺っているんですね。この点でも、実際どういうことが起こり得るのか、現場はどうなっているのかということが十分研究された上での計画なのかということが大変心もとないわけです。
これは、少し具体的に大臣にもお尋ねしたいんですけれども、例えば、小学校一年生が入ります。あるいは、小学校低学年と考えてもいいです。本当にまだ学校に来たばかりでしょう。その一年生で、国語の場合にはこの集団に入りますよと、クラスが分かれるわけですね。国語の授業ではあなたはこっちの集団です、算数の授業ではこっちの集団ですというようなことになっていくのかどうか。もしそうなったら、小学校一年生なんて大混乱が起こりますよ。まず自分の属するクラスがどこかさえなかなか確定できないという年齢段階だと思うのです。
そういう点でいうと、何か本当に混乱するんじゃないかということが一つあるわけですが、その辺はどのようにお考えになっていらっしゃるんでしょうか。
〔委員長退席、鈴木(恒)委員長代理着席〕
○矢野政府参考人 少人数指導の実際の方法についてのお尋ねでございますけれども、私どもが少人数授業、少人数指導を計画として盛り込んでおる考え方は、先ほど来申し上げておりますように、例えば、小学校では算数、国語、理科、中学校では数学、英語、理科の三教科について少人数指導が可能となるような積算をして定数改善計画に盛り込んでいるところでございます。
実際の少人数指導の具体的な展開に当たりましては、あくまでもこれは積算でございますので、その積算にこだわる必要はないわけでございまして、どういう教科をどういう形のグループとして展開するかというのは、これは基本的には各公共団体、各自治体がそれぞれの地域の子供の実態等を踏まえて、主体的に御判断されるべき事柄でございます。
○石井(郁)委員 これは、実際に昨年末、京都で一方的に少人数授業というのが施行されたんですね。そうしますと、今度はこういう結果がいろいろ言われているわけです。
学級を無理にグループ分けしますと、今不登校ぎみの子供とか大変問題を持っている子供たちを抱えていますから、そういう生活上の課題がやはりおろそかになっていく。それから、授業の進度を合わせることなどに追われまして、授業の工夫ということに限界を感じる。評価というのも大変難しい、学年全体でつき合わせなきゃいけない。担任の仕事がふえる。進度を合わせるために出張も休暇もとれない。だから、先生方は、言ってみれば、楽になるといったらおかしいのですけれども、つまり授業のために準備ができる時間というのが先生にとったら一番大事なわけでしょう、それがかえってとられてしまうという問題が出ているわけですね。
だから、既にあちこちでもうこういう実施状況があるのじゃないか、そういう状況は文部科学省として把握されているんでしょうか。
○矢野政府参考人 この少人数指導というのは、現行の第六次改善計画の中のチームティーチングにおいてもできる授業形態でございますので、少人数指導の実態等についても、トータルな把握ではございませんけれども、私どもなりの把握はしているところでございます。
これは、今先生がおっしゃったような、一人の先生が学級王国という形で単独で授業をするわけではございません。ある教科を教えるについて、複数の先生の共同の、例えば事前の準備でございますとか、あるいは事後の検討であるとか、共同での授業計画なり授業指導を行わなきゃならない、そういうことがございます。協力連携ということが必要になります。さらには、それを学校全体として実施するためには、まさに学校全体としての一致協力の体制ということも必要になるわけでございます。一人の先生が単独で授業をするのに比べますれば、そういう意味での負担は一人の先生について出てくるわけでございますが、そういう負担を通じて、私どもは、先生方の協力連携、そして学校全体の一致協力といったものを通じて、より教育指導の高い効果が期待できるというふうに思っておるところでございます。
○石井(郁)委員 ずっと問題にしていますように、やはり生活集団と学習集団の乖離ということが現場の大変大きな問題で、指導上の系統性がとれない、図れないということで問題が生まれているわけであります。ある子にとっては、国語はよくわかるけれども算数はよくわからないということもあるでしょうし、そういう子供をどのようにグループ分けするのかというのは、現場からすると本当に大きな問題だ。最初に申しましたように、一学年三クラス、それを六つのグループに分けるという場合もある。それがまたもとの学級に戻ってくる。そして先生は、一人一人の授業をつかんで指導するということが大変難しいというようなことが起こるわけですね。
もう少し具体例を申しますけれども、六年生の場合は矛盾がもっと拡大するというふうに聞いています。子供たちに書かせたら、こういうグループ分けというのは三分の二が反対だというふうに言っているというのです。やめてほしいと言っている。
この学校の六年生は、三クラスを四つに分けて国語、算数、理科の授業を行っているが、やはり三教科とも学習集団が違う。他のクラスとの混合授業で、子供たちが、移動で混乱をする、学習中も落ちつかないということが出てくる。また、子供の名前がわからないということで三角柱を持って移動する、こういうことまで起きてしまうわけですね。そうすると、手を挙げる子供も減って、しいんとした授業になる。算数の新しい単元を少人数で行って市販テストを行ったが、惨たんたる結果だ。
だから、やはり生活集団と学習集団を切り離して、この授業だけを少人数にしたよ、それでこれをやろうというやり方をしても、子供たちはついていっていないじゃないかということです。新たな混乱が今学校現場で生まれているというふうに言わなければならないわけです。
大臣、こういう実態をお聞きになっていかがでしょうか。
○町村国務大臣 申しわけありませんが、今石井委員が言ったことが教育現場のすべてではないと私は思っております。
私も、国会が始まる前に、十二月、一月、幾つかの学校を見てまいりました。そして、むしろ学年で一つの集団をつくってやっているケースとか、あるいは先ほど来お話しのように、二つのクラスを三つに分けてやっているケースとか、いろいろなケースを見ながら、まあ私が行ったからとてもうまくいっているところだけを見せていただいたのかもしれませんけれども、私は、それはそれでなかなかうまくやっているなというふうに思ったところもしばしばございました。
そして、どういうふうに分けるのか。いろいろな分け方があるだろう。とにかく少ない方が場合によったらゆっくり教えられるというケースもあるかもしれないし、場合によっては、小学校一、二年のときは多分もともと二十人ぐらいがいいのだろうなとは思いますけれども、例えば小学校の高学年あるいは中学校ぐらいになってくると、まして高校はそうでしょうけれども、やはり理解の程度に相当差がある。それを一つの学級の中で授業を進めることの方が、むしろある意味では無理だ。
先生は、多分真ん中ら辺よりちょっと上あたりに照準を合わせて授業をいたします。そうすると、上の方の何人かは、もうこんなところはとっくの昔にわかっているといって授業に身が入らない、下の三分の一ぐらいの方はとてもついていけないというような事態が現実にあるわけですね。それで、わからない、わからないでどんどん行くと、上の学校に行くほどますますわからなくなる。
今までの学校の中では、そういった習熟度別のクラス編成は差別だという一言で切り捨てられてきたと私は思うのです。そうではなくて、その子供に合った、その理解の度合いに合った形で、一番わかりやすい、しっかりと一歩一歩進める、例えばそういう学習集団をつくった方が、私は、その子供に合った教育ができていいと思うのです。ゆっくりやった方が着実にわかるという子供だっているわけですから。そういう意味で、私は、習熟度別が唯一の少人数の基準だと言っているわけではございません。一つの基準かな、一つのやり方かな、こう思いますけれども。
例えば、習熟度別ということについて、今まではとにかく平等ということで、先ほど私がちょっと教育改革の理念で申し上げました、一つの学級集団で、四十人なら四十人の中で一斉に授業をやらなければならない、これはまさに悪平等の最たるものになるおそれがあるので、そこは子供の理解度に応じた形の学習集団をつくった方が、はるかにその子供にとって幸せな集団づくりになるのではないのかな、こう私は考えているわけであります。
○石井(郁)委員 本当に確かに現場は多様ですから、少人数学習でもそれはいろいろな取り組み方があるでしょう。ただ、今出ていますように、子供も親も少人数でよかったと言っているけれども、教師からすると大変だという実態は否めない。
つまり、父母からすると、あそこは進んでいるのにあのグループは進んでいない、親はこういう目で見るわけでしょう。そういうことが父母の話題になる。そうすると、進度を合わせよう、こういうふうに働くわけですよ。これでは、大臣はおっしゃいますけれども、逆に、きめ細かい指導ではなくて画一的になってしまうのですよ。親は、あのグループとこのグループはどうしてこう違うのかと。違ったら困るというのは、親の方ではないですか。そういう意味で、画一的になるのですよ。進度に合わせようということで逆に詰め込みにもなるということが起こっているということを、私は実態としてまず申し上げます。
ですから、今大事なことは、どういうグループ分けをするのか、この少人数指導や少人数学習というものも、そこにどういう教員の加配をするのか、それをどう生かすかということについては、もう学校現場の判断で進める以外にないということだと思うのです。地域も違うし、それぞれの子供たちの実態も違うしということでしょう。
だから、このことについて、文部科学省はやはりきっぱりとそういうことを言明してほしい。それから、教育委員会の判断ですることだというふうによく言われますけれども、教育委員会の判断で、やはり教育委員会がグループ分けやクラス分けをこうしろああしろと言ってくることもあるわけですから、そういうこともやらない、やってはならないのだというぐらいのきちんとした態度を表明してほしい。いかがですか。
○町村国務大臣 それは、石井委員御指摘のとおり、学校の現場を知っているのは各学校でしょうから、その各学校の意向をきっちりと教育委員会に伝え、そしてそれを教育委員会が判断をして決めるということで、学校の意向を全く無視した形で教育委員会が、こうしなさい、ああしなさいと言うことは、それは余り適切な話ではないなと思います。
ただ、私は別に、その習熟度別が唯一だとは申しませんが、さっきおっしゃった、親が、自分の子供がAというクラスなのかBというクラスなのかと。確かにそうでしょう、今までそうでしたから。しかし、もうそういうのをやめましょうと。自分の子供がどういうクラスにいるかとか、常に他人との比較において生きていく、そういう日本人の生き方を変えるきっかけを、私は学校の現場からつくっていきたいのです。
常に隣の芝生の色ばかり見て、自分はもしかしてこっちのクラス分けなのではないか、こっちのクラス分けなのではないかという形で、もうそういうのはだめだというふうになる。そうすると、今までの悪平等にまた戻ってしまうわけですね。そんな悪平等をやっていたらば、伸びる子供も伸びない、二十一世紀の日本に必要な人材は私は育たないと思うのです。
でありますから、私は別に習熟度別が唯一の基準ではないと申し上げましたし、実際、各学校の工夫、努力にゆだねる部分が大きいわけでございますけれども、これは例示でございます、例えば習熟度別学習というのが不公平だというような従来の感覚は、もうぜひ学校現場から、それは親御さんも含めて、あるいは生徒本人も含めて、そういう古い観念は捨て去ってもらうようにお互いに心がけていかなければならないのではないかなと思うので、あえて申し上げさせていただきます。
○石井(郁)委員 この点に関しましては、町村文部科学大臣と大論戦をしなければいけないという課題で、いよいよそこら辺に入ってきたなという思いもしているのです。
やはり現場からしますと、習熟度別学習に名をかりて能力的に子供を分ける、こういうグループ分けというのはもう大混乱を起こすだろうと。後で申し上げますけれども、過去にもあったのです。そして、それはもうやめてしまっているということもあるわけで、そういう声はたくさんございます。今大臣は、そういう習熟度別はおかしいというのは古い考えだというふうに言われましたけれども、私は、その考えはやはり子供の立場に立っていないと思うのです。
例えば、私は何でこのグループなんだ、あなたは勉強ができるからこのグループだよ、あなたはこの能力だからこっちのグループだよ。子供からしたら、そうなってしまうわけですよ。私は、こういうことは子供に絶対やってはいけないと思っているのです。
つまり、子供というのは差別されることに物すごく敏感ですよ。本当に差別を嫌います。そしてまた、子供というのは可能性があるわけでしょう。教育というのは、まさにそのプロセスでしょう。一人一人の人間の成長と発達を保障していくというのが教育の仕事ではないですか。初めから自分はもう捨てられた人間なんだというレッテルを張られるというのが習熟度別学級、学習なんですよ。そういうことは教育の名において絶対にしてはいけない、これは私の教育論です。だから、それはもう文部大臣と全く違うところなのです。
少人数授業を文部科学大臣は習熟度別にするというのも一つだというふうにおっしゃったけれども、いろいろな到達度別に、本当におくれた子の手だてをするという意味での、そういう理解度に応じた指導ということはあり得ると私たちも思っていますけれども、やはり固定化したグループ編成にするべきではないと思うのです。
この点で、私は文部科学省に伺います。今回の少人数指導とか少人数授業というのは、そういう習熟度別の名による能力主義的な学級編制に固定化するという考えはあるのかないのか、はっきりおっしゃっていただきたいと思います。
○矢野政府参考人 実際に少人数指導を行う際に、どのような教科や学年を対象として行うか、また、習熟度別のグループを編成するかどうかについては、最終的には各教育委員会あるいは学校の判断でございますけれども、先ほど来御議論ございます習熟度別の指導につきましては、現在学習指導要領に示す、基礎的、基本的な内容の確実な定着を図り、そして個性を生かす教育を充実するためには、学習内容の習熟度の程度などに応じ、個に応じた指導を推進することが極めて大切であるわけでございます。このため、文部科学省といたしましては、少人数授業の実施に当たりましては、教科等の特性を踏まえながら、習熟度の程度に応じた指導を初めとした、個に応じた指導の充実に努めてまいりたいと考えているところでございます。
○石井(郁)委員 いや、もう少しはっきり言っていただきたいのですよ。その個に応じた指導とか、それから、ちゃんと基礎、基本の定着のためにとか、それはもういろいろな手だてが必要なことは言うまでもありません。要するに、この少人数分けということを能力主義的に固定化するような学級編制につなげさせていくことは考えていないということをはっきりおっしゃっていただかなくては困ります。お答えは、文部科学省で結構です。
○矢野政府参考人 大変僣越でございますが、私から。
先ほど来申し上げましたように、最終的にこれをどういう形でやるかというのは各教育委員会の判断でございますということは申し上げてございます。
ただ、私どもとしては、こうした少人数授業を行うについては、先ほど来申し上げておりますように、教科等の特性を踏まえながら、習熟度別授業を初めとした、個に応じた授業の指導の充実に努めてまいりたいし、またそういう形で各県を指導してまいりたいと考えているところでございます。
○石井(郁)委員 またちょっと前の答弁と違うのです。教育委員会の判断もそうですけれども、私たちがはっきりさせたいのは、やはり学校の判断というのが大変大事ですよ。教育委員会は学校の現場を知っているという前提に立っているかもしれませんけれども、必ずしもそうではありませんので、やはり学校の判断を第一義的に考えるという点は、先ほどそういうふうに答弁をされたというふうに思っていますけれども、重ねて伺っておきたいと思います。
○矢野政府参考人 私が最終的には各教育委員会や学校の判断であると申し上げましたのは、それは、こういう学習指導のあり方について、教育委員会と学校との関係が各自治体においてさまざまであるわけでございます。基本的には、これは学校の管理運営の責任者である教育委員会であるわけでございますが、自治体によっては、これは教育委員会から各学校に権限委譲されているケースもあるわけでございますので、そういう意味で最終的には教育委員会やあるいは学校の判断であると申し上げたわけでございまして、制度論で申し上げますなら、これは基本的には教育委員会の判断でございます。
○石井(郁)委員 私がなぜ習熟度別学習ということにこだわるかということについてですが、これまで文部省はそういうことを随分やってきましたね。一九八二年ですけれども、進路指導別学級編成という名前で習熟度別学級編成が行われたことがあるのです。父母に対しては、まさに今のあなたの答弁のように、一人一人の子供を伸ばすとか個々の子供の実態に照らして必要な指導を実現するんだとかというふうに、いろいろ校長先生から説明されるわけですね。そういう言葉どおりだとそれはなかなか反対はしにくいわけで、むしろ父母の方は拍手で歓迎をするということまで生まれたわけですね。期待を持って受けとめたということがあります。
しかし、この習熟度別学級編成がどうなったかという問題なんです。この学校では、生徒を前年度の成績の上位の者から、ランク五からランク一に分けて教室の座席を決めた。そして、一番窓側はランク一と二の生徒、中側はランク三の生徒、廊下側がランク四と五の生徒で、宿題も教材も別々のものを与えて指導するわけですね。
どうでしょう。こういうことを実施していきますと、窓際の席はばか席と呼ぶ生徒が出てくるわけです。その席に座った子供は、もう恥ずかしさに耐えられない。泣き出してしまう。当然学校になんか行きたくないでしょう。授業参観のあったときに、学級懇談会で親は子供たちと同じ席に座るということまである。だから、ランク一とか二の父母がもう耐えられなくなって帰ってしまう。
本当にこういうことがあるのかと思われるでしょう。今、進学塾などはある意味ではこういうことがあるのです。公教育でこういうことにまでなったら、私は本当に恐ろしい事態だというふうに思います。PTAでも問題となって、二カ月で取りやめになったということですね。
大臣、改めて、これは文部科学省もそうですけれども、あなた方がどうも歯切れよい答弁をされないので、私がこういうことまで言わなくてはならないのですけれども、こういう、塾と同じようなことを公教育の場に持ち込むというようなことがあっていいのでしょうか。習熟度別、習熟度別という名で、こうした能力主義的な学級編制の固定化ということが行われていいのでしょうかということを、一九八二年のことで私は申しました。今現実に、そういうことがまだ日本のどこかにあるかもしれない。こういうことの復活みたいなことを考えているのでしょうか。ちょっとはっきりさせていただきたいと思います。
〔鈴木(恒)委員長代理退席、委員長着席〕
○町村国務大臣 一つの私のささやかな個人的な経験をお話しさせていただきます。
今から二十年ぐらい前に、私はニューヨークの郊外で勤務をしておりまして、うちの娘たちは二人とも、普通の公立の小学校二年、三年に通っておりました。二年、三年から三年、四年に上がるときに、そのクラスの子供が二人、二十数名のうち二人がもう一回二年生をやることになったと娘が言うのですね。小学校二年ですから、大変びっくりしました。
それはどういうことかなと思って、保護者の会みたいな学校参観日のときに、学校の先生に、随分勇気あることをなさいますね、日本でそんなことをやったらきっと先生はつるし上げられてしまって大変なことになりますよという話をしたら、大変びっくりした顔をされまして、それはあなた、違う、その子供にとって最もよい学習形態は何かということを考えたときに、その二人の子供の場合は、もう一度二年生をやることがその子にとって一番幸せなんだ。だんだんたっていくうちに、小学校三年から五年にまた上がる子もいる。これはクラス編制というよりは、今私は飛び級とか留年という話をしておりますけれども、要は、そこまで一遍に行かないまでも、その子供にとって一番いい教育というのは一体何なんだろうかということをやはり虚心坦懐に考える必要があるのだろうと私は思うのであります。
だから、見えであるとかそういうことではなくて、その子供にとって何がいいのだろうか。わかったような顔をしてどんどんクラスが進んでいく、そのことが本当に、例えば理解が遅い子供にとって幸せなんでしょうか。私は、決して幸せだとは思わない。しかも、ちゃんと理解が進めばまた別のクラス編制だってあるだろうし、常にそのクラス編制が固定化されているわけでもないでしょう。英語は英語のクラス分けというのがあるかもしれない。逆に、体育の時間のクラス分けというのはちょっとないかもしれませんが、やはり体育の時間では足の速い子が光り輝くというようなことだってあるでしょう。音楽の場合もまたしかり。英語の場合に輝く子もあれば、数学の時間に輝く子もある。さまざまだと思うのですよ。
そういう意味で、私は、その子供にとって最も光り輝けるような時間が学校の中にあった方がいいし、そして、その子供に最も合った形での学習グループというものが学校にあった方がむしろいいのではなかろうかな、こう心底考えているわけであります。
○石井(郁)委員 大臣のそのお話はいろいろなところでお書きになっていらっしゃって、私もよく存じておりますけれども、今話されたことで言うと、その子供に何が合っているのか。本当にその子供に合ったことが大事だというのは、だれも否定しません。問題はどういう形で、あるいは制度的な仕組みを含めてそれができるのかということなんでしょう。
今のお話を伺いますと、一人一人の子供に合ったことを実現するためにも、学級規模の縮小が大事なんですよ。そういうふうにも言えるでしょう。私たちはそう考えているわけです。
ただ、今の例としては、進度の遅い子には、いや、落第ということだってあり得ますよというアメリカの例を出されましたけれども、それは一つのやり方の問題としてはあるかもしれませんけれども、今その子供に合ったことをということからいえば、学級規模の縮小ということが本当に今大事だということなんですね。
今問題になっているのは、閣法で出されているのは、要するに少人数のグループ分けをする、しかもこれは、大体二つに分けてあったり三通りに分けたりするという中の分け方の問題を言っているのですね、これを固定化してしまおうと。能力別に固定化をしてしまうということは、今の子供たちの実態からしても本当に合っているのか。まさに合っているのかという問題を私は申し上げているのですよ。
私は、こういう小学校教育で今思い浮かぶことがあるのです。子供はエジソンの話が大好きですね。夢があるのです。あのエジソンは小学校で、あなたはもう合いません、ついていけませんと言われて、能力がないと言われて、学校からほうり出されました。しかし、発明王になったわけでしょう。子供たちが何でエジソンに共鳴するかというと、やはりそういうところがあると思うのです。
本当に能力というのは、簡単に小学校、中学校でも振り分けできないというのがあるでしょう。だから、教育はまさに多様であっていいし、本当にそれぞれの現場の実情で、あるいは子供たちの思いも含めて、親の思いも含めていろいろなことが考えられていい。問題は、そういう学校の判断、子供の声も教師の声も親の声も含めて、やはりそういう判断をグループ分けに際してちゃんと保証するのかどうか、重視するのかどうか。
私は、こんなことを聞くのも本当に情けないと思うのです。もう当たり前の話なんだと思うのです。しかし、文部省も教育委員会も、足かせというか枠をはめるものですから、あえて申し上げているわけですよ。教育委員会や文部省が、ああせよ、こうせよというふうに言わない、教員の加配、少人数の指導、学級づくり、編制については現場の判断をまず重視するでいいと思いますけれども、本当に現場の判断を尊重するということをきちっと言っていただきたい。
○町村国務大臣 現場の声を大切にするということは、これはもう当然のことだろうと私も思っております。
ただ、ちょっとこだわるようで、石井委員、大変恐縮でございますが、能力別に固定化するとさっきからおっしゃる。何も、能力別に固定化して、あなたはもう未来永劫劣等生グループですよ、そんなことを言っているわけでは全然ないんですね。その子供が、たまたま今例えば数学の理解が人よりも遅いという場合に、小さいクラスでインテンシブにそこを学べばまた別のクラスに変わってというようなことをやっていけばいいのでありますし、それから、早いばかりがいいわけでもありません。エジソンはきっと遠回りをして一番高いところに行ったんでしょう。そういうことはすばらしいことだと僕も思います。
ただ、その子にとって、置き去りにされて、クラスはどんどん進んでいく、よしんば三十人のクラスでも、多分先生は真ん中ら辺、十五番から十番あたりのところに照準を置いていくと、数学なら数学の下から二十五番から三十番ぐらいの子供はやはりついていけなくて非常に困惑をする、学校が嫌いになる、そういう事態だって起きないとは限らないわけですね。むしろそのおそれが大きいわけで、そんなことをするならば、三十人学級でそうした学校嫌いが解消するかと言われれば、やはりそこには無理があるわけですよ。
私は、いろいろな教科によってクラス分けがどんどん変わっていいと思いますし、時間とともに変わったっていいと思いますし、どうして固定化ということを盛んに言われるのか私にはよくわからないわけでありまして、その子供の理解の度合い、進みぐあいに応じたいろいろな学習グループがあっていいということだけを言っているわけであります。
○石井(郁)委員 ちょっと重ねてというか、しつこく尋ねているわけですけれども、やはりこの問題は、少人数の授業、少人数の指導に当たって教員を加配するという問題になっているわけでしょう。それをあなた方は、教育委員会がそれはお決めになることですというふうに言われますから、そのときに、こういうところは認めるけれどもこっちは認めない、そういう権限を持っているんですよ。そうでしょう。その意味で、本当に、二十人の授業、現場が苦労していろいろな工夫をして、あるいは子供の実情に応じていろいろな分け方をしたいと言うのは現場ですから、そういう各学校の判断にやはりゆだねる、当然だと思うのですけれども、そのことをなぜはっきり言えないんですか、それを私は尋ねているわけです。
○町村国務大臣 学校現場、校長先生の意見が教育委員会において尊重されるということは、私は当たり前だと思います。ただ、すべて校長先生にゆだねるということは、それは現実の、トータルの予算の制約、定員の制約があるんですから、各学校がそれぞれ、私の学校は何十人要ります、何十人要りますと言ったら、それは全体が成り立たなくなりますよね。そういう意味で、どこかでその調整をしなければならないのが、それが教育委員会の機能なんじゃないんでしょうかということですから、すべてを学校にゆだねるということは、それは幾ら何でも無理なんじゃないでしょうか。ただ、学校現場の意見を尊重する、それはまた当然のことだろうと思います。
○石井(郁)委員 大変これで時間をとってしまいましたけれども、私はやはり、事は、子供と向き合っている、どんな教育をしたいかという教育観にもかかわることでありますし、子供観にもかかわることでありますし、すべて教職員の皆さんは、子供たちの成長発達、そのために何がいいのか、本当にそこから出発しているわけですから、そういう現場の皆さんの教育を本当に励ます、本当にやりやすいようにするというのが教育行政の仕事だというふうに思いますから、そういう点で、あれをしちゃだめだ、これをしちゃだめだ、こうしろというような足かせはやはりやめていただきたい、すべきじゃないということを強く申し上げているわけです。
残りの時間で、先ほど来も問題になっていますが、非常勤講師の問題ですね。これは、常勤の教職員定数を取り崩して非常勤講師を置くということは、やはり教職員の身分や労働条件が不安定になるということで、子供と教職員の触れ合いを希薄にもしますし、私たちは認めるわけにいかない問題であります。
非常勤講師は、常勤講師一人分で三、四人雇えるという可能性があるわけです。既に行われている群馬県のさくらプランというのがあるんだそうです。九九年度は一講師当たり一日四時間で年間百四十日、時給が二千四百四十円で年収は百四十万円、二〇〇〇年度は労働条件は倍になっているのに一日一万円で通勤手当もないということで、非常勤講師の目の前で、きょうもさくらを貸してほしい、さくらの講師の先生を貸してほしいと言うという、何か物扱いになっている。子供たちもそういうことはやはり察知をしますから、高学年の生徒などは、先生、バイトでしょうというふうに言ってしまう。だから、子供を育てる教育現場で、本当に人間と人間の触れ合いというんじゃなくて、何か安上がりの、物を見るような思想で教育が行われているということは、私は大変問題ではないかと思うのです。
だから、もう既にこういうことが起こっている、これがさらに促進されるような事態というのは私は本当にいかがかというふうに思うのですが、そういう認識はございますでしょうか。
○矢野政府参考人 非常勤講師を活用することでございますけれども、今回、定数を活用して非常勤を採用することができるようにしたいという趣旨は、これは具体的には、例えば総合的な学習の時間等において、定数の教員だけではなくて多彩な、多様な人材を必要とするようなケースもこれから多々出てまいるわけでございますし、あるいは非常に少ない持ち時間の教員がいるといったようなこともあるわけでございます。そういう実態も踏まえて、定数を配置するよりもむしろ非常勤を活用した方がより効果的な教育活動ができる、そういうことがあるわけでございますので、そういう場合に、今までできませんでしたけれども、定数を活用して非常勤講師を任用できるような、そういう制度として今回新たに設けたわけでございます。
そして、定数を崩して非常勤講師をどの程度活用するかというのは、これは各都道府県がそれぞれの県の実情や実態を踏まえて適切に判断をしていただくべき事柄でございます。
○石井(郁)委員 こういう非常勤講師を定数内に取り込めば、やはり正規の教職員が減るわけでしょう。四時間やって帰ってしまって相談もできない、複数の指導者で仕事をするのであれば、指導方針、子供の見方などについて対等な立場でいろいろ話し合い、意思疎通を図ることもできるということがあります。そういう必要があるのに、そういう非常勤は、さくらの講師と言うそうですけれども、ささいなことでも自分で判断することができないというような嘆きさえ聞こえてくるということがあります。
また、非常勤という立場からすると、思ったことを口にするのも難しいということがある。上から言われたこと、決まったことに従うだけだということにもなってくる。だから、やはり教職員集団としての教育論議ということが大変やりにくいという新たな困難が生まれていると言われているわけですね。
私どもは、やはり非常勤講師はやむを得ない場合のみにして、定数外にするというふうにすべきだということを申し上げたいと思いますが、それはいかがですか。
○矢野政府参考人 繰り返しになるわけでございますけれども、先ほど来申し上げましたように、定数を採用するよりも非常勤講師を活用する、非常勤講師を採用した方がより効果的、有効な教育活動ができる、そういう場合もあるわけでございますので、そういうことができるような道を今回制度改正として行ったものでございますので、この点、御理解をいただきたいと思います。
○石井(郁)委員 政府は提案者ですから、やはりいいこともあるというふうに言われるんでしょうけれども、私の方は、もう既に現実に現場の中でいろいろな混乱が生まれている、これでは必ずしも、それこそ学校が変わる、教育が変わるということと違う方向に行きかねないという問題で指摘をしているわけであります。
だから、やはり閣法ではだめでありまして、私ども野党提案の三十人学級法案は、何としても成立させたいというふうに思っております。
以上で終わります。


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