2月27日 文部科学委員会
文部科学行政一般で質問


151-衆-文部科学委員会-3号 2001年02月27日

平成十三年二月二十七日(火曜日)
    午前十時三分開議
 出席委員
   委員長 高市 早苗君
   理事 岩永 峯一君   理事 鈴木 恒夫君
   理事 田野瀬良太郎君 理事 渡辺 博道君
   理事 平野 博文君   理事 藤村  修君
   理事 西  博義君   理事 都築  譲君
      青山  丘君    小渕 優子君
      岡下 信子君    嘉数 知賢君
      杉山 憲夫君    谷垣 禎一君
      谷田 武彦君    谷本 龍哉君
      馳   浩君    林 省之介君
      水野 賢一君    宮澤 洋一君
      森岡 正宏君    森山 眞弓君
      大石 尚子君    鎌田さゆり君
      葉山  峻君    肥田美代子君
      牧  義夫君    松沢 成文君
      山口  壯君    山谷えり子君
      山元  勉君    池坊 保子君
      斉藤 鉄夫君    武山百合子君
      石井 郁子君    児玉 健次君
      中西 績介君    山内 惠子君
      松浪健四郎君
    …………………………………
   文部科学大臣       町村 信孝君
   文部科学副大臣      大野 功統君
   文部科学副大臣      河村 建夫君
   文部科学大臣政務官    池坊 保子君
   政府参考人(内閣府政策統括官)   江崎 芳雄君
   政府参考人(外務省アジア大洋州局長)    槙田 邦彦君
   政府参考人(文部科学省生涯学習政策局長)  近藤 信司君
   政府参考人(文部科学省研究振興局長)     遠藤 昭雄君
   政府参考人(文化庁次長)      銭谷 眞美君
   文部科学委員会専門員   高橋 徳光君
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 政府参考人出頭要求に関する件
 文部科学行政の基本施策に関する件

     ――――◇―――――

○高市委員長 石井郁子君。

○石井(郁)委員 日本共産党の石井郁子でございます。
 まず、ハワイ・ホノルル沖で発生しました、愛媛県立宇和島水産高校実習船えひめ丸が米原子力潜水艦グリーンビルに衝突され、沈没したという痛ましい事故について、被害を受けた皆様及び関係者の方々に心からお見舞い申し上げますとともに、今なお行方不明となっておられる方々の早期発見を願うものでございます。
 米原子力潜水艦側の理不尽さが次々明るみに出ておりますから、原因究明とともに、えひめ丸の引き揚げに全力を挙げていただくことを、まず町村文部科学大臣にお願いいたします。
 この件につきましては、本委員会において集中的な審議の機会があろうかと思いますので、具体にはその際質問したいと思います。
 最初に、一問、大臣にぜひ伺っておきたいことがございます。
 父母、祖父母を敬愛し、進んで家事の手伝いなどをして家族の役に立つ喜びを知る、約束や社会の決まりを守り、公徳心を持つ、このように道徳教育のあり方を説き、現場で道徳教育がなされていない、道徳教育省をつくれと迫ったのが、KSD汚職で逮捕された小山孝雄前参議院議員でした。
 国会で道徳教育の強化を説き、一方で、KSDからわいろを受け取り受託収賄罪で逮捕される、これこそ不道徳きわまりない、教育を語る資格なしと断ぜざるを得ないと思いますが、文部大臣、どのような感想をお持ちでしょうか。

○町村国務大臣 小山議員の行動について、もう既に司法の段階に入っていることでありましょうから、私があれこれ申し上げるのは避けたい、こう思いますが、彼がどういうことをやったかというのは、もちろん、それは逮捕されるという事態だから、不適切だということはもう言うまでもないことだと思いますが、彼が道徳の重要性を説いたからそこに大変な矛盾があるだろうと言われればそのとおりですけれども、しかし、道徳教育の重要性が、小山さんが言ったから道徳教育が何かどうでもよくなったのだということとはまた話が全然別なんだろうな、こう思います。

○石井(郁)委員 どうも歯切れの悪い御答弁かなと思いますけれども、実はその小山氏が道徳教育の強化とともに熱心だったのが、今問題となっている新しい歴史教科書をつくる会の歴史教科書の検定と採択問題だったのです。小山氏は、自民党の教育改革実施本部の教科書に関する分科会の座長を務めていました。また、つくる会と一体となった日本会議国会議員懇談会の事務局長でした。
 そこで、私はこのつくる会発行の教科書をめぐってお聞きをしたいと思っているのです。
 まず見過ごせないのが、教科書の採択をめぐって、小山質問に対する文部省の迎合的とも言える答弁があります。これは、昨年の八月の八日に、小山議員はこういう質問をされています。教科書採択に関しましては平成二年の文部省通知が出されており、これは教育委員会の専権事項であると、こういうふうにしているわけでございますが、実際は学校票であるとか、あるいは単なる諮問機関にすぎない選定委員会による絞り込み等、こういう用語ですが、教育委員会の権限を空洞化させる慣行がまかり通っている、教育委員会の権限において、責任において作業が進められるように願うという質問なんですね。
 それに答えて、当時大島文部大臣はこういう御答弁でございます。教科書選定については、毅然として教育委員会の判断で行うことが当然だろうと思いますし、間違っても組合の意見によってとか、そういうことがあってはならぬことだと思っております、平成二年の初中局長の通知がございます、この基本は一切変わっておりません、こういう御答弁が、現場の教員をこの選定作業から排除していくという運動の根拠になっているのですね。
 そこで、お聞きしたいのです。平成二年以降、実は平成九年、一九九七年九月十一日には「教科書採択の改善について」という通知が出されているわけです。それによりますと、教科書選定に当たっては教員のかかわりについてはどう述べているのでしょうか、ちょっとお聞かせください。

○町村国務大臣 何か小山さんが言ったことはすべて悪いことだという前提に立っての御意見のようにもうかがえるのですが、小山さんがやったことを私は何ら正当化するつもりもありませんが、しかし、だからといって、国会の中で小山さんが言ったこと、発言したこと、それが全部間違っているというのはちょっといかがかと思います。
 そういう前提の上に立って、平成九年の通知のお尋ねがございました。
 これは、行革委員会の平成八年の意見を踏まえた上で、その行革委員会の意見というのは何かというと、結論的に言うと、当面、現在の共同採択制度においても、教科書の採択の調査研究に当たる教員の数がふえることは望ましく、各地域の実情に応じつつ、現在三郡市程度が平均となっている採択地区の小規模化や採択方法の工夫改善を図るべきでありますということを、この平成九年九月十一日の局長通知では引用しているところでございます。

○石井(郁)委員 肝心の内容のところが言及されておりませんので、ちょっと私の方から述べますと、この教科書採択の改善という通知では、今大臣が、行革委員会「規制緩和の推進に関する意見」で提言されているという、その行革委員会の意見の趣旨を踏まえて教科書採択制度の改善に引き続き努められるようにということなんですけれども、この行政改革委員会の教科書採択制度による意見、ここが重要だと思うのですね。
 それは九六年十二月十六日に出されていますけれども、こう述べています。公立学校においても学校単位でみずからの教育課程に合わせて教科書を採択する意義をより重視すべきである、将来的には学校単位の採択の実現に向けて検討していく必要がある、このような観点に立って、当面、現在の共同採択制度においても、教科書の採択の調査研究に当たる教員の数がふえるのは望ましい、採択地区の小規模化や採択方法の工夫改善を図ることとしている。
 ですから、この九七年通知の立場に立てば、現場教員をやはりもっと関与させるべきだというか、関与させていいのだということを言っているのじゃありませんか。この点をまず明確にしていただきたいというふうに思います。

○町村国務大臣 ただ、大島大臣が、八月八日、小山議員の質問に対して答えたこと、すなわち、教科書の採択は教育委員会の判断と責任で行うという、この基本はもちろん踏まえなければならない、組合の意見などによって決まるようなことがあってはならないという趣旨の答弁を当時の大島文部大臣がやっておられるわけでありまして、私も、教科書採択に関する教育委員会の責任が不明確になるようなことがあってはならない、こう考えている次第であります。

○石井(郁)委員 今そのことを尋ねているのじゃないのですよね。
 では、もう一つ申し上げましょう。同時に、九七年三月二十八日は「規制緩和推進計画の再改定について」という閣議決定がなされています。ここでも教科書の採択制度をどのように述べているでしょうか。

○町村国務大臣 平成十年三月三十一日閣議決定、規制緩和推進三カ年計画、教科書採択について、措置内容は、「将来的には学校単位の採択に向けて法的整備を含めて検討していくという必要があるとの観点に立ち、採択地区の小規模化や採択方法の工夫改善について、フォローアップを図りながら都道府県の取り組みを引き続き促す。」こう書いてございます。

○石井(郁)委員 私はやはり肝心のことをきちっとお述べになっていらっしゃらないと思うのですけれども、ここでも、将来的には学校単位の採択の実現に向けて検討していく必要があるとの観点に立って、当面の措置として、教科書採択の調査研究により多くの教員の意向が反映されるよう、現行の採択地区の小規模化、採択方法の工夫改善について都道府県の取り組みを促すということなんです。
 私がお尋ねしているのは、もう大臣はよく御存じのとおりでありまして、より多くの教員の意向が反映されるように、学校単位の採択も将来必要なんだ、そういう方向に進めなきゃいけないんだ、こう言っているわけでしょう。この閣議決定からしますと、昨年の小山議員に対する大島大臣の御答弁というのは全然違うじゃないですか。この趣旨に反するじゃないですか。
 私は、教育委員会がやるべきことを否定してはいません。問題は、より多くの教員の声がどう反映されるか、その道を開くのかどうか、その閣議決定どおり、九七年の通知どおりに文部省がちゃんと指導されるのかどうか、ここをお尋ねしているのです。

○町村国務大臣 したがいまして、教科書の採択の調査研究に当たる教員の数がふえるのが望ましい、こう言っているわけですが、そのことと、採択の権限、今まさに委員がお触れになったように、教育委員会が採択の権限を持っているということとはやはり分けて考えなければいけないということを申し上げたわけであります。

○石井(郁)委員 大島文部大臣は、本当に違うのですよ。平成二年の初中局長の通知でやりなさいと言っているのですね。しかし、その後、九七年、新しい通知になっているじゃないですか。また、閣議決定の方向で事が進んでいるじゃないですか。だから、この立場に文部省が立つのか立たないのかということを私は尋ねているのです。ここは大事なところですよ。
 それで、さっきの小山議員の質問に戻りますと、要するに、学校票なんかをまとめるのは問題だ、やめるべきだという質問なんですよ。そのように促しているわけです。学校票というのは、学校単位あるいは現場の教員の意見が反映される、そういう問題でしょう。だから、こういう文部省のスタンスというか、お考えを今後おとりになるのかどうか、ここは大変大事なところだと思うのですね。

○町村国務大臣 いや、大島文部大臣は何ら間違ったことを言っているわけじゃなくて、組合の意見によって教科書が決定されてはならない、決定権限は教育委員会にあるのですよということを言っているのであって、別に大島さんが間違ったことを言っていると私は思っておりませんし、平成二年の考えも間違っているとは思っておりません。

○石井(郁)委員 私は、九七年の通知と九七年の閣議決定からすると、大島大臣の答弁というのはその趣旨に反するというふうに考えるわけですが、そのことではもう言いません。少なくとも、九七年の通知、この実施の方向で文部省は進みますか、これだけははっきりお答えください。九七年の通知の方向で実施されますか、今後教科書の採択について。あるいは、閣議決定の方向で進みますか。閣議決定まで否定されたら大変だと思うのですが、そこははっきり御答弁ください。

○町村国務大臣 九七年というのは平成九年ですね。先ほど来申し上げておりますように、大島さんが言ったのは、決定権限は教育委員会にありますよという、そのことは石井委員もお認めになった。ただ、その際にどういう形で意見をいろいろな方から聞くかということについて閣議決定がある、こういうことでございます。

○石井(郁)委員 私は、教科書を使うのは教員ですから、現場の意見を尊重する、反映させるというのが本当に教科書採択の上で必要なことだと思うのですね。その道をちゃんと保障するのかどうか、それは九七年の通知の精神、趣旨でもあり、閣議決定でもある。皆さん、閣議決定じゃないですか、それをきちんとやってもらいたい、ゆがめては困るということを申し上げているわけであります。
 さて、次の問題は、この新しい教科書をつくる会の検定問題なんですね。この教科書の検定をめぐっては、中国外務省報道局長の二月二十二日の記者会見というのがございました。侵略の歴史を美化するいかなる教科書も登場することを阻止し、切に中日関係の大局を希望する。また、韓国放送公社によると、外交通商相は二十一日、この問題の処理を間違えば、韓日友好関係に大きな傷をつけるおそれがある、正しい歴史認識をもとに、必ず円満に解決する必要があると強調したと伝えられています。何か韓国では、公式見解としてこういう教科書問題にこのような見解を発表したというのは初めてだというふうに言われています。続いて、二十一日には韓国国会の教育委員会が、歪曲された教科書とそれを支持する一部日本の政治家のたび重なる妄言がアジアと日本の新世代の間に新たな葛藤を呼び起こすことを憂慮する、この声明を採択しています。
 教科書問題でいえば、一九八二年、大変な問題になりました。国会でも議論になりました。このときに、検定基準に、近隣のアジア諸国との間の近現代の歴史事象の扱いに国際理解と国際協調の見地から必要な配慮がなされていることという一項、有名な近隣諸国条項というのがあるのですけれども、私は、今の事態というのは、まさにこの検定基準に反しているから、アジア諸国から批判が上がっているというふうに思うわけであります。
 これは外務省に伺います。こういう意見について、内政干渉だ、つまり、中国、韓国などから寄せられる意見に対して内政干渉だと書いている新聞も一部ございますけれども、これは一体内政干渉と言えるのかどうか、外務省の見解。

○槙田政府参考人 内政干渉というものについては、いろいろな経緯もあるのだろうと思いますけれども、一般には、国際法上、他の国家が自由に処理し得るとされている事項に立ち入って、強制的にその国を自国の意思に従わせようとすることというふうに解されておると思います。命令的な関与であるとか命令的な介入であるとかというふうにも言うのかと思いますが、そういう概念に照らし合わせまして、最近、中国あるいは韓国から表明されておりますところの関心あるいは懸念といったものを内政干渉と断ずることができるかということにつきましては、私どもとしましては、これが内政干渉であるというふうに認識するには無理があるというふうに考えております。

○石井(郁)委員 歴史認識の問題ですから、各国でいろいろ違うこともあるだろうと思うのですね。しかし、今起こっている問題というのは、日本の侵略戦争、それからこの戦争がアジア諸国に与えた影響、これをどう見るのかという問題をめぐって起こっているわけです。だから、こういう問題は、本当に各国の話し合いが大事だし、きちんとそういう議論の上で解決していくということが大事であります。
 重ねて、最後に大臣に伺いますけれども、教科書検定に当たっては、先ほど申し上げました近隣諸国条項、繰り返しますけれども、近隣のアジア諸国との間の近現代の歴史事象の扱いには国際理解と国際協調の見地から必要な配慮がなされていること、これを今後とも、まさに今が大変重要な瞬間なんですけれども、尊重して厳正に対処していくということでよろしいですね。大臣の明快な答弁をお願いしたいと思います。

○町村国務大臣 教科書検定というのは常に厳正に行われているものでございまして、その検定基準の中に、今御指摘の近隣諸国条項があることもまた事実でございます。現在、その厳正な検定を今まさに行っている最中である、かように現状を認識しております。

○石井(郁)委員 どうもありがとうございました。見守りたいというふうに私は思っています。大変重要な瞬間です。
 きょうはもう一点、学力の危機的な状況と私たちは認識していますけれども、この学力問題、各方面から指摘をされ、文部省の側からもいろいろな見解、一定の見解が述べられておりますので、少し確かめておきたいというふうに思います。
 午前中に鎌田委員からもこの問題での言及がありましたし、一定の回答もあったかというふうに思うのですけれども、今国会に出されている教育改革関連法案、この法案は、教育改革国民会議に基づいて出されてきたというふうに伺っていますけれども、この教育改革国民会議では、学力問題を本当にそのものとして議論したという形跡はどうもうかがえないわけですね。
 そういう中で、これはぜひ、今の問題そして今後の問題として、重ねて文部大臣の認識をまず伺いたいのですけれども、先ほども、今の子供たちは、本当にわからない、それから嫌いだ、そういう子供たちが多数だという、七五三という数字やらいろいろありましたし、これは文部省自身の調査でもあり、国際的な調査でも裏づけられていることでもあり、やはり本当に深刻な実態だというふうに思うのですね。そういう点で、まず大臣の御認識を重ねて伺っておきたいと思います。

○町村国務大臣 これは、学力低下が本当に起きているのかどうかということを今の時点で実証するものが必ずしも十分ではないと思っております。IEAの国際調査でも、確かに順位は若干下がってはきておりますけれども、同じような設問についての正答率が下がってきているわけでもないといったようなことはあるのです。
 ただ、さはさりながら、いろいろな点で心配があるよと言われれば、私もそれは心配だと言わざるを得ませんし、そんなに安閑としていられる状態でもないだろう。だから、まず実情をきっちり把握しようということで、平成十三年度、十四年度に、全国的なかなり大規模な学力の調査をしようということをまず考えております。
 しかし、いずれにしても、今委員御指摘のように、まあまあの成績かもしれないけれども、その科目が好きではないとか、それに関する職業につきたくない、なぜそうなるのだろうかというあたりは、今追加的に調べなければと思っております。
 例えば、理科とか、数学もそうでしょうが、ある意味では、理科の実験をやると、この薬品とこれを二つ入れると色がぱっと変わるとか、そんな単純なことを言っちゃいけませんが、おもしろいんですね。本来おもしろいんだけれども、それをペーパーワークで暗記しようと思うと、これはなかなかおもしろいとは言えない。何と何をまぜればどうなるなんということは、暗記しようと思ったら、とてもおもしろくない。生物でも、なぜ球根を冬に植えると春先に花が咲くかと考えたら、こんな不思議なことはない。やはり、そういうことに素朴な疑問を持ちながら学んでいくということで、初めて楽しさというものもわいてくるんだろうと思うんです。
 こんなにおもしろいことが、なぜ、つまらない、嫌だ、嫌いだということになっていくのかというあたり、本当にもう少し詰めて考えなければいけないと思いますし、大変大きな問題で、率直に言って、なぜ嫌いになるかというところをよくよく解明をする努力もしていかなければいけないな、こう思ってはおります。

○石井(郁)委員 日本数学教育学会が行った調査がありまして、それによりますと、算数が好きな子供、小学校一年では五五%なんですね。学年が進行するにつれて下がって、六年生になりますと三四%だと。それから、逆に嫌いだという子供は、小学校一年で九%だったのが、六年生になりますと三一%ですね。だから、やればやるほど嫌いになる、一生懸命勉強すればするほど嫌いになる、点数がよくても勉強は嫌いだという問題が一つ、今の日本の子供の学力の実態があるんですね。
 私も、算数などの教師、現場の先生からもちょっと伺ってみたんですけれども、やはり、日本の子供は計算はよくできるけれども応用力がつかないという話もありますけれども、深刻なのが文章題だと。文章題、つまり、文章で説明してある問題を数式化する、あるいは、ある事柄を文章であらわすとかいうことなんですけれども、そういう文章題の正答率は三九%だということで、極端に低くなっているわけですね。文章を読むとか場面について考えるということ自体を拒絶している。だから、本当に能力としてないとかあるとかじゃなくて、もうその問題はあきらめてしまう、やろうとしない、どうもそういう傾向があるんじゃないかというふうに言われているんですね。
 それはいろいろなことから出てくることだとは思うんですけれども、これについて、ある学者が、好きでもないし大切とも思えないけれども、今はただ試験のためにやるしかない、ましてや将来科学を仕事になどしたくもないというのが日本の子供の姿なんだと。ここまで言われると大変だと思うんですけれども。
 だから、こういう問題について、午前中大臣からは、本当に、わからない子供が、やればやるほどたくさんつくり出されているという状況について、愕然とする思いだというお言葉もたしかいただいたかというふうに思うんですが、そういう認識に立ちますと、一体これはどうするのかの前に、どうしてこうなっているのか、この責任というのはどこにあるのか、やはりここをまず明らかにしなきゃいけないんじゃないかなというふうに私は思うんですが、大臣としまして、そういう原因とか責任という問題については、どのようにお考えになっていらっしゃいますか。

○町村国務大臣 それは文部大臣が悪かったと言ってしまえば、話は簡単でしょうが、実態はそう簡単なものでもまたないんだろう、こう思います。いろいろな要素がやはり絡み合っているのかなと。
 先ほど御指摘のあった、例えば文章になるとというのは、多分、午前中に肥田委員がおっしゃった、国語、読むことの好き嫌いみたいな部分からまず出ているのかもしれない。そういう意味で、読み書きの時間、特に読む時間、読書の時間みたいなのを充実していくというのは、迂遠なようでももしかしたらいい答えなのかもしれないなとか、あるいは、科目によって、数学とか理科とか、やはり理解の早い子、遅い子に相当ばらつきが出やすい科目というのがあるということは、これはかなり前から言われております。
 そこで、今回、そういう科目については二十人のクラス編制にして、より少人数でよりきめ細やかな指導ができるようにするというのも一つの方法かな、こう思ったりもいたしますし、あるいは、今までは反対があってなかなかできなかったんですけれども、習熟度別クラス編制、これをやると、すぐ差別だといって柳眉を逆立てる方もいらっしゃいますけれども、私は、その子供に合った教育というものをどう進めるかというふうに考えたときに、早くわかる子は小学校三年でももう中学三年のことがわかるかもしれない、しかし、逆に小学校六年でも小学校二年ぐらいのことがまだわからない子もいるかもしれない。とするならば、その子の進みぐあいに応じた、より個に近い指導を進めるためには、例えば習熟度別のクラス編制ということもやっていくことが、ただ差別だどうだとかいう一面的な議論ではなくて、本当にその子にふさわしい学び方というものを工夫して考えていくというようなことも大切なことなのではないだろうか。それを四十人で、大体中の上ぐらいに照準を合わせて授業をやると、上の子はつまらない、下の子はわからない。そうすると、三割、五割の子供がわからないということになってしまうのではないだろうか。
 この辺も一つの答えではないだろうかと思っております。

○石井(郁)委員 答弁の中では、原因の問題と同時に、これからどうしようかということまで含めて御答弁いただいたかというふうに思うんですが、私は、やはり日本の子供たちは、大変過密な内容で、しかも速いスピードで、画一的に教えられてきた。学習指導要領のもとでそういうことが進められてきた。この問題にやはりきちんとメスを入れるというか、考えなければ、本当の解決の方向は出ないと思うんですね。つまり、子供たちが学ぶ内容とは何なのか、そしてまたどういう段階を追って学ぶのかだとか、今の時点に立ってみますと、もう一度ここの検討が要るんじゃないかと私たちは考えているんです。
 その点で、町村大臣自身も最近いろいろインタビューに、大変精力的というか、積極的に出ていらっしゃいますから、その中から一つ二つ、私の方で大変大事な指摘だなということも含めて、あるいはこれはどういう意味なのかということも含めて、ちょっとお尋ねさせていただきたいのです。
 学習指導要領について、これは来年から始まる新しい学習指導要領ですけれども、基礎、基本をしっかりやる、瑣末な知識の詰め込みはやめよう、これが三割削減の意味だというふうにおっしゃっています。また、別な新聞では、学習内容が削減される新しい学習指導要領は、断片的な知識を暗記するような部分はスリム化しようとしているというふうにおっしゃって、やはり断片的な知識は削ろうということをおっしゃっているわけでしょう。
 そうしますと、どうしても私が気になるのは、この十年来進めてきた学習指導要領、一九八九年から始まっていますけれども、今の学習指導要領の三割というのは瑣末な知識で満ちている、満ちているというか、瑣末な知識がちりばめられているということになるわけですね。では、それを子供たちに暗記せよというふうに教えてきたのかというふうになるわけですよ。この問題はどうなんでしょう。

○町村国務大臣 指導要領の一行ずつを点検して、これが瑣末であるかないかという検証は、ちょっと今この場ではできませんが、たまたま個人的な経験を申して恐縮ですが、三年前に文部大臣のときに、ある都内の中学校の社会科の授業を参観に行ったんですけれども、先生がこういうことを教えていました。日本では小選挙区で三百人、比例区で二百人、この三百、二百というのはよく試験で出るんだから覚えるんだよと。これに私はまずびっくりしてしまいました。だって、こんなの、三百、二百なんて、幾らでも、国会議員の都合で法律を変えれば変わる。案の定、もう二百は百八十に変わっているわけですよね。だから、一生懸命覚えた子は、今どきあれは何だったんだろうときっと疑問に思っているのに違いないので、それは、大体、三千人でなければ三十人でもないぐらいのことがわかっていればいいので、こんなことを、例えばよく試験に出るから覚えなさいという教え方が、瑣末な知識の、断片的な知識の詰め込みという例えに、私はよく使わせてもらっているわけであります。
 でありますから、現在の指導要領から今度新指導要領に移るときに大体三割ぐらい減らそうというのは、基礎、基本に厳選した、基礎、基本にどうしても必要なものを残して今度の新しい学習指導要領が形成されているというふうに御理解をいただきたいので、今回、最低限という表現もとったりしますけれども、ここだけは絶対にみんな押さえてくださいねというものに絞って現在の学習指導要領を構成させてもらっているということであります。

○石井(郁)委員 最近、そういう基礎、基本ということを大変文部省の側から強調されるのですけれども、実は、これは何も新しいことじゃないのですね。昭和三十三年、一九五八年の指導要領のころから毎回、基礎的な知識の習得、基礎的な技能の習熟ということで言われてきて、もうずっと六〇年代、七〇年代、八〇年代も基礎、基本の内容の指導を徹底しろと言ってきた。臨時教育審議会の第二次答申は八六年ですけれども、ここでも初等中等教育では、基礎的・基本的な内容の修得の徹底を図る、これは文部省、ずっと言ってきたのですよ。ずっと言ってきて、今子供の学力はこんな状態だ、一体これはどうなんだと。これは文部省がつくった目標自身が達成できなかったということにもなるわけでしょう。
 私は、きょうはもう時間がありませんので、この問題は今後本当に深くぜひ解明したいと思っているのですけれども、この点でいうと、文部省、新しくこうやりますという話を今するのじゃなくて、本当に今真摯な自己反省というのが求められていると思うのですよ、指導要領を押しつけてきた、やってきた内容は何だったか、わからない子をたくさんつくってきたと。
 だから、先ほどの、午前中の討議でも、学校にあるいは大学に自己評価とか、評価を盛んに言いますよね。やはり評価と言うんだったら、文部省自身がまず評価をしてもらいたい、みずからがどういう点で反省をし、どういう評価をしているのか。十年ごとの指導要領なんですから、十年ごとに変えてきたのですから、そのたびに、精選です、基礎、基本ですと口を酸っぱくして言ってきた。しかし定着していない。これは一体何なんだということになるわけでしょう。そういう点で、今求められるのは、文部省自身の自己評価と自己点検だということをあえて私は申し上げなければなりません。いかがですか。

○町村国務大臣 真摯に反省すべき点はそれは私どもも大いに反省しなければいけないと思っております。率直に言って、行政の仕事で、えてして先の話はするけれども、過去のきちんとした総括、評価をやっていないという嫌いがあったことは、私はそれは率直に認めざるを得ないと思っております。
 そういう意味で、これから行政の評価というものを、法律をつくって各省一斉にやろうということにしておりますので、これなんかも、おくればせながら、一つのやはり反省の上に立って、今回新しい省庁再編を契機にそういうことをやりましょうということになってきているわけであろうと思っております。
 したがって、私は、文部省がやってきたことは一〇〇%全部正しかったと言うつもりもございません。やはり、例えば画一的な教育という批判があり、それが戦後の、さっきちょっと申し上げましたけれども、悪平等というものに結びついていって、教育の画一化が進んできた、その一端を文部省が担ってきたであろうという指摘は、それは私は率直に認めたいと思います。しかし、だからといって文部省が、では教育に関して一切何も物を言わないでいいのだということにもまたならない。やはり必要なことは必要なこととして押さえていきたいけれども、余りいろいろなことを文部省がすべてにわたって上下関係みたいな感じで流してきたことが画一的な教育を生んだ面もあるではないかと言われればそこは率直な反省もしたい。
 いずれにしても、これからは、特に行政の評価、自分たちが進めてきた政策の評価というものはきちんとやりながら前に進んでいくという姿勢が極めて重要であろうと思っております。

○石井(郁)委員 もう時間が参りましたので、一言だけですけれども。
 しかし、来年から始まる新しい学習指導要領は、現在の子供たちの学習状況についておおむね良好という認識のもとで進められるのです。これは私はとんでもないと思っています。だから、今あちこちから、この学習指導要領はもう中止だ、もう一度考え直せという声はいろいろな、数学界、いろいろな団体、関係方面から起こっているでしょう。これは大変な事態だと思うのですけれども、しかし、そのぐらい重要な問題なんだ、これをやはり学校と子供たちにこのまま押しつけるわけにいかないのだという点では、私たち、本当に真剣に考えなければいけないということでございます。そのことを申し上げまして、質問を終わります。
 どうもありがとうございました。

 
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